後編
低変人の質問企画。
それはネット上の匿名質問サービス『質問しよう箱』に投稿された質問の答えをTubutterでも公開するという内容だ。
今は結衣も一緒にいるので、質問の内容によっては結衣も俺だけに答えてもらうことになっている。
パソコンの画面に映し出されている質問を見ていくと……おっ、これは楽曲を公開している低変人が相手だからこその質問だな。そう思って指さす。
『どんなときにメロディーを思い浮かびますか?』
「音楽系の質問だね。私もこれは気になるっ!」
目を輝かせ、声を弾ませてそう言う結衣。結衣も、俺が低変人として発表している曲を好きだと言ってくれている。だから、こういうことが気になるのだろう。
「お風呂に入っているときとか、好きなアニメを見ているときが多いかな。あとは課題とかテスト明けとか、やるべきことが終わった直後に思い浮かぶことは何度もある。開放的な気分になるからかな。あとは、ふと起きた出来事で浮かぶこともあるよ」
俺がそう答えると、結衣は「おぉ……」と感心した様子に。
「なるほどね。じゃあ、もしかして『税金アミーゴ』は納税の通知書が来たから。『かぜっぴきあなた』は杏樹先生が風邪を引いて、お見舞いに行ったから浮かんだメロディーなのかな?」
「そうだな。それまでに思いついていたメロディーを組み合わせて、これはいい曲になりそうだと思って、その2曲が完成したんだ」
「そうだったんだね。……ところで、2曲も作ったけど体調は大丈夫?」
「うん、元気だよ」
「それなら良かった」
結衣はほっと胸を撫で下ろし、やんわりとした笑顔になる。
結衣が俺の体調を心配してくれる理由。それは以前、曲を作り終え、アップロードした直後に高熱を出したからだ。そのときは学校を2日欠席した。だから、2日連続で新曲をアップしたので、また体調を崩してしまっていないか心配になったのだろう。温かい気持ちになり、結衣の頭を優しく撫でた。
どんなときにメロディーが浮かぶのかという質問。これには、
『入浴中や好きなアニメを見ているときなど、リラックスしているとき。やるべきことを終えた直後。ふと起きた出来事の後など、様々な場面でメロディーが思い浮かびます。』
という回答を送った。
次はどんな質問に答えようかな。よくある質問もいいけど、今のような低変人という音楽家らしい質問にも答えてみたい。
「ねえ、悠真君。この質問、ひときわ長文なんだけど」
そう言って、結衣は画面を指さす。結衣の言う通り、ぱっと見ただけでも他の質問よりもかなり長いことが分かる。その質問を読んでみよう。
『漫画やアニメのキャラクターについてです。ギャップのある先生ってどうだと思いますか? 例えば、教室ではクールで厳しく笑顔を全然見せないけど、主人公と2人きりの場所だと素が出て可愛い笑顔を見せる先生とか』
「……これを質問しそうな人の顔が思い浮かんだよ」
「悠真君も? たぶん、同じ人を思い浮かべていると思う。自己紹介みたいな内容だよね。……身近にそういう先生がいるから、質問に書いてあるような先生キャラクターは私は好きだよ。悠真君はどう?」
「先生に限らず、俺も2つの顔があったり、ギャップがあったりするキャラクターは好きだな。まあ、身近にそういう先生がいる影響もあるけど」
「ふふっ、そっか」
楽しそうに笑いながらそう言う結衣。
この先生キャラクターについての質問は、
『そういう先生キャラクターは好きですよ。』
と回答した。
すると、それから1分も経たないうちに、
――プルルッ。
俺のスマートフォンが鳴る。さっそく確認してみると、LIMEというSNSを通じて、担任の
『そういう先生キャラクターが好きなんだね! 何だか嬉しいな!』
というメッセージと、『嬉しい!』というコメント付きの、喜ぶ白猫のスタンプが送られてきた。
おそらく、低変人がTubutterで呟くと通知が届く設定になっているのだろう。だから、こんなにも早いタイミングで俺にメッセージとスタンプを送ることができたのだと思う。
「……結衣。さっそく福王寺先生からメッセージが届いたよ」
