第67話『うそのうそ。』

 ――ゆう君のことが大好きです。


 その言葉が心の奥まで響いた。

 まさか、華頂さんから好きだと告白されるなんて。2年前の嘘告白事件もあったから、驚きや信じられない気持ちもある。ただ、華頂さんの表情を見ていると、俺のことが本当に好きなのだと分かり、温かい気持ちになっていく。

 ただ、20日ほど前に高嶺さんにも告白されたから、高嶺さんのことも頭にたくさん思い浮かぶ。だからなのか、胸がキュッと痛んだ。


「2年前から……俺のことが好きなんだな」

「うん」


 俺の目を見て、華頂さんはしっかりと首肯する。


「きっかけって何なんだ? ネット上で桐花として話している間に好きになったとか?」

「……うん。ネット上で話す中で、ゆう君と話しているのが楽しいなって思ったの。今振り返ると、そのことでゆう君を好きになる下地ができていったんだと思う。ただ、はっきりとゆう君が好きだって自覚した出来事があったの。席が隣同士なっていた間に、ゆう君が消しゴムを落としたことがあったじゃない。あのとき、あたしが拾ったら、ゆう君があたしの目を見て『ありがとう』って言ってくれて。それまでたくさんの人からありがとうってたくさん言われたけど、あんなに素敵なありがとうは初めてで。凄くキュンとなって。ゆう君に恋愛感情を抱いているって自覚したんだ。それがあたしの初恋だよ」

「……俺が華頂さんを好きになったタイミングと同じだったのか」


 それを知って、胸が凄くキュンとなった。消しゴムを落としたという何気ないことで、お互いに初めての恋心が芽生えたんだ。運命を感じる。


「例の告白のとき、ゆう君、言っていたよね。消しゴムを拾ってくれたときにあたしに恋をしたって」


 そう言って、切なげな表情になる華頂さん。


「同じタイミングで好きになったから、より辛かった。ゆう君のことが好きなのに、美玲ちゃんの命令でゆう君を傷つけるために、例の告白をしなきゃいけなかったから。翌日、美玲ちゃんがあたしの告白は嘘で、ゆう君と恋人になれるわけないって言って。あのとき、何とかごめんって言葉を言えたけど。そもそも、あたしが弱いから。美玲ちゃん達に嫌だって言えなかったから、あんなことになったんだよね。当時のことを辛かったって言っちゃいけないのは分かっているけど……」


 華頂さんの両眼から、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちる。今でも、当時のことを思い出すと罪悪感に苛まれてしまうのかもしれない。そんな華頂さんを俺はぎゅっと抱きしめた。


「俺が許すよ。例の告白をされた俺が許すから、辛い気持ちを否定したり、心に溜めたりしないでいいんだよ。素直に出していいから」

「……うん。辛かったよ……」


 そう呟くと、華頂さんは俺の胸の中に顔を埋めて、声に出して泣いた。

 例の告白のとき、華頂さんは笑顔だったけど、普段の笑顔と比べると切なそうな感じで。今までは、嘘の告白をさせられた罪悪感からだろうと思っていた。本当はそれだけじゃなくて、恋人として付き合うこともなく、好きな人をただ傷つけるための告白をしなきゃいけない苦しみもあったのだろう。そんなことを考えながら、華頂さんの頭を優しく撫で続けた。


「……ありがとう。気持ち、落ち着いてきた」

「良かった」


 数分ほど経って、華頂さんは俺の胸から顔を離した。そんな彼女の目元は赤くなっていて。

 紅茶を飲むのもいいかもしれないと思い、テーブルの上にあったアイスティーの入ったグラスを華頂さんの側まで動かす。すると、華頂さんはアイスティーを一口飲んだ。


「桐花として何かできないかって思ったけど、上手い言葉が見つからなくて。そうしたら、Tubutterで、低変人としての活動を無期限活動休止する旨の投稿を見て。何てことをしてしまったんだろうって凄く後悔した。桐花として言えた言葉は『ゆっくり休んでね』の一言で。他に何かできないかと思ったけど、活動休止を宣言したから、何もしない方がいいのかな……ってずっと悩んでた。結局、夏休みになって、ゆう君から『このメロディーはどうか』って相談してくれるまで、何もできなかった」

「……そうだったんだな」


 ただ、その相談には凄く親身になってくれた。それは例の告白をしたことへのせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。それでも、あのときの桐花さんの存在はとても大きかった事実に変わりはない。


「例の告白の件があったし、美玲ちゃんのグループに入っていたから、ゆう君とリアルでは話せる状況じゃなかった。だから、少なくとも中学の間は、ネット上だけでゆう君との交流を深めようって決めたの。ゆう君にバレないように、自分のことをあたしじゃなくて『私』って言ったり、部活はスイーツ部じゃなくて料理部とか嘘をついたりして。……いや、部活については高校になってからか」


 思い返せば、自分のことを華頂さんは「あたし」で、桐花さんは「私」って言っているな。あと、前に桐花さんは入部したのは料理部だって言っていたなぁ。


「例のことがあってから、美玲ちゃん達と一緒にいると疲れることが多かったけれど、ゆう君とチャットで話しているときは楽しかったし、癒しだった。あたしの居場所だって思えた」

「俺にとっても居場所だと思えたよ。桐花さんと好きなこと、日常生活のこととかを話すのは楽しかった。だから、リアルで友達がいないことに何とも思わなかったし、馬鹿にされても嫌だとは思わなかった。桐花さんの存在は、活動を再開してからずっと作品を作り続けられる理由の一つだよ」

「……そう言ってくれて嬉しい」


 ようやく、華頂さんの顔に笑みが戻る。


「高校は美玲ちゃん達とは別々になって、ゆう君とは同じになった。リアルでも仲良くなるいい機会だと思って、入学式の日に声をかけたの」

「そうだったんだな」

「美玲ちゃんとの繋がりもまだあったけど、クラスの子はもちろんのこと、部活では結衣ちゃんや姫奈ちゃんとかいい子達と出会えて嬉しかった。よつば書店でバイトを始めたのは、漫画やラノベ好きなのはもちろんだけど、あそこで働けば、ゆう君と会えるだろうって思ったからなんだよ」

「それは……嬉しい理由だな」


 俺が好きだって知った後だと、凄く可愛らしく思えてくる。

 そういえば、よつば書店で華頂さんと会うと微笑んでくれたこともあったっけ。


「お互いのバイト先で、挨拶やバイトを頑張ってっていう程度のやり取りだったけど、ゆう君と直接言葉を交わせるようになったのが嬉しくて。距離を縮められたらいいなと思って。 ……でも、ゴールデンウィーク明けに大きな事件が起こった。結衣ちゃんがゆう君に告白した」


 俺に好意を抱いている華頂さんにとって、それはは大事件だよな。しかも、告白した人が俺のクラスメイトで、高嶺の花って呼ばれるほどに人気の高嶺さんなんだから。


「ゆう君は振ったけど、結衣ちゃんは諦めてないと知って焦り始めた。結衣ちゃんは凄く魅力的だから。実際、バイト中にゆう君と結衣ちゃんが手を繋いでいるところを見たときは、時間が止まったと思ったよ」


 そういえば、放課後デートで華頂さんと会ったとき、少しの間、固まっていたように思えた。きっと、俺が高嶺さんと手を繋いでいる様子を目の前にしたから、物凄い衝撃を受けていたのだろう。


「ただ、結衣ちゃんは例の告白についてゆう君に謝る機会を設けてくれたり、美玲ちゃんとの決着をつけるときに助けてくれたりしてくれて。親友って呼べるくらいの子になったと思う。もちろん、姫奈ちゃんも」

「そういう人と出会えて良かったな」


 俺が言うと、華頂さんは嬉しそうな笑みを浮かべて、一度頷く。きっと、高嶺さんや伊集院さんも、華頂さんを親友だと思っていることだろう。


「結衣ちゃん達がいなかったらどうなっていたことか。ゆう君とリアルでも仲良くなれて、楽しい時間を過ごせるようになって幸せだった。桐花としても楽しく話せるし、このままでいいかなって思ったの」

「そうか。でも、実際はこうして自分が桐花だと明かしてくれている。それって、やっぱり……俺が桐花さんと会いたいって言ったからか?」

「それもきっかけの一つ。今の関係なら、あたしが桐花だって明かしても大丈夫かもしれないって思い始めたから。あとは……日を重ねるごとに、悠真君と結衣ちゃんとの距離が縮まっているように見えたから。特に結衣ちゃんが風邪を引いたとき、ゆう君は寂しげな様子だったし。結衣ちゃんが元気になって、木曜日に学校で会ったときはいい笑顔になっていたから」


 華頂さんの言うように、高嶺さんのいない水曜日の教室は寂しく感じたからな。翌日、高嶺さんが教室にいたのを見て、凄く安心したのを覚えている。からかわれたけど。


「もしかしたら、ゆう君は女の子として気になっているかもしれない。このままだと結衣ちゃんの恋人になるかもしれない。好きだって気持ちを伝えて、恋人になりたい。そのためにはきっと、自分が桐花であることも明かした方がいい。ゆう君も桐花に会いたいって言っていたから。そう決心して、ここの予約を取って……チャットで直接会おうって誘ったの」

「それで、今日、俺に自分が桐花だと明かして、好きだって伝えてくれたのか」

「うん。結衣ちゃんにも昨日の夜、ゆう君が好きな気持ちを伝えたい。だから、2人きりの時間がほしいって言ったの。結衣ちゃん、ゆう君のことが大好きだし、もしかしたらゆう君と予定を入れているかもしれないから、その確認の意味も込めて。もちろん、結衣ちゃんから許可はもらってる」

「そう……なのか」


 高嶺さんに内緒で俺と2人きりで会うのは嫌だったのかな。それとも、高嶺さんは俺が好きだと公言しているから、自分も好きだと彼女にはいち早く伝えたかったのか。

 昨日の夜に、予定が入ったメッセージに対しての返信があってから連絡が全くないのは、華頂さんが俺に告白することを知っていたからかもしれない。そう考えると……気持ちがモヤモヤしてくるな。一口、アイスコーヒーを飲み、長く息を吐いた。


「高嶺さんは……華頂さんのお願いをよく受け入れたと思う。俺が風邪を引いている間に見た幼稚園の夢について話したとき、福王寺先生が結婚する部分を正夢にしようかって言ったんだ。そうしたら、高嶺さんは不機嫌そうな様子になってさ」

「……そうだったんだね」

「考えられるとすれば、お願いしたのが華頂さんだから、高嶺さんは2人きりで話すことを許したんだと思う。高嶺さんはとても優しい子だよ」


 好きな人に告白したいというお願いを受け入れたのだから。優しすぎる。


「高嶺さんと俺の様子を見て焦る気持ちは分かる。桐花であると明かして、好きだと告白したいと考える気持ちも分かる。もし、華頂さんが高嶺さんの気持ちを何も知らなかったのなら、それで良かったかもしれない。でも、高嶺さんが俺を好きなのはよく分かっているよね。好きだから告白したい、2人きりで話したいって言ったら、高嶺さんがどんなことを思うのか考えるべきだったと思う。このままだと、俺が華頂さんの恋人になるかもしれない。きっと、木曜日に華頂さんが感じたことを、高嶺さんに感じさせてしまっているんじゃないかな」


 では、どうすれば良かったのだろうか。

 高嶺さんは俺が低変人であることと、桐花さんというネット上の友人がいることを知っている。そして、2人は親友。だから、高嶺さんもいる場で自分が桐花であり、自分も俺のことが好きだと告白するのが、個人的にはいい形なのかなと思う。それが最適かどうかは分からないけど。

 今、高嶺さんはどんなことを想いながら過ごしているのだろう。それを考えると胸が痛む。

 俺の言葉が心に刺さったのだろうか。華頂さんは俯いてしまう。


「……自分のことばかり考えてた。私、結衣ちゃんに何てことをしちゃったんだろう。結衣ちゃんに謝らないと」


 そう言う華頂さんの声は小さくて、震えていた。


「それがいいと思う」


 どうやら、ちゃんと華頂さんの心に届いたようだ。ポン、と華頂さんの頭を軽く叩く。


「あと、告白の返事をちゃんとしないといけないな」


 俺がそう言うと、華頂さんは真剣な様子で俺を見つめてくる。

 一度、長く呼吸して、


「ごめんなさい。華頂さんとは恋人として付き合えません。俺は……高嶺結衣さんという人が一番好きだからです」

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