第6話『メーデー』

 6月15日、土曜日。

 目を覚ますと……そこには見慣れない天井があった。一瞬、ここはどこなのかと思ったけど、香ってくる結衣の甘い匂いのおかげで、ここが結衣の部屋であると分かった。

 壁にかかっている時計を見ると……今は午前7時過ぎか。昨日は夜遅くまで結衣と肌を重ねたけど、結構早く起きられたな。


「悠真君……えへへっ」


 結衣のそんな声が聞こえたので、結衣の方に顔を向ける。

 結衣は俺の左腕を抱きしめながらぐっすりと寝ていた。幸せそうな表情とさっきの寝言からして、夢に俺が出てきているのだろう。もしそうなら、夢の中でも結衣と俺は色々なことをしているのかな。それにしても、


「結衣の寝顔、可愛いな」


 俺と付き合うようになるまで、男女問わずたくさんの人に告白されたのも納得だ。いつでも見たいと思い、スマホで撮影する。……よし、上手く撮れた。

 結衣が起きてしまわないように、彼女の頭をそっと撫でて、額にキスした。


「うんっ……」


 キスしてすぐに、結衣はそんな声を漏らし、ゆっくりと目を開ける。俺と目が合うと、結衣は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「おはよう、悠真君」

「おはよう、結衣。ごめん、起こしちゃったかな。結衣の寝顔が可愛かったから、スマホで写真を撮ったり、頭を撫でたり、額にキスしたりしたから」

「ううん、そんなことないよ。とても気持ちのいい目覚めでした。いい夢を見ていた気がするし。それに、前に悠真君の家に泊まったときは、私が先に起きて、悠真君に色々なことをしていたからね。むしろ、悠真君が寝ている私に色々としてくれて嬉しいよ」

「……そう言ってくれて良かった」

「うんっ。悠真君、おはようのキスをお願いします」


 結衣はゆっくりと目を瞑る。寝顔も可愛らしいけど、キスを待っている今の顔もとても可愛らしい。そんなことを思いながら、結衣とおはようのキスをする。

 今はお互いに何も着ていないから、キスすると昨日の夜のことを思い出す。結衣のベッドの中でしたから、今まで以上に結衣を感じられた気がする。

 唇を離すと、結衣は恍惚な表情に。


「私のベッドで悠真君と一緒に寝て、目を覚ましたら悠真君がいて。最初にすることが悠真君とのキスで。また夢が叶っちゃった。とても幸せです」

「……そうか。昨日から、結衣の夢がいくつも叶って俺も幸せだよ」

「うん。もちろん、まだまだ悠真君絡みの夢はたくさんあるからね」

「俺も結衣との夢とか、やりたいことがいくつもあるよ。これから増えるだろうけど」

「私もそんな気がする。……この前みたいに、シャワーを浴びに行こうか」

「そうだな」


 これからは、こういう形で週末を迎えることが何度もあるんだろうな。そう思いながら、結衣と一緒に浴室へ向かうのであった。



 結衣の御両親は都心の方へデート。柚月ちゃんは午前中から夕方まで女子テニス部の活動があるので中学校に行った。今日は晴れているので、絶好のデート日和や練習日和だろう。

 これから、夕方までは俺と結衣の2人きりになる。

 今日は何をするのか話し合った結果、午前中は家でゆっくりして、お昼前にエオンに行ってお昼ご飯を食べ、その流れでショッピングしたり、ゲームコーナーで遊んだりしようということに決めた。

 今は結衣の部屋で、彼女も大好きなラブコメアニメを観ている。高校入試もあった今年の1月から3月に放送されたものだ。結衣は受験勉強の気分転換に観たり、アニメを観るのを楽しみに入試を頑張ったりしたのだという。

 俺も大好きな作品なので、アニメの方に集中するけど、結衣の可愛らしい笑い声が聞こえると、たまに結衣の方を見てしまうことも。膝丈のスカートに、半袖の肩開きTシャツという服装が似合っているので、結衣をじっと見てしまうときがあって。


「どうしたの? 私の方を見て」

「……その服を着ている結衣がとても可愛くて、つい。似合ってるよ」

「ありがとう。悠真君のワイシャツ姿も似合ってる」

「ありがとう」


 ちゅっ、と結衣にキスをする。

 すると、結衣は柔らかな笑みを浮かべ、俺によりかかってきた。互いに薄手の服を着ているので、服越しでも結衣の温もりがしっかりと感じられる。


 ――プルルッ。

 ――プルルッ。

「おっ」


 テーブルに置いてある俺のスマホと結衣のスマホが鳴る。2台同時に鳴ると結構ビックリするな。そんな俺を見て、結衣はクスッと笑った。恥ずかしいな。

 それにしても、同時に鳴るなんて。LIMEのグループトークに誰かがメッセージを送ったのかな?

 さっそく自分のスマホを確認してみる。すると、俺と結衣、胡桃、伊集院さん、中野先輩と福王寺先生のグループトークに、福王寺先生からメッセージが送られているという通知が。何があったんだ?


『誰か助けておくれ』


「本当に何があったんだよ!」

「杏樹先生がこんなメッセージを送ってくるなんて」


 結衣も自分のスマホを見ながらそう言う。

 今まで、福王寺先生がこんなメッセージを送ったことがない。なので、不安な気持ちになってくる。


『福王寺先生、何があったんですか?』


 俺がそうメッセージを送ると、隣にいる結衣と、さっきメッセージを送ってきた福王寺先生がグループトークを見ているからか、すぐに『既読2』と表示される。

 休日の午前中だし、土日にスイーツ部の活動はない。なので、学校関係の可能性は低いと思われる。そんなことを考えているうちに、既読者の数が増えていく。


『実は自宅に巨大なクモが出て。私、クモが大の苦手で。ううっ、退治してくれないと、怖くてお家にいられないよ……』


 そんなメッセージと、『しくしく』という言葉付きの、涙を流す猫のイラストスタンプが福王寺先生から送られてきた。

 何か重大な事件が起こったのかと思ったら、巨大グモが家に出たのか。俺にとっては今年も虫の出やすい季節になったなとしか思わないけど、大嫌いな虫と出くわしてしまった福王寺先生にとっては大事件なのだろう。


「クモかぁ。ゴキブリに比べたら平気だけど、巨大グモは私もダメかも。うちも、夏になると毎年一度か二度は巨大な奴が出るね」

「そうなのか。うちも夏になると大きなクモが出るよ」

「どこの家でも出るんだ。夏は好きだけど、ゴキブリやクモとか虫と遭遇すると思うとちょっと嫌かな。夜にトイレに行くとゴキブリがいたってパターンは毎年あるし。小学生の頃はそのせいで何度か……も、漏らしちゃったことがあって」


 俺と2人きりだけど、結衣は小さな声でそう言った。


「そうだったのか。その……大変だったんだな」


 顔を真っ赤にしている結衣の頭を優しく撫でる。

 そういえば、芹花姉さんも小学生の頃に結衣が話したようなことを何度も経験していたな。そういうときは必ずと言っていいほど号泣していたっけ。


『ごめんなさい。あたし、これからバイトがあるので行けません。クモは平気なんですけど』


 そういえば、胡桃……土曜日にバイトがあるって昨日の昼休みに言っていたな。あと、胡桃はクモが平気なのか。2年以上、彼女とネット上で話してきたけど、クモが嫌いだって言ったことは一度もなかった気がする。


『あたしはクモが大嫌いなのです。なので、杏樹先生のお力にはなれないのです。申し訳ありません』


「そういえば、姫奈ちゃんもクモが苦手だったな。ここで夏休みの宿題を一緒にやっているとき、小さなクモが出ただけで絶叫して、ベッドに潜っていたから。そのときは私が退治したけど。ちなみに、ゴキブリが出たときは立場が逆転するの」


 苦笑いをしながらそう話す結衣。

 さすがは親友同士。お互いの苦手な部分をカバーし合っているんだな。最近は減ったけど、昔は姉さんの部屋に出たゴキブリやクモを退治したな。


『これから映画を観る予定で、今はクラスの友達と花宮にいるんです。なので、あたしも助けに行けないです。ごめんなさい』


 中野先輩は花宮にいるのか。これから映画を観るそうだし、そりゃ行けないか。


「こうなったら、俺達が先生を助けるしかないな」

「行けるのは私達だけだもんね。ところで、悠真君ってクモは平気なの?」

「ああ、平気だよ」

「じゃあ、これから杏樹先生を助けに行こう! 先生の家がどんな感じなのか興味もあるし」

「……俺もちょっと興味あるな」


 この前、福王寺先生も『ひまわりと綾瀬さん。』という百合漫画が好きだと分かったし。先生の家にどんな漫画や小説があるのか興味がある。


『俺はクモが平気なので退治しますよ。これから結衣と一緒に行きますね』


 俺がそういったメッセージを送ると、すぐに福王寺先生はほっとした様子の猫スタンプを送信してきた。これから退治してくれると分かって安心したのだろう。

 その後、福王寺先生からの提案で、武蔵金井駅の改札前で待ち合わせすることに。俺と結衣はさっそく家を出発するのであった。

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