第54話『素敵な人達を自分はこう言う。』

 家に帰ってから、夕食以外はずっと新曲の制作。今日は朝から外出していたからとても集中できている。この調子なら、明日の夜には公開できそうだ。

 ――コンコン。

 誰だろう? 時間からして芹花姉さんかな。

 パソコンチェアから立ち上がって部屋の扉を開ける。すると、そこには寝間着姿の芹花姉さんが。頬中心に顔の血色がいいし、湿った髪からはシャンプーの甘い匂いが濃く香ってくる。お風呂から上がった直後なのだろう。


「お風呂空いたよ。あとはユウちゃんだけだから」

「分かった。ありがとう」

「今日は家に帰ってきてから、ご飯のとき以外はずっと曲を作ってるの?」

「ああ。中間試験も終わったし、久しぶりに没頭してた」

「そっか。ただ、試験が終わって、バイトして、今日も朝から夕方まで外で遊んだから疲れが溜まってない? お風呂に入るときくらいはゆっくりした方がいいよ」

「そうだな。ゆっくりと風呂に入るよ」

「それがいいよ。……あれ? あれれ~?」


 何か見つけたのか、芹花姉さんは目をまん丸くさせて部屋の中に入る。そして、ローテーブルの上に置いてある黄色い猫耳カチューシャを手に取った。……どこにしまっておくか迷って、ローテーブルに放置していたんだった。忘れていた。


「うわあっ、可愛い猫耳カチューシャだ! どこで買ったの?」

「猫カフェで買ったんだよ。高嶺さんと華頂さんに勧められてさ」

「へえ、そうなんだぁ」


 そう言うと、芹花姉さんは猫耳カチューシャを頭に付け、俺の方を向いて両手を猫の形にする。


「どう? 似合ってる? にゃんにゃんっ!」

「あー、かわいいかわいい。黄金色の猫ちゃんの誕生だー」

「……その言い方、全然気持ちこもってない気がするんだけど。でも、可愛いって言ってくれて嬉しいから、写真撮らせてあげるよ!」

「はい、どうもー」


 断れば、撮れとしつこく言ってきそうなので、素直に自分のスマホで猫耳芹花姉さんを撮影する。撮った証拠にLIMEで写真を送った。

 それからすぐに入浴する。

 髪と体を洗って、湯船に肩まで浸かると凄く気持ちがいい。芹花姉さんの言う通り、初めての定期試験やバイト、今日の外出や新曲制作で疲れが溜まっていたのだろう。今日は普段よりも長めに湯船に浸かった。



 部屋に戻ってスマホを確認すると、LIME関係でたくさん通知が届いていた。高嶺さん、華頂さん、伊集院さん、中野先輩のグループトークと、高嶺さんと福王寺先生のグループトークに写真やらメッセージやらが送られていたのだ。どちらも、きっかけは高嶺さんが例の猫耳スリーショット写真を送ったことだった。


『結衣も胡桃も可愛らしいのです! 低田君もいい感じではないですか。楽しいのが伝わってくるのです! あたしは観光やホテルの料理や温泉を堪能したのです』

『3人とも似合ってるね。こっそりと覗きたかったな。あたしも今日は友達とたくさん遊んできたよ』


 伊集院さんと中野先輩に好評で良かった。ただ、明日のバイトで先輩にからかわれるかもしれないが。


『高嶺さんと華頂さんに勧められて。今日は楽しかったです。あと、伊集院さんと中野先輩も楽しい一日になったみたいで良かったです』


 というメッセージを送っておいた。

 それで、高嶺さんと福王寺先生とのグループトークの方はどうなんだろう。福王寺先生からメッセージが届いていると通知があるけど。


『低変人様も結衣ちゃんも胡桃ちゃんも超かわいい! マジ天使! さっそく保存したよ! あと、『ひまわりと綾瀬さん。』はすっごく良かった! 帰りにパンフとグッズとCDを一通り買ったわ!』


 というメッセージと、買ってきた『ひまわりと綾瀬さん。』関連のものを撮影した写真が送られていた。これは凄い。こういう買い方ができるのはさすが社会人だと思う。写真について高嶺さんも凄いとメッセージを送っていた。


『2人に猫耳カチューシャを勧められまして。あと、先生も映画を楽しめたようで何よりです。俺も主題歌のCD買いましたよ』


 というメッセージを送っておいた。

 そういえば、今日は桐花さんも『ひまわりと綾瀬さん。』を観に行ったんだよな。彼女と感想を語り合いたい。

 パソコンのスリープ状態を解除し、俺はメッセンジャーのログイン表示を『取込み中』から、通常の『ログイン中』に戻し、今日買った主題歌CDを流す。


『ログイン中になった。こんばんは、低変人さん』


 桐花さんも『ログイン中』だったので、何かメッセージを送ろうとしたら、彼女の方からメッセージをくれた。


『こんばんは、桐花さん。曲を作ったり、お風呂に入ったりしていて、ずっと取込み中にしてました』

『ううん、気にしないで。新曲を作っているって前から言っていたからね。私もさっきまでお風呂入ってた』


 そんなメッセージを送ってくれて安心する。

 今日は日中、普段とは違う休日の過ごし方をしていたから、夜にこうして桐花さんと話すとリラックスできるな。


『低変人さん。今日、予定通りに友達と一緒に『ひまわりと綾瀬さん。』を観に行ったよ』

『観に行きましたか! 俺も友達と観ましたよ。期待通りの出来映えでした』

『良かったよね! 中盤の前田の部屋で綾瀬さんとキスするところとかドキドキした! そのときの綾瀬さんが格好良くてキュンとしたよ……! 前田も好きだけど、綾瀬さんが一番好きなんだって再確認した』

『アニメになっても綾瀬さんは格好良かったですね。部屋でのキスシーンは良かったですよね! 俺も凄くドキドキしました』


 それは映画の内容だけでなく、高嶺さんと華頂さんに寄り添われていたのもあるけど。

 そういえば、今になって思い出したけど、桐花さんも綾瀬さん推しだったな。華頂さんも綾瀬さんが一番好きだって言っていたし、綾瀬さんは女性から人気が高いのかな?

 それからしばらくの間、主題歌のCDを聴きながら桐花さんとの感想の語り合いを楽しむのであった。




 5月26日、日曜日。

 試験期間中はバイトを入れなかったので、今日は朝から夕方までしっかりとシフトを入れている。バイト先に向かうと、


「おはよう、猫悠真」


 予想通り、中野先輩から猫耳カチューシャ絡みでからかわれてしまう。


「おはようございます、中野先輩。やっぱり、そのことを言ってきましたか」

「だって、似合っていたんだもん」


 ほら、と中野先輩は例の猫耳スリーショット写真を表示させたスマホを見せてくる。しっかりと自分のスマホに保存していたのか。あの場にいた高嶺さんと華頂さんならまだしも、2人以外から写真を見せられると恥ずかしいな。


「ふあっ……」

「悠真、眠いの? 中間試験が終わった直後の休日だから、夜遅くまで起きていたとか?」

「まあ、そんなところです」


 本当は桐花さんと『ひまわりと綾瀬さん。』の感想を語り合った後、再び新曲制作に集中してしまったのだ。お風呂が空いたと芹花姉さんが教えてくれたとき、中途半端なところで制作を止めていた。なので、いい感じのところまで作ろうとしたら、午前3時くらいまでやってしまったのだ。


「過ぎたことはしょうがないね。今後は気を付けなさい。早く着替えて、顔を洗ってきなさい。その間に、あたしがとても濃いブラックコーヒーを作ってあげるから」

「ありがとうございます」


 それから、中野先輩の言うように制服に着替えた後に顔を洗って、先輩特製のとても苦いブラックコーヒーを飲んだおかげで、いくらか眠気が飛んだ。

 バイトを始めた直後はいつもより調子が良くなかったけど、接客をしているうちに眠気も飛び、


「悠真君、千佳先輩。おはようございます!」


 高嶺さんが来店したときには普段通りになった。ちなみに、彼女はクラスメイトの女子2人と一緒に来店してくれた。

 高嶺さんはアイスコーヒーのSサイズをシロップ付きで注文。コーヒーを飲みながら、テーブル席で友達と一緒に談笑している。たまに彼女の様子を見たけど、どうやらシロップを入れれば普通に飲めるようだ。それが嬉しく思えた。


「低田君、こんにちは」


 福王寺先生も来店してくれたこともあり、休憩を入れて7時間のバイトだったけど、あっという間に過ぎていった。

 お店の前で中野先輩と別れて、俺は華頂さんがバイトをしているよつば書店へと向かう。お店には彼女の姿があり、今はレジで接客を行なっていた。


「ゆう君、来てくれたんだ。嬉しいな。今日のバイトお疲れ様」

「ありがとう、華頂さんもお疲れ様。……これ、買います」


 華頂さんに渡したのは『鬼刈剣』の第1巻。


「『鬼刈剣』だね。そういえば、ゆう君の部屋の本棚にはなかったね」

「ああ。アニメも面白かったから、原作を読み始めようかなって。それに、華頂さんや高嶺さん達と『鬼刈剣』で話してみたくてさ。昨日『ひまわりと綾瀬さん。』を話したときも楽しかったから」

「……嬉しいな、そう言ってくれて。一緒に話すのを楽しみにしてるね。お買い上げありがとうございます」


 優しい笑みを浮かべながら言う華頂さんはとても素敵だった。もし、第1巻が面白かったら、最新巻まで必ずここで買おうと胸に誓ったのであった。



 家に帰って、夕飯までの間にさっそく『鬼刈剣』の第1巻を読んだ。

 悲惨な幕開けだったけど、個性豊かなキャラクター達やストーリーに惹き込まれていき、気付けば第1巻が終わっていた。今まで読まなかったのを後悔してしまうくらいに面白い。第2巻以降も購読しよう。

 『鬼刈剣』を読んでバイトの疲れも取れたので、それからは夕飯とお風呂のとき以外は新曲作りに没頭した。そして、


「……これで完成っと」


 午後11時過ぎに新曲が完成した。

 新曲のタイトルは何日も前から決まっている。『天上人てんじょうじん』だ。

 ゴールデンウィークが明けてから、高嶺さんに告白されたこと。

 高嶺さんと共に伊集院さんとも話すようになったこと。

 華頂さんに2年前のことを謝られて許し、一緒にいる時間が増えたこと。

 将野さんと一つ区切りを付けられたこと。

 そういったいいことがたくさんあって、明るいメロディーがいくつも浮かんだのだ。彼女達のおかげで創ることができた曲と言っても過言ではない。

 Tubutterに『この後、5月25日の午前0時に新曲を公開します。』と投稿し、俺は公開のための準備を始める。


『低変人です。

 『天上人』という新曲を制作しました。

 ゴールデンウィークが明けて、自分の周りには素敵な人がたくさんいると実感しました。そのおかげで新たなメロディーが生まれました。そんな方達に対する私なりの感謝と敬意も込めて『天上人』と名付けました。

 もちろん、聴いてくださるみなさんも素敵だと思っています。

 明るい雰囲気の楽しい曲に仕上がりました。楽しく制作でき、長時間集中したときもありました。

 まもなく、今年も季節が夏になり、梅雨の時期に突入します。そのことに物憂げに感じる方もいるかもしれません。この曲で少しでも楽しい気分になったり、気持ちが軽くなったりすれば何よりです。』


 長くなってしまったけど、動画のコメントはこんな感じでいいだろう。

 動画に使う写真は……『天上人』というタイトルだし、明るい雰囲気の曲なので以前、家族旅行のときに撮影した青空の写真にした。それを使って動画を作成する。

 YuTubuとワクワク動画に、午前0時に投稿予約をして作業は一段落。あとは、0時になって動画が公開されたのを確認して寝るか。あと、15分くらいか。


「疲れたな……」


 一通りの作業が終わったからか、どっと疲れが襲ってきた。体が重い。今日も制作に集中していたからか頭が痛いし。


『こんばんは、低変人さん! そろそろ寝ようかなって思ったけど、新曲聴いてから寝るね! まずは制作お疲れ様!』


 メッセンジャーの自分の状態を『取込み中』から『ログイン中』に戻したからか、桐花さんからさっそくメッセージが届いた。それだけで気持ちが休まる。


『ありがとうございます。気に入ってくれたら嬉しいです』


 毎度、桐花さんは感想をくれるから、彼女から感想を聞いたら寝ようかな。それまでの間に歯を磨くなどして寝る準備をする。

 そして、午前0時になる。

 YuTubuとワクワク動画に『天上人』がちゃんと公開されたことを確認し、Tubutterに動画のURLを付けて新曲公開の旨の投稿をした。今回もたくさんの人に届くといいな。

 動画を公開してから数分ほど。


『新曲『天上人』をさっそく聴いたよ! 私の好みの明るい曲だったから、5分があっという間だったな。好きだな。あと、眠気覚めちゃったよ。明日からまた学校なのにどうしてくれるの』

「……ははっ」


 桐花さんの感想メッセージを見て思わず笑い声が出てしまった。桐花さんなりの賛辞だと思っておこう。確かに、明るい曲だから、公開する時間的には合っていないか。


『感想ありがとうございます。気に入ってもらえて良かったです。寝不足になったら、眠気覚ましにでも聴いてください。俺はそろそろ寝ます。おやすみなさい』

『お疲れ様。おやすみ~』


 というメッセージをもらったので、俺はパソコンの電源と照明を消して、ベッドに入ったときだった。

 ――プルルッ。

 スマホを確認すると、高嶺さんからメッセージが届いていた。彼女もまだ起きていたのか。


『悠真君、新曲の『天上人』聴いたよ! 明るくていい曲だね! 好きだな。明日からの学校も頑張れそう。投稿者コメントを見たらちょっと照れたけど。おやすみなさい、また明日』


 高嶺さんも新曲を聴いてくれたのか。低田悠真として、新曲公開直後にクラスメイトから感想をもらうのは初めてだから不思議な気分だ。

 あと、高嶺さんは低変人が俺だと分かっているから、投稿者コメントの意味に気付いたようだ。照れると言われると、こちらまで照れてしまう。これからはコメントの言葉選びを考えた方がいいな。


『新曲を聴いてくれてありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ。おやすみ』


 そんな返信を送って、俺はふとんを頭まで被る。疲れが溜まっているから、目を瞑るとすぐに眠りに落ちるのであった。

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