第38話『君のいない店』

『そっか。活動休止に繋がった嘘告白について、区切りをつけられたんだね』


 今日も夜になって、桐花さんとメッセンジャーでチャットしている。金曜日だし、試験勉強をしたから普段よりも遅めの時間だけど。

 例の嘘告白事件について、桐花さんには低変人としての活動を再開した時期に「実は恋愛関係で凄くヘコむことがあり、それが活動休止の原因だった」と話していた。なので、嘘告白と今日の将野さんとのことについて簡単に伝えたのだ。


『その首謀者は謝らなかったんですけどね。俺も彼女に許さないと言って、頬を一発叩いたので結構スッキリしてます』

『そうなんだ。スッキリできて良かったね。頬を叩くのは良くないけど、低変人さんの気持ちを考えたら……一度くらいは叩きたくなるよね。もし、私が低変人さんの立場だったら……叩いていたと思う』


 桐花さんからも注意されてしまったけど、共感してくれたのは嬉しい。

 そういえば、2年前に活動休止の理由を話したときも、桐花さんは「大変だったね」とか「辛かったんだね」と言ってくれたっけ。それらのシンプルな言葉が、当時の俺にとっては大きな救いになった。


『あと、今週に入ってから、嘘の告白をした初恋の子が謝ってくれて。その子とは友達になりました。実は水曜日に話した『いいこと』はそれでして。スッキリできているのはそれも大きいですね』

『なるほどね。良かったじゃない。初恋の人と友達になれるのは嬉しいよね。その気持ち……分かるな』


 そう言うってことは、もしかして、桐花さんにも友人であり初恋の人でもある人がいるのかな。桐花さんは漫画やアニメ、ラノベが大好きだし、その人も同じ趣味を持っているのだろうか……って、あんまり考えちゃいけないか。


『今の低変人さんの話を聞いて、私もスッキリしたよ。2年前に恋愛関連でショックなことがあったって話を聞いていたから』


 2年前にざっくりと伝えただけだけど、桐花さんはずっと気にしてくれていたのかもしれない。彼女もスッキリしたのなら良かった。


『今日はその友達になった子の家で試験勉強してきました。例の告白してきた子も含めて数人で』

『私も友達と一緒に試験勉強したよ。お菓子食べたり、お喋りしたりもしたからそこまで長い時間じゃなかったけど。ただ、たまに分からないところを教えてもらったりしたから、結構捗ったよ』

『俺も同じような感じでした。これまで、自分一人で勉強するのが当たり前でしたけど、誰かと勉強するのもいいなと思えました。俺は教える方が多かったんですけど、そのおかげで自分の理解も深まりましたし』

『きちんと理解していないと、誰かに教えるのは難しいもんね』


 桐花さんの言う通りだな。

 そういえば、高嶺さんも教えることが多かったけど、分かりやすく説明していたな。俺も英語で一度質問したけど、そのときはとても分かりやすかった。伊集院さん曰く、高嶺さんは中学時代、定期試験の学年順位では必ず五本指に入っていたとのこと。


『そういえば、友達になった子の部屋に本棚がありましたけど、これまで桐花さんと感想を語り合ったり、面白かったと言っていたりしていたタイトルが多かったですね。同年代の女の子だからですかね』


 漫画やアニメなどの話題で、華頂さんと楽しく喋れそうだと思ったほどだ。きっと、これからそういう機会は何度も訪れることだろう。


『そ、そういうこともあるんじゃない? 私の好きな作品って人気の高い作品が多いし。ラブコメとか日常系って女の子も読むし。最近話した『鬼刈剣』は少年漫画だけど、女子からの人気が高いから。友達にも好きだって言っている子がいるからさ』

『そうなんですか。ちなみに、明日もその子達と一緒に試験勉強をすることになってます。試験前最後のバイトの後に』


 華頂さんの家から帰る直前に、明日は高嶺さんの試験勉強をすることになったのだ。

 ただ、午前中に中野先輩と俺、華頂さんはバイトがある。そのため、勉強前に高嶺さんと伊集院さんの作ったお昼ご飯を一緒に食べ、その後に勉強会を行なう予定だ。


『試験直前までバイトを入れたんだね。体調管理には気を付けてね。私も気を付けないと』

『ありがとうございます。桐花さんも頑張ってくださいね』

『ありがとう!』


 その後、桐花さんが「あと少し勉強してから寝ようかな」とメッセージを送ったので、今日の会話はこれにて終了するのであった。




 5月18日、土曜日。

 今日は午前9時から正午まで、中間試験前最後のバイトだ。

 ただ、いつもと違って、今日はバイト中に高嶺さんが来店しない。今日は家で伊集院さんと柚月ちゃんと一緒に試験勉強をし、華頂さん、中野先輩、俺のバイト組の分もお昼ご飯を用意してくれるからだ。ちなみに、お昼ご飯が何なのかは、高嶺さんの家に行ってからのお楽しみ。

 今日のバイトはいつもと違って少し寂しく感じる。

 理由は分かっている。高嶺さん達がいないからだ。

 バイトが終わってから会う予定があっても、高嶺さんに告白されてから、バイト中に彼女が来るのが恒例になっていたし。それは中野先輩や大垣店長も同じようで、休憩のときを中心に「彼女がいないと寂しいよね」と何度も言っていた。


