特別編4

前編

特別編4




 6月24日、月曜日。

 梅雨真っ只中な今日この頃。今日も朝から雨がシトシトと降っている。

 今までは雨が降ると涼しい日が多かった。だけど、7月も近づいてきたからか、今日は空気がジメジメしていて蒸し暑い。まさに梅雨らしい気候であり、個人的には嫌いだ。雨が降り続いていいから、先週までのように涼しくなってほしい。


「結衣。数Ⅰで分からない問題があるんだけど、訊いていいかな」

「いいよ! どの問題かな?」

「この問題なんだけど」

「ああ、その問題ね。まずは……」


 放課後。 

 恋人の高嶺結衣たかねゆいと一緒に帰宅した俺・低田悠真ひくたゆうまは、期末試験の勉強をしている。

 来週1週間、俺達が通う東京都立金井かない高等学校は1学期の期末試験が実施される。中間試験は4日間の日程だったけど、期末試験は科目が増えるため、5日間行なわれるのだ。

 校則により、試験初日の1週間前、つまり今日から試験最終日まで部活動は基本的に禁止となる。公式大会が近い部活は例外として活動が認められるが、結衣の入部しているスイーツ部にはその予定はない。スイーツ部は火曜日に活動しており、月曜日に材料の買い出しをするけど、今週はそれらの活動は一切ないのだ。

 俺は部活に入っておらず、駅前のムーンバックスというチェーンの喫茶店でバイトしている。期末試験が近くなったので、俺も今週のシフトは普段よりも全然入れてない。

 いつもなら、友人の華頂胡桃かちょうくるみ伊集院姫奈いじゅういんひなさん、先輩の中野千佳なかのちか先輩と一緒に勉強する。ただ、胡桃は書店でのバイト、先輩はクラスメイトと勉強の予定が入っていた。それを知った伊集院さんは、


「それなら、今日は結衣と低田君は2人きりで試験勉強をしてください。あたしは自宅で勉強しますから」


 と言ってくれたのだ。そのご厚意に甘えて、こうして結衣と2人きりで勉強している。


「だから、正解はこの答えになるんだよ」

「ああ、なるほどな。やっと分かったよ。ありがとう」

「いえいえ。……お礼にキスして?」

「いいよ。教えてくれてありがとう」


 俺は教えてくれたお礼に結衣にキスする。すると、結衣は幸せそうな笑みを浮かべてくれて。本当に可愛い恋人だ。

 高校1年の教科の中では、体育の実技以外は苦手な内容はない。今質問した数学Ⅰは結構得意だけど、難解な応用問題はたまに解けないときがある。

 結衣は全ての教科において完璧と言ってもいいくらいの頭の良さの持ち主。なので、勉強していると、今のように結衣に質問することがたまにあるのだ。本当に心強い。さすがは高嶺の花の高嶺さんである。


「よし、この単元の問題はこれでいいな」

「お疲れ様、悠真君。私も英語の問題集、きりのいいところまでできたよ」

「そうか。じゃあ、ちょっと休憩するか」

「うんっ」


 シャーペンをテーブルの上に置き、アイスコーヒーの入ったカップを掴む。すると、結衣はアイスティーの入ったカップを手に取り、俺に近づいてくる。お疲れ様の乾杯でもしたいのかな。

 乾杯、と呟き、カップを結衣の持つカップに軽く当てる。そして、アイスコーヒーを一口飲む。


「あぁ、勉強した後のコーヒーは美味しいな」

「何かをした後の飲み物って美味しいよね。……うん、アイスティー美味しい」

「良かった。結衣のおかげで疑問点も解消できたし、数学Ⅰは何とかなりそうな気がする。ただ、期末試験は保健とか家庭科とかもあるから大変だな」

「中間よりも教科が増えるからね。でも、増えた教科も好きな教科ばかりだから何とかなるかな。特に保健。実技とかないのかな?」

「どの教科も期末試験は筆記だよ」


 うっとりしながら何を訊いてくるかと思えば。結衣らしい内容だけど。


「そっか。ええと……テスト範囲の中に、子供ができる流れの内容ってあったっけ? もしあるなら、どうすればできるのか体を使って勉強してみない? 今は2人きりだし。ベッドの中でじっくりと」


 はあっ、はあっ……と結衣は興奮した様子で俺を見てくる。結衣と2人きりでは保健の勉強をしない方がいいかもしれない。襲われそう。


「生殖系の内容はなかったと思うぞ」

「……じゃあ、いつか勉強するときのために予習する?」

「いやいや、予習しないって。それに……そういうことは関係なくしたいな。もちろん、体のことや子供ができないように配慮して」

「……そっちの方がいいね」


 えへへっ、と笑って結衣は俺の頬にキスする。その際に紅茶の香りが微かに香ってきた。どうやら、予習して俺達の子供ができる事態は避けられたようだ。


「悠真君。話は変わるけど、質問には答えていくの? 低変人のTubutterでは随時答えるって書いてあったけど」


 結衣はTubutterというSNSの『低変人』というアカウントのホーム画面を見せてくる。

 俺は正体を隠しながら、ネット上で『低変人ていへんじん』という名前で音楽活動をしている。YuTubuとワクワク動画という動画サイトで、インストゥルメンタルの楽曲を定期的に公開しているのだ。

