第48話『待ち合わせ』

『低変人さん、中間試験お疲れ様! あと、試験明けのバイトもお疲れ様!』

『ありがとうございます。桐花さんも試験お疲れ様でした!』


 夜。

 録画した深夜アニメを見終わった後、いつも通り桐花さんとチャットを始める。この文面から、桐花さんのテンションの高さが窺える。きっと、中間試験が終わったからだろう。

 今日のバイトは久しぶりだったり、夕方まで高嶺さんと華頂さん、伊集院さんがお客さんとして店内にいてくれたりしたおかげで、楽しさも感じられた。


『桐花さんは最終日の試験はどうでしたか?』

『結構できたよ。赤点はないと思う。低変人さんは?』

『俺も結構できました。赤点の教科はないと思います』


 英語も数学も難しくなく、半分近くの時間が余った。もちろん、その時間は見直しのために使った。解答欄のズレもなく、名前もちゃんと書いたので、赤点になってしまう心配はないだろう。


『お互いに高校最初の試験が何とかなったみたいで良かった』

『ええ。これで本格的に新曲の制作ができます』

『そういえば、試験期間中も勉強の気分転換に制作しているって言っていたよね。新曲の公開も近いかな?』

『明日と明後日は友達と遊んだり、バイトがあったりと用事もありますけど、調子が良ければ日曜日の夜あたりに公開できるかと』

『楽しみにしてるね。あと、週末には予定がたくさんあるんだね』

『ええ。明日は友達と一緒に、『ひまわりと綾瀬さん。』のアニメを観に行きます。桐花さんも綾瀬さんシリーズは好きですよね』

『うん! 私も明日観に行くつもりなの。YuTubuで公開されてる予告動画がいい感じだから、結構期待してる』


 桐花さんも明日観に行くのか。先週から公開されているけど、中間試験直前だったからな。桐花さんも友達と一緒に勉強したって言っていたし。もしかしたら、アニメを観に行くのを楽しみに試験を頑張ったのかもしれない。

 YuTubuで公開されている予告動画を観ると、桐花さんの言うように結構期待できそうだ。


『もし、明日、お互いに観ることができたら、感想チャットをしましょうか』

『うんっ!』


 この週末の楽しみが一つ増えたな。

 それから少しの間、桐花さんと綾瀬さんシリーズの漫画の話をした。チャットが終わってからは新曲の制作を進めていくのであった。




 5月25日、土曜日。

 今日は朝からよく晴れており、天気予報によると一日ずっと晴天が続くという。絶好のお出かけ日和じゃないだろうか。

 午前8時40分。

 俺は華頂さんとの待ち合わせ場所である近所の公園に来ている。この前、学校へ行ったときとは違って今日は俺の方が先か。

 昨日、華頂さんから届いたメッセージで、今日は花宮市にある映画館で、午前10時半に上映される『ひまわりと綾瀬さん。』を観る予定だ。ちなみに、映画館の最寄り駅である花宮駅までは、武蔵金井駅から15分ほどのところにある。

 3人並んだ席を確実に買うためにも早めに行くことになり、高嶺さんから午前9時頃に武蔵金井駅に待ち合わせすることになった。そこから逆算して、午前8時45分頃に華頂さんとここで待ち合わせすることに決めた。

 ちなみに、映画館で『ひまわりと綾瀬さん。』を見終わってからの予定は、2人から「そのときのお楽しみ」と言われた。


「ゆう君!」


 華頂さんの声が聞こえたので入口の方を見ると、そこにはデニムパンツに白のブラウジングブラウス姿の華頂さんが立っていた。黒いミニショルダーバッグを肩にかけている。

 俺と目が合うと、華頂さんはニッコリとした笑みを浮かべて手を振ってくる。


「おはよう、華頂さん」

「おはよう。待った?」

「ううん、俺もついさっき来た。その服、よく似合っているな。可愛いよ」

「ありがとう。今朝になっても迷っていたんだけど、迷った甲斐があったよ。ゆう君のジャケット姿もかっこいいよ。……す、素敵です」

「……あ、ありがとう」


 はにかみながら言われると、嬉しさと同時に照れくささも感じる。

 この後すぐに高嶺さんと落ち合って、3人で遊びに行くのに、こういうやり取りをしていると、これから華頂さんとのデートが始まる感じがしてくる。


「似合っているって言ってくれたから、お礼にスマホで写真を撮ってもいいよ?」

「……じゃあ、記念に1枚」


 俺はスマホで華頂さんを撮影する。その際、華頂さんは笑顔でピースサインをしてくれた。だからか、とても可愛らしく撮ることができた。

 また、華頂さんのお願いで俺の写真を撮ることに。もしかして、俺の写真を撮りたいから、先に自分の写真を撮らせたのでは……というのは思い上がりか。


「ちょっと早めだけど、武蔵金井駅に行くか」

「早いに越したことはないもんね。……せっかくだから、今日も手を繋ぐ? 何かあったときのためにも」

「……そうだな」


 華頂さんと手を繋ぎ、武蔵金井駅に向かって歩き始める。

 これまで、高嶺さんの家に行ったり、登校したりするときに手を繋いだことはある。ただ、それらのときと比べて段違いにデートらしい雰囲気がして。一緒に歩き始めて間もないのに、体が熱くなってきた。俺の左手から、華頂さんに熱が伝ってしまっていないかどうか心配だ。


「今日の行き先の1つが映画館だけれど、晴れて良かったよね」

「あ、ああ。そうだな。絶好のお出かけ日和だと思う。中間試験も終わったから気持ち的にも清々しいというか」

「ふふっ、そうだよね。昨日の夜に、アニメのPVを何度も観たり、綾瀬さんシリーズの単行本をペラペラめくって、簡単に内容を復習したりしたんだ。そうしたら、今日がより楽しみになったよ」

「俺もパソコンで特報や予告動画を何度も観たな。絵も原作の雰囲気を汲み取っているし、メインの前田と綾瀬さんの声も合っていたから凄く楽しみになった」

「声も合ってるよね! キャストの声優さんの名前を見て、特に綾瀬さんの声優さんってこんな声も出せるんだって驚いたもん」

「それ分かるなぁ。他のキャラクターの声は可愛い雰囲気だけど、綾瀬さんのときの声は低めで落ち着いているもんね」

「うんうん!」


 華頂さん、とてもテンションが高いな。俺のことを見る瞳が輝いている。

 お互いに好きな作品について話したからか、手を繋ぎながら歩くことの緊張やドキドキがいい感じに取れていく。

 それにしても、華頂さんって、好きな作品の話になると、こんなにも生き生きと喋るんだな。

 文字だけだけれど、桐花さんも同じような話題のときは元気に話す。それに慣れているからか、俺も今の華頂さんと自然と話すことができている。桐花さんに感謝だな。

 その後も、『ひまわりと綾瀬さん。』の話で盛り上がった。その中で華頂さんは特に綾瀬さんが好きだと分かった。なので、あっという間に武蔵金井駅に到着した。


「あの水色のワンピースを着ている子……結衣ちゃんじゃない?」

「……そうだな」


 華頂さんの指さす先……改札口の近くに、淡い水色の半袖のワンピースを着た高嶺さんの姿があった。明るめの茶色のミニバッグを持っている。少し胸元が開いているけど、爽やかな雰囲気だ。そこまで派手な服装でもないのに、高嶺さんの放つオーラもあってかとても目立っている。それもあってか、男女問わず彼女の方を見る人が多い。高嶺さん人気は学校だけではないのだと改めて思う。

 気付けば、華頂さんは俺の手を離していた。高嶺さんに見られるのは恥ずかしいのかな。試験勉強のために高嶺さんの家に行くまでの間、中野先輩と3人で手を繋いだことを前に話したけど。


「結衣ちゃん!」


 華頂さんが名前を呼ぶと、高嶺さんはすぐにこちらを向いて、とても明るい笑顔で手を振ってきた。絵になるなと素直に思えるほど、今の高嶺さんはとても美しく思える。


「胡桃ちゃん、悠真君、おはよう!」

「おはよう、結衣ちゃん。そのワンピース凄く似合ってるよ!」

「ありがとう! ……悠真君はどう? 私の姿を見て」


 高嶺さんは一歩俺に近づいてくる。上目遣いで見てくるところが可愛らしい。


「よく似合ってるよ。水色だから爽やかな感じもするし」

「ふふっ、ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」


 高嶺さんは嬉しそうな笑顔になり、その場でターンする。そのことでスカート部分がふわっと広がり、高嶺さんの甘い匂いが香ってくる。高嶺さんは華頂さんと俺を抱きしめてきた。


「胡桃ちゃんのブラウス姿も、悠真君のジャケット姿も似合ってるよ」

「ありがとう、結衣ちゃん」

「ありがとう」

「もし良ければ、2人の写真を撮りたいな。私の写真を撮ってもいいから」

「もちろんいいよ!」


 華頂さんがそう言うので、俺達はお互いの姿をスマホで撮影し合う。ワンピース姿の高嶺さん、写真でも凄く綺麗で可愛いと思う。ファッションブランドにモデルとしてスカウトされたのも納得だ。

 高嶺さんと華頂さんのツーショット写真も撮影したけど、1人ずつのときよりも魅力的だな。


「ゆう君! 結衣ちゃん! 映画館のある花宮に行こう!」

「そうだね! しゅっぱーつ!」


 華頂さんも高嶺さんも元気だな。高嶺さんは特にテンションが高い。そんな2人を見てか、近くにいる人達が癒やされている様子。

 今日はどんな一日になるだろうか。2人が今日の予定を考えてくれたそうだし、映画館で観る『ひまわりと綾瀬さん。』を含めて楽しもう。

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