第61話『遠い日常』

 みんなが帰り、夕食を食べ終わった後は、俺が休んでいる間の授業について高嶺さんのノートを写している。実物を借りると高嶺さんに迷惑がかかると思い、お見舞いに来ている間に今日の内容が書かれているページをスマホで写真を撮った。多くの教科は中間試験の返却と解説だったそうで、そこまで量は多くない。


「高嶺さん、ノートの取り方が上手だな」


 俺が予習しているのもあるだろうけど、一度見ただけでノートに書いてある内容が頭にスッと入ってくる。あと、字が綺麗で見やすいのも好印象だ。前に伊集院さんが高嶺さんはとても頭がいいって言っていたけど、それも納得かな。


「よし、これで終わり」 


 結構早く終わった。これで、明日からの授業についていけるだろう。

 あと、中間試験の採点はどうだったんだろう? どの教科も手応えはあったし、数学Ⅰと数学Aは100点満点だったけど。


「終わったことを考えても仕方ないか。……そうだ、伊集院さんがお土産でくれた饅頭でも食べるか」


 俺も温泉饅頭は好きで、家族で旅行に行くときは必ず両親に温泉饅頭を買ってもらっている。

 ナイトテーブルに置いてある温泉饅頭を手に取り、パソコンチェアに座って一口食べる。


「おっ、美味い」


 あんこが甘ったるくなくて美味しい。こしあんなのもいいな。つぶあんもいいけど、こしあんの方が好きだから。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴っているので確認すると、福王寺先生の作ったグループトークに先生がメッセージを送信したと通知が。


『結衣ちゃんから、姫奈ちゃんと胡桃ちゃんが低変人様の正体を明かされたと聞いたから、彼女達もグループに入れたわ! 千佳ちゃんは連絡先を知らないから入れられないけど!』


 高嶺さん……福王寺先生に今日のお見舞いのことを話したのか。あと、中野先輩は去年、数学Ⅰを教わっていただけだからか、連絡先は交換していないんだ。

 その後、福王寺先生は高嶺さんとグループに入れたときと同じように、グループ通話で素のモードで低変人の曲を中心に語り合った。華頂さんと伊集院さんも、最初は戸惑っていたけど、すぐに楽しそうに喋るようになった。


『まさか、福王寺先生にこんなに可愛い一面があるとは思いませんでした。あと、ゆう君への崇めぶりが凄い』

『『低変人様』って言葉をコメント欄で見たことはありますが、実際に言っている方は初めてなのです。ギャップがあっていいのです。クールビューティーよりも、クールキューティーという言葉の方が似合いそうなのです』

『それは言えてるね、姫奈ちゃん! 私も最初は戸惑ったけど、ギャップがあっていいよね。……何だか、今夜は寒いな』

『今の時期も夜になると寒いから、温かくして寝てね、結衣ちゃん。学校では教師としてしっかりしたいから、低変人様の正体と同じように、私の素もばらさないでね』


 俺の正体はともかく、福王寺先生の素が生徒達にバレても、むしろ人気や評判は上がると思うけどな。

 その後すぐにグループ通話を終わり、パソコンの電源を入れた。

 YuTubuとワクワク動画、Tubutterで感想を見てみると、概ね好評のようだ。これまでと同様に、明るい雰囲気の曲なので再生回数の伸びもいい。嬉しい気持ちもあれば、安心した気持ちもある。

 また、華頂さんからLIMEで明日は一緒に学校へ行こうと誘われたので、一緒に行くことに決めた。

 メッセンジャーのアイコンを通常の『ログイン中』にする。ただ一人、友達登録をしている桐花さんのアイコンを見ると『ログイン中』になっていた。

 大抵は桐花さんが話しかけてきて会話が始まる。もしかしたら、今日は桐花さんが俺の体調を気遣い、メッセージを送ってこないかもしれないな。


『こんばんは、桐花さん。体調もかなり良くなりました。ご心配をお掛けました。すみません』


 というメッセージを送った。ただ、こんな内容だと、桐花さんが余計にメッセージを送りにくくなりそうな気がする。そう思って、何か別のメッセージを打とうと考え始めたときだった。


