第60話『もう一つの顔-みんなに告白編-』

「カステラごちそうさまでした。作ってきてくれてありがとう。元気出たよ」


 いや、高嶺さん達から元気をもらったという方が正しいのかもしれない。あと、みんながお見舞いを来てくれて、高嶺さんと華頂さんと伊集院さんは部活で俺のために美味しいカステラを作ってくれて。とても嬉しいし、自分は幸せ者だと思う。


「いえいえ。そう言ってくれると、こっちまで元気をもらった気がするよ」


 可愛らしい笑顔で、高嶺さんはそう言ってくれる。


「ゆう君。夢の話をしたとき、午前中はぐっすりと寝たって言っていたけど、午後は何かしていたの?」

「午後は録画してまだ観れていないアニメをずっと観ていたよ。とてもいい時間だった」

「ふふっ、ゆう君らしい」

「その調子なら、明日から学校でも会えそうなのですね」

「木曜からはまた一緒にバイトできそうだ」

「バイトするときにはお店に行くね! そういえば、今回みたいに体調を崩したときにもメロディーが思いつくものなの? ……あっ」


 高嶺さんは気まずそうな様子で右手を口元に当てる。みんなの前で今の質問をしたのがまずいと思ったのかな。


「メロディーが思いつく……ということは、低田君は曲作りが趣味なのですか?」

「悠真はギターを持っているし、この前、誕生日の歌を歌うときの伴奏も上手だったもんね」

「悠真君はギターを弾く技術がありますからね。だから、その――」

「高嶺さん。3人なら話しても大丈夫だろう」


 というか、メロディーが思いつくのかという質問だけで、3人に俺が低変人だと感付かれないと思うけど。


「ゆう君。あたし達なら話しても大丈夫って……どんなことなのかな?」

「……ちょっと待っててくれ」


 クッションから立ち上がって、パソコンの電源を入れる。そんな行動を取ったからか、中野先輩はパソコンチェアから立ち上がり、俺の近くまで動かしてくれた。その代わりに、先輩は勉強机の椅子に腰を下ろした。

 パソコンチェアに座り、高嶺さんに低変人だと明かしたときのように、Tubutter、YuTubu、ワクワク動画のマイページをそれぞれ開いた。


「低田君。これは……SNSと動画サイトのユーザーページなのでしょうか。名前は……て、低変人?」

「低変人って、あの作曲家の低変人なの? 悠真」

「そうです。高嶺さんには前に話しましたが、俺が……低変人です」

『えええっ!』


 さすがに驚いたのか、3人は大きな声を挙げた。伊集院さんと中野先輩は特に驚いているようだ。

 しかし、特に驚いた2人はすぐに興奮した様子に変わる。


「昨日の朝は新曲で話題になってたよ! あれを作ったのが悠真だったの!」

「クラスでもスイーツ部でも新曲が話題になっていたのです! 今までも新曲が発表された日の翌日は学校で話題を独占していたのですよ。今年一番の驚きなのです! それを結衣は前から知っていたのですか?」

「うん。例のゲス女の企てた嘘告白の話を聞いたときにね。ただ、悠真君から、低変人の正体については誰にも話さないように言われていて。低変人さんは学生や若い世代を中心にファンがかなりいるし、正体が分かったら、私生活に影響が出るかもしれないからね。私以外に知っているのは、悠真君のご家族と杏樹先生だけだよ」

「福王寺先生も知っていたんだね」

「ああ。先生の場合は自力で俺が低変人だって推理したけど」


 今の3人の様子を見ていたら、少ない情報で『俺=低変人』と推測した福王寺先生は凄いなと改めて思った。俺の正体を知ったから、福王寺先生はこれから3人にも素のモードで接するのかな。


「じゃあ、あたし達もゆう君が低変人さんだって喋らないように気を付けないとね」

「そうですね。気を付けましょう」

「あたし、口は堅い方だから安心して」


 自信ありげに言う中野先輩。そういったことを言う人はうっかり喋ってしまうことが多いイメージがある。正直、4人の中で最も喋りそうなのは先輩だと思っている。


「結衣と一緒に、中学時代から低変人さんの曲はたくさん聞いていますよ。結衣の影響もありますが、活動復帰作の『道』と『プラズマメトロ』が特に好きです。あとは『異国の草原』も……」

「『道』はいいよね。あたしも好きだな。あとは、『桜吹雪』とか『おまつり』とか和風の曲が好みだよ」


 正体を明かした上で、自分の好きな作品を言われると、嬉しいと同時に照れくさくもあるな。

 中野先輩は和風好みか。『プラズマメトロ』は電子音をたくさん使った曲で、『異国の草原』はケルト風の曲だから、伊集院さんはジャンルを問わず好みの曲があるんだな。


「千佳先輩は和風の曲が好きなんですね。『桜吹雪』は私も大好きです! 胡桃ちゃんは低変人さんの曲では何が好き?」

「あ、あたしもたくさんあるよ。『道』は壮大で力強くて一番好きかな。他に大好きな曲は『かわいうつくし』とか『ブラックコーヒー』かな」

「へえ、桐花さんと好みが似ているんだな」

「へっ?」


 華頂さんはそんな間の抜けた声を出し、目をまん丸くさせて俺のことを見てくる。桐花さんと好きな曲が被っていたので、つい桐花さんの名前を出してしまった。

 ちなみに、『かわいうつくし』はポップで可愛らしい曲。芹花姉さんをイメージして作った。そういえば、桐花さんが最初に熱烈な感想をくれたのがこの曲だったな。『ブラックコーヒー』はジャズテイストの曲。それらの曲は何度も好きだと言ってくれたので特に覚えている。


「……桐花さんって誰なの? 悠真君」


 名前から女性の匂いを感じたのか、高嶺さんは不機嫌そうな表情になり、半目で俺を見つめてくる。


「ネット上の親しい友人だよ。たぶん、俺達と同年代の女の子」

「お友達かぁ。私に低変人だって話してくれたときに話していたね。活動休止中に、復帰に向けて相談に乗ってくれたり、思いついたメロディーに感想をくれたりしたんだっけ」

「ああ、そうだ。俺にとって、2年前に出会った桐花さんの存在はとても大きいです。高嶺さん達と関わるまでは唯一人、友達と呼べる方でした」


 桐花さんがいなかったら、今のような低変人の活動ができていなかったかもしれない。唯一の活動休止から復帰する際に、桐花さんの力を借りたから。


「そうなのですか。いい曲をコンスタントに発表できるのは、その方の存在があってのことかもしれませんね」

「伊集院ちゃんの言う通りかも。あと、バイトを始めて間もない頃から、あたしと普通に喋れるのは、芹花さんというお姉さんだけじゃなくて、桐花っていう子の影響もあるんだろうね。2年もやり取りしてるし」

「それはあるかもしれませんね」


 メッセンジャー話すようになってから早い段階で、桐花さんは同年代の女性かなと思ったし。そう思ってからも桐花さんと普通に話せているのは、文字だけの会話というのもあるけど、小さい頃から芹花姉さんや姉さんの友達の遊びに付き合わされたからだと思う。


「……そ、そんな人とあたしの好みの曲が被っているんだね」


 そっかそっか、と華頂さんは頬を紅潮させながらそう言った。さっき変な声を出してしまったことを今も恥ずかしがっているのかな。


「悠真君って、桐花さんと会ったことはあるの? それとも、画面上で顔を見せ合いながら話したとか。ビデオチャットって言うんだっけ」

「……これまで、桐花さんと会ったり、素顔を明かして喋ったりしたことはないんだ。Tubutterやメッセンジャーで文字だけの交流をしているよ」

「そうなんだ。……いつかは会ってみたい? 2年以上の付き合いがあるから」


 桐花さんがおそらく女性だからか、高嶺さんは真剣な様子で問いかけてくる。

 桐花さんに会いたいかどうか。

 活動休止期間を除いて、特に大きな喧嘩をすることもなく交流できた理由の一つは、会うことも、互いの顔や声を知らなかったからだと思う。だけど、


「一度……会ってみたいな」


 この2年で一番関わっているのは桐花さんだ。一度でいいから会ってみたい。

 あと、会ってみたいって声に出すと、何だか恥ずかしい気持ちになってくるな。


「桐花さんとネット上で話すようになってから、低変人の活動を含めて楽しいって思える日が多くなったから。活動を復帰するときも相談に乗ってくれたし。もちろん、今までにありがとうってメッセージを数え切れないくらいに送ったけど、一度、桐花さんに会って、直接お礼を言って、感謝の気持ちを伝えたい。桐花さんがどこに住んでいるのか分からないし、もし遠かったら難しいけれど」


 今までに、独立局で放送されているアニメをリアルタイムで実況し合ったこともあるから、関東か山梨、静岡あたりだと思っているけど。

 ただ、不思議と……桐花さんは近くにいるような気がしている。2年以上の付き合いがあるから、そう思うだけなのかもしれないけど。ただ、中間試験の日程が同じだったり、同じ日に友人と勉強会をしたり、『ひまわりと綾瀬さん。』を劇場へ観に行ったりと、特に最近は行動や日程が重なることが多いから。


「素敵なお話なのです。キュンともしたのです。今のお話を聞く限りでは、桐花さんという方と直接会っても楽しく話せるのではないかと!」


 いつになく、とても興奮した様子で伊集院さん。

 桐花さんの素顔は分からないけど、桐花さんとなら実際に会っても楽しく話せそう。でも、実際に会ったら、照れくさくてあまり喋れないかも。


「姫奈ちゃんの言う通りだね。もし、女性だったら、悔しさもあるけど桐花さんがとっても羨ましい! 画面上でも悠真君と2年以上の付き合いがあるんだもん!」

「あははっ、高嶺ちゃんらしいね。しっかし、悠真があの低変人さんだって分かったり、桐花さんとの話を聞いたりしたからか、悠真が今までとは違う人のように思えるよ。華頂ちゃんもそう思わない?」

「えっ? た、確かに……ゆう君から自分が低変人さんだって言われると、ちょっと違って見えますね……」


 中野先輩はバイトではいつも一緒だし、華頂さんは中学2年生のときにクラスメイトだったからな。新曲を公開する度に大きく話題になり、カリスマと呼ぶ人もいる低変人が俺だと知ったら、多少は印象も変わるだろう。


「ね、ねえ、ゆう君。新曲の『天上人』の投稿者コメント欄に書かれている『自分の周りにいる素敵な人』って……あたし達のことかな? そ、そう考えるなんて、おこがましいかもしれないけど」


 顔を真っ赤にしながらも、俺のことを見つめながらそう訊く華頂さん。高嶺さんと伊集院さん、中野先輩も華頂さんほどではないけど、頬を赤くして照れくさそうにしている。


「……そうだよ。あとは福王寺先生もかな」


 昨日と今日で、俺の周りには素敵な人達がいて、支えられているのだと改めて実感した。

 俺が正直に答えると、高嶺さんと伊集院さん、中野先輩も華頂さんに負けないくらいに顔の赤みを強くさせた。きっと、俺の顔も高嶺さん達と同じようになっているだろう。


「そうなんだね。……て、照れるね。でも、嬉しいです」


 俺に向けられる華頂さんの笑顔はとても可愛くて魅力的だ。

 それから少しの間、新曲の『天上人』はもちろんのこと、低変人として公開している曲を5人で聴くのであった。

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