第5話『肌と肌』

 結衣が起きてから15分ほど。

 お風呂が空いたと柚月ちゃんが伝えに来てくれたので、結衣と俺はお風呂に入ることに。伝えてくれたとき、結衣に膝枕してもらっていたから、柚月ちゃんにクスッと笑われたときは恥ずかしかった。

 結衣と俺は必要なものを持って、洗面所へ向かう。

 洗面所に来るのはこれで2度目だ。1度目は結衣のお見舞いで、結衣の汗を拭くためのバスタオルを取りに来たときだった。あのときには、恋人として付き合って、一緒に入浴することになるとは思わなかったな。

 結衣と俺は隣同士に立って、服や下着を脱いでいく。

 この前、結衣が俺の家に泊まりに来たときは、凄く緊張したから互いに背を向けて脱いだっけ。今でも、結衣の体を見るとドキドキして緊張するけど。本当に……綺麗だ。


「もう、悠真君ったら。私の体をじっと見ちゃって。えっちぃね」

「綺麗だと思ってさ。結衣だって、俺の特定の箇所をチラチラ見ているじゃないか」

「ふふっ、バレてたか。じゃあ、浴室に入ろう」


 結衣は優しい笑顔になり、俺の右手をぎゅっと握ってくる。これまで、数え切れないほどに手を握られてきたけど、何も着ていない状態だから凄くドキッとした。

 結衣に手を引かれる形で、俺達は浴室に入る。


「おおっ……」


 結衣の家の浴室、結構広いな。初めて来る場所でもあるから、旅先のホテルの浴室に来た感じがする。

 あと、柚月ちゃんが入った直後だから、シトラスのいい香りがする。馴染みのある香りだ。周りを見ると、バスカウンターの側にあるラックに、家でも使うことがあるシトラスの香りがするボディーソープが置かれていた。


「広くて綺麗な浴室だな」

「ありがとう」

「この前、結衣が泊まりに来たとき、浴室は俺の家よりもちょっと広いくらいだって言っていたけど、これはかなり広いと思うぞ。湯船では2人でゆったりできそうだ」

「ふふっ、そうだね。悠真君、今回は悠真君から髪と背中を洗ってあげる!」

「ありがとう。お願いするよ。じゃあ、その後に結衣の髪と背中を洗うね」

「うん!」


 結衣に髪と背中を洗ってもらうことに。

 この前とは違って、今日は学校とバイトがあった。だから、結衣に洗ってもらうととても気持ちいい。眠気も感じられるほどだ。こういうことで眠くなれるのは結構幸せなことなんじゃないかと思った。

 あと、今日も背中を流す際に、ボディータオルかボディーのどっちにするか結衣に訊かれたけど、俺の持参したボディータオルで洗ってもらった。


「うん、これで背中もOKだね」

「ありがとう、結衣」

「どういたしまして。悠真君、よければお尻や前の方も洗ってあげようか?」

「前の方はさすがに恥ずかしいな。じゃあ、お尻だけ」

「はーい」


 結衣が洗いやすいように、俺はバスチェアから立ち上がる。すると、


「うわっ!」


 お尻に何とも言えない感触が。予想もしなかったので、大きな声が出てしまった。


「……結衣。ボディータオルじゃなくて、素手で洗ってるだろ?」

「……バレちゃったか」


 後ろに振り返ると、結衣がボディーソープの泡の付いた手で俺の尻を触っていた。俺と目が合うと、結衣はてへぺろ。……ちくしょう、可愛いじゃないか。


「いやぁ、悠真君のお尻は綺麗だし柔らかそうだったから、つい素手で洗いたくなって。予想通り、柔らかいお尻だね!」

「そ、そうか。……あぁ、揉み揉みするんじゃない。変な感じだ」

「うへへっ」


 結衣の厭らしい笑い声が響き渡る。

 電車などで痴漢される人の気持ちがちょっと分かった気がする。今回は恋人の結衣だからまだしも、見ず知らずの他人だったら辛いものがあるな。


「いいお尻してるね、悠真君。このまま、全身を素手で洗ってあげようか?」

「お気持ちだけで十分だ。ほら、結衣、ボディータオルを渡しなさい。あとは自分で洗うから」

「ふふっ、分かったよ。あぁ、いいお尻だった!」


 満足げな様子で俺にボディータオルを渡す結衣。結衣って尻フェチだったのか?

 それから、俺はボディータオルで前の方を洗っていく。ただ、お尻の件があるので逐一、後ろを振り向いたり、鏡を見たりして結衣の様子を伺った。だからなのか、彼女が俺にイタズラをしてくることはなかった。

 体を洗い終わって、今度は俺が結衣の髪と背中を洗ってあげた。その際、


「さっき洗わせてくれたお礼に、私のお尻を素手で洗っていいよ? 何なら胸も」


 と言ってきやがったので、丁重にお断りした。洗いたくないと言ったら嘘になるが。洗ったら、興奮しすぎて熱中症になってしまいそうだったから。

 結衣も体を洗い終えたので、彼女と一緒に湯船に浸かる。この前と同じように、向かい合った状態で体育座りの形だ。


「この湯船だと、結衣と2人で入ってもゆったりできるな。浴室に入って、湯船を初めて見たときからそう思っていたけど。こういう広い湯船も好きだな」

「住んでいる人にとって、それは嬉しい言葉だね~」


 湯船に浸かっているからか、結衣は柔らかな笑みを見せてくれる。そんな彼女を見ていると、まったりとした気分になれるな。


「6月も半ばになったけど、お風呂が気持ちいいね」

「そうだな。……体の方は大丈夫か? 一口だけだけれど、お酒を呑んで酔っ払っていたからさ」

「もう大丈夫だよ。私、酔っ払うとあんな風になるんだね。悠真君だけならまだしも、家族にも見られて恥ずかしいな」


 そう言ってはにかむ結衣。

 声や表情が普段よりも柔らかくなったり、甘えん坊な部分に拍車がかかったりするくらいで、それ以外は普段とあまり変わりなかった。


「悠真君が酔っ払うとどうなるか気になるなぁ」

「……それが20歳を過ぎてからのお楽しみってことで。昔、ブランデー入りのチョコを食べたことあるけど、体が少し熱くなるくらいで、眠くなったり、気持ちが高揚したりすることもなかったんだよな」

「そうなんだ。チョコなら、未成年でも試せるからいいかなと思ったんだけどな。まあ、大人になるまでの楽しみがあるのもいいよね」


 そうは言ってくれるけど、結衣の場合、巧妙な手口で俺に酒を呑ませそうな気がする。伊集院さんや胡桃と結託する可能性もありそう。


「あと、筋肉痛の方は治った? 月曜日は痛がっていたから」

「もう完治したよ。だから、今夜は悠真君とたっぷりとするつもりです」


 ニヤニヤしながら言う結衣。たっぷりして、また筋肉痛にならないといいけれど。


「そういえば、結衣が寝ている間に柚月ちゃんと色々と話したんだ」

「そうだったの。柚月、私が寝てるからって、変なことを言ってなかった?」

「そんなことないよ。ただ、そのときに……俺の家に泊まったときのように、今夜は気持ちのいいラブラブな時間を過ごしてって言われたよ。結衣、あのときのことを柚月ちゃんに話したんだな」

「う、うん。話したよ。柚月が興味津々な様子で訊いてくるから。もちろん、柚月は中1だし、内容や言葉選びには気を付けて話したからね!」


 そのときのことを思い出しているのか、頬を真っ赤にする結衣。

 ラブラブな時間を過ごしてと言ってきたときの柚月ちゃんは興奮した様子だった。きっと、あのような感じで、お泊まりのときの話を結衣に訊いたんだろうな。


「そうか。そのときに、どう話したのかは分からないけど、俺達が最後までしたことは伝わっているんじゃないかな。あと、覗いたり、邪魔したりしないようにするとも言われたよ」

