第56話『お見舞い』

「はあっ……はあっ……」


 ゆっくりと目を開けると、薄暗い中で見慣れた天井が。寝間着を着ているし、幼稚園の夢から覚めたのかな?


「おはよう、悠真君。……って言っても、もう夕方だけどね」

「……おはよう、高嶺さん」


 ベッドのすぐ側には金井高校の制服姿の高嶺さんが。パソコンチェアに座る高嶺さんは優しい笑顔で俺を見ている。俺と目が合うとニッコリ笑う。


「一つ質問してもいいか?」

「もちろん。何かな?」

「……高嶺さんって、金井高校に通う1年生だよね?」

「えっ?」


 怪訝そうな表情を見せる高嶺さん。


「何を訊くかと思えば。高校1年生に決まってるよ。悠真君、頭大丈夫? 39度4分ってかなりの高熱だし、もしかしたらまだ熱にうかされているんじゃない? ……おでこ熱いし」


 高嶺さんは俺の額に右手を当ててそう言う。あぁ、高嶺さんの右手が程良く冷たくて気持ちいい。

 あと、心配してくれているのは分かっているけど、高嶺さんに「頭大丈夫?」って言われると何とも言えない気分になる。


「変な夢を見たからさ。高嶺さんが高嶺さんなのを確かめたかったんだ」

「ふふっ、そうだったんだ。高熱のせいで変な夢を見ちゃったんだろうね」


 俺が幼稚園の先生になって、高嶺さん達が幼児化して、俺と福王寺先生が結婚しているなんて夢……高熱のせいで思考回路がおかしくなったから見てしまったのだと思いたいほどだ。


「高嶺さん。お見舞いに来てくれてありがとう」

「いえいえ。私はむしろ、ずっと側にいて看病していたいくらいだから」


 優しい笑顔でそう言う高嶺さん。側にいてくれるのは嬉しいけど、どんな看病をされるのか正直不安だ。あと、看護師の服がよく似合いそう。

 ナイトテーブルにある俺のスマホに手を伸ばそうとすると、高嶺さんがスマホを俺に渡してくれた。


「ありがとう」

「いえいえ。電気点けるね」


 程なくして、高嶺さんによって部屋の電気が点いたので、スマホの電源ボタンを押す。今の時刻は午後5時3分か。寝たのは午前10時半頃だったと思うから、6時間以上眠ったのか。

 LIMEの通知がたくさん届いている。どれどれ。


「……昨日の深夜にアップした新曲、学校で評判になっていたのか。高嶺さんと福王寺先生がメッセージくれてる」

「うん! 明るい曲だから『天上人』はかなりの評判だよ。胡桃ちゃんも姫奈ちゃんも好きだって言ってた。昨日の夜も送ったけど、私も好き。福王寺先生は悠真君が休んだからか、休み時間に私にたくさんメッセージを送ってきたよ。気に入ったみたい」

「先生らしいな。……あっ、曲の感想メッセージも届いてた。明るくて最高だってさ」

「悠真君にも送っていたんだね。特にYuTubuでは再生回数が伸びてて、登校したときに150万回再生で、今は400万回再生だったと思う」

「そうなんだ。嬉しいな」


 新曲の評判が良かったのはせめての救いだ。

 曲作りに没頭して具合が悪くなったのはこれが初めてじゃないし、これからは気を付けないとな。今までと違って、心配してくれる人が身近に何人もいるんだし。

 他に来ているメッセージや写真を見てみると、


「華頂さんは今日もバイトがあるんだね」

「うん。今日はスイーツ部の買い出しがあって、その後からバイトだって。夜まであるから、その後だと迷惑になるだろうからお見舞いは行かないってさ」

「そうか。あとは……って、中野先輩が寝ている俺の写真を送っているぞ……」


 写真に写っている俺の寝間着、今着ているのと同じだから、もしかしてお見舞いに来てくれたのかな。その後も未読のメッセージを見ていくと、


『お見舞いに行ったけど、悠真はぐっすり寝ていたね。可愛い寝顔だったよ。ゆっくりと休んでね』


 という中野先輩のメッセージが。やっぱり、お見舞いに来てくれたようだ。


「今日はバイトがないから、先輩は放課後になってすぐにお見舞いに行ったんだよ。そうしたら、寝ている悠真君の写真を送ってくれたの。何人も一緒にお見舞いに行ったら迷惑かもしれないっていう姫奈ちゃんの意見もあって、買い出しが終わった後に代表して私一人で来たんだ」

「そうだったのか。静かに過ごせるっていう意味では伊集院さんの気遣いは嬉しい。ただ、高嶺さん達なら何人で来てもかまわないよ」

「……じゃあ、もし明日も悠真君がお休みしたら、姫奈ちゃん達と一緒に来ようかな。部活があるから今日よりも遅い時間になっちゃうけど」

「ああ、分かった」


 伊集院さん達だからだろうけど、何人もいてくれた方が気持ちも休まるし。あと、彼女達が一緒の方が、高嶺さんから変なことをされる心配が薄れるから。


「悠真君。高熱が出てたっぷりと寝たから、汗掻いてない? 首筋から胸元を見ると、汗を掻いているように見えるからさ」

「……あ、ああ。そうだな。今もまだ体が熱い」

「やっぱり。じゃあ、私がテーブルに置いてあるタオルで拭いてあげるね! それをいい機会に、新しい下着と寝間着に着替えようか」


 高嶺さんはパソコンチェアから立ち上がり、特に迷うことなくタンスから下着と寝間着を取り出している。どうして、君がそんな行動を取れるのかは訊かないでおくか。やってくれることは有り難いし。


「はーい、まずは寝間着の上の方を脱ぎ脱ぎしましょうね」


 ゆっくりと体を起こすと、だるさはあるけど、今朝に比べればマシになった気がする。

 高嶺さんに寝間着の上の方と、その下に着ているVネックTシャツを脱がされる。


「あぁ、悠真君のいい匂いがする……」


 高嶺さんは脱がせたVネックTシャツを嗅ぎながらそう呟く。彼女ならやるだろうと思っていたけど。お見舞いに来ているのが高嶺さんだけで良かったと思った。


「そして、目の前には上半身裸の悠真君。あぁ、悠真君は病人なのに、私がこんなにも幸せな気持ちになっていいのかな……」

「……高嶺さんらしくていいんじゃないか」

「ふふっ。じゃあ、拭いていくね。それとも……舐め取ろうか?」


 舌で自分の唇をゆっくりと舐める高嶺さん。


「……タオルで拭いてください。お願いします」

「はーい」


 高嶺さんに、タオルで汗を拭いてもらい始める。

 タオルが柔らかいからか。それとも、高嶺さんの拭き方が優しいからかとても気持ちがいい。あと、定期的にかかる高嶺さんの温かな吐息や鼻息がくすぐったい。結構ドキドキしてくるな。心なしか、体が熱くなってきた。


「こうして、悠真君の体を間近で見るのは初めてだから興奮する。綺麗な肌だね。あと、服を着ていると細身なイメージがあるけど、筋肉もそれなりに付いているよね」

「普段、運動は全然やらないんだけどな。高校生になってバイトを始めたから、それが運動になっているのかな。あとは、定期的に母さんや姉さんにマッサージをすることとか」

「それはあるかもね。……あぁ、悠真君の体を間近で見て、触っていたらドキドキしてきた。体も熱くなってきたし。風邪がうつっちゃったかな?」

「……もし、本当にうつったらすまない」

「ふふっ。もし、私が風邪引いたら、そのときは短い時間でいいからお見舞いに来てほしいな。悠真君の顔を見たら安心して元気になれると思うから」


 元気になれるのは本当だと思うけど、高嶺さんの場合……風邪を引いているからって、俺に色々なことをさせそうだな。ただ、俺が今、こうして高嶺さんに色々してもらっているんだし、ちゃんと恩返ししないと。


「俺は高嶺さんがお見舞いに来てくれて安心したし、何か元気になった気がするよ。ありがとう」


 家族や桐花さんを除いて、今までは1人でいる方が気も楽だったのに、今は誰かがいてくれる方がいいなと思うことがある。そう思わせてくれるきっかけを作ったのは、間違いなく高嶺さんだろう。

 高嶺さんは真っ赤になった顔に笑みを浮かべ、俺のことを見つめてくる。


「どういたしまして。嬉しいし、照れるよ。……ありがとうって言えるところ、凄く好きだよ。悠真君が健康だったら、私も服を脱いで悠真君を押し倒して、ベッドの中で色々していたと思う。本当に」

「……か、風邪を引いていて良かったよ」


 ただ、部屋に高嶺さんと2人きりで、俺は上半身裸で、高嶺さんに体を触られている状態で言われたからか、さっきよりもドキドキする。高嶺さんがいつも以上に可愛く思えるし。下手したら、今朝の39度4分よりも体温が高くなってしまいそうだ。


「はい。これで上半身はOKだね」

「ありがとう、高嶺さん。何だか快適になった気がする。……さすがに下半身の方は自分でやるよ。着替えもあるから少しの間、部屋の外に出てくれると嬉しい」

「う、うん。分かった」


 高嶺さんは俺にタオルを渡すと、すんなりと部屋を出ていった。下半身も見てみたいとか言ってくるかと思ったんだけどな。

 部屋に自分しかいないのを寂しく思い、何度も触れられて彼女の残り香を感じることに安心感を覚える自分がいた。

 それから、俺は自分で下半身の汗を拭き、高嶺さんが出してくれた新しい下着や寝間着を着ていくのであった。

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