第18話『高嶺さんの家族』

 午後1時過ぎ。

 今日のバイトも無事に終わり、俺は中野先輩と一緒に従業員用の出入口から外に出る。そこには高嶺さんが待ってくれており、


「悠真君、千佳先輩、お疲れ様でした!」


 笑顔で労いの言葉をかけてくれた。そのおかげで、バイトの疲れが少し取れた気がする。ムーンバックスの紙の手提げを持っているので、母の日のプレゼントを買ったのかな。華頂姉妹と話しているとき、高嶺さんも母親にスイーツを買おうかと言っていたし。


「ありがとう、高嶺さん」

「ありがとね、高嶺ちゃん。その手提げ……うちで買い物してくれたんだね」

「はいっ! 母の日のプレゼントでバームクーヘンを」

「そうなんだ。これから、あたしも母の日のプレゼントにスイーツを買うつもり。だから、2人とはここでお別れだね」

「ええ。中野先輩、今日もお疲れ様でした」

「お疲れ様でした! 素敵な母の日になるといいですね!」

「ありがとう。高嶺ちゃんの方もね。じゃあ、またね」


 ムーンバックスの入口前で中野先輩と別れ、俺は高嶺さんと一緒に彼女の自宅に向かって歩き始める。もちろん、手を繋ぎながら。だからなのか、高嶺さんはとても嬉しそうだ。


「これから、私の家でお家デートだね!」

「お家デート? ……ああ、家で一緒に過ごすからか。じゃあ、昨日もお家デートしたことになるのかな」

「そうだねっ! 家に帰ったらまずは私の作ったお昼ご飯を一緒に食べて、その後に私の部屋に連れ込んで……えへへっ」


 厭らしさも感じられる笑い声と「連れ込む」という単語で、これから高嶺さんの家で過ごすことがちょっと不安になる。

 俺達は武蔵金井駅の構内を通って、駅の南口に出る。

 高校もエオンもムーンバックスも北口にあるから、こちら側に来るのは久しぶりだ。高嶺さん曰く、駅からだと歩いて数分で自宅に到着するらしい。

 それにしても、休日でも高嶺さんは周りの人からよく見られるんだな。俺と手を繋いでいるからか、声をかけてくる人はいないけど。


「昨日も思ったけど、お休みの日に私服姿で悠真君と歩くと、特別な時間を過ごせている気がして幸せだな」

「……そうか。俺も想像できなかった時間を過ごさせてもらっているよ。まあ……悪くないな」

「ふふっ。悪くないって言ってくれて嬉しい。いつかは楽しいとか幸せだって言ってくれるよう頑張らないと」


 そう言ってニッコリと笑う高嶺さんはとても可愛らしくて。不覚にもキュンとなった自分がいた。頬が熱く感じるのはそのせいなのだろうか。いや、直射日光を浴びながら何分も歩いているからだろう、きっと。


「そういえば、高嶺さんのご家族は家にいるのか?」

「うん。両親も妹も家にいるよ。午後1時も過ぎているし、お昼ご飯を食べて終えてゆっくりしていると思う。なあに? 私と2人きりが良かったの?」

「いいや、むしろご家族がいて良かったと思ってるよ」


 家に誰かがいれば、いくら高嶺さんでも変なことはできないと思うし。万が一、何かあったときは大声で助けを呼べばいいからな。

 ただ、高嶺さんは頬をほんのりと赤くして、


「