第4話『膝枕』

「ごちそうさまでした! とても美味しかったです。結衣、今日は大好物のハンバーグを作ってくれてありがとう」

「いえいえ~。喜んでくれて、結衣はとっても嬉しいよぉ。あと、夕ご飯を食べたから、何だか眠くなってきたなぁ……」


 ウトウトとした様子の結衣が俺に寄り掛かってくる。夕食を食べたのも眠くなる一因だろうけど、裕子さんのカクテルを間違えて呑んでしまったのが一番の原因じゃないだろうか。


「結衣はお酒を呑むと眠くなるタイプでもあるのね。……低田君。悪いけど、結衣を部屋まで連れて行ってくれるかしら?」

「分かりました」

「よろしくね。柚月、夕食の後片付けを手伝ってくれる? お父さんはお風呂の準備をお願い」

「分かったよ、お母さん!」

「了解だ、裕子」

「では、俺は結衣と一緒に部屋へ戻りますね。お酒を呑んだのは予想外でしたけど、結衣の新しい一面も見られましたし、楽しい夕食の時間になりました。ありがとうございました。さあ、結衣。俺と一緒に部屋へ戻ろう」

「はぁい!」


 普段よりも元気な様子で手を挙げる結衣。

 部屋に戻ろうと俺達は椅子から立ち上がる。すると、酔いのせいか、結衣は俺の方によろめいてきた。


「ごめんねぇ、悠真君」

「気にするな。転ばないように、俺の腕にしっかりと掴まっているんだぞ」

「はぁい!」


 再び大きな返事をすると、結衣は俺の右腕をぎゅっと抱きしめてくる。そして、柔らかな笑顔で俺を見つめる。俺って、凄く可愛い女の子と付き合っているのだと改めて思う。

 酔っ払った結衣が転んでしまわないよう気を付け、2階にある結衣の部屋へ戻る。


「結衣。とりあえず、ベッドで横になろうか」

「うん、そうだねぇ。でも、枕は……悠真君の膝がいいなぁ。悠真君に膝枕をしてもらうのはぁ、私の夢の一つなんだぁ」

「そうなのか。じゃあ、俺がベッドに座るから、結衣はベッドに横になって、俺の膝に頭を乗せる形にするか」


 以前、胡桃が俺に膝枕をしてくれたときと同じ形だ。あのとき、胡桃は俺の誕生日プレゼントとして膝枕してくれたんだよな。もしかしたら、そのときの光景を見て、結衣は俺に膝枕してもらうのが夢の一つになったのかな。

 俺が結衣のベッドに腰を下ろすと、結衣は仰向けの状態でベッドに横になり、頭を俺の膝の上に乗せてくる。まったりとした笑みを浮かべ、俺を見つめる。


「あぁ、気持ちいい。ベッドはふかふかだし、悠真君の太ももがいい感じの柔らかさで。悠真君の匂いも感じられるから最高だね!」

「ははっ、そうか。これで夢の一つは叶えられたかな」

「うん! 前に胡桃ちゃんが悠真君に膝枕をしているのを見て、悠真君に膝枕してほしいなって思ったんだぁ」

「やっぱりそうだったか」

「えへへっ。だから、こうしていると凄く……幸せなんだよぉ……」


 そう言って、結衣は目を瞑ってしまった。食事が終わったときから眠たそうにしていたし、ベッドで楽な姿勢になって眠気に負けたのかな。笑顔のまま寝息を立てているのが可愛らしい。


「おやすみ」


 結衣の頭を撫でると、結衣の口角がさらに上がる。俺に膝枕される中で寝ているし、夢の中に俺が出ているといいな。

 それにしても、結衣の寝姿はとても素敵だ。膝枕をしているからプレミアムな感じもして。俺はズボンのポケットに入れてあるスマホを取り出し、眠る結衣を撮影した。


「……いい写真が撮れた」


 本当に可愛いな、結衣は。

 結衣がいつ起きるか分からないけど、いつまでもこのままでいられるな。


 ――コンコン。

「はい」


 俺が返事をすると、柚月ちゃんが部屋の中に入ってきた。


「食事の後片付けが終わったので、お姉ちゃんの様子を見に来ました。あと、お風呂はあと10分もすれば入れると思います」

「そうなんだね。教えてくれてありがとう。あと、後片付けお疲れ様」

「ありがとうございます。お姉ちゃん……寝てますね。悠真さんに膝枕してもらっているからか幸せそう」


 そう言って、嬉しそうな様子になる柚月ちゃん。彼女は俺達と向かい合うようにして、クッションに正座をした。

 こうして見てみると、柚月ちゃんは幼さが残るけど、とても可愛らしい雰囲気だ。さすがは結衣の妹さんだな。


「そんなにじっと見られると照れちゃいます」

「ごめんごめん」

「あたしに浮気しちゃダメですよ? お姉ちゃん、悠真さんと付き合うようになってから本当に幸せそうですから。……お姉ちゃんから聞いているかもしれませんが、お姉ちゃんは中学時代に告白を振ったことで妬まれて、一時期、学校に行けない時期がありましたから」

