第49話『両隣に花』

 花宮駅方面に向かう電車が定刻通りに到着し、俺達はそれに乗車する。

 幸運にも、3人並んで座れる場所が空いていたので座ることに。席順は昨日のドニーズと同じように高嶺さん、俺、華頂さんだ。

 スマホで調べると、およそ15分で花宮駅に到着するようだ。


「通学で電車を使わないから、電車に乗るとお出かけしている感じがするなぁ」

「胡桃ちゃんの言うこと分かる。何だかワクワクするよね。悠真君はどう?」

「ワクワクはしてくるな。学校もバイトも地元だし、買い物も駅前のエオンがメインだから。電車に乗ると特別な時間を過ごしているんだって思うよ。それに、これから映画館で楽しみにしているアニメを観るし」

「そうなんだね! ところで、悠真君はこれから行く花宮の映画館には行ったことある?」

「あるぞ。一番近いから、大抵は花宮に観に行くよ。上映館数が少ないアニメ作品だと、都心にある映画館へ行くけど」

「あたしも同じ感じ。花宮駅や周りの雰囲気も好きだから、花宮の映画館で上映していたら必ずそっちに行くかな」

「私も近いっていう理由と、駅周辺にお店はたくさんあるから、映画は花宮で観ることが多いかな」


 2人とも、これから行く花宮の映画館に行ったことがあるのか。2人の手を引いて映画館に連れて行くのも覚悟していたけど、そんな展開にはならなさそう。

 今日観る『ひまわりと綾瀬さん。』の話などをしたから、花宮駅まであっという間な感じがした。

 花宮駅に来るのは、毎年公開されている探偵アニメの劇場版シリーズを観に来たとき以来だから、およそ1ヶ月ぶりか。花宮駅はいくつもの路線に乗り入れていたり、特急も停車したりする駅だからか立派だなぁ。ここに来る度にそう思う。


「花宮駅の雰囲気好きだなぁ」

「武蔵金井駅よりもかなり立派だもんね。駅の構内にもオシャレなお店がたくさんあるし。気分上がってきた。あと、悠真君と胡桃ちゃんと一緒に来られて良かった」

「ふふっ、来たばかりなのに。でも、あたしもそう思ってるよ」


 高嶺さんと華頂さんは笑い合う。この3人で来るのが初めてだったり、昨日で中間試験が終わったりしたのも気分が上がる理由なのかもしれない。

 俺達は花宮駅の北口を出て映画館へ向かう。

 今は午前9時半くらいだけど、休日だし、多摩地域の中核とも言われるほどの場所だからか、人がとても多いな。

 また、地元ではないけど、高嶺さんや華頂さんに視線を向ける人がちらほらいる。本人達はそれに慣れているのか気にしていないようだが。


「胡桃ちゃん。こんなに人が多かったら、2人とはぐれちゃうかもしれない。2人で悠真君の手を繋ごうよ!」

「いいね! もしかして、この前のお休みに結衣ちゃんの家へ行くときの話を聞いてから、ゆう君と3人で手を繋ぎたかったのかな?」

「うんっ! ……いいかな、悠真君」

「いいぞ」


 駅から映画館まで数分もかからないし、みんな場所を知っているから手を繋ぐ必要はないと思うけど、せっかくのお出かけだ。それに、手を繋ぎたいと言ってくれることに悪い気はしない。

 高嶺さんは俺の右手、華頂さんは左手を握ってくる。一時は2人の手を引いて映画館に連れて行くかもしれないと思っていたけど、まさか2人に手を引かれてしまうとは。周りから見られてちょっと恥ずかしいけれど、高嶺さんはもちろんのこと、華頂さんも満足しているようなのでいいか。

 両手から女の子の温もりを感じながら、俺達は無事に映画館へ到着する。家族で来たことはあるけど、まさか、同級生の女の子達と一緒に訪れる日が来るとは。

 土曜日の朝だからか、映画館の中には既に多くの人がいる。券売機の列にも結構並んでいるな。早めに来て正解だったと思いながら、最後尾に並ぶ。


「早めに来たけど、ちゃんとチケット買えるかな。できれば、3人並んで見たいけど」


 華頂さん、不安がっているな。せっかく一緒に来たんだから、3人一緒に座って映画を楽しみたいよな。


「きっと大丈夫だよ、胡桃ちゃん」

「スマホで席の情報を確認しているけど、3席以上連続で空いている場所はいくつもある。高嶺さんの言うように大丈夫だと思うよ。それに、今並んでいる人達全員が、『ひまわりと綾瀬さん。』を観るわけじゃないだろうし」

「……そうだよね」


 華頂さんは可愛らしい笑顔を見せる。

 券売機がいくつも設置されているからか、列の進みは早い。

 逐一、俺はスマホで座席状況を確認しているけど、スクリーンが正面に見える後方の座席は埋まっているが、3席以上空いている場所はまだまだある。あと、上映時間が書かれているけど、本編は60分なんだな。

 列が進んでいき、いよいよ俺達がチケットを買う番となった。高嶺さんがタッチパネルを操作する。


「ええと、『ひまわりと綾瀬さん。』の10時半の回だね。スクリーンが正面に見える席は埋まってるけど、3人並んで座れる席はたくさんあるね。後ろの方が見やすいけど、胡桃ちゃんって視力はいい方?」

「うん! 両眼1.2あるから、後ろでも問題なく観られるよ」

「よし! じゃあ、後ろの方で3席……っと。私達は高校生だから1人1000円だね」

「いいね、高校生って響き」


 楽しげに言う華頂さん。

 俺も1ヶ月前に映画を観に来たとき、料金で高校生になったと実感したな。それよりも、中学生のときと変わらない値段でチケットを買えることに感動したが。

 俺達はそれぞれ券売機に1000円札を1枚ずつ入れ、無事に3席連続でチケットを購入できた。


「悠真君、胡桃ちゃん、席順はどうしようか?」

「俺はどこでもいいから、2人が好きな席を選んで」

「せっかくの映画だし、私は悠真君と隣同士がいいな」

「あ、あたしもゆう君の隣に座りたいな。昨日のドニーズでも、さっきの電車でもゆう君の隣に座って楽しかったから」

「じゃあ、悠真君を真ん中の席にしようか。それでいいかな、悠真君」

「もちろん」


 俺は高嶺さんから真ん中の席のチケットをもらう。

 高嶺さんが隣に座りたいと言ったのは予想通りだけど、華頂さんまで俺の隣がいいと言うとは。ドニーズや電車で隣同士だったとはいえ、ちょっと意外に思えた。

 売店に行き、『ひまわりと綾瀬さん。』のグッズを中心に観ていく。普段は買わないものでも、こういうところに来ると買ってもいいかなと思えてくる。

 全員パンフレットを購入し、高嶺さんはクリアファイル、華頂さんは綾瀬さんの絵柄のストラップも購入していた。

 売店を見ていたり、お手洗いを済ませたりしていたら時間も結構経っていた。上映開始10分前となり、開場が始まる。だからか、各劇場へと向かうポディアムにどんどんと人が集まっていく。スタッフが列を作っているので、俺達は最後尾に並んだ。

 チケットを買うときと比べ、あっという間に自分達の順番に。


「5番スクリーンになります。こちら、入場特典です」


 半券と一緒に、掌サイズほどの大きさの銀色の袋をもらう。中に何か入っているのかな。結構薄い。……そういえば、公開2週目の入場特典として全4種類のミニ色紙のうち、ランダムで1枚もらえるって公式サイトに書いてあったな。

 高嶺さんと華頂さんも特典をもらい、華頂さんの提案で座席についてから袋を開けることに決めた。

 俺達は『5』とライトアップされている扉から劇場の中に入り、チケットと座席案内図を頼りに自分達の席へ向かう。俺の右隣が高嶺さんで、左隣が華頂さんだ。


「あぁ、席に座ると安心するよ」

「胡桃ちゃんの言うこと分かるかも。あと、真正面じゃないけど、ここからでも見やすいね」

「いい席だよね。じゃあ、さっきもらった入場特典を見てみるか」


 俺達は銀色の袋を開けて、入場特典である色紙を取り出す。


「……おっ、俺は前田と綾瀬さんが寄り添っているイラスト」

「私は綾瀬さんのイラストだね」

「あたしは前田。前田も可愛くていいけれど、綾瀬さんの書かれている色紙だったらもっと良かったな」

「華頂さんは綾瀬さんが好きだって言っていたな」

「それなら、私の色紙と交換しない? 私は綾瀬さん以上に前田が好きだから。その前田のイラストが可愛くていいなって思っていたの」

「そうなんだ! ありがとう。じゃあ、交換しよう!」

「うん! こちらこそありがとう!」


 2人の間に座っている俺の目の前で、特典ミニ色紙の交換が行なわれた。高嶺さんも華頂さんも幸せそうな笑みを浮かべている。いい光景を間近で見させてもらったな。

 ちなみに、俺は前田も綾瀬さんもどちらも好きなので、この寄り添っている色紙は大当たりだ。大切に保管しよう。

 それから数分ほどで場内が暗くなり、今後上映予定の作品の予告が流れる。普段はいらないと思うことが多いけど、今回はアニメ作品の予告が圧倒的に多くて楽しい。いくつか観てみたい作品もあったし。

 普段よりも短く感じた予告が終わり、いよいよ映画本編が始まる。60分だと、きっとあっという間なんだろうな。

 PV通りにキャラクターがとても可愛らしく描かれていて、背景がとても綺麗だ。行くときに華頂さんと話した通り、前田と綾瀬さんの声が合っていると思う。


「悠真君」

「うん?」

「……右手を肘掛けに置いてくれる?」


 とても小さい声で言う高嶺さん。高嶺さんの言う通りに右手を肘掛けに置いて彼女の方を向くと、高嶺さんは俺の右腕にそっと腕を絡ませてきた。そのことで右腕は優しい温もりで包まれ、服越しだけど柔らかい感触がしっかりと感じられた。


「上映中はこのままでいい?」

「いいよ」

「ありがとう」


 高嶺さんは幸せそうな笑顔でスクリーンを見る。そんな高嶺さんの横顔がとても美しい。

 高嶺さんの方を見ていると、肘掛けに置いてある左手に確かな温もりが。そちらに視線を向けると、俺の左手に華頂さんが右手を乗せていた。


「しばらくの間、こうしていてもいいかな? ゆう君」


 俺の耳元で華頂さんがそう囁くので、俺は小さく頷く。すると、華頂さんはニッコリと笑ってスクリーンの方を向いた。


『前田。2人きりだし、ぎゅっと抱きしめてもいい?』

『……いいよ』


 スクリーンに視線を戻すと、ちょうど前田と綾瀬さんが抱きしめ合っているシーンだった。


『綾瀬さん、温かくていい匂いする……』


 俺も現在進行形で高嶺さんと華頂さんの温もりを感じており、特に高嶺さんについては甘い匂いも感じている。なので、前田の心の声にかなりドキドキしてしまうのであった。

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