第58話『猫になっていた。』

 高嶺さん、福王寺先生、芹花姉さんという俺への想いが濃い女性達が俺の部屋に集まった。だけど、先生と姉さんの再会もあってか、穏やかに時間が過ぎていった。


「はい、ユウちゃん。あ~ん」

「……あーん」


 高嶺さんと福王寺先生が帰った後、俺は母さんの作った温かいうどんと、先生が買ってきてくれたプリンを芹花姉さんに食べさせてもらった。熱がまだあるから、高校生になった今でも、誰かに食べさせてもらうのも悪くないと思える。

 夕食を食べ終わり、自分の部屋に戻った俺は、スマホで昨日の深夜に公開した新曲『天上人』の反応を見る。Tubutterでの呟きや、YuTubu、ワクワク動画のコメント欄を見ると概ね好評のようだ。ちなみに、YuTubuでは再生回数が500万回、ワクワク動画でも100万回を突破していた。

 いつもなら、これからメッセンジャーで桐花さんと話すけど、


「朝よりはマシになったけど、パソコンを使うのは辛いな……」


 今はこうしてベッドで横になるのが一番楽だ。今日はチャットできないと連絡していないから、何かメッセージを送らないと桐花さんが心配するかも。

 知り合った直後のように、Tubutterのダイレクトメッセージ機能から桐花さんにメッセージを送っておこう。


『こんばんは、桐花さん。風邪を引いてしまいました。パソコンチェアに座るのが辛いので、スマホからここにメッセージを送ります』


 というメッセージを桐花さんに送った。これで、桐花さんにも状況が伝わるだろう。ちなみに、桐花さんからダイレクトメッセージが届いたら、スマホに通知するようになっている。

 お見舞いに来た高嶺さんや福王寺先生の相手をして、夕ご飯を食べて、薬を飲んだら眠くなってきたな。熱もまだあって、喉や鼻がおかしいから辛さもあるけど、眠たいって思えるのは幸せなことなのだろう。

 ベッドライトを消して、ゆっくりと目を瞑る。高嶺さんや華頂さん達の優しい顔が浮かんできて。もし、夢を見られるなら、彼女達が出てくるのんびりとした夢がいい。

 ――プルルッ。

 おっ、さっそく桐花さんからメッセージが来たのかな。

 ベッドライトを点けて、スマホを確認してみる。すると、予想通り、Tubutterに桐花さんからダイレクトメッセージが来たと通知が届いていた。


『風邪引いちゃったんだね。中間試験があって、バイトがあって、新曲の制作をして疲れが溜まっちゃったのかな。ゆっくり休んでね。お大事に。早いけど、おやすみなさい』


 桐花さんのそのメッセージを見て、気持ちが安らいだ。毎日の習慣をこういう形でもできるからだろうか。


『ありがとうございます。おやすみなさい』


 桐花さんに返信を送って、俺は再び目を瞑った。さっきよりもベッドが気持ち良く感じる。

 それから程なくして、眠りに落ちるのであった。




 5月28日、火曜日。

 ゆっくりと目を覚まし、体を起こすと、昨日の朝とは違ってだるさや頭の痛みがなくなっていた。ただ、まだ熱っぽくて、喉や鼻がおかしい。

 ナイトテーブルに置いてある体温計で体温を測ると、


「37度5分か……」


 これじゃ、今日も学校は休みだな。バイトも無理か。学校だけじゃなくて、バイト先にも休む連絡をしないと。

 リビングに行き、両親と芹花姉さんに学校とバイトを休むことを伝える。今日も姉さんが大学を休みたいと言い始めたけど、昨日よりも体調が良くなっているから大丈夫だと説得し、何とか学校へ行く気にさせることができた。学校へ行く代わりに、朝食のお粥も姉さんに食べさせてもらった。

 学校には母さんに連絡してもらい、俺は大垣店長と中野先輩にバイトを休むと連絡をした。

 また、昨日と同じように、高校生5人のグループトークと福王寺先生に、今日も学校を欠席する旨のメッセージを送った。

 メッセージを送った瞬間、既読のマークがついて、既読人数のカウンターが上がっていく。高嶺さんや華頂さん達から『お大事に』とメッセージが。そのことに安心感を覚えた。

 また、その後に高嶺さんから、


『部活が終わった後にみんなでお見舞いに行くね! 今日の部活でカステラを作るから持って行くよ!』


 というメッセージを受け取った。カステラは好きなスイーツの1つだ。ちょっと元気出たな。


『分かった。カステラを楽しみにしているよ』


 と返信を送った。薬を飲んで寝れば、彼女達がお見舞いに来る頃には、今よりも体調が良くなっているだろう。そんな期待をしながら、俺は眠りにつくのであった。




「うんっ……」


 目を開けて、ゆっくりと体を起こすと……体の重さやだるさは全く感じない。熱っぽさもないし。きっと、薬を飲んですぐに寝たから効いたんだろうな。これなら、明日は学校に行けそうだな。

 薄暗い中、部屋にかかっている時計を見ると、今は午後2時過ぎか。結構ぐっすりと眠ったなぁ。


「ふあああっ……」


 大きなあくびをしてしまうけど、それがとても気持ち良く感じる。これも元気になった証拠なのかな。


 ――コンコン。

「はい、どうぞ」


 誰だろう。今の時間だと母さんかな。それとも、午前中しか講義がなくて、芹花姉さんが早く帰ってきたのかな。


「悠真君!」

「ゆう君のあくびが聞こえたから入ってきたよ~」

「……えっ」


 何と、部屋の中に入ってきたのは、私服姿の高嶺さんと華頂さんだった。まさかの来訪者で目を疑ってしまう。


「あれ?」


 変なものが見えた気がしたので、彼女達の姿をよく見てみると、


「……高嶺さんと華頂さん、猫のような耳としっぽが生えてない?」


 普通の人間にはないものが生えていたのだ。でも、部屋の中は薄暗いし、病み上がりだから幻覚を見ているのかも。

 高嶺さんが部屋の電気を点けたので、もう一度、彼女達をよーく見てみると……やっぱり、猫のような耳としっぽが生えている。

 彼女達は不思議そうな様子で俺を見て、


「耳としっぽが生えているのは当たり前だよね、胡桃ちゃん」

「うん。だって、あたし達は猫だもんね」

「ね~。悠真君が飼ってくれているんだよね~」


 高嶺さんと華頂さんは笑い合う。しっぽが可愛らしく動く。本人達は猫だと言っているけれど、猫耳としっぽが生えていること以外はほぼ人間だな。

 本物の高嶺さんと華頂さんは人間だから……今は夢か。せっかく、体調が良くなったと思って喜んでいたのに。


「……夢なのか」


 はあっ、と思わずため息が出てしまった。

 それにしても、猫耳としっぽが生えた高嶺さんと華頂さんが登場する夢を見てしまうとは。土曜日に猫カフェに行ったし、2人の猫耳カチューシャ姿を可愛いと思ったからだろうか。

 高嶺さんと華頂さんの耳としっぽが生えた姿は似合っているし可愛いけれど、彼女達を見ていると何だか罪悪感が。2人をペットとして飼っているからだろうか。


「ねえ、悠真君。風邪は治った?」

「……今の俺はな」

「良かった。じゃあ、久しぶりに私のことをなでなでしてほしいな。悠真君が風邪を引いている間は、悠真君になでなでしてもらうのは禁止って芹花お姉様に言われていたから」


 姉さんなら言いそう。

 高嶺さんはベッドの中に入ってきて、俺の胸元で頭をすりすりとしてくる。甘えん坊な猫だなぁ。あと、彼女のしっぽが、ふとももの辺りを撫でてくるのでくすぐったい。


「結衣ちゃんの後でいいから、その……ご飯を食べさせてほしい」


 そのご飯ってどんなものなんだろう。人間と変わらないのだろうか。それとも、キャットフードとかかな。


「分かったよ、華頂さん。まずは高嶺さんを撫でるね」


 俺は高嶺さんの頭を撫でる。


「あぁ、気持ちいい」


 柔らかな笑みを浮かべながらそう言う高嶺さん。人間のとき以上に気持ち良さそうにしているな。しっぽが立ち、ゆらゆらと動かしている。

 そういえば、頭から生えている耳ってどんな感じになんだろう。試しに触ってみると、


「ふにゃっ」


 くすぐったかったのか、高嶺さんはそんな可愛らしい声を漏らす。高嶺さんはほんのりと赤くなった顔に不機嫌そうな表情を浮かべる。


「急に耳を触られるとビックリしちゃうよ、もう」

「ご、ごめんね。高嶺さん」

「……お腹も撫でてくれたら許してあげる」


 高嶺さんはベッドの上で仰向けになり、着ているTシャツをめくって綺麗なお腹を見せてくる。てっきり、服の上からだと思っていたのに。


「ゆ、結衣ちゃん……地肌を触ってもらうなんて。大胆だよ」

「耳を触られたのがくすぐったかったけれど、興奮もしちゃって」


 頬を赤く染めながら俺達を見る華頂さん。今の話からして、普段は服越しに撫でてもらうのだろう。

 お腹を撫でるくらいなら……だ、大丈夫だろう。これは夢なんだし。俺は勇気を出して高嶺さんのお腹を撫でる。


「ふあっ……気持ちいい……」

「……そ、それは良かった」


 高嶺さんのお腹、スベスベしていてとても撫でやすい。現実では未経験なので、実際の高嶺さんのお腹がどうなのかは定かではないが。


「えへへっ、幸せ」


 高嶺さんは言葉通りの幸せそうな笑みを見せてくれる。夢の中だけど、高嶺さんがこういった表情をしてくれるのは嬉しいものだな。お腹の後は背中なども撫でてあげた。たまに「にゃあ」と猫らしく声を挙げるのも可愛らしかった。


「高嶺さんへのなでなではこのくらいにしようか。次は華頂さんだね。ご飯を食べさせてほしいって言っていたけれど」

「うん。……キャットフードなんだけど」


 すると、スカートのポケットの中から、キャットフードの入った小袋を取り出す。


「ゆう君が風邪を引いているときは、もちろん自分で食べていたんだけど、元気になったから、ゆう君の手に乗せたものを食べたくて」

「そ、そうなのか」


 そういえば、現実で猫カフェに行ったとき、手に乗せたキャットフードを猫に食べさせたっけ。その影響があるのだろう。


「分かったよ」


 俺はベッドから降りて、ベッド近くにあるクッションに座る。

 華頂さんから受け取った袋を開け、キャットフードを右手の上に出す。


「華頂さん、お食べ」

「……いただきます」


 俺が華頂さんの目の前にキャットフードの乗った右手を差し出すと、華頂さんはすぐにキャットフードを食べ始める。

 耳としっぽがついているから猫っぽさは感じられるけど、キャットフードを食べているのはシュールな光景だな。あと、たまに手に生温かい感触を感じるけど、これは華頂さんの舌だろうか。くすぐったいと同時にドキドキもしてくる。


「うぅ、胡桃ちゃんが羨ましいよ。私も悠真君の手からキャットフードを食べたい!」

「……じゃあ、左手を貸すから、自分でキャットフードを置いて食べてくれ」

「うん!」


 俺が左手を出すと、高嶺さんは袋に残っていたキャットフードを全て左手に出して食べ始めた。華頂さんよりも勢いよく食べているので、彼女の姿を見ていてもドキドキはしないな。

 こんな状況、周りの人が見たらどう思われるんだろう。女の子に猫コスプレをさせ、キャットフードを食べさせている重度の変態だろうか。夢で本当に良かったと思う。


「美味しかった」


 華頂さんはキャットフードを食べ終わると、柔和な笑顔を見せてくれる。可愛いのはもちろんのこと艶やかさも感じられて。


「あぁ、美味しかった!」


 華頂さんよりもたくさん食べたのに、高嶺さんもう食べ終わったのか。満足そうな笑みを浮かべている。


「キャットフードを食べたから、あたし眠くなってきちゃった」

「私も。悠真君もベッドで一緒に寝よう?」

「さすがに3人一緒は寝られないよ。2人はベッドで寝てくれ。俺は手を洗ってくるよ」


 俺は一旦部屋を出て、洗面所で手を洗う。

 高嶺さんと華頂さんは猫になっていたけど、それ以外の人はどうなっているんだろう。ちょっと興味がある。

 手洗いが終わり、自分の部屋に戻ると、高嶺さんと華頂さんは俺のベッドで寄り添って眠っていた。夢じゃなかったら、写真とかで2人の可愛らしい姿を残しておけるのに。


「おやすみ」


 2人の頭を優しく撫でると、急に俺も眠気が襲ってきた。ベッドに突っ伏す形で倒れ込む。

 2人の匂いが混ざっているのだろうか。甘くて柔らかな匂いを感じながら眠りに落ちるのであった。

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