「高嶺さん達がここにいないのは寂しいわね」


 そして、この人……福王寺先生も同じことを言っていた。周りに人がいて、近くに中野先輩もいるからかクールモード。ちなみに、先生はお持ち帰りでアイスコーヒーのLサイズを頼んだ。


「あなたや中野さんがバイトをしているから、てっきり高嶺さん達が店内で試験勉強をしていると思ったわ」

「バイトしているときは、高嶺さん達がここにいるのが定番になりましたもんね。今日はバイトが終わったら、彼女の家で伊集院さんや華頂さん、先輩も一緒に試験勉強をするつもりです。あっ、アイスコーヒーのLサイズをお持ちしました」

「ありがとう。バイトも試験勉強も頑張りなさいね」

「ありがとうございます。先生が来店してくださって嬉しかったです。少しは寂しさが紛れました」


 持ち帰りでも、知っている人が1人来店してくれるのは大きい。高嶺さん達がいないからこそ、それを強く感じた。

 福王寺先生は頬をほんのりと紅潮させ、俺のことを見つめる。


「低田君がそう言ってくれると、私も嬉しいわ。温かい気持ちになった。じゃあ、また月曜日にね」

「はい。ありがとうございました」


 福王寺先生は微笑みながら小さく手を振って、お店を後にした。こういう場でも可愛い姿を見せてくれるようになってきたな。


「へえ、杏樹先生ってああいう表情をするんだ」


 気付けば、中野先輩が俺のすぐ側に来ていた。


「去年、杏樹先生に数学Ⅰを教えてもらったけれど、まさにクールビューティーって感じだった。数学姫って呼ぶ人もいたか」

「……それらの呼び方って、去年からあったんですね」

「うん。何度か口角を上げるのを見たくらいで、あんな風に微笑む姿は初めて見たよ。受け持っているクラスの子にはああいう姿を見せるのかな。それとも、悠真が杏樹先生に魔法でもかけた?」

「ははっ、魔法なんてかけてませんよ」


 強いて言えば、俺が低変人であると伝えたことくらいだけど。ただ、それは福王寺先生が自分の力で『低変人=低田悠真』と推理して、俺に問いかけてきたからだし。


「悠真のおかげで、杏樹先生の可愛い姿を見れたから良かった」


 そう言って、中野先輩は満足そうな様子で自分の仕事に戻っていった。

 それからも仕事をしていき、俺は中野先輩と一緒に休憩に入る。

 休憩室でコーヒーを淹れてスマホを確認すると、LIMEで福王寺先生から1件のメッセージが届いていた。


『お店に来てくれて嬉しいって言われたからテンション上がっちゃって。思わず手を振っちゃったけど、中野さんに見られてた?』


 やっぱり、俺の言葉でテンション上がったから、微笑んで手を振ってくれたのか。


『中野先輩も見ていました。ただ、可愛いって言っていましたよ。今まで見たことがなかったからか、俺にお礼を言うほどでした』


 という返信を送ると、すぐに『既読』マークがつき、福王寺先生からほっとした様子の猫のスタンプが送られてくる。


『それなら良かった。低変人様さえ希望するなら、私の家で色々と教えようか? 数学Ⅰと数学Aの中間試験の問題でもいいよ』

「何言ってるんだ」

「えっ?」

「……いや、まとめサイト見てたらヘンテコなコメントがあったんで、つい口に出てしまいました」

「そうなんだ」


 休憩室にいるのが中野先輩だけで良かった。まったく、福王寺先生ってたまに教師としてどうかしている発言をするんだから。


『お気持ちだけ受け取っておきます。あと、中間試験は不正せず、ちゃんと勉強して受けますから』


 嫌な予感がするので、『色々』の部分は触れないでおく。

 ただ、福王寺先生の家がどんな感じなのか興味はある。猫とか可愛いもの好きらしいから、可愛らしい雰囲気の家だったりして。

 俺の返信に瞬時に『既読』マークがついて、程なくして返信が届く。


『低変人様らしいな。さすがに問題を見せるのは冗談だよ。ただ、数学で分からないところがあったら、私に遠慮なく訊いてね。数学以外だと英語なら教えられるかも。試験勉強頑張ってね! 応援してるよ!』


 さすがに、試験問題の件は冗談だったか。それが分かってほっとしている。ただ、先生って信者と言えるくらいに低変人の曲にハマっているし、俺のために何でもやりそうな気がしたから。

 休憩室には中野先輩しかいないので、以前、高嶺さんが送ってくれたお疲れ様メッセージ動画を流してみる。


「高嶺ちゃん、こんな動画を悠真に送っていたんだ」

「ええ。告白されて間もない時期に。高嶺さん曰く、ささやかなバイト代らしいです」

「あははっ、高嶺ちゃんらしい。でも、彼女がいないから、この動画を観てちょっと寂しさが紛れたよ。さてと、そろそろ戻ろうか」

「分かりました」


 俺は残りのコーヒーを全て飲んで、中野先輩と一緒に店内へ戻る。

 3時間のバイトは休日としてはいつもより短いけど、いつもより長く感じたのであった。

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