第42話『一ヶ月遅れのハッピーバースデー-前編-』

 5月19日、日曜日。

 今日は昼過ぎから高嶺さん、華頂さん、伊集院さん、中野先輩と一緒に俺の家で勉強会をする予定だ。柚月ちゃんはクラスメイトと勉強するので参加しない。

 午前中は部屋の掃除をしたり、試験勉強をしたり、思いついたメロディーをギターで録音したりした。録音したメロディーも溜まってきたし、そろそろ新曲を作っていこうかな。中間試験が終わった後に公開したい。



 午後2時前。

 4人が来る予定の時間が迫ってきた。高嶺さんが家の場所を分かっているので、俺が迎えに行かなくても大丈夫だと言っていた。以前、高嶺さんが勝手に1人で来たことがあるとはいえ、いざ約束の時間が近づくと、ちゃんと来られるかどうか不安になる。


「そわそわしてるね、ユウちゃん」

「ちょっとな。……芹花姉さんは俺のベッドでのんびりしているんだな」


 お昼ご飯を食べた後から、芹花姉さんは俺のベッドに寝転がって漫画を読んだり、スマホでゲームを遊んだりしている。今日はバイトやサークル、友達と遊ぶといった予定はないらしい。


「まさか、高嶺さん達が来てもずっとここにいるつもりなのか?」

「もちろんだよ! ユウちゃんが初恋した華頂さんって子にも会ってみたいし。それに、私は金井高校のOGだし、3月までは受験生だったから勉強は教えられるよ。理系科目と英語なら自信ある」

「さすがは理系の大学生。そういうことならいてもいいよ。ただ、俺達の勉強の邪魔をしないように気を付けてくれ」

「了解だよっ!」


 芹花姉さんは敬礼のポーズを取りながらそう言った。可愛い姉である。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴り響く。時計を見ると……2時ちょうどなので、きっと高嶺さん達だろう。 俺はモニターで来客を確認すると、そこには高嶺さんの笑顔がアップで映っていた。俺が見たからいいものの、俺の両親が見る可能性を考えないのだろうか。


「はい」

『高嶺です。4人みんなで来ました!』

「分かった。今すぐに行くよ」


 俺は部屋を出て玄関へ向かう。早く高嶺さん達に会いたいのか、芹花姉さんは俺の後をついて行く。

 玄関を開けると、そこには私服姿の高嶺さん達がいた。俺の姿が見えるとみんな笑顔になり、華頂さんは小さく手を振ってきた。


「みんな、いらっしゃい」

「うわあっ、結衣ちゃんはもちろん可愛いけど、3人も可愛いね!」


 4人を前にして興奮する芹花姉さん。そんな姉さんに高嶺さんと中野先輩は笑顔のままだけど、華頂さんと伊集院さんは若干引き気味になっている。


「みんな。こちらが姉の芹花です。例の黄金色の天使です。姉さん、こちらの3人が友達の華頂胡桃さん、クラスメイトでもある伊集院姫奈さん、バイトでもお世話になっている中野千佳先輩だよ」


 俺が軽く紹介すると、4人はそれぞれ自己紹介をした。


「千佳ちゃんに姫奈ちゃん、胡桃ちゃんだね。みんなよろしくね!」


 芹花姉さんは中野先輩、伊集院さん、華頂さんの順番で頭を撫でていく。そのことで、3人はほんわかとした表情に。この様子なら、勉強中に芹花姉さんが俺の部屋にいても大丈夫そうかな。

 唯一、高嶺さんは頭を撫でられなかったけど、優しい笑みを浮かべながら見ていた。そんな高嶺さんの手には、


「高嶺さん。ムーンバックスの紙の手提げを持っているけど、何か買ってきたのか?」

「ああ、これね。悠真君への誕生日プレゼント! 柚月も含めて5人でお金を出し合ってね。ここに来る途中にスイーツとインスタントコーヒーを買ったの。胡桃ちゃんには写真を送ってどれがいいかって意見聞いて」

「そうだったんだ。みんな、ありがとうございます。ただ、今はあまりお腹が空いてないから、休憩のときにいただく形でもいいかな」


 今日のお昼ご飯、野菜たっぷりの味噌ラーメンだったから。


「分かった。じゃあ、少し勉強してから食べようか。何のスイーツを買ってきたのかはそれまでのお楽しみね。冷蔵庫、借りてもいい?」

「もちろん」

「じゃあ、お姉ちゃんが結衣ちゃんをキッチンに案内するから、悠真は3人を部屋まで案内して。飲み物も持っていくからさ」


 4人を家の中に通し、俺は高嶺さん以外の3人を自分の部屋に通した。こんなに多くの女の子を自分の部屋に招き入れることになるとは。あと、華頂さんは初恋の人なので、華頂さんが自分の部屋にいることが感慨深い。


「へえ、部屋を綺麗にしてるね。偉いじゃない、悠真」

「とても落ち着いた感じがして、いい雰囲気なのです」

「ここがゆう君の部屋なんだね。……あっ、本棚にはあたしも読んだことがある本がたくさん……」


 3人とも俺の部屋がいいと言ってくれて良かった。午前中に掃除した甲斐がある。

 あと、この前、華頂さんの家に行ったときに俺が本棚に興味を示したからか、華頂さんも俺の部屋の本棚に釘付けだった。


「これってギターケース?」

「立派なケースなのです」


 部屋の隅に置いてあるけど、大きなケースだからか、中野先輩と伊集院さんはすぐに見つけた。


「軽音楽部があるので、学校でもケースを持つ人を何度か見たことがあるのですが、それよりも立派な気がするのです」

「それはきっと、持ち運びをしやすいソフトケースだと思うよ。俺は外に全然持ち運びしないし、ちゃんとした環境で保管したいから、こういったハードケースを使っているんだ」

