第43話『一ヶ月遅れのハッピーバースデー-後編-』
「じゃあ、みんなが買ってきてくれたチョコレートケーキとコーヒーをいただくよ」
ギターをケースにしまい、チョコレートケーキとコーヒーをいただくことに。ただ、みんなからじっと見られるのは何だか恥ずかしいな。
コーヒーを一口飲むと……さすがはムーンバックス。美味しい。バイトの休憩中にも飲むけど、そのときよりも味わい深く感じる。
チョコレートケーキはどうだろう。人気商品の1つだけど、まだ一度も食べたことがない。期待しながらフォークで一口サイズに切り分け、ケーキを食べる。
「美味しい」
甘味だけでなく、カカオの苦味もしっかりと感じられて。これなら、スイーツ好きな人はもちろんのこと、甘いのがあまり得意ではない人も食べられると思う。人気商品である理由が分かった気がする。
あと、芹花姉さんはデジカメで俺達を撮影している。いつの間に持ってきたんだ? きっと、近日中に姉さんのアルバムに今撮った写真が貼られるのだろう。
「姫奈ちゃんと千佳先輩と3人でお店に行ったとき、何にしようか迷ったけど、チョコレートケーキにして良かったね」
「そうですね、結衣」
「華頂ちゃんが、一番良さそうなのはチョコレートケーキだって言ってくれたおかげだね」
「あたしも写真を見たときは迷いましたけど、誕生日にはやっぱりケーキかなと思いまして」
決め手になったのは華頂さんの一言だったのか。それを知るとより美味しく感じる。
「ど、どうしたの! 悠真君!」
「えっ? ……高嶺さん達こそどうしたんだ?」
みんな、心配そうな表情で俺のことを見ているけど。
「だって、ゆう君……涙を流しているから」
華頂さんがそう言うので、メガネを外して右手で目元を触ってみると、確かに濡れていた。いつの間にか涙が流れていたのか。それが分かった瞬間、目元が熱くなっていく。
「本当だ。みんなが、俺のためにスイーツやコーヒーを買ってきてくれたのがとても嬉しかったからだろうな。俺、リアルで家族以外に誕生日を祝われたことはこれが初めてだから。本当にありがとう」
ネット上では桐花さんが誕生日を祝ってくれた。もちろん、それだってとても嬉しかった。ただ、こうして笑顔を向けられながら祝われるのは心にくるものがあって。涙が流れたのはそれが原因だろう。
「そこまで嬉しくされると、こっちまで嬉しくなる。それにしても、悠真。メガネを外した姿を初めて見たけど、結構……いいじゃん」
「前に結衣から写真を見せてもらったときにも思ったのですが、メガネを外すと雰囲気が変わるのです」
「メガネをかけているときのゆう君は穏やかな雰囲気があって素敵だけど、メガネを外すと……かっこよくて素敵だよ」
「でしょう?」
どうして高嶺さんはドヤ顔になるのか。
中野先輩と伊集院さんが快活な笑みを浮かべているから、顔を赤くしてうっとりとした様子で俺を見つめる華頂さんがとても印象的だった。
3人は俺がメガネを外した姿を見るのはこれが初めてなのか。高嶺さんが勝手に俺の裸眼写真を見せたようだけど、伊集院さんが相手なので不問にしよう。
「視力はそこまで悪くないんですけど、今みたいに席が後ろの方だと黒板が見えにくくて。あと、バイトをするときも視界が良好なのに越したことはないですからね。なので、普段からメガネをかけているんです。今みたいにケーキを食べたり、勉強をしたり、この部屋でテレビを観たりする程度なら、メガネがなくても大丈夫です」
「だったら、今日はメガネ無しで過ごそうよ! 私、生の裸眼悠真君を堪能したいから」
その言葉選びと「えへへっ」という笑い声のせいか厭らしい印象に。
「まあ、外に出るわけじゃないからいいか」
メガネを勉強机に置いて、俺は再びチョコレートケーキとブレンドコーヒーをいただく。本当に美味しいな。
あと、メガネは外したけど、みんなすぐ近くで俺を見てくるから、普段と変わりなくはっきりと見えている。
メガネを外した俺、そんなにいいのだろうか。それとも、単に珍しいだけだからなのか。芹花姉さんはデジカメやスマホで俺を撮りまくっている。
「ごちそうさま。チョコレートケーキ美味しかったです。ありがとうございます」
「良かったよ、悠真君に喜んでもらえて。インスタントコーヒーはあと4杯分あるから、好きなときに飲んでね」
「ああ、分かった」
この美味しいコーヒーをあと4杯も飲めるのか。幸せな気持ちを抱きながらコーヒーを一口。飲む度にコーヒーの温もりが優しくなっていく。
