第68話『ありがとう』

 ――ごめんなさい。華頂さんとは付き合えません。俺は……高嶺結衣さんという人が一番好きだからです。


 俺が恋人として付き合いたいのは華頂さんではなく……高嶺さんだ。

 告白を断られたショックからか、華頂さんは何も言わずに俯く。そんな時間がとても長く感じる。


「……そっか」


 俯き始めてから、どのくらいの時間が経っただろうか。

 華頂さんの口から小さな声に乗せてそんな言葉が漏れ、両眼から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。華頂さんは右手で涙を拭った。


「結衣ちゃんのことが一番好きなんだね」


 そう言って微笑む華頂さん。涙も止まっているし、俺の返事を何とか受け止められたのかな。


「……そうだ。高嶺さんは卑猥なことを言うし、スキンシップも激しいけど……いつしか、あの明るい笑顔を見ると安心して、元気が出るようになったんだ。だから、高嶺さんがお店に来なかったり、風邪を引いて学校を欠席したりしたときは凄く寂しかった。学校で元気な姿をまた見られたときは凄く嬉しかった。今思えば、高嶺さんが学校に来た木曜日の時点で、確実に高嶺さんへの好意が芽生えていたと思う。華頂さんに告白されたときに、高嶺さんが好きだってはっきりと自覚したよ」

「……なるほどね。あたしは、ゆう君が結衣ちゃんを好きだと気付かせるお手伝いをしたんだね。自己中心的に動いたことの罰なのかも」


 悲しげな表情をした華頂さんは長く息を吐いて、アイスティーを一口飲んだ。

 俺もアイスコーヒーを一口飲む。華頂さんからの告白を振った直後だから、さっきよりも苦く感じた。その苦味は口の中にしっかりと残る。


「華頂さんが俺を好きだと言ってくれたのは凄く嬉しかった。俺の初恋の人は華頂さんだから。最近になって、華頂さんと一緒に過ごす時間ができて幸せに思ったし、正直、2年前よりも好きだと思う。でも、一番好きで、恋人として付き合いたくて、ずっと一緒にいたいと思う人は高嶺さんなんだ。だから、華頂さんの告白はお断りします。本当にごめんなさい」


 俺は華頂さんに向けて深く頭を下げた。2年も抱き続けてくれた自分への好意を断ってしまったのだから。もしかしたら、嘘の告白をしたときよりも、華頂さんは辛い想いをしているかもしれない。


「顔を上げてよ、ゆう君」


 華頂さんがそう言うので、ゆっくりと顔を上げる。すると、そこにはこちらを向いて優しい笑みを浮かべる華頂さんの姿があった。


「謝る必要なんてないよ。ゆう君はあたしの告白を聞いてくれて、正直な気持ちをあたしに伝えてくれたから。告白を断られたことはショックだよ。凄くショック。でも、ゆう君の話を聞いて、結衣ちゃんのことを思い浮かぶと、結衣ちゃんがお似合いだって思える。応援してるよ。結衣ちゃんと付き合えるようになること。付き合うようになったら、ずっと仲良く過ごしていくことを」

「……ありがとう、華頂さん」


 華頂さんはアイスティーを持って、最初に座った向かい側のソファーに座った。

 華頂さんに高嶺さんとのことを応援されたからか、頭の中に高嶺さんの笑顔が次々と思い浮かんでくる。そのことで胸が温かくなっていく。やっぱり、高嶺さんのことが好きなんだって思う。それを高嶺さんにちゃんと告白しないと。

 ただ、まずは華頂さん……桐花さんに今までの想いをしっかりと伝えないと。


「……桐花さん」

「……何かな、低変人さん」

「俺のお見舞いに来てくれたときにも言ったけれど、俺は桐花さんに一度、会いたかった。だから、低変人としてお礼を言わせてほしい。桐花さんとネット上で話すようになったから、この2年間、とても楽しく過ごせたよ。今のような音楽活動ができているよ。桐花さん、本当にありがとう」


 ありがとうの一言じゃ足りないくらいに感謝している。ただ、それを伝えられる言葉は「ありがとう」としか思いつかなくて。それが悔しく思えるほどに感謝している。

 桐花さん……華頂さんは可愛らしい笑みを浮かべて、


「こちらこそありがとう、低変人さん。桐花として付き合ってきたからこそ、何もできなくて辛く思ったときや、正体を明かすべきかって悩んだときもあった。でも、桐花としての交流がなかったら、この2年間は楽しいと思える時間は全然なかったと思う。本当にありがとう。あたしにこんなことを言える資格はないだろうけど、これからも……あたしとお友達でいてくれますか? あなたを好きなままでいていいですか? その気持ちがあると元気出るから」


 華頂さんらしい温かな想いを口にすると、華頂さんは俺に右手を差し出してきた。そんな華頂さんに対する返事はもちろん、


「これからもリアルでも、ネットでも友人としてよろしくお願いします。華頂さんが元気出るなら、俺を好きなままでいてくれてかまわないよ」


 俺は華頂さん……桐花さんの右手をぎゅっと握った。華頂さんは頬をほんのりと赤くして、ニッコリとした笑みを浮かべる。


「ありがとう」


 低変人としてネットで桐花さんと出会ってから2年。俺達は2度目。華頂さんとの出会いを含めたら、3度目の出会いを果たせた気がした。

 それからはお互いに好きな作品などについて話しながら、注文した飲み物やスイーツをいただいた。とても大事な話をした後なのもあって、凄く味わい深く感じられた。

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