第3話『ガールズトーク』

 誰がどの担当をするか相談した結果、俺はお粥作り、結衣と伊集院さんは福王寺先生の汗拭きや着替え、胡桃と中野先輩は部屋の掃除を担当することになった。

 福王寺先生から、冷蔵庫の中に卵があるから玉子粥がいいと希望されたので、玉子粥を作ることに。

 玉子粥は両親や芹花せりか姉さんが体調を崩したときに何度も作ったことがある。なので、低田家のレシピで作っていいかと福王寺先生に訊く。すると、先生は快諾してくれた。

 料理をするので、福王寺先生から青いエプロンを借りる。結衣と先生から俺のエプロン姿を絶賛され、スマホでたくさん写真を撮られた。胡桃も何枚か撮っていた。

 結衣は洗面所の中に入る。すぐに見つかったようで、バスタオルを持って出てくるまで時間はかからなかった。


「悠真君。これから杏樹先生の体を拭いてお着替えをするから、扉を閉めるね。覗いちゃダメだよ」

「低変人様だったら下着姿くらいまでは見られてもいいけど、さすがに全裸は恥ずかしいからね。まあ……低変人様がどうしても見たいって言うなら、私は見せてもいいけど」


 部屋の入口前でもじもじとした様子で話す福王寺先生。先生は俺をチラチラと見てきて。ちょっと可愛いな。先生の側で結衣が半目で俺のことを見てくる。


「さすがにそんなことは言いませんよ。扉は開けませんから、俺のことは気にせずに安心して着替えてください」

「……うん」


 どうして、ちょっと残念がっているのか。本当は見られたかったのか? 福王寺先生って結衣と似ている部分が多いからなぁ。先生とは対照的に、結衣は満足そうな様子でうんうんと頷いていた。


「杏樹先生と部屋の中のことは私達に任せて。だから、悠真君は玉子粥よろしくね」

「ああ、分かった」


 福王寺先生と結衣は部屋の中に入り、扉をゆっくりと閉めた。

 部屋の扉には曇りガラスがついているけど、中の様子は全然見えない。扉の近くを歩いているからか、たまに人影が見える程度だ。


「杏樹先生って本当に白くて綺麗な肌ですね! あと、綺麗なくびれもあって……」

「ありがとう、結衣ちゃん。今年で20代後半に突入するけど、まだまだ高校生には負けないかな」

「本当に綺麗です。あと、ストレートの髪型も可愛いですよ!」

「ありがとう」


 話し声が割とはっきり聞こえてくる。俺はキッチンで1人だけど、これならあまり寂しくないかな。ここから女性達の会話を楽しむか。

 炊飯器には……茶碗1杯分くらいのご飯が入っているな。土鍋とお茶碗とレンゲを洗ったら、さっそく玉子粥を作ろう。


「杏樹先生の胸は大きくて形が綺麗なのです。こういう胸になりたいと思ったのは結衣以外だと初めてなのですよ」

「あら、そうなの。確かに結衣ちゃんのっていい形してそう」

「ひゃあっ、さりげなく触らないでください」


 福王寺先生、結衣の胸を触っているのか。女性の担任だから許すけど、これが見知らぬ男だったら今すぐに駆けつけているところだった。

 土鍋などを洗い終わったので、俺は玉子粥作りを始める。まさか、担任の先生の自宅で、先生のためにお粥を作る日が来るとは。


「先生、どうですか?」

「2人とも上手ね。高級なマッサージ店に来ている感じがする。それにしても、姫奈ちゃんは胸を集中的に拭いてくれるのね」

「大きくて綺麗なのですからね。バスタオル越しでも柔らかさが伝わるのです。より憧れが増したのです」

「そこまで胸に興味を持つなんて意外だね、伊集院ちゃん」

「……お、大きくなりたいですから。今からでも希望があると信じているのです」


 部屋には女性しかいないからか、胸談義で盛り上がってきているぞ。部屋の中で福王寺先生が胸を露わにしていると思うとドキッとしてしまい、危うく冷蔵庫から出した卵を落とすところだった。セーフ。


「希望を持つことはいいことよ。よく寝れば大きくなると聞いたことがあるわね」

「そうなのですか。ちなみに、胡桃はよく寝るのですか?」

「そ、そこであたし?」

「……おそらく、ここにいる女性の中では一番胸が大きいと思いまして」

「な、なるほどね。寝るのは好きな方かな。どうしてもリアルタイムで観たいアニメがない限りは、翌日に学校がある日は0時までに寝てる。でも、高校生になってからは、バイトで疲れて早く寝ちゃう日もあるよ。昨日も家に帰ったら、夕ご飯を食べて、お風呂に入って、今日出す宿題をやったらすぐに寝たし」


 そういえば、翌日に学校がある日は、日付を跨いで胡桃……桐花とうかさんとチャットしたことは全然なかったな。だからか、平日の夜にお互いに大好きなアニメをリアルタイムで観て、感想をチャットで話し合ったことをよく覚えている。

 ちなみに、胸の大きい芹花姉さんも、定期試験前や受験シーズン以外は遅くまで起きていることはあまりない。


「なるほどなのです。確かに、あたしは小さい頃から好きなことに集中して、遅くまで起きてしまうことが多いのです。早めに寝ることを心がけましょう」

「あたしも少しは早めに寝ようかなぁ。胸のカップ、もう一つくらい上げておきたい」


 中野先輩はそれなりの大きさがあると思うけど、本人にとってちょうどいいと思う胸の大きさがあるのだろう。

 女性達の胸の話を聞いていたら、キッチンにはだしのいい匂いがしてきた。ご飯もいい感じに煮えてきている。


「胸の話をして思い出したことがあったわ。朝、みんなから体調を気遣ってくれたメッセージを見た後、熱にうかされている中で考えていたことがあったの」

「へえ、何なんですか? 私、気になります」

「凄くくだらないことなんだけどね。『くるみのみるく』って凄くいい回文だなと思って。略して『くるみるく』。とっても美味しそうな感じがしない?」

「ほえっ」


 回文に自分の名前が登場しているからか、胡桃は可愛らしい声を上げているな。

 本人の言うとおり、凄くくだらないことを考えていたんだな。でも、熱にうかされた先生らしい内容だとも思える。


「本当にくだらないですね、杏樹先生」

「そう言われちゃうとちょっと傷付くなぁ、結衣ちゃん。トーク画面の胡桃ちゃんの名前を見た瞬間にふと思っちゃってね」

「ううっ、何だか恥ずかしいですよ……」

「でも、『くるみるく』って美味しそうな感じがするのは同意なのです」


 伊集院さんの言葉に俺も同意するけど、胡桃っていう友人の女の子がいるせいか罪悪感が生まれてしまうな。


「ちなみに、胡桃ちゃん……出る?」

「で、出ませんよ!」


 と、胡桃の大きな声が聞こえてくる。出たら大事件だな。というか、福王寺先生は生徒に何てことを訊いているんだか。教師としてダメなのでは。


「そ、そういえば! 中学時代に友達からミキサーを使って、くるみミルクを作った話を聞いたことがあります。そのまま飲むと、ほのかに甘いそうですよ」

「そうなのですか、千佳先輩。今度試してみましょう」


 くるみミルクは飲んだことがないから、俺もいつかは作ってみるか。


「話が盛り上がっちゃったけど、キッチンにはゆう君がいるんだよね」

「ふふっ、そうだね。胸とかミルクの話題で盛り上がっちゃったね。……悠真君、聞こえてた?」

「えっ?」


 俺に話を振ってくるとは。胸談義などをしていたので、俺に聞こえてしまっていたかどうかは気になるか。さあ、何て答えよう。はっきりと会話が聞こえちゃっていたけど。


「あ、あんまり聞こえなかったな。お粥作りをしているからね。その前に土鍋とかの洗い物もしていたし。だから、大きいとかくるみとかミルクみたいな単語くらいしか聞こえなかったよ」


 いつもよりも大きめの声でそう返事をした。

 全然聞こえなかったと言ったらすぐに嘘だとバレそうだし、はっきり聞こえたと言ってしまったらこの後の部屋の空気が微妙なものになる。だから、単語単位で聞こえたということにした。これが一番いい返答なのかは分からないが。


「なるほどね、分かった。……ちょっと聞こえていたみたいだね」

「ちょっと恥ずかしいのです。あたし、胸の話題で結構盛り上がってしまいましたから。気を付けないと」


 俺も部屋の方に聞き耳を立てないように気を付けよう。

 それからは玉子粥作りに集中する。

 お粥を作っていると、特に芹花姉さんが風邪を引いたときのことを思い出すな。俺が作った玉子粥を美味しそうに食べてくれて。たまに俺が食べさせると、とっても嬉しそうにしていたっけ。


「汗拭きと着替え終わったよ」


 玉子粥が完成したとき、部屋から結衣が出てきた。結衣はバスタオルや先生がさっき着ていた寝間着を持っている。


「お疲れ様、結衣」

「ありがとう」

「掃除の方はどうかな?」

「もうほとんど終わったよ。キッチン、いい匂いがしているね」

「あとは、味見して味付けの確認をするだけ」

「そうなんだね。悠真君もお疲れ様」


 微笑みながらそう言うと、洗面所の方へと向かっていった。

 面と向かって、結衣にお疲れ様って言われると嬉しくて、温かい気持ちになれるな。


「悠真君」


 キッチンに戻ってきた結衣は「あ~ん」と大きめに口を開ける。


「味見したいのか?」

「うんっ! あと、悠真君が作った玉子粥をちょっと食べてみたくて」

「ははっ、そういうことか。じゃあ、結衣にも味見してもらおうかな」

「はーい」


 結衣はさっきよりも大きく口を開ける。本当に可愛らしいな。このまま食べさせないのもアリな気がしてきた。

 スプーンで玉子粥を一口分掬い、結衣が食べやすいように息を掛けて冷ます。


「はい、あーん」

「あ~ん」


 玉子粥を食べさせると、結衣はすぐに笑顔になる。


「うんっ、ほんのり甘くて美味しい。出汁が薄めだけれど、体調が元通りになっていない先生にはちょうどいいのかな」

「体調を崩しているときは優しい味がいいかなと思ってさ。……うん、美味しくできてる」


 この玉子粥ならきっと、福王寺先生も美味しく食べてくれるんじゃないだろうか。


「ふふっ、何だかこうしていると、私達の子供が風邪を引いて玉子粥を作っているように思えるね」


 優しい声色で言うと、結衣は俺に寄り掛かってくる。俺が結衣の方を見ると、彼女は上目遣いで俺のことを見つめる。目が合うとすぐにニッコリとするところが可愛らしい。


「……そうだな。今は恋人として一緒にいるけど、いつかは夫婦として一緒の時間をたくさん過ごすんだろうな。子供ができる未来もあるだろうね」

「そうだねっ。……あなた、5人目はいつ作りますか?」

「もう4人子供がいる設定なのか」

「部屋の中に4人いるから、何となくね」


 朗らかに笑う結衣。

 子供が4、5人もいたら、身体的にも経済的にも大変そうだ。安定した職に就こうとは思っているけど。その収入に加えて、低変人としての収入が今くらいあれば経済的には問題はないのかな。もちろん、結衣と共働きをする可能性は十分にあるし。


「どうしたの? 私を見つめながら黙っちゃって」

「……将来のことについて色々考えてた」

「ふふっ、そっか。悠真君と一緒なら、どんな未来でも楽しく幸せに歩めそうな気がするよ」


 持ち前の明るい笑みを浮かべながら、結衣は俺に向かってそう言ってくれる。そんな結衣を見ていると、これからどんなことがあっても、彼女が一緒なら本当に大丈夫だと思えてしまうから凄い。これが恋人というものなのか。それとも、その恋人が高嶺結衣という人だからだろうか。何にせよ、


「結衣がそう言ってくれて凄く嬉しいよ」


 俺は結衣にキスする。部屋には胡桃達がいるので、ほんの一瞬。それでも、結衣の唇の柔らかさや温もりは伝わってきて心地良かった。

 さてと、玉子粥が美味しくできたから、福王寺先生のところに持っていくとしましょうか。

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