「あ、あの! ゆう君!」
「どうした? 華頂さん。何か気合いが入ったように呼んで」
「……ひ、膝枕はいかがですか!」
頬を赤くしながら言う華頂さん。思いもよらない言葉だったので、一瞬、時間が止まったように思えた。
「……それは誕生日プレゼントなのか?」
「う、うん。姫奈ちゃんは右手、中野先輩は肩をマッサージしていたし。結衣ちゃんもぎゅっと抱きしめていたから。あたしも何かしたいと思って。癒しの時間を提供したいというか……」
それで膝枕を思いついたのか。
確かに、華頂さん以外の金井高校女子は俺に何かしらの施しをしていた。自分だけ何もしないというのは気が済まないのかな。華頂さんから申し出たことだし、一度は恋心を抱いた相手の膝枕を味わうのもいいだろう。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。ベッドに腰掛けた方が華頂さんも楽そうな気がするけど、どうかな」
「それがいいね」
華頂さんは俺の枕に近いところに座り、ここに頭を乗せてと言わんばかりにポンポンと太ももを叩く。
「失礼します」
俺はベッドに仰向けになった状態で横になり、華頂さんの胸に頭が当たらないよう気を付けながら、華頂さんの太ももに頭を乗せた。
華頂さんは覗き込むようにして俺のことを見てくる。
「ど、どうですか? ゆう君」
「……とても心地いいな。温かくていい匂いもするし。癒される」
「……そう言ってくれて嬉しい。良かった」
えへへっ、と華頂さんは嬉しそうに笑う。左手を俺の腹部に乗せ、右手で俺の頭を撫でている。家族以外の女性に膝枕をしてもらうと、何だか恋人っぽい感じがしてドキドキしてくる。華頂さんの体からも鼓動が伝わってきているように思える。
それにしても、華頂さんの胸……凄く大きいな。それは以前から分かっていることだけど。ただ、こうして見上げると、その大きさをより実感するというか。
「膝枕か。今まで全然思いつかなかったな。胡桃ちゃん、悠真君の頭を乗せてみてどう?」
「胡桃に訊くところが結衣らしいですね」
「あたしも思った」
華頂さんの顔や胸しか見えないから忘れそうになったけど、ここには俺と華頂さんだけじゃなくて高嶺さん達もいるんだよな。急に恥ずかしくなってきた。
チラッと見ると、中野先輩と伊集院さんはニヤニヤと、高嶺さんは羨ましそうにこちらを見ていた。芹花姉さんはこのことを写真に残したいようで、デジカメで撮影していた。
「気持ちいいよ。あと、メガネを外しているから、ゆう君がちょっと可愛くて」
「可愛いっていう感想分かるなぁ。私も小さい頃は何度もユウちゃんに膝枕をしていたから。そのときはメガネはかけていなかったし」
「そうなんですか。今度、私も膝枕してみよっと」
フランクに高嶺さんは言うけど、膝枕ってそんなに気軽にすることなのか?
いずれ、高嶺さんの膝枕を味わうことになるのか。何かいたずらしそうな不安もあるけど、高嶺さんの膝枕も結構気持ち良さそうだ。
「そういえば、高嶺さんのことだから、『私が誕生日プレゼントだ』とか言いそうだよな」
「私は恋をしたその日からずっと、悠真君にプレゼントする気満々だよ。もしかして、自分からそう言うってことは、私をもらう気になってくれたのかな? そうなら、今からリボンを買って、みんなに協力してもらって、私の体に巻き付けてもらうけど」
「……まだもらう気にはならないな。ただ、高嶺さんらしくて安心したよ」
体にリボンを巻き付けることだけは予想外だったけど。今年のクリスマスにでもやりそうな気がする。
「『まだ』なんだね。そっかそっか。逆に、私に悠真君をプレゼントしてくれても嬉しいな。そんな展開になるようにも頑張るよ。負けないよ、胡桃ちゃん」
「ふえっ。ど、どうして……」
笑顔で話す高嶺さんに華頂さんは変な声を漏らし、顔を赤くしている。華頂さんの体が熱くなり、トクントクンと鼓動が聞こえてくる。
「2人とも凄くいい表情をしているし、雰囲気も良かったから。つい、そんなことを言いたくなっちゃったんだ」
「そ、そういうことなんだね。なるほどね……」
俺と目が合うと、華頂さんははにかんだ。それが凄く可愛かった。
誕生日から1ヶ月経ってからこんなに祝ってもらえることを幸せに思いながら、俺は華頂さんの膝枕を堪能した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます