第39話『お疲れ様と君は言った。』
正午過ぎ。
バイトを終えた中野先輩と俺は、LIMEで華頂さんと連絡を取る。
華頂さんも本屋のバイトが終わったとのこと。なので、武蔵金井駅の改札口前で待ち合わせ、高嶺さんの家へ行くことにした。
また、5人のグループトークに俺から『3人ともバイトが終わったから、今から高嶺さんの家に行く』とメッセージを送った。すると、高嶺さんからすぐに『了解! 姫奈ちゃんと一緒にお昼ご飯作るね!』とメッセージが送られてきた。
「これで大丈夫ですね」
「そうだね。じゃあ、駅に行こうか」
中野先輩は俺の右手をすっと掴んできた。
「どうして手を繋ぐんですか? 駅はすぐ近くなのに」
「世の中、何が起こるか分からないからね。悠真がはぐれちゃったり、迷子になっちゃったりするかもしれないじゃない。あたしは学校やバイトのある日は駅の改札前を通るから、道順はちゃんと分かっているし。先輩として、悠真を連れて行ってあげる」
中野先輩は楽しそうな笑顔で言ってくれる。
よく考えてみれば、小中高と学校は全て北口側にあるし、バイト先のムーンバックスも北口側。よく本を買うよつば書店のあるエオンも北口側と俺の生活は北口側で完結している。芹花姉さんと母さんが働くドニーズは南口の方にあるけど年単位で行っていないな。
駅までは近いけど、中野先輩の言う通り何があるか分からない。迷子になってしまう可能性はゼロとは言い切れないし、ここはご厚意に甘えさせるか。
「では、よろしくお願いします。あと、今日もお疲れ様でした」
「お疲れ様。試験が終わるまでは勉強に集中できるね。それじゃ、行こうか」
中野先輩に手を引かれる形で武蔵金井駅へ向かう。
高嶺さんと告白された直後まで、学校からムーンバックスまで中野先輩と2人きりで歩くことはあった。でも、手を繋いで歩くのは初めてなので新鮮な気がした。先輩が楽しそうなのでデートっぽくも思えて。
「今、デートっぽいなって思ったでしょ」
「……どうして分かるんですか」
「こういう状況が初めてだからね。あたしも同じことを思ってた」
あははっ、と快活に笑う中野先輩がとても可愛い。
そんなことを話していると、あっという間に武蔵金井駅の改札口に到着した。そこには既に華頂さんの姿が。ロングスカートにベージュの春セーター姿が可愛らしい。
「華頂ちゃん!」
「……あっ、中野先輩! ゆう君もバイトおつか……」
きっと「お疲れ様」と言おうとしたのだと思うけど、華頂さんは途中で言うのを止めてしまった。笑顔が固まっているというか。華頂さんの視線の先にあるのか見てみると、それは俺と中野先輩が繋いでいる手だった。
「華頂さん、バイトお疲れ様。ちなみに、この手は……はぐれたりしないために中野先輩が手を握ってくれたんだ」
「そういうこと。手と繋いでいるから、ちょっとデート気分を味わえたけど。華頂ちゃん、バイトお疲れ様」
「お疲れ様です。手を繋いでいるのは迷子にならないためだったんですね」
そっかそっか、と華頂さんは納得している様子だった。それでも、依然として中野先輩と繋いでいる俺の手を見ている。
「あ、あたしもゆう君と手を繋いでいいかな。結衣ちゃんの家に行くのは初めてだし、はぐれちゃうかもしれないから」
「華頂さんがそう言うなら。トートバッグは肩にかければ大丈夫だし」
「……ありがとう」
トートバッグを肩にかけると、華頂さんは嬉しそうな様子で俺の左手を握ってきた。
そして、俺達は3人で高嶺さんの家に向かって歩き始める。
まさか、華頂さんと手を繋いで歩く日が来るとは。例の嘘告白があった日も、告白が終わったら華頂さんは走り去ってしまったからな。
「悠真。ここから高嶺ちゃんの家までどのくらいで着くの?」
「先週末に行きましたけど、確か数分くらいでしたね」
「へえ、結構近いんだ」
「駅から近いのは羨ましいですね。あたしは北口を出て10分は歩きますから」