俺は福王寺先生とのトーク画面を結衣に見せる。すると、結衣は「ふふっ」と笑い、
「読んだ瞬間から思っていたけど、この質問をした人、99%福王寺先生だよね」
「結衣もそう思ったか」
質問を読んだとき、結衣は「自己紹介みたいな内容」だと言っていたもんな。
「普段の自分を悠真君がどう思っているのか確かめたかったのかもね。もしそうだとしたら、より可愛く思える」
「2人きりのときとかに、普通に訊いてきそうだよな」
だからこそ、わざわざこういう形で訊いてくることが可愛らしく思えるのかも。
今頃、学校のどこかで上機嫌になっている福王寺先生の顔が目に浮かぶ。先生の仕事の活力になれば幸いだ。
さてと、次はどの質問に答えようかな。次の質問で5個目か。
「今は試験勉強の休憩中だし、次で最後にしようかな」
「そうだった。今は勉強中だったね」
ここで話すのが楽しくて、休憩中なのを忘れていたのかな。はにかむところにキュンとくる。
「……おっ、これなんてラストにふさわしい質問だ」
俺はその質問を指さす。
『どんなときが幸せですか?』
「なるほどね。ラストっぽい雰囲気があるね」
「だろう? ちなみに、結衣はどんなときが幸せ?」
「悠真君と一緒にいるときが幸せかな。特にキスしたり、その先のことをしたり。低変人さんとして公開している曲を聴くときだったり」
「……結衣がそう言ってくれる今が幸せだよ。俺も結衣と一緒にいるときは幸せだ」
多幸感をもたらしてくれたので、この気持ちをそのまま返事として書きたいくらいだ。でも、そんなことをしたら、俺の素性がバレてしまう。
結衣は柔らかくて可愛らしい笑みを浮かべ、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「悠真君がそう言ってくれてより幸せになったよ。私に関わることはさすがに書けないだろうから、それ以外で幸せに思うときってある?」
「……音楽を作っているときかな。一時期、スランプになっていたこともあるから。それを公開して、多くの人に聴いてもらえて、いいと言ってもらえるときも幸せだなぁ。有り難いことだし」
かっこつけに思う人もいるだろう。ただ、これは素直に幸せだと思えるとときなんだ。メロディーが浮かんで、制作する。それだけでも幸せだけど、有り難いことにたくさんの人から自分の曲をいいと言ってもらえる。それは低田悠真としても低変人としても幸せなことだ。
「あなたらしい答えだね」
明るい笑みを浮かべながら、結衣は優しい声色でそう言ってくれた。そのことで、今言ったことを回答しようと決めた。
『音楽を制作しているとき。それを動画サイトに公開して、みなさんに聴いてもらえているとき。みなさんから良かったという感想をもらったときなど、幸せに感じるときはたくさんあります。』
という回答を送った。この回答を書いている中で、これからもマイペースに新しい曲を作って、公開していきたいなと改めて思った。
「今回はこのくらいにしておこう。いい休憩になった」
「私も楽しかったよ。じゃあ、また勉強しよっか」
「そうだな」
パソコンチェアから立ち上がり、俺は結衣と一緒に教科書やノートが置かれたテーブルに戻る。それは低変人から低田悠真に戻った感覚になって。ただの男子高校生の俺の近くに愛おしい人がいることを嬉しく思う。
「私、物理基礎の勉強をしようかな。課題も出ているし」
「課題出てたな。俺も物理基礎やろうかな」
「うんっ! 一緒にやろう! 分からないところがあったら訊いていいからね。逆に私が訊くかもしれないけど」
「そこは助け合いながらやっていこう」
「そうだね! じゃあ、勉強を頑張るためにキスして!」
そう言うと、結衣は口をすぼめて「チュッチュッチュッ……」と音を鳴らしてくる。俺と2人きりだからか、いつも以上にキスしたがるなぁ。そんな結衣が可愛いと思いながら、俺は結衣と唇を重ねた。
結衣と一緒に、俺は低田悠真としての時間を再び過ごし始めるのであった。
特別編4 おわり
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