『ううん、気にしないで。低変人さんの体調が良くなって安心したよ』


 桐花さんのメッセージを見て、俺も安心する。


『もう、明日からは学校には行けそうなの?』

『行けると思います』

『それなら良かった。……昨日と今日は友達がお見舞いに来てくれた? 高校生になってから、低変人さんには試験前に勉強会するほどの友達ができたから』

『来てくれました。例の告白してくれた子とバイトの先輩は2日とも。昨日はぐっすりと眠っていたので、バイトの先輩とは今日しか会っていませんが』

『へえ、良かったじゃない』

『こういうことは初めてだったので、温かい気持ちになりましたし、いいなって思いましたね』


 もし、今後、彼女達が体調を崩してしまったら、迷惑にならない範囲でお見舞いに行きたいな。でも、男子が体調を崩している女子の家に行くのはまずいか。高嶺さんは凄く喜びそうだけど。


『あと、俺の正体を知っている担任もお見舞いに来たんですけど、聖地巡礼もできて嬉しいとはしゃいでいました』

『あははっ! よほどのファンなんだね! 教師としてはどうかと思うけど。ただ、どういうところで曲作りをしているのか知りたいって気持ちは分かるかな』


 もしかしたら、画面の向こう側で桐花さんは大笑いしているかも。

 今でこそ、ネット上で繋がっている友人同士だけど、きっかけはいちファンとして、桐花さんが俺の曲に熱烈な感想を送ってくれたことだった。だから、福王寺先生の気持ちが分かるのかもしれない。


『あと、お見舞いに来てくれた友達やバイトの先輩に、自分が低変人だと明かしたんですけど、その際に桐花さんの話題にもなって、色々と話してしまいました。勝手に話してしまってすみません』

『気にしないでいいよ。それに、低変人さんが正体を明かすほどの人だから、私のことを話しても大丈夫だと思うし』


 桐花さんのそのメッセージを見て一安心。高嶺さん達が家に帰ってから、自分はともかく、桐花さんのことまで色々と話して大丈夫だったかと思って。


『ありがとうございます。あと、桐花さんと会いたいかという話になって』

『……へ、へえ。低変人さんはどう思ってるの?』

『……一度会ってみたいと言いました。2年以上、こうやって文字だけを使って会話をしていますけど、一度は直接話してみたいなって。桐花さんならいいかなと。桐花さんは……どうですか?』


 高嶺さん達に話してから、桐花さんがどう思っているのか気になっていて。

 さすがに、質問が質問だからか、桐花さんからなかなかメッセージが返ってこない。2年以上、こうしてたくさん話していても、姿や声は知らないから、会うことの抵抗感や躊躇いはあるかもしれないな。それに、桐花さんが本当に同年代の女子なら尚更に。


『……まあ、私も低変人さんと直接会ってみたいかな』


 コーヒーを飲みながら待っていると、桐花さんからそんなメッセージが届いた。「直接会ってみたい」という言葉を目にし、嬉しい気持ちでいっぱいになった。


『桐花さんと同じ気持ちで嬉しいです。いつか会いましょうか』

『……そうだね』


 その「いつか」は、いつのことになるのやら。これからの楽しみが一つ増えたな。

 それから程なくして、桐花さんが「そろそろお風呂に入る」とメッセージを送ってきたので、今日のチャットはこれにて終了するのであった。




 5月29日、水曜日。

 体調も良くなったので、今日からまた学校へ行くことに。先週の金曜日以来なので、随分と久しぶりの登校に感じる。

 今日は青空が広がっており、空気も美味しいな。


「ゆう君、おはよう!」


 華頂さんとの待ち合わせ場所である近所の公園に向かうと、既にそこには彼女がいた。華頂さんは俺を見つけると、嬉しそうに手を振ってきた。


「おはよう、華頂さん。待たせちゃったかな」

「ううん、そんなことないよ。久しぶりに、ゆう君の元気そうな姿を見られて嬉しいよ。制服姿を見るのは、先週の金曜日以来だからかな」

「確かに、制服を着るのは金曜以来か」

「ふふっ。じゃあ、今日も手を繋いで学校まで行こうか。その……病み上がりだし。よろけそうになったときとか、すぐに支えられるように」

「……分かった」


 華頂さんとなら、特に理由なんてなくても手を繋ぐけれど。

 華頂さんの右手をそっと掴んで、一緒に学校へと向かい始める。

 今はお互いに制服姿だけれど、朝、こうして手を繋いで歩いていると、土曜日に武蔵金井駅に行くときのことを思い出す。土曜日は本当に楽しかったなぁ。試験明けだったから開放的な気分だったし。


「こうしていると、土曜日のことを思い出すね」

「華頂さんもか。楽しかったな」

「うん、あたしも楽しかった。……ただ、土曜日に花宮まで遊びに行って、結衣ちゃんとあたしの考えたプランに付き合ってもらって。それが風邪の原因になっちゃったのかな」

「バイトがないと、家でゆっくりすることが多いからな。確かに、いつもとは違う休日の過ごし方だった。でも、体調を崩した原因は夜遅くまで曲作りをしていたからだと思ってる。こういうことは今までも何度もあったから、気を付けないと」

「……気を付けようね。どんなことも健康だからこそ楽しくできると思うから」

「胸に刻んでおくよ」


 そういえば、前に桐花さんからも同じようなことを言われた。健康じゃなかったら、曲作りはもちろんだけど、漫画やアニメ、ラノベを存分に楽しめないって。


「それに、ゆう君が欠席して、結衣ちゃんもいつもより元気がなくて、寂しいってしょんぼりすることもあったから。あたしも……寂しかった」

「華頂さん……」

「……お、お昼をゆう君達と一緒に食べるのが普通になってきたから。いつも一緒にいる人がいないのは寂しいなって。あたし達は隣同士で座るし」


 頬を紅潮させ、俺をチラチラと見ながら話す華頂さん。俺がいなくて寂しいと思ってくれるのは、申し訳ないと思うと同時に嬉しくもあった。


「あと、ゆう君とこうして歩く時間、あたしはいいなって思うよ」

「……俺もいいなって思う」

「じゃあ、明日からも一緒に学校へ行こうよ」

「ああ、いいぞ」


 華頂さんとこういう約束をする関係になるとは。ほんと、中学のときには考えもしなかったな。

 一昨日、昨日と体調が悪かったから、今日はとても体が軽く思え、華頂さんと話していたこともあってか、本当にあっという間に校門に到着した。


「……あれ? 昇降口前に高嶺さんの姿がない」

「本当だ。静かだね。今日もゆっくりの登校だから、結衣ちゃんが誰かに告白されているのかなって思ったんだけど」


 そう言われるほどにたくさん告白されている高嶺さんは本当に凄いと思う。

 ただ、いつも見ている光景が見られないと不安になってくるな。


「結衣は今日、風邪で欠席するのです」


 背後からそんな声が聞こえたので振り返ってみると、そこには真剣な表情の伊集院さんが。

 俺達の姿を見た伊集院さんがニヤニヤすると、華頂さんは瞬時に俺の手を離した。


「あらあら、仲睦まじい登校ですこと」

「ゆ、ゆう君は病み上がりだからね! 何かあったときのためにも手を繋いでいたんだよ。家の方向も途中まで一緒だし。ところで、結衣ちゃんは風邪でお休みなの?」

「ええ。今朝、登校する際の待ち合わせ場所にいても結衣が姿を現さなくて。何の連絡もないので結衣の家に行ったのです。そうしたら、裕子さんから結衣が体調を崩していると聞いたのです。結衣にも会ったのですが、高熱と喉の痛みとだるさがあるそうで。それで、今日は学校を休むことになったのです」

「そうだったんだ……」


 そういえば、昨日の夜……福王寺先生発信でグループ通話をしているとき、高嶺さんは寒いと言っていたっけ。あれはもしかしたら、体調を崩す前触れだったのかもしれない。

 ここ何日かの高嶺さんを思い出すと……もしかしたら。


「俺のせいかもしれない。高嶺さんは2日ともお見舞いに来てくれたから、そのときに風邪をうつしちゃったのかも」

「そんなことないよ、ゆう君」

「結衣もその可能性を言っていたのですが、嬉しそうだったのですよ。自分が風邪をもらったから悠真君の体調が良くなったのかも……って」


 伊集院さんに話す姿が容易に想像できるな。嬉しがっているところが高嶺さんらしい。

 できれば、学校で元気な高嶺さんと会いたかったな。そう思いながら、華頂さんと伊集院さんと一緒に校舎の方へ歩くのであった。

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