第53話『日常に帰る』

 午後4時過ぎ。

 入店してから60分が経った。なので、俺達はかにゃいを後にして、武蔵金井駅に向かって歩き始める。


「猫可愛かった!」

「そうだね! モフモフできたし、癒しの時間だったよ。猫ちゃんはもちろんだけど、猫耳カチューシャを付けた結衣ちゃんとゆう君も可愛かったな」

「胡桃ちゃんも可愛かったよ! 悠真君はどうだった?」

「あんなにたくさん猫と戯れられたのは人生初だ。凄くいい時間を過ごさせてもらったよ。2人とも、あの猫カフェに連れて行ってくれてありがとう」


 猫耳カチューシャを付けたのはちょっと恥ずかしかったけど、猫カフェでの時間はとても楽しかった。いつか思い出したとき、笑い合っているだろう。


「ゆう君に喜んでもらえて良かった」

「そうだね。また一緒に猫カフェに来ようね!」

「ああ」


 伊集院さんや中野先輩も猫好きなら、彼女達とも一緒に来てみたいな。2人とも、猫の扱いがとても上手なイメージがある。

 あと、1人で来て、猫との戯れの時間を堪能するのも良さそうだ。いつか、1人猫カフェを体験しよう。

 2人と話していたから、あっという間に武蔵金井駅の南口に到着する。今月になってから、高嶺さんの家やドニーズに行ったので、南口の景色も見慣れてきた。


「2人とは家が反対方向だから、ここでお別れだね」

「そうなるね。結衣ちゃん、今日はとても楽しかったよ。家族以外とこんなに楽しく遊んだ休日は久しぶりだったよ。2人ともありがとう」

「いえいえ。俺も2人のおかげで楽しかった。ありがとう」

「私こそありがとう。これからもたまに、お休みの日にお出かけしようね。あと、放課後にはエオンの中をゆっくり廻りたいな」

「それいいね!」


 そういえば、高嶺さんと華頂さんと3人一緒にエオンの中を廻ったことはないな。きっと、一緒に廻るときにはタピオカドリンクを飲むだろう。もしそうなったら、華頂さんもタピオカチャレンジを一緒にやって……難なく成功しそうだ。


「2人がバイトのない放課後に行こうね。じゃあ、また明日ね!」


 高嶺さんは元気に手を振り、1人で自宅の方に向かって歩き出していった。俺と華頂さんは高嶺さんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「じゃあ、俺達も帰るか」


 華頂さんと一緒に歩き出す。

 駅の構内を歩いて、北口に出ると慣れ親しんだ景色が目に入る。高嶺さんや華頂さんと一緒に遊び、花宮まで出かけるといういつにない時間を味わったから、この景色を見ると日常に帰ってきた気がして安心する。もちろん、今日の2人との時間はとても良かった。


「ねえ、ゆう君。結衣ちゃん、また明日って言っていたよね」

「言ってたね。きっと、それぞれのバイト先に来てくれるんじゃないか?」

「ああ、なるほどね!」


 華頂さんはとても納得している様子。

 バイト中に高嶺さんが来店すると、時間の流れを速く感じたり、疲れにくくなったりするのでありがたい。少なくとも、何かしらの飲み物を注文してくれるし。とてもいいお客様の1人だ。


「ねえ、ゆう君。今朝待ち合わせをした公園の辺りまででいいから、手を繋がない?」

「……いいよ」


 中野先輩と3人で手を繋いだのを含めて、華頂さんと手を繋ぐのはこれで4度目だけど、まだまだドキドキするな。

 道の端で立ち止まり、俺が右手を差し出すと、華頂さんはただ手を握るのではなく、俺の指と絡ませるような形で繋いできた。いわゆる恋人繋ぎ。これまでとは少し違う感触だったので、彼女が手を繋いだ瞬間、体がピクッとなった。


「ご、ごめん! 嫌だったかな?」

「そんなことないさ。ただ、その……こういう手の繋ぎ方は初めてだったからビックリしちゃっただけで」

「そ、そっか! それなら良かった」


 華頂さんは胸を撫で下ろすと、ほんのりと赤くなった顔に優しい笑みを浮かべた。

 華頂さんとゆっくりと歩き始める。

 恋人繋ぎだからか、今までよりも華頂さんの手から強い温もりを感じるな。それとも、いつにない繋ぎ方をしてドキドキしているからなのか。


「今日は楽しかったね、ゆう君」

「ああ。映画ももちろん楽しかったけど、昼食も、ゲーセンも、猫カフェも。想像以上に楽しいことでいっぱいな一日だった。そのきっかけを作ってくれたのは、映画に行こうって誘った華頂さんだよ。ありがとう」

「いえいえ。……でも、そう言ってくれて嬉しい」


 華頂さんは言葉通りの嬉しそうな笑みを浮かべる。ただ、そんな笑顔の中に照れくささも感じられた。


「ゆう君とこんなにもたくさん遊ぶ休日が来るとは思わなかったな。中学時代はもちろんのこと、高校生になっても美玲ちゃん達と一緒にいたから。中学時代のあたしに今日のことを伝えたら……信じてもらえないかも」

「ははっ。俺も中学生の自分に伝えたら、何を言っているんだって怒られそうだ」


 デタラメ言うなと顔やお腹を殴られる可能性もあるな。


「結衣ちゃんとたくさん遊んだのも今日が初めてだから楽しかったな。『ひまわりと綾瀬さん。』を一緒に楽しめて嬉しかった。思い出深い一日になったよ」

「良かったじゃないか。俺も高嶺さんと放課後デートはしたことがあるけど、一日中遊んだのは今日が初めてだったな」

「結衣ちゃんが告白した後から、週末はバイトや試験勉強でゆう君忙しかったもんね……今日は結衣ちゃんと3人だったけど、姫奈ちゃんや中野先輩とも一緒に遊びたいね」

「そうだな」

「……逆に、あたしと2人きりでどこか遊びに行ったり、ゆっくりと過ごしたりするのもいいかもね」

「……そうかもな」


 それは俗に言うデートなのでは。

 華頂さんとなら、遊園地とかに遊びに行くのはもちろんのこと、お互いに好きな漫画やアニメが多そうだから、どちらかの家や喫茶店でゆっくり語り合うのも楽しそうだ。そんな場面を想像したら結構ドキドキしてきた。恋人繋ぎで手を繋いでいるからか、色々なことを考えてしまう。

 華頂さんの方を向くと、顔を赤くしている彼女と目が合う。それが照れくさくて、懐かしい感じもした。


「結衣ちゃん達と一緒にエオンを廻るのと同じように、近いうちに一度……ゆう君と2人きりで過ごす時間を作ろうか。お互いにバイトがあったり、あたしの方は部活があったりして難しいかもしれないけど」

「……ああ、そうだな」


 ただ、高嶺さんがそれを知ったらどう思うか。相手が華頂さんだし、自分もエオンでの放課後デートや、お互いの家で2人きりの時間を過ごしているから、ダメだって言う可能性は低そうだ。……何で、高嶺さんのことをこんなに考えるんだろう。これまでたくさん俺に好きだと言ったからだろうか。それとも、ついさっきまで、一緒に楽しく遊んでいたからだろうか。


「もう、公園だね」


 寂しげな笑顔でそう呟く華頂さん。

 気付けば、今朝、華頂さんと待ち合わせをした公園の前に辿り着いていた。


「あっという間だったな。俺はあの交差点を曲がって家に帰るけど」

「……じゃあ、そこまで一緒に手を繋いでてもいい? そこから方向が違うし」

「分かった」


 といっても、公園の前から交差点までは10秒もかからなかったけど。それでも、華頂さんと手を繋いで、華頂さんの温もりを感じられるのが嬉しかった。華頂さんが少しでも同じ気持ちを抱いてくれていたら嬉しい。


「今日はここでお別れだね、ゆう君」

「ああ。今日は楽しかったよ、ありがとう」

「こちらこそありがとう。ゆう君も明日はバイトがあるから、お互いに頑張ろうね」

「ああ、頑張ろうな。バイトの帰りによつば書店に行くかもしれないけど、とりあえずまた月曜に」

「うんっ! また月曜日にね」


 俺は華頂さんの手を離して、笑顔の華頂さんと手を振り合った。

 1人で行動するのは今日の朝以来だけど、随分と前のことのように感じる。それだけ、高嶺さんと華頂さんと一緒に過ごした時間が充実していたってことかな。


「本当に……楽しかったな」


 休日に友達と一緒に出かけるのは初めてだったけど、とても楽しかった。だからこそ、この一歩一歩が寂しい。きっと、ここまで楽しく過ごせる友人は高嶺さんと華頂さんの他には桐花さんくらいじゃないだろうか。そう思いながら、俺は家に帰るのであった。

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