第51話『エアホッケー対決』

 お蕎麦屋さんで昼食を食べた後、華頂さんの発案で、俺達は花宮駅直結のショッピングモールの中にあるアニメショップ・アニメイクに行く。金井にはないから、これまでも花宮で映画を観たときは立ち寄ることが多かった。


「さすがはアニメ専門店! 本もCDもグッズも品揃えが凄いね!」

「そうだね! あたしがバイトしているよつば書店も漫画やアニメ系の本は充実しているけど、アニメイクほどじゃないし」

「俺もよつば書店にはよく行くけど、それは言えてるな。漫画やラノベはよつば書店も充実しているけど、画集や声優さんの写真集とかはここの方が揃ってる」


 CDも、金井のエオンにある音楽ショップより、アニメやゲーム系の作品が充実している。


「おっ、『ひまわりと綾瀬さん。』の主題歌のCDあった」

「良かったね。ゆう君、お昼ご飯のときに主題歌もとても良かったって言っていたもんね」

「ああ。エオンの中にある音楽ショップだとあるかどうか分からないから、華頂さんがアニメイクに行こうって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「いえいえ。アニメイクは金井にないし、花宮に行くなら寄ってみたいって思ったの。それに、ここにも貼られているけど、映画の公開キャンペーンでチケットの半券を見せると、特製のポストカードがもらえるから」

「ふふっ、それ目当てでもあったんだね、胡桃ちゃん」

「うんっ」


 そう言って頷くと、華頂さんは高嶺さんと楽しそうに笑い合う。そんな2人を見ていると、とても気持ちが温かくなると同時にドキドキして。本当に可愛くて魅力的な女の子達だと思う。俺と同じようなことを思っているのか、男女問わず、周りにいる人達が2人をチラチラと見ているので守らなければ。

 高嶺さんや華頂さんと一緒に店内を廻っていく。

 俺は主題歌のCDと好きな漫画の最新巻を購入し、そのときに映画公開キャンペーンで、特製のポストカードをもらった。高嶺さんと華頂さんもポストカードをもらう。

 ポストカードは全部で3種類。絵柄は可愛い笑顔の前田、凜々しい笑顔の綾瀬さん、前田と綾瀬さんが寄り添うものとなっている。

 俺は前田と綾瀬さんの絵柄で、高嶺さんは前田、華頂さんは綾瀬さんの絵柄だった。特に好きなキャラクターのポストカードだったからか、2人ともカードを見た瞬間にとても喜んでいた。

 アニメイクを後にし、俺達は近くにあるゲームコーナーに立ち寄る。アーケードゲームやクレーンゲーム、プリクラなど色々ある。


「ねえ、悠真君、胡桃ちゃん。あれで勝負しない?」


 高嶺さんが指さす先にあるゲームはエアホッケー。エオンのゲームコーナーや、旅行で泊まったホテルのゲームコーナーで何度も家族で遊んだな。


「俺はやってもいいぞ。華頂さんはどうだろう?」

「あたしもやりたい! 小さい頃は友達や家族と一緒にゲームコーナーで遊んでいたから久しぶりに。あんまり上手じゃないけど」

「じゃあ、決まりだね!」


 俺も久しぶりだけど、2人と楽しめるくらいにできるといいな。そこまでは腕が鈍っていないはず。

 エアホッケーの筐体まで行く。筐体には、パックを打つために使うマレットが4つ置かれている。ダブルスもできるようになっているのか。


「結衣ちゃん、どんな形で対戦する? パックを打つものが4つあるけど」

「それはマレットって言うんだよ。そうだね……マレットが4つあるんだし、男女で分かれて、悠真君vs.胡桃ちゃんと私っていうのはどうだろう?」

「あたし達でもペアが相手だと、ゆう君がキツいんじゃないかな」


 華頂さんは苦笑いをしながらそう言う。

 高嶺さんは運動神経抜群だからな。華頂さんはエアホッケーがあまり上手ではないと自己申告しているけど、これまで一緒に遊んだことがないので実際の技術がどの程度かは未知数だ。


「胡桃ちゃんの言うことも一理あるね。マレットが4つあるから、みんな一緒にエアホッケーしたいなと思って」

「……3人で一緒にできる環境が整っているんだから、高嶺さんの言った形で勝負しよう。俺、小学生まではこういったゲームコーナーに来ると、家族と一緒にエアホッケーを結構やったからさ。ブランクはあるけど、少しやれば感覚を取り戻して、2人といい勝負ができるんじゃないかって思ってる」


 こう言えば、華頂さんも2対1で対戦することの躊躇いが薄れるだろう。

 ただ、家族と結構遊んだのは事実だけど、元々の運動神経があまり良くないからな。小さい頃には家族に負けまくり、小学校の高学年になってようやく芹花姉さんや母さんと互角に戦えるようになった。父さんには、姉さんと母さんと3人一緒に相手しない限りは敵わなかったな。


「こんなにやる気に満ちた悠真君を見るのは初めてだよ」

「確かに。中学のときも、今みたいなゆう君は見なかったな。ゆう君がそう言うなら……結衣ちゃん、今回はよろしくお願いします」

「うん、よろしくね!」


 高嶺さんと華頂さんは握手を交わしている。

 あと、やる気のある演技はしたけど、そういう風に言われると複雑な気持ちになるな。負ける可能性が高いけれど、少しは勝負らしい勝負をしたいところ。

 筐体に描かれているルールによると、1プレイ200円で、先にどちらかが10点取るか、制限時間である5分経ったらゲームが終了するとのこと。

 エアホッケーをやりたいと言った高嶺さんが200円出すと言ったけど、それでは申し訳ないので俺が半分の100円出すことに決まった。

 俺がコインの投入口に100円玉を2枚入れると、


『ゲームスタート!』


 という可愛らしい女性の声が。筐体のスピーカーからか。

 俺はマレットを持って、高嶺さんと華頂さんと向かい合うようにして立つ。


「悠真君。こっちからバックが出たから、私達からゲームを始めてもいい?」

「ああ、いいぞ」


 向こうは2人だから、最初から本気でやらないといけないな。


「悠真君。せっかく勝負するんだから、勝った人は負けた人から何かご褒美をもらうことにしようよ」

「えっ?」

「えいっ!」


 俺が2人のことを見ている間に、高嶺さんは高速スマッシュを放つ。

 不意打ちだったので、全く反応できずにゴールを決められてしまった。


『ゴール!』


 スタートのときと同じ可愛らしい女性の声が。それと同時に、高嶺さんと華頂さんが笑顔でハイタッチしている。その様子を見る限り、高嶺さん独断の悪巧みではなく、2人による作戦だったと伺える。おそらく、パックが自分達のところに出たから考えたのだろう。


「ちょっと今のは卑怯じゃないか?」

「『ゲームスタート!』って言った時点で戦いは始まっているんだよ。これも作戦の1つ。マレットでパックを打ったんだから、ルールの範囲内だし」

「あたしじゃゴールを決める自信がなかったから、結衣ちゃんに託しました」

「……分かった。ルールの範囲内だからいいだろう」


 ただ、さっきの高嶺さんのスマッシュは凄かった。華頂さんもいるので、力で押すだけでなく、頭も使わないといけないか。

 出口にあるパックを手に取り、自分のゴールの近くに置く。


「高嶺さん、華頂さん。もし勝ったらどんなご褒美をもらうつもりだ? 俺が勝ったら、2人に缶コーヒーを奢ってもらおうって決めてるけど。俺にできることなら何でもいいぞ。ただし、常識的な範囲でな。高嶺さんなんて、ご褒美名目で俺にキスしてもらおうって思っているんじゃないか?」

「ほえっ? 結衣ちゃん、キスとか考えてる?」

「……えへへっ、本当にキスもいいかもしれない……」

「今だっ!」


 俺はパックを向こう側のゴールに向けて全力で打った!

 マケットで打たれたパックは、吸い込まれるようにして向こう側のゴールへ入っていった。


『ゴール!』

「よしっ!」

「しまった!」

「決められちゃったよ、結衣ちゃん!」


 作戦の通り、上手くいったな。

 これまでの2人を思い返し、俺がキスとか言ったら、高嶺さんはデレデレして、華頂さんは悶えると思ったのだ。2人がその状態になれば、さっきの高嶺さんのようにスマッシュを打ってゴールできると考えた。

 これで1対1。ここから点数を重ねていくぞ。高嶺さんのスマッシュは凄かったから、彼女は特に注意しないと。

 2人は小声で何か話している。次なる作戦を考えているのだろうか。

 すると、高嶺さんは勇ましい表情で俺に指さし、


「なかなかやるね、悠真君! でも、こっちだって負けないんだからね! 悠真君から素敵なご褒美をもらいたいから!」


 大きめの声でそう言うと、さっきよりも前屈みの体勢になって俺を見つめてくる。胸元が開いているワンピースだからか、高嶺さんの胸がチラッと見えてしまう。谷間も見えているな。


「えーいっ!」


 華頂さんのそんな声が聞こえたので、彼女の方を見たときには時既に遅し。


『ゴール!』


 女子チームに2点目を決められてしまった。まさか、序盤で華頂さんにゴールを決められてしまうとは。高嶺さんと華頂さんはさっきよりも嬉しそうにハイタッチをしている。


「……やられた」

「ふふっ。さっきのスマッシュで、私の方に注意が向くと思ってね。もし、そうじゃなくても、勝利宣言をして胸元を見せれば、少しは隙ができると思って。その状態なら、胡桃ちゃんも思いっきり打てばゴールできるって考えたの。やったね、胡桃ちゃん」

「うん! 結衣ちゃんの作戦が見事に成功したね」

「でしょう? 悠真君! 君の視線、私の胸でちゃんと受け止めたからね」


 そう言って、高嶺さんはウィンクしてくる。そんな彼女を見て、華頂さんは左手で口を押さえながら笑っている。

 それからも、試合を続けていく。

 俺もスマッシュを打ちまくったことでゴールを決めて、同点になるときもあった。しかし、そのことによる疲れと、高嶺さんの安定した高い技術、プレイの度に上がっていく華頂さんの技術によって点数が引き離されてしまい、その結果、


「勝ったー!」

「やったね、結衣ちゃん!」


 ゲームの制限時間である5分が経って、5対8で試合終了。女子チームに負けてしまった。

 はあっ……と長く息を吐く俺の前で、勝利した高嶺さんと華頂さんはぎゅっと抱きしめ合っている。2人の嬉しそうな笑顔を見ていると、負けたことの悔しさが薄れてゆく。久々にエアホッケーをやって楽しかったな。


「楽しかったね、胡桃ちゃん!」

「そうだね! ゆう君はどうだった?」

「俺も楽しかったよ。体を動かして楽しいと思えたのは久しぶりだ。2人とも、勝ったから約束通り何かご褒美をあげるよ」

「う~ん、さっき悠真君がキスって言っていたからキスがいいな。唇は恋人になったときまで取っておきたいから、今回は頬で」

「だ、大胆なお願いをするね。あたしは……さっき、近くの休憩スペースを通ったときに見かけた自販機に、大好きなピーチティーがあったから、それを買ってほしいです」

「分かった」


 彼女達らしいおねだりだなと思う。ただ、頬へのキスという高嶺さんのお願いの後だったので微笑ましい気持ちになった。

 ゲームコーナーを後にして、同じフロアにある休憩スペースに向かう。そこにある自販機にペットボトルのピーチティーが売られていたので購入する。


「……はい、華頂さん」

「ありがとう、ゆう君」


 俺がペットボトルを渡すと、華頂さんはさっそく蓋を開けてピーチティーをゴクゴクと飲む。


「あぁ、美味しい。エアホッケーをやった後だからいつもより美味しい」

「それは良かった」


 今の笑顔といい、さっきのゴクゴクと飲む様子といい、CMやポスターのオファーが来てもおかしくないくらいに素敵な姿だ。


「結衣ちゃんも一口飲んでみる?」

「うん! いただきます」


 高嶺さんは華頂さんからペットボトルを受け取ってピーチティーを飲む。すると、爽やかな笑顔を浮かべて、


「うん、とても美味しい! ホッケーをやって体が熱くなっているから本当に美味しく感じるよ」

「良かった」

「……悠真君。周りには全然人がいないし、私にご褒美をください」

「分かった」


 俺がそう返事をすると、高嶺さんはピーチティーを華頂さんに返して俺の目の前に立つ。エアホッケーをやり、たった今ピーチティーを飲んだから、高嶺さんの匂いに桃の甘い香りが混ざる。そのことにドキドキする。

 華頂さんがまじまじと見ているので恥ずかしいけど、俺は高嶺さんの左頬にキスした。高嶺さんの頬……柔らかいな。ほんのりと香る高嶺さんの甘い匂いに鼻腔がくすぐられた。

 唇を離すと、俺がキスした箇所を含めて、高嶺さんの両頬が真っ赤になっていた。視界に入った華頂さんの頬も同じく。


「ありがとう、悠真君」


 笑顔で俺を見つめてくる高嶺さんが、今までの中で一番と言っていいほどに可愛くて。自分の頬が熱くなっているのが分かる。きっと、2人と同じように赤くなっているんだろう。右手を口元に当てると、唇から高嶺さんの温もりを感じた気がしたのであった。

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