 最近は様々なことがあり、そのことで色々なメロディーが浮かんだ。そのことで順調に新曲の制作が進んだのだ。その結果、一昨日は『税金アミーゴ』、昨日は『かぜっぴきあなた』と2日連続で新曲を公開することができた。

 2日連続での新曲公開は滅多にないこと。なので、その記念として、匿名で質問できる『質問しよう箱』というサービスを利用し、期間限定で質問を募り、随時、質問の答えをTubutterで呟く企画を始めたのだ。もちろん、正体が分かってしまいそうな質問や過激な質問には答えない。


「そうだな。いい気分転換になりそうし、いくつか答えるか」

「いいね! じゃあ、質問の内容によっては、私も答えてみてもいいかな? もちろん、それはネットには公開せずに、悠真君にだけ教えるの」

「面白そうだな」


 結衣と恋人になってから20日ちょっと。よく関わるようになってからでも1ヶ月半程度。なので、これをいい機会に結衣のことを知ることができればいいな。

 俺と結衣はパソコンの方に移動する。俺はパソコンチェア、結衣は勉強机の椅子に腰掛ける。

 パソコンの電源を入れる。Tubutterを開いて、


『これから、いくつかの質問に答えていきますね。』


 と呟く。すると、さっそく今の呟きに『いいね!』がついたり、『楽しみです!』などといった返信が届く。

 俺は『質問しよう箱』サービスのユーザーページを見てみる。

 昨日の夜からキャンペーンを始めたにも関わらず、たくさんの質問が届いている。中には質問になっていたかったり、悪口だったりする『質問』もあるけど。


「低変人さんほどの人気だと、色々な内容が投稿されるね」

「まあ、ネットで活動していたら、それも仕方ないって思っているよ。……さてと。まだ何も答えていないから、まずは王道な質問内容がいいかな」

「最初はそういう方がいいかもね。低変人さんはTubutterでは曲をアップしたこと以外の呟きをあまりしないから、そういう質問に答えるのも需要がありそうだけど」

「ははっ、そうだといいけど。……じゃあ、最初は王道な質問のこれにするか」


 俺が指さした質問は、


『好きな食べ物はなんですか?』


「まさに王道な質問だね。私は悠真君かな!」

「……俺は人間だよ」


 ある意味で結衣から「食べられた」経験は何度もあるけど。あと、何年か前に人気を博した漫画では、人を食べることが大きな要素になっていたな。


「俺以外には何かない?」

「お肉全般好きだなぁ。特に鶏肉が好き」

「そうなんだ。……確かに、鶏の唐揚げがお弁当に入っている日は多いね」

「でしょう? 悠真君は何が好き?」

「俺も肉は好きだな。唐揚げはもちろんだけど、ハンバーグとかも好きだし。この前作った筑前煮も好きだよ。好きなお肉料理は結構多い。……じゃあ、肉だな」

「お肉だね」


 好きな食べ物は何かという質問の答えには、


『肉です。』


 と回答を送った。

 さあ、次の質問をしようか。次もよくある質問がいいかな。……これがいいかも。結衣に分かるようにその質問に指さす。


『好きな色はなんですか?』


「色かぁ。これも王道だね。私はピンクと赤紫と金色かな。小さい頃からピンクが好きで。あとは姫奈ちゃんの髪の色がピンクだし。赤紫と金色も同じ理由だよ。赤紫は胡桃ちゃんで、金色は悠真君!」

「おぉ、なるほど」


 親友や恋人の髪の色だから好きだというのは結衣らしいな。嬉しい気持ちになる。


「あとは白濁も好きかな」

「白濁? どうして?」

「そりゃあ、悠真君が……えへへっ」


 厭らしく笑う結衣。そんな結衣を見てどうして白濁が好きなのか見当がついた。本当にこの子はすぐにピンクなことを考えるんだから。


「結衣の好きな色は分かったよ。俺が好きなのは……黒と青系の色かな。あとは緑も好き」

「確かに部屋の中を見てみると、そういった色のものが多いよね。スマホの色も紺色だし」

「落ち着いた色が好きだね。気持ちも落ち着くからかな」

「なるほど。黒って言わなかったら、悠真君の好きな色に髪を染めていたよ」

「ははっ、そうか」


 髪を染めた結衣も見てみたいけど、きっとどの色に染めても地毛の黒が一番いいと思うだろう。

 好きな色は何かというこの質問は、


『黒。緑。あとは青系の色が好きです。』


 という回答を送った。

 この調子で、投稿された質問にもうちょっと答えていこう。

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