「その話、本人から聞いたよ。確か、初めてここに来た日だったかな。結衣のアルバムを見ているときに話してくれたんだ。人気のある先輩からの告白を断って、ファンの子から暴言を浴びせられたり、暴力を振るわれたりしたんだよね」

「はい。辛かったはずなのに、お姉ちゃん……私の前では笑顔を見せてくれました。でも、廊下に立って部屋の扉に耳を当てると、泣き声が聞こえてきて。何もできない自分が悔しかった」

「柚月ちゃん……」

「……もう、お姉ちゃんに同じような目には遭ってほしくないんです」


 真剣な表情で俺を見つめてくる柚月ちゃん。澄んだ瞳で、目が合うと惹き込まれるところも結衣の妹さんらしいと思う。誰かの力になりたいと考えるところも。


「結衣は俺が守っていくよ。だから、安心してほしい、柚月ちゃん」


 結衣の恋人として、彼女を守っていきたい。そう思いながら、結衣の頭を優しく撫でる。

 ただ、学校での結衣の人気は凄くて。将野さんのことはもちろん、恋人宣言など結衣が俺を守ってくれた。いつまでも支え合っていける関係でいたいと思う。時には柚月ちゃんはもちろん、胡桃や伊集院さん達の助けを借りることがあるかもしれないけど。

 柚月ちゃんはやんわりとした笑みを見せる。


「……悠真さんなら、そう言ってくれると分かっていました。これからもお姉ちゃんのことをよろしくお願いしますね。……悠真お兄ちゃん」


 持ち前の明るい笑みでそう言ってくれた。お兄ちゃんと呼ばれるとは思わなかったので、驚いたと同時にキュンときてしまった。


「頬が赤くなってますよ? お兄ちゃんって言われてドキッとしちゃいました?」


 イタズラな笑みを浮かべて、上目遣いで俺を見てくる柚月ちゃん。そんな風にされるとドキドキしちゃうよ。


「よ、予想外だったからね。それに、漫画を読んだり、アニメを見たりして『お兄ちゃん』って呼ばれるのはいいなって思っていたから。俺、姉はいるけど、弟や妹がいないからね」

「そうですか。でも、いずれは義理の兄妹になると思いますし、今から悠真さんのことはお兄ちゃんって呼びましょうか? 前にも言いましたけど、悠真さんのような男性がお兄ちゃんだといいなって思っていましたから」

「言っていたね。でも、悠真さんって言ってくれる人も全然いないし、それもなかなかいいなって思ってる。呼んでくれるのが柚月ちゃんだからかもしれないけど」

「ふふっ、嬉しいです。では、お兄ちゃんって呼ぶのは、お姉ちゃんと結婚するときまで取っておきますね。……悠真さん」


 にっこりと笑う柚月ちゃん。

 もし、俺に柚月ちゃんのような可愛い妹がいたらどうなっていただろう。芹花姉さんの影響を受けて、ブラコンになってしまっていただろうか。少なくとも、姉さんにシスコン要素が加わるのは確かだろう。


 ――コンコン。

「はい」


 俺が返事をすると、ゆっくりと扉が開き、裕子さんが姿を現した。


「お風呂が沸いたから、低田君、どうぞ」

「ありがとうございます。ただ、結衣は俺と一緒に入るのを楽しみにしていましたし、結衣が起きるのを待ちます。どなたか先に入ってください」

「分かったわ。じゃあ、柚月が先に入っちゃいなさい」

「うん、分かった! 悠真さん、一番風呂をいただきますね」

「ああ。俺達のことは気にせずにゆっくりと入っておいで」

「ありがとうございます。あと……お姉ちゃんが悠真さんの家に泊まりに行ったときのように、今夜はお姉ちゃんと気持ちのいいラブラブな時間を過ごしてくださいね! あたし達、覗いたり、邪魔したりしないようにしますから!」


 きゃーっ! と、柚月ちゃんは興奮している。扉の近くでは裕子さんがうっとりとした様子になっているし。

 まったく、結衣は俺の家に泊まったときのことを家族に話したんだな。段々と恥ずかしい気持ちになってきた。


「では、あたしはお風呂に入ってきますね! また後で」

「ああ、いってらっしゃい」


 柚月ちゃんは元気な様子で俺に手を振ると、部屋を出ていった。

 柚月ちゃんがお風呂から出てくるまでの間に、結衣は目を覚ますだろうか。お酒で酔っ払う彼女と接するのは初めてだから、全然分からないな。ベッドで横になっているし、明日の朝まで目覚めないコースもありそう。