「ふふっ、そっか。それでも、あまり大きな声を出さないように気を付けないと。悠真君の家に泊まったとき、たまに大きな声を出しちゃったし。お姉様からは『いい夜を過ごせた?』くらいしか訊かれなかったけど」

「俺も芹花姉さんからは一度『『鬼刈剣』を観た後は、結衣ちゃんと楽しく過ごせた?』って訊かれたくらいだなぁ」

「そうだったんだね」


 ちなみに、思い出深い時間を過ごせたと答えたら、『良かったね!』と一言言われただけだったな。さすがの姉さんも、弟と恋人との性事情は深くは訊かないか。

 結衣の部屋は俺の部屋よりも広いけれど、大きな声を出したら隣の部屋にいる柚月ちゃんに聞こえてしまうかもしれない。柚月ちゃんは中学1年生だし、この前よりも気を付けないといけないな。


「悠真君。私も声を出さないように気を付けるけど、今日は優しくしてくれると嬉しいな」

「分かった。優しくするって心がけるよ」

「……よろしくね」


 そう言うと、結衣は俺のことをぎゅっと抱きしめ、キスをしてきた。そのことにドキドキしながら、背中に両手を回す。

 広い湯船にゆったり浸かるのもいいけど、結衣とならこうして抱きしめ合うのもいいなと思うのであった。



 お風呂から上がって、部屋に戻ると、俺達は結衣のベッドの中で深く愛し合った。結衣のベッドだからか、この前よりも結衣を感じられて。

 結衣が大きな声が出ないように、できるだけ優しくするように心がけた。それでも、気持ち良くて、結衣も可愛いので激しくなりがちだったけど。

 結衣も必死に声を抑えようと頑張っていた。両手で口を押さえたり、俺にキスをしてきたり。その甲斐もあってか、俺の家に泊まりに来たときに比べると、結衣が大きな声を上げることはほとんどなかったな。

 ちなみに、柚月ちゃん達が覗いたり、邪魔してきたりすることもなかった。扉や壁に聞き耳を立てていた可能性は否めないが。



「……今日も気持ち良かった」

「俺も気持ち良かったよ。大きな声を出さないように頑張っていたな」

「悠真君が優しくしてくれたおかげだよ。ありがとう」

「いえいえ。手で口を押さえたり、キスしたりするのが可愛かったよ」

「……そう言われると照れてしまいます」


 はにかみながらそう言うと、結衣は俺の胸に顔を埋めた。照れているのは本当のようで、胸から強い熱が伝わってくる。俺はそんな結衣の頭を優しく撫でた。


「幸せだなぁ。自分のベッドで悠真君と最後までできて」

「そうか。俺は結衣のベッドの中でできたことが嬉しいよ。この前よりも結衣をたっぷりと感じられてさ。ベッドや掛け布団からも結衣の匂いがするからかな」

「ふふっ、そうなんだね。確かに、この前の方が悠真君を強く感じられたかも。もちろん、あのときよりも経験があるから、今回の方が気持ち良かったけど」

「……褒めてもらえて嬉しいよ」


 結衣の額にキスする。

 すると、結衣は頬を赤くしながらも、持ち前の明るい笑顔を見せた。ただ、その笑顔がすぐに崩れ、結衣は大きなあくびをする。


「ごめん。今回もたくさん体を動かしたから、眠くなっちゃった」

「俺も眠くなってきたよ。ベッドが気持ちいいし、結衣が温かいからな」

「……もう、悠真君ったら。じゃあ、今日はもう寝ようか」

「そうしよう」

「うん。おやすみ、悠真君」

「おやすみ、結衣」


 俺からおやすみのキスをすると、結衣は俺の左腕をぎゅっと抱き、ゆっくり目を瞑った。寝顔もとても可愛いなぁ。

 明日は学校もなくてバイトがないから、ずっと結衣と楽しい時間を過ごせる。どんな一日になるだろう。そんなことを期待しながらベッドライトを消し、俺も眠るのであった。

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