「そうなのですか。そういえば、前に結衣が言っていたのを思い出したのです。お父様の影響でギターを始めたと」

「ああ。父親にギターの弾き方を教えてもらったのが楽しくて。いつしか、自分の趣味になっていたんだ。そのケースに入っているギターは、小遣いを貯めて買ったんだ」


 本当は低変人としての公開した動画の広告収益がメインだけど。あと、高嶺さんはちゃんと低変人のことを話さないでくれているんだな。


「みんな、お待たせ」

「今日は晴れて暖かいから、アイスティーを作ってきたよ。勉強中に飲んでね。悠真、5人で勉強するし、私の部屋からテーブルとクッションを運ぼう」

「ああ、分かった」


 その後、芹花姉さんの部屋からテーブルとクッションを運ぶ。

 そして、俺達5人は中間試験の勉強を始める。ちなみに、みんなの座る位置は昨日と同じで、昨日の柚月ちゃんのところには芹花姉さんが座った。

 昨日と同じように、たまに分からないところを教え合いながら勉強を進めていく。

 ただ、昨日と違う風景も。一昨日と昨日は教える側だけだった中野先輩も、OGの芹花姉さんがいるからか、姉さんに何度か質問する場面が見られた。


「おっ、もう3時過ぎたね」

「そうですね、お姉様。悠真君、お腹は空いてきたかな?」

「うん、空いたよ。砂糖入りのアイスティーを飲んでいるけど、スイーツを食べたい気分だな」

「分かった。じゃあ、今から買ってきたスイーツとコーヒーを用意するからちょっと待っててね。お姉様、胡桃ちゃん。一緒にキッチンに行きましょう」

「了解」

「分かった! ゆう君、行ってくるね」


 高嶺さんと華頂さん、芹花姉さんは俺の部屋を出て行った。

 ムーンバックスのスイーツか。バイトをしているからどんなスイーツがあるのか分かっているので、逆に何のスイーツなのかワクワクさせてくれる。


「3人が来るまで、あたしが悠真の肩を揉んであげるよ。バイトでの感謝も込めてね」

「では、あたしは低田君の利き手の右手のマッサージをするのです」

「どうもありがとうございます」


 中野先輩は俺の後ろに膝立ちして肩を揉み、伊集院さんは高嶺さんが座っているクッションに正座をして俺の右手を揉んでくれる。まさか、クラスメイトとバイトの先輩から同時に揉まれるとは思わなかった。

 ちなみに、この光景……周りの人が見たらどう思うのかな。ハーレムとか爆発しろとか思われてしまうのだろうか。


「肩も右手も気持ちいいです」

「良かった。昨日、高嶺ちゃんと華頂ちゃんに揉んでもらったからか、そこまで凝っていないね」

「しかし、右手や指の方は凝っているのです。勉強やバイトで疲労が溜まっていたのかもしれないのです。あとはギターをやっているのもあるかもしれないのです」

「そうかもしれないな。好きだから何時間も弾くときがあるし。そんなときも疲れや痛みは感じないけど、実は溜まっていたのかも」


 今まで指や手のマッサージはしなかったけど、これからは定期的にやった方がいいかもしれないな。

 肩や右手を揉まれるだけじゃなくて、伊集院さんと中野先輩からいい匂いがしてきて。それもあって、かなりリラックスできる。


「ただいま……おや? おやおや?」

「ゆう君。姫奈ちゃんと中野先輩にマッサージされてる」

「ハーレムかな? ユウちゃん」

「もしそうなら、私も混ぜてほしいな!」


 気付けば、3人が戻ってきていた。芹花姉さんは何も持っていないけど、高嶺さんはチョコレートケーキ、華頂さんはマグカップを持っていた。湯気が立ち、その香りからホットコーヒーとすぐに分かった。


「おかえり。ハーレムじゃなくて、俺の誕生日プレゼントで肩と右手を揉んでくれているんだ。凄く気持ちいい」

「そうだったんだ。良かったね。悠真君、5人でお金を出し合ってムーンバックスでチョコレートケーキとブレンドのインスタントコーヒーを買ってきました!」

「どうもありがとう」


 高嶺さんと華頂さんは俺の前にチョコレートケーキとブレンドコーヒーを置いてくれる。どちらも美味しそうだ。


「こういうときは、『ハッピーバースデートゥーユー』とか歌った方がいいかな」

「いいね、結衣ちゃん」

「では、名前の部分は『悠真君』にするのです」

「あたし、あまり歌は上手くないけど、そのくらいなら歌ってもいいよ。悠真の誕生日祝いだし」

「お姉ちゃんも一緒に歌おっと。ユウちゃん、せっかくだから伴奏をギターで弾いてみるのはどう?」

「いいぞ」


 今まで、家族が歌うときの伴奏をしたことはあるけど、友人や先輩が歌うための伴奏は一度もない。ちょっと緊張するな。

 ケースから取り出して軽く弾いている間、5人は何か話している。

 そして、5人は俺のギターの伴奏に合わせて、『ハッピーバースデートゥーユー』を歌ってくれる。みんないい歌声をしていて、魅力的なユニゾンになっていた。あまり上手くないと言っていた中野先輩も下手ではなかった。


『悠真君! 16歳のお誕生日おめでとう!』


 歌い終わると、5人は俺に拍手を送ってくれた。さっき、5人で話していたのはこのことだったのかな。あと、高嶺さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。

 ケーキとコーヒーをまだいただいてないけど、感謝の気持ちでいっぱいだ。


「みんな。本当にありがとう」

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