「えへへっ、悠真君……」


 そんな寝言を言う結衣。どうやら、夢に俺が出ているようだ。いったい、夢の中で俺達は何をしているのやら。

 さてと、結衣が起きるまで何をしていようかな。膝枕は結衣の夢だから、この体勢を崩すわけにはいかない。寝ている結衣の体に触れようとも思ったけど、起きてしまうかもしれないし、罪悪感もあってできない。

 とりあえず、スマホでリズムゲームでもやるか。普段は音楽プレーヤーに挿してあるイヤホンを使えば、結衣が起きてしまうこともないだろう。

 俺は『ガールズバンドデイズ!』というリズムゲームをやり始める。可愛い女性キャラクターがたくさん出てきて、オリジナル曲だけでなく、有名な曲のカバーでも遊べるので結構好きなゲームだ。


「おっ、新しいカバー曲で遊べるようになってる」


 しかも、俺の好きなロックバンドの楽曲。これはさっそくやらなければ。

 俺はさっそくそのカバー曲でプレイを始める。ただ、歌っているキャラクターが俺の大好きなキャラクターなので、歌に聴き入ってしまい、全然スコアを伸ばせなかった。


『もっと練習しなさい!』


 カバー曲を歌ったキャラクターにそう叱られてしまった。ただ、怒っている表情が可愛らしいので、全然ショックじゃない。


「うんっ……」


 結衣の声が聞こえたので彼女の顔を見ると、結衣がゆっくりと目を開ける。どうやら起きたみたいだ。イヤホンを外して、スマホをベッドの上に置いた。


「悠真君……」

「おはよう、結衣」

「……おはよう。悠真君の膝枕のおかげかスッキリしたよ。あと、酔っ払っているときにいつも以上に甘えちゃったね。家族の前だったし恥ずかしい」


 そう言って頬を赤くする結衣。どうやら、結衣は酔っ払っている間のことを覚えているタイプのようだ。


「酔っ払っている結衣も可愛かったよ。でも、大人になったら、お酒には気を付けた方が良さそうだ。お風呂が沸いたけど、結衣が寝ていたから、柚月ちゃんが先に入っているよ」

「そうなんだね、分かった。じゃあ、それまでの間、悠真君に膝枕してあげる! それも私の夢の一つだから」

「そっか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 その後、結衣はゆっくりと体を起こした。その際にふらついたりすることもなかったので、酔いから醒めたようだ。短い時間だけど、ベッドで寝たからだろうな。

 俺はベッドで仰向けの状態になり、結衣の膝の上に頭を乗せる。気持ちいいな。こういう体勢だからか、俺を見下ろしてくる結衣の顔がとても大人っぽく感じられる。


「どうかな、悠真君」

「……凄く気持ちいい。結衣の太ももが温かいし、結衣の匂いも感じられるからかな」

「ふふっ、そう言ってくれて良かった。前に胡桃ちゃんが膝枕をしているのを見たときに、いつか私も膝枕を絶対にやりたいって思っていたの」


 結衣がそう話すので、胡桃に膝枕してもらったときのことを思い出す。胡桃の膝枕もなかなか気持ち良かった。


「あぁ、悠真君の頭を乗せるとこういう感じなんだ。なかなかいいですなぁ」

「結衣を膝枕したのも結構良かったよ」

「良かった。じゃあ、これからは定期的に悠真君に膝枕してもらおっと。もちろん、膝枕してほしくなったらいつでも言ってきていいからね~」


 えへへっ、と俺の頭を優しく撫でてくる。凄く幸せな気分になるな。


「一つ訊きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「私が寝ている間……胸とか触った?」


 頬を赤くしながらそう問いかけてくる結衣。俺に膝枕してもらった状態で寝ていたら、そう考えても無理はないか。ここは正直に話そう。


「触ろうかと思ったけど、罪悪感を抱いて触れなかった」

「ふふっ、そうだったんだね。じゃあ、そんな悠真君に私の胸を堪能させてあげよう」


 えいっ、と結衣は前屈みの状態になる。そのことで、俺の顔に結衣の胸が押しつけられる状態に。凄く柔らかくていい匂いがする。極上のマスクを装着しているような感覚だ。夕食を食べてからそこまで時間も経っていないし、段々と眠くなってきた。


「どうかな、悠真君。気持ちいい?」


 喋りづらい状況なので必死に頷く。すると、結衣の笑い声が聞こえてきた。

 それから、柚月ちゃんがお風呂から上がってくるまで、俺は結衣の膝枕と胸の感触を堪能するのであった。

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