第50話『おそば』

「あぁ、キュンキュンしたぁ!」

「俺も何回もキュンってなったよ。前田の部屋でのキスシーンとか。単行本を読んだときもドキドキしたけど、キャラクターが動いたり、声が付いたりするのって凄いんだな」

「アニメになるっていいよね。あたしもキスシーンでドキドキしたよっ! あそこはとても良かったよね」


 映画が終わり、場内が明るくなってすぐに俺達は感想を言い合う。どうやら、高嶺さんと華頂さんにとっても満足できる内容だったようだ。

 もちろん、俺も今言ったように映画の内容でキュンとなったり、ドキドキしたりした。だけど、高嶺さんと華頂さんがずっと手を握ったり、腕を絡ませたりしていたので、そのことにもドキドキして。特に、クライマックス付近で華頂さんが寄り掛かってきたときは。前田と綾瀬さんが寄り添うシーンが何度もあったから、まるで4D映画を体験しているようだった。

 あと、主題歌がとても良かったな。近いうちにCDを購入したい。


「映画を観たから、胡桃ちゃんを見るとドキドキしてきちゃうな。前田みたいに可愛いし」

「ふふっ。結衣ちゃんも、可愛いけど綾瀬さんみたいに背が高くてスタイルもいいし、凛とした雰囲気もあるもんね。結衣ちゃんにドキドキするって言われると、こっちまでドキドキしてきちゃうよ。映画では2人がイチャイチャしていたシーンもあったし……」


 高嶺さんと華頂さんは頬を赤くしながら見つめ合っている。もしかして、2人がカップルになる未来があるのだろうか。2人だったら、末永く仲良く付き合えそうな気がする。


「お客様。そろそろ場内の掃除をしますので……」

「すみません。映画の余韻に浸っていました。高嶺さん、華頂さん、出ようか」

「そ、そうだね! ゆう君!」

「3人並んで観たし、悠真君と腕を絡ませていたから、ここが映画館だってことを忘れちゃってた」

「結衣ちゃんの言うこと分かるな」


 そう言った直後、華頂さんは俺と目が合い、ニッコリと笑った。

 俺達は劇場を出てフロントへ戻る。昼前だからか、俺達が映画館に来たときよりも人が多い。

 高嶺さんがお手洗いに行きたいとのことで、全員がお手洗いに行く。

 さすがに、俺の方が先に終わったので、お手洗いの近くで2人のことを待つ。そんなときだった。


「あら、低へ……低田君じゃない!」


 福王寺先生が俺に話しかけてきたのだ。パンツルックで、七分丈の白いブラウスという爽やかな服装をしている。休日でここには知っている人が俺しかいないのか、学校でのクールモードではなくなっている。それもあってか、俺のことを低変人と言いかけたな。


「こんにちは、福王寺先生。こんなところで会うとは思いませんでした」

「私もだよ! こんなところでて……低田君に会えるなんて凄く嬉しいよ!」


 福王寺先生、とても可愛い笑顔を見せてくれるな。完全に素のモードになっている。金井高校の生徒がいるかもしれないのに。


「低田君はこれから何を観る予定なの? それとも、もう観終わった?」

「『ひまわりと綾瀬さん。』っていうアニメ作品を観てきました。華頂さんの誘いで、高嶺さんと3人で。この後も遊ぶ予定ですが。今は彼女達がお手洗いから戻ってくるのを待っているんです」

「へえ、胡桃ちゃんが誘ったの。ちょっと意外ね。私も綾瀬さんを観に来たの! 定期試験の採点を終わらせたから、自分へのご褒美に。12時10分の回で観る予定だよ。私は1人だけどね。大人になってからは1人で観るのが基本なんだけど、低田君も観ていたなら一緒に観たかったなぁ」


 上目遣いで俺のことを見つめてくる福王寺先生。可愛い人だな。もし、一緒に見ていたら高嶺さんや華頂さんのように、上映中は俺に触れてきそうだ。


「まあ……いつか機会があれば一緒に観ましょう。綾瀬さん、とても良かったですよ。先生も綾瀬さんシリーズは読むんですか?」

「うん! 第1巻が出たときからのファンだよ」

「そうなんですね。漫画の雰囲気が好きなら、きっと気に入るだろうと思える内容でした」

「それは期待大ね! PVを初めて観たときから期待をしているけど」

「あれ、杏樹先生じゃないですか」

「こんにちは、福王寺先生」

「……高嶺さん、華頂さん、こんにちは。低田君から話を聞いたわ。『ひまわりと綾瀬さん。』結構良かったみたいね。私もこれから観るの」


 高嶺さんと華頂さんがお手洗いから戻ってきた。華頂さんもいるからか、福王寺先生はすぐにクールモードになる。声色まですぐに変わるとは。さすがとしか言いようがない。


「へえ、杏樹先生もアニメを観るんですね」

「何だか意外です。小さくなった探偵さんのアニメみたいに、長く続いているシリーズなら観そうなイメージがありましたけど」

「長寿シリーズも観るけど、深夜アニメ系や劇場アニメも観るわ。綾瀬さんシリーズは第1巻が発売されたときからのファンなの」

「そうなんですね。良かったって思える内容になっていますよ!」


 華頂さんは興奮した様子で福王寺先生にそう言う。本当に映画の内容が良かったと思えたんだな。あとは、福王寺先生が綾瀬さんシリーズのファンだと分かって嬉しいのかもしれない。


「期待して上映まで待つわ。あと、採点が全て終わったから話すけど、数学ⅠとA……あなた達はいい点数だったわ。伊集院さんも。特に低田君と高嶺さんはどちらも100点満点だった」

「やったね! 悠真君!」

「ああ、そうだな」

「いい点数だって分かって、ほっとしています」


 高校生になっても、100点満点を取ると嬉しい気持ちになるな。

 高嶺さんは嬉しそうだけど、華頂さんは言葉通りほっとしている様子だった。華頂さんは理系科目があまり得意ではなく、数学についても、勉強会のときに何度も高嶺さんや俺に質問し、頑張って勉強していた。それを高嶺さんも分かっているからか、高嶺さんは華頂さんの頭を撫でていた。


「みんな、数学はこの調子で頑張りなさい。ちょっと早めだけど、私もお手洗いに行こうかしら」

「じゃあ、私達はこれで。杏樹先生、映画を楽しんできてくださいね」

「とてもキュンとなって、ドキドキできると思います!」

「……また月曜日に学校で」


 とは言うものの、明日のバイト中に会いそうな気がする。

 すると、福王寺先生は口角を上げて、


「ええ、楽しんでくるわ。では、また月曜日に学校で会いましょう」


 と言って俺達に手を振り、お手洗いの方へ向かっていった。

 お互いに綾瀬さんシリーズのファンだと分かったから、今夜は桐花さんだけじゃなくて、福王寺先生とも感想を語り合う展開になるかもしれないな。


「さてと、今は……11時50分か。昼ご飯にもいい時間だけど、これからどうするんだ? 今日は2人に任せているから、映画以外の予定は全く分からなくて」

「これからお昼ご飯を食べる予定だよ、ゆう君」

「南口を出てすぐのところに、お手頃価格で食べられるおそば屋さんがあるの。そこで食べようと思って」

「おそば屋さんか。いいな」


 2人はスイーツ部に入部しているし、俺も甘いものが好きだから、パンケーキ屋さんとかを予想していたけど。もしくは、そういうスイーツ系も充実している喫茶店とか。おそば屋さんに決めたのは正直意外だった。


「さっ、行こう!」


 気付けば、高嶺さんと華頂さんに手を握られていた。もしかしたら、今日の移動中はこれがスタンダードになるのかな。

 映画館を後にして、俺達は南口の方にあるおそば屋さんに向かって歩き出す。

 お昼時だからか、朝以上に人が多くなっているな。おそば屋さんに行くのは初めてだし、2人と手を繋ぐのはいいかもしれない。

 花宮駅を通って南口を出ると、北口よりも落ち着いた雰囲気だ。少し遠いところに立派な建物が見える。大学のキャンパスとかなのかな?

 映画館を出てから8分ほど。俺達はおそば屋さんの『花宮駅のそば』に到着。

 店内は和を感じさせる落ち着いた雰囲気だ。高嶺さんがお手頃価格で食べられると言っていたからか、若いお客さん……特に女性が多いな。

 店員さんに4人用のテーブルへと案内される。

 てっきり、高嶺さんが俺の隣に座るかと思いきや、高嶺さんと華頂さんが隣同士の椅子に座った。俺は高嶺さんと向かい合う形で座る。

 メニューを開くと、確かにお手頃価格だ。ざるそばやかけそばといったシンプルなメニューは300円で食べられるのか。学生の財布にも優しいな。

 俺は天ぷらそば、高嶺さんは冷やしたぬきそば、華頂さんはきつねそばを注文した。


「2人がおそば屋さんにしようって決めたのが意外だったな」

「昨日のドニーズで、3人ともお肉系の料理を食べたからね。あたしはミートスパゲティだったけど。だから、今日はさっぱりとしたものがいいって話になって」

「そこで、おそば屋さんにしようって私が提案したの。前に悠真君の家に遊びに行ったとき、悠真君がざるそばを美味しそうに食べていたから。胡桃ちゃんも私もそばは好きだからここにしたの」

「そうなのか。花宮にはいい雰囲気のおそば屋さんがあるんだな。値段も安めだし。あと、若い女性に人気があるのかな?」


 お蕎麦屋さんって会社員や年配の方に好まれるイメージがあるから。今日のように休日なら、家族連れの方々もいそうだけれど。周りを見ると、若い女性のグループやカップルが多い。


「この近くに女子校があるからじゃないかな。花宮女子っていう私立高校」

「きっとそうだろうね。あたし、滑り止めで合格したの」

「私も」

「花宮女子……ああ、姉さんも滑り止めで受験して合格していたな」


 俺は男子なので、もちろん別の高校を滑り止めとして受験し合格した。武蔵金井駅の隣駅の近くにある共学校だ。


「もしかして、南口を出たときに見えた大きな建物が花宮女子の校舎かな」

「そうだよ。私立だけあって、金井高校よりもかなり立派だよ。花宮駅から近くて、偏差値や進学実績的にも人気が高い高校で。寮もあってね。値段も安くて美味しいから、地元の生徒や寮に住む生徒を中心に常連になる子が多い……っていう話を、花宮女子に通う中学時代の友達から聞いたの。その子もここでお蕎麦を食べたことがあって、とても美味しかったって言ってた」


 そういった確かな情報があれば、これから食べる天ぷらそばも期待できる。あと、世の中には立派な校舎や寮のある高校があるんだな。


「でも、第一志望の金井高校に合格できて良かった。花宮女子に行っていたら悠真君に出会えなかったから」

「ゆう君は男の子だもんね。あたしも金井高校で良かった。歩いて行ける距離だからね。勉強にもついていけているし」

「学力的に相応の高校が地元にあって、そこに入学できたのは運が良かったのかもな」


 近くにあるおかげで、朝はゆっくりと寝られるし、満員電車に乗らなくていい。それに、行動範囲が地元だけなので、今日みたいに少し電車に乗っただけでお出かけ気分を味わえるし。

 そんな話をしていると、俺達の注文したそばが運ばれてくる。天ぷらそば美味しそうだな。立派な海老天が乗っている。2人が注文したそばも美味しそうだ。2人がスマホで自分の注文したそばを撮影しているので、俺も真似をする。


「それじゃ、いただきます」

『いただきまーす』


 2人の可愛い挨拶を聞いて、俺は天ぷらそばを一口食べる。


「……美味しい」


 そばの匂いがしっかりと感じられる。海老天も一口食べてみると……うん、海老がプリッとしていて、サクサクとした衣が香ばしくて美味しいな。


「冷やしたぬきそば美味しい!」

「きつねそばも美味しい。油揚げが甘いのもいいね」


 高嶺さんと華頂さんも自分の注文したそばに満足しているようだ。

 その後も、『ひまわりと綾瀬さん。』の感想を話しながらそばを食べていく。

 そばの量を並で注文したけど、海老天が立派だから結構ボリュームがあったな。500円という値段を考えるとかなり良心的だと思う。

 これから、花宮で食事をするときの選択肢に入れよう。そう思えるほどに満足できた。

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