「あたしも南口を出て10分くらいかかる。学校までだと15分だから、毎日徒歩で通うにはこのくらいが上限かなって思ってる」
「雨が降ったときとか考えると、そのくらいが限界かもしれないですね」
そう考えると、学校まで徒歩5分、駅も10分あれば必ず着く俺の自宅はかなりいい場所にあるんだなと思う。
「5分10分だったら、誰かと一緒に話していればすぐな気がします。あと、その……ゆう君と手を繋いでいると、先輩が言ったようにデートしている気分になってきますね。ゆう君と手を繋ぐのが初めてだからかな」
華頂さんはそう言うと頬を赤らめ、俺のことを見ながら微笑む。その姿はまさにデート中って感じがする。あと、華頂さんの右手から伝わる温もりがさっきよりも強くなった気がする。
「……そうだな。ただ、華頂さんだけじゃなくて、中野先輩とも一緒に手を繋いでいると、姉妹と一緒に歩いている感じがするよ。急に子どもっぽくなったというか」
「小さい頃はお父さんやお母さんと手を繋いだなぁ」
「あたしもありましたね。お姉ちゃんと繋いだこともありましたけど。ちなみに、さっき駅へ来る途中、エオンの中でまさにそんな親子がいました」
「でしょう? 悠真、はぐれないためにも、千佳お姉ちゃんと胡桃お姉ちゃんの手を離さないようにしましょうねぇ~」
さっそく子ども扱いしてくる中野先輩。ただ、子どもみたいだと言ったのは自分自身なので何も反論できない。
「ふふっ。でも、ゆう君があたし達の手を離したら、はぐれるのはあたし達ですよ。結衣ちゃんの家の場所を知っているのはゆう君だけですし」
「そういえばそうだった。まあ、そんなときはスマホで高嶺ちゃんに訊けばいいんだけどね」
あははっ! と華頂さんと中野先輩は楽しげに笑っている。華頂さんがここまでの笑顔を見せられるようになったのは、きっと将野さん達と縁を切ったからなんだろうな。
華頂さんがさっき言ったように、2人と話しながら歩いたから、あっという間に高嶺さんの家に到着した。
「おおっ、でっかいなー」
「大きいですね! あたしの家の倍近くありそう……」
「……ははっ」
高嶺さんの家を前にして2人とも、1週間前の俺と同じような反応をしているな。思わず笑い声が出てしまった。
俺がインターホンを鳴らすとすぐに、
『はーい』
と、高嶺さんの声が聞こえた。それだけでバイトの疲れが少し取れた気がした。
「悠真です。華頂さんと中野先輩と一緒に来たよ」
『ふふっ、2人の姿もバッチリとモニターに映ってるよ。今すぐに行きますね』
その言葉通り、すぐに玄関が開き、中からスカートに長袖のTシャツ姿の高嶺さんが姿を現した。お昼ご飯を作っているからか、高嶺さんはベージュのエプロンを身につけていて。普段と違ってバイト中にムーンバックスに来なかったので、高嶺さんの姿を見て安心した。
「3人ともこんにちは。バイトお疲れ様でした」
「ありがとう、高嶺さん」
「今日のバイトはいつもよりも長く感じたから、もうお腹ペコペコだよ、高嶺ちゃん」
「あたしもお腹空いちゃいました。結衣ちゃん、お昼ご飯は何かな?」
「チャーハンと中華スープだよ。さあ、上がってください。もうすぐ出来上がります」
俺達は高嶺さんの家にお邪魔する。もうすぐ出来上がるだけあって、家の中に入った瞬間、食欲をそそる匂いが香ってくる。
リビングに行くと柚月ちゃんがいたので、初めて会う華頂さんと中野先輩は柚月ちゃんに挨拶した。2人とも柚月ちゃんが可愛いとメロメロだ。
ちなみに、高嶺さんの御両親はデートに行っており、夜まで帰ってこないという。
それからすぐに、高嶺さんと伊集院さんの作ったお昼ご飯を6人一緒に食べた。チャーハンも中華スープもとても美味しい。そのおかげで、バイトの疲れが取れていき、この後の試験勉強のための元気をチャージできたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます