第40話『マッサージ-前編-』
昼食を食べ終わった後、みんなで試験勉強をするために高嶺さんの部屋に向かう。
「部屋もでっかいなぁ」
「広いですよね! 素敵なお部屋だね、結衣ちゃん。こんなに広いなら、6人で勉強しても大丈夫そうだね」
初めてここに来た華頂さんと中野先輩は、高嶺さんの部屋の広さに驚いている。
午前中もここで勉強していたのか、テーブルには教科書やノート、筆記用具が置かれていた。
「では、さっそく試験勉強をしましょうか。6人で勉強するから、柚月の部屋からテーブルとクッションを持ってこようか」
「そうだね、お姉ちゃん!」
「あたしも手伝うのです」
高嶺さんと伊集院さん、柚月ちゃんがテーブルやクッションをセッティングしてくれた。
俺達は6人一緒に試験勉強を始める。ちなみに、昨日と同じように高嶺さんと隣同士で座り、俺の左斜め前に華頂さんが座っている。
また、昨日と違って、中野先輩は漫画を読むことはせず、俺の正面で試験勉強をしている。たまに伊集院さんに勉強を教える姿は先輩としての風格を感じさせる。あと、今の先輩を見ていると、俺にバイトのことで色々と教えてくれたことを思い出す。
「お姉ちゃん。理科で分からないところがあるんだけど、質問していい?」
「いいよ。どこが分からないかな」
高嶺さんはすぐ近くに座っている柚月ちゃんに勉強を教えている。柚月ちゃん絡みだと、しっかりとしたお姉さんという印象を受ける。
「結衣ちゃん、ちゃんとお姉さんしてるね。あたしも柚月ちゃんみたいに、お姉ちゃんに勉強を教えてもらったな」
「杏さん、教え方が上手そうだよな。俺も芹花姉さんに勉強を教えてもらったことがあった」
「お兄さんやお姉さんがいる人の特権かもね。ところで、ゆう君。今日も教えてもらっていいかな。生物なんだけど」
「もちろんさ」
俺は華頂さんに生物の分からないところを教える。
また、華頂さんは文系科目が得意とのことなので、華頂さんに古典を教えてもらった。得意と言っていただけあって、教え方もとても上手だった。
もし、嘘の告白がなかったら、中学の頃から、定期試験の前にはこうして一緒に勉強をしていたのかな。
その後も勉強を進めていく。みんなのおかげで、今日も充実した時間を過ごせている。
「あっ、肩が……」
そう呟いて、華頂さんが両肩をゆっくりと回す。その様子を俺達が見ているからか、華頂さんはすぐに苦笑いをする。
「胡桃は肩凝りがしやすい体質なのですか?」
「うん。小学校の高学年くらいから。お母さんはもっと肩凝りしやすいよ。お姉ちゃんもたまに肩凝りするね。遺伝が関係しているのかな?」
「どうでしょうね。ただ、みなさん胸が大きいのです。そう考えると、遺伝が関係あるかもしれないのです。ちなみに、あたしは全然肩凝りしないのです……」
はあっ、と伊集院さんは小さくため息をついている。そんな伊集院さんに同情しているのか、中野先輩と柚月ちゃんは伊集院さんの頭を優しく撫でた。
肩凝りだけじゃなくて胸の大きさも話題に上がるので、ここに居辛くなってきたな。
「胸が大きいと肩凝りしやすいって言うもんね。親子や姉妹で揉み合ってるよ」
「……なるほど。ただ、胸は大きくても、結衣は肩凝りに悩んでいるのはあまり見たことがないのです」
「そうだね。受験生のときは、同じ姿勢で長時間勉強し続けるからか、肩が凝ることも多かったけど」
「そのときはあたしが揉んだな。あと、お母さんは肩が凝りやすいよね」
裕子さんは肩が凝りやすいのか。まあ……娘の高嶺さんよりも大きいお胸を持っているもんな。
「お母さんの肩を柚月と一緒に揉むことがあるよね。私はストレッチを習慣にしているからか、肩凝りがあまりないのかも」
「なるほどね。あたし、学校の体育以外ではろくに運動しないからね。ダイエットのとき以外は。ただ、本屋でバイトを始めたから、それが少しは運動になっているといいな」
「きっとなっているよ。じゃあ、私が胡桃ちゃんの肩を揉むね」
「ありがとう。よろしくお願いします」
華頂さん、とても嬉しそうだな。
高嶺さんは華頂さんの背後で膝立ちをして、さっそく華頂さんの肩を揉み始める。気持ちいいのか、華頂さんは柔らかい笑みを浮かべ、たまに「あぁ」と声を漏らす。
「確かにこれは結構凝っているね。こんな感じで揉んでいけばいいかな」
「うん、今の感じでお願いします。気持ちいい……」
高嶺さんの肩揉みのおかげで、華頂さんはまったりとした様子になっているなぁ。
「ちなみに、悠真君って肩凝りしやすいタイプ?」
「俺は凝らないな。ただ、芹花姉さんや母さんが肩凝りしやすいから、定期的に2人の肩を揉んでるよ」
「そうなんだ。お姉様もお母様も胸が大きいもんね!」
「……そ、そうだな。俺の肩揉みが凄く気持ちいいって言ってくれるよ」
たまに肩だけじゃなくて、背中や両脚のマッサージをすることもある。
さっきの高嶺さんの話で思い出したけど、芹花姉さんも大学受験の勉強をしているときは特に肩が凝っていて、ほぼ毎日揉んでいたな。
「……あの、ゆう君。凄く気持ちいいなら、ゆう君にも肩を揉んでほしいな。ダメ……かな?」
そう言って、俺のことをチラチラと見てくる華頂さん。頬がほんのりと赤くなっているのも可愛らしい。
「華頂さんがそう言うなら、俺は全然かまわないけど」
「よし、さっそく私と交代しよう」
俺は高嶺さんと入れ替わるようにして、華頂さんの背後に膝立ちする。華頂さんのすぐ後ろにいるし、さっきまで高嶺さんがいたからか凄くいい匂いがする。
「華頂さん。さっそく肩を揉み始めるよ」
「よろしくお願いします」
華頂さんは俺の方に振り向いて笑顔を見せてくれる。その笑みは普段よりも艶やかに思えた。
両手を華頂さんの肩に置くと、華頂さんは体をピクッと震わせた。俺に肩を揉まれるのは初めてだから緊張しているのかな。そんなことを考えながら、肩を揉み始める。高嶺さんが少し揉んだ後だけど、結構凝っているな。
「んあっ!」
「だ、大丈夫か? 痛かったか?」
「う、ううん。むしろ、気持ち良くて変な声が出ちゃった。このまま揉んでくれますか?」
「了解」
気持ちいいと言ってくれて安心したし、嬉しいな。
それからも華頂さんの肩を揉み続けていく。気持ちいいのか、華頂さんは時折可愛らしい声を漏らしている。そのせいか、高嶺さんはじっくりと、伊集院さんも中野先輩は勉強しながらチラチラとこちらを見ている。3人とも頬がほんのりと赤くなっている。
肩揉みをしていくうちに、段々と肩がほぐれていくな。それと同時に体が熱くなっていっているけど。
「ゆう君のお姉さんとお母さんが凄く気持ちいいって言うのは納得だよ。結衣ちゃんの肩揉みも良かったけど、ゆう君が一番いいかも。こんなにも気持ちいいと、これからもずっとあたしの肩を揉んでほしいな……って、こんなわがまま言っちゃダメだよね!」
あははっ、と華頂さんは声に出して笑っている。そんな華頂さんの耳が真っ赤になっていた。ずっと揉んでほしいと思うほど、俺の肩揉みを気に入ってくれたようだ。
「これからも、肩凝りに悩んだときはいつでも俺に言ってきてくれていいからな」
「……ありがとね、ゆう君。本当に気持ちいい……」
俺に背を向けた状態でも、華頂さんの甘い声にドキドキする。もし、俺の方を向いて、見つめられながら言われたらどうなっていただろう。
「……そんなに気持ち良さそうだと、私も悠真君に揉んでもらいたくなってきた」
「分かった。華頂さんの後に揉んであげるから、ちょっと待ってて」
「うん!」
高嶺さん、とても嬉しそうだな。ただ、高嶺さんの場合は「肩だけじゃなくて胸も揉んでほしい」とか言いかねないから気を付けなければ。
揉み続けてきたからか、華頂さんの肩も大分ほぐれてきたな。
「華頂さん。どうだろう」
「……凄く軽くなったよ! スッキリした!」
「良かった。じゃあ、次は高嶺さんだな」
「お願いします!」
高嶺さんは自分の座っているクッションの上で正座をする。背筋がピンとなっているからか、その姿がとても美しく思える。
俺は高嶺さんの後ろまで移動し、さっそく高嶺さんの肩を揉み始める。すると、揉み始めてすぐに高嶺さんは可愛らしい声を漏らす。
「胡桃ちゃんの言う通りだね。凄く気持ちいい……」
「でしょう? ゆう君に揉んでもらったら、肩凝りの悩み自体がなくなりそうだよね」
「それ分かる」
「そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。あまり肩凝りで悩まないと言っていただけあって、そこまで凝ってないな」
「うん。本当に気持ちいいよ。幸せ。ここまで気持ちいいと、悠真君に色んなところを揉んでもらいたくなるよ」
高嶺さんは俺の方に振り返り笑顔を見せてくる。胸を揉めとは言ってこなかったけど、今言った「色々」の中に含まれているのだろう。ここで反応したら、俺の手を胸の方に持っていかれそうなので、ここは黙って肩揉みに勤しもう。
高嶺さんの後ろ姿ばかり見るのも変態な香りがしてきそうなので、部屋の中を見渡すことに。本当に広い部屋だな。そして、ここにいる女の子達は可愛くて綺麗な人ばかり。類は友を呼ぶという言葉はこういうときに使うのだろう。
「よし、揉んだ感じ結構ほぐれたと思うけど」
「……うん! 肩が軽くなった感じがする。ありがとう。じゃあ、お礼に悠真君の肩を揉んであげるよ! バイトや勉強で疲れているだろうし」
「朝からバイトがあったからな。肩にそんな違和感ないけど、疲れが溜まっているかもしれない。じゃあ、お願いするよ」
「うん、任せて!」
俺は自分のクッションに座る。
それから程なくして高嶺さんが俺の背後に膝立ちする。背後に高嶺さんがいると何だか不安だな。視界の両端に見える両手の手つきがおかしいので尚更。高嶺さんの両手が肩に触れた瞬間、体がピクッとした。
「……おっ、気持ちいい」
高嶺さんの揉み方が上手なのか。それとも、俺の肩が結構凝っているのか。とても気持ちがいい。
「悠真君の……カッチカチだよ。私が気持ち良くしてあげるからね」
突然、高嶺さんに耳元で囁かれたのでドキッとした。艶っぽい声と言葉選び、背中に当たる柔らかな感触のせいでかなり厭らしく感じる。今の高嶺さんの声が聞こえたのか、華頂さんは顔を真っ赤にしてこちらをチラチラと見ていた。
「まったく、高嶺さんは。本当に俺の肩がカッチカチなのか?」
「カッチカチではないけど、肩は凝ってるね。バイトの後だからかな」
そう言って、高嶺さんは俺の肩を揉み続けている。やっぱり、カッチカチは言いたかっただけか。
「あと、お姉さんって言ってるけど、高嶺さんの誕生日はいつなんだ?」
「1月1日だよ」
「……高嶺さんらしい誕生日だ。毎年とてもめでたく明けそう」
「クリスマスだけじゃなくてお正月にもケーキを食べられるので、お姉ちゃんが年明け生まれで感謝してます! あたしにとってもめでたいです!」
「おせちにケーキが普通だもんね。悠真君の誕生日はいつなの?」
「4月6日だ。だから俺の方がお兄さんだな」
「ふふっ。悠真君はもう16歳なんだね。1ヶ月遅れだけどお誕生日おめでとう!」
高嶺さんがそう言ったからか、華頂さん達も笑顔で「おめでとう!」とお祝いの言葉を言ってくれる。誕生日から1ヶ月以上経ったけど、胸にくるものがあるな。
ちなみに、今年の俺の誕生日は土曜日で休日だったけど、家族と誕生日を知っている桐花さんが祝ってくれた。
「どうもありがとう」
「せっかくだし、何かプレゼントあげたいなぁ」
「その気持ちが俺は嬉しいよ」
ただ、高嶺さんの場合は「私がプレゼントだよ」とか言いそうだけど。
背後から「う~ん」という高嶺さんの声が聞こえてくる。
「じゃあ、とりあえずはこの肩揉みを誕生日プレゼントにしておくね」
「とりあえず……なんだな。ありがとう」
「結衣ちゃん。あたしにも肩を揉ませて。お誕生日プレゼントもそうだけど、さっきの肩揉みのお礼がしたいから」
「分かった!」
高嶺さんは自分の座っていたクッションに戻り、今度は華頂さんが俺の背後に立つ。高嶺さんと比べると安心感が違うな。
「それじゃ、ゆう君。肩揉みを始めるね。いつも、お姉ちゃんやお母さんにやっているように揉みます」
「お願いします」
それからすぐに、華頂さんに肩を揉んでもらい始める。
「気持ちいいなぁ」
「ふふっ、良かった。結衣ちゃんが揉んだからか、肩の凝りはあまりないね」
「そうか。高嶺さんに負けないくらいに気持ちいいよ」
高嶺さんだけじゃなくて、華頂さんにまで揉んでもらえるのは幸せだな。
「んっ……よいしょっ……」
ただ、マッサージに集中しているからなのか、たまに俺の背中に柔らかい感触が。さすがは華頂さんというべきか。それと、後頭部から首筋にかけて、華頂さんの温かな吐息がかかるのもあってドキドキする。このままだとどうなるか分からないので心頭滅却するか。
目を瞑って心を無の境地に近づけていくと……肩が気持ちいいから段々眠くなってきた。
「ふふっ、コクコクしてる。ゆう君、結構ほぐれたと思うけど、どうかな?」
肩をポンポンと叩かれて眠気が覚めた。肩をゆっくりと回すと、マッサージしてもらう前と比べてかなり軽くなっていた。
「うん、凄く良くなった。高嶺さん、華頂さん、ありがとう」
肩だけでなく、全身も軽くなった感じがする。2人から、とてもいい誕生日プレゼントをもらったな。ただ、肩揉みがとてもいいと思うなんて。老人になった気分だ。
2人の肩揉みのおかげもあって、この後の試験勉強はとても捗った。
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