第4話『思い出-風邪編-』
玉子粥の入った土鍋とお茶碗、レンゲをトレーに乗せ、俺は結衣と一緒に部屋の中に入る。
「福王寺先生。玉子粥ができました……よ」
桃色の寝間着姿の福王寺先生が、ベッドで胡桃に膝枕してもらっていた。寝心地がいいのか先生は幸せそうだ。胡桃も優しい笑顔で先生の頭を撫でたり、お腹をさすったりしている。
「ありがとう、低変人様。いい匂いね。食欲が出てきたわ」
「良かったです。それにしても、胡桃に膝枕をしてもらっているなんて。可愛いところもあるんですね」
「低変人様に可愛いって言われるとキュンとしちゃう」
えへっ、と福王寺先生は笑う。そんな先生からは照れくささも感じられた。
「胡桃ちゃん達には話したんだけど、風邪を引くと寂しい気持ちになりやすくて。特に小さい頃は。だから、今みたいに母親に膝枕をしてもらったり、胸の中に顔を埋めたりしていたの。母は胡桃ちゃんくらいに胸が大きくてね。母の胸は柔らかくて、温かくて、いい匂いがして。凄く安心できたのを覚えてるわ」
「そうなんですね」
俺も幼稚園の頃、風邪を引くと、母さんに膝枕してもらっていたな。ただ、そのときは芹花姉さんにも膝枕をさせられ、胸に顔を埋めさせられるのがお決まりの流れだったけど。
大きくなってからは芹花姉さんが風邪を引くと俺が膝枕をしてあげることもある。早く元気になりそうだと言われると断れないのだ。
「杏樹先生さえよければ、私の胸に顔を埋めてみますか?」
「……では、お言葉に甘えて」
福王寺先生は少し体を起こして、胡桃の胸の中に顔を埋めスリスリする。
「あぁ、この柔らかさ……母親を思い出すわ。胡桃ちゃんの胸は柔らかそうだと思っていたけどその通りね。温かいし、甘くていい匂いもするから懐かしい気持ちになるわ」
「ふふっ、そうですか。今の杏樹先生、とても可愛いですよ~」
よしよし、と胡桃は優しい笑顔で福王寺先生の頭を撫でる。そんな胡桃が本当の母親のように見えた。心温まる光景だからか、結衣も伊集院さんも、中野先輩も微笑みながら見ている。
「本当に気持ちいい。お母さんみたいだよ。胡桃お母さん……なんてね」
「ふふっ。私がお母さんってことは、お父さんはゆう君……」
そう言うと、胡桃は俺と視線が合う。胡桃ははにかみながら頬を真っ赤にし、慌てて視線を逸らした。ここには男は俺しかいないし、胡桃は俺のことが好きだから。頬が熱くなってきたな。きっと、胡桃のように俺も頬が赤くなっていそうだ。
「ご、ごめん。ゆう君。結衣ちゃんっていう彼女がいるのに」
「き、気にするな」
「この部屋には悠真君しか男の子はいないもんね。私も悠真君がお父さんって思った!」
「低変人様の種で私の体を作り出している設定……うん、とてもいい! 物凄く興奮してきたわ!」
おほほっ! と福王寺先生は変な笑い声を上げる。そんな先生の顔がさっきよりも赤くなっている。熱をぶり返さなければいいけど。
「悠真が低変人だからか、杏樹先生は本当に悠真に心酔していますよね。あと、華頂ちゃんよりも高嶺ちゃんの方がより『先生の母親』って感じがします」
「あたしも同じ意見なのです。結衣と杏樹先生は似ている部分があるのですから」
中野先輩や伊集院さんの意見に賛成だな。胡桃も優しげなお母さんって感じがしていいけど。
もし、結衣と俺の間に子供ができて、その子が結衣の多くを遺伝していたら……福王寺先生のような人に成長するかもしれないな。
「結衣ちゃんと杏樹先生は内面だけじゃなくて、外見も似ているもんね。美人で高身長でスタイルも良くて。でも、今はあたしがお母さんだから。……さあ、杏樹ちゃん。玉子粥を食べましょうね~」
「は~い!」
胡桃も福王寺先生も親子の設定を楽しんでいるな。
さすがに、今の体勢のままお粥を食べるのはまずいと思ったのか、福王寺先生はベッドから降りて、テーブルの近くにあるクッションに座る。
俺はレンゲで土鍋から玉子粥をよそう。
「どうぞ、福王寺先生。熱いので気を付けてください」
「……ち、父親っぽく言ってほしいな」
少し頬を膨らまし、上目遣いで俺を見てくる福王寺先生。学校で見せるクールさが全く感じられない。今日は風邪を引いているから特別だ。
「……しょうがないですね。……お父さん、杏樹のために玉子粥を作ったよ。口に合えばいいな。熱いから気を付けて食べるんだよ」
「は~い!」
「えへへっ、悠真君が父親になったら、きっとこういう感じになるんだろうなぁ」
隣からうっとりとした様子で見てくる結衣。結衣が母親になったら、きっと今のような可愛らしい笑顔を子供に向けるんだろうな。
福王寺先生は玉子粥をレンゲで一口分掬うと、ふーっ、ふーっと息を吹きかける。その姿が何とも艶めかしい。
玉子粥を口に入れるとすぐに、福王寺先生の顔に笑みが生まれる。
「……美味しい。ごはんと玉子の甘味が優しくて、だしが効いていて。これが低田家のお粥の味なのね」
「そうですね。今回は和風だしを使っていますけど、たまに鶏ガラのだしを使うときもありますね。先生のお口に合って良かったです」
「美味しくて元気出るよ。風邪を引いたら、このお粥を食べられる低変人様の家族がとても羨ましいわ」
「私も味見をしたときにそう思いましたね。今度、風邪を引いたときは悠真君に玉子粥を作ってもらおうかな?」
「ああ、もちろんいいぞ」
結衣のためなら、風邪を引いていないときでも喜んで作るけど。
「ねえ、低変人様。一口だけでいいから、お粥を食べさせてくれると嬉しいな。そうすれば、もっと早く元気になれそうな気がするの!」
とっても可愛らしい声で言う福王寺先生。玉子粥を作っているときから、こういう展開になるんじゃないかと予想していた。
結衣の方に視線を向けると、彼女は笑顔で頷いた。
「いいですよ。では、一口食べさせてあげますね」
「ありがとう」
俺は福王寺先生からレンゲを受け取る。さっきの先生のように、一口分掬ったお粥に息を吹きかけて冷ます。このお粥が先生の体の中に入ると思うと、ドキドキしてくるな。
「はい、先生。あーん」
「あ、あ~ん」
福王寺先生は食べてもらいやすいように大きめに口を開ける。ほんのりと頬が赤くなっているから、少女のような可愛らしさを感じるな。
こぼさないように気を付けながら、福王寺先生に玉子粥を食べさせる。先生は柔らかな笑みを浮かべて玉子粥を食べてくれる。
「低変人様に食べさせてもらったからか、より美味しいわ。低変人様の優しさをより感じたからかな」
「……嬉しいことを言ってくれますね。福王寺先生が休まれたので、クラスのみんなが寂しがっていました。早く元気になって、先生とまた学校で会えると嬉しいです」
俺は福王寺先生の頭を優しく撫でる。こんなことをされるとは思わなかったのか、触れた瞬間に先生は体をビクつかせた。あと、シャンプーかコンディショナーかは分からないけど、先生の髪からほんのりと甘い匂いがした。
「悠真君の言う通りです。こうしてお見舞いに行くことにはなっていましたけど、学校では寂しい気持ちが心のどこかにずっとあって」
「いつも通りの時間が好きなんだって思えたのです。体調を悪くなったのを責めているわけではないのです。ただ、学校で先生と会えることが嬉しいのだと思えたのです」
「あたしのクラスでも、杏樹先生が休んでいるのを寂しがっている子は結構いました。自習で問題集に取り組むのも悪くないですけど、杏樹先生に教えてもらうのが好きですね」
「あたしのいるクラスは関わりがないですけど、先生が休んだと話題になりましたね。さすがは人気教師ですね」
結衣達から次々と温かな言葉がかけられる。だからなのか、福王寺先生は両目に涙を浮かべている。
「ありがとう、みんな。……大人になれば、こういうことにも強くなると思ったんだけど、実際は逆なのよね。アニメとか漫画とかで泣くことも多くなったし」
何だか恥ずかしいわ、と照れくさそうに笑い、福王寺先生は右手で両目に浮かぶ涙を拭った。
クールで授業中心に厳しい一面を見せることはあるけど、『クールビューティー』や『数学姫』という異名を持つほどに好かれている。元気になって学校に行ったら、もっと多くの生徒から「元気になって良かった」という旨の言葉をかけられるんじゃないだろうか。
その後、みんなで代わりばんこに福王寺先生に玉子粥を食べさせたり、先生のお願いで、昨日買ったBL漫画を結衣と俺で朗読したりと、女性達はとても楽しそうにしていた。俺は朗読がしんどくて恥ずかしかったけど。
福王寺先生は楽しげな笑顔をたくさん見せていた。なので、近いうちに学校でまた会えると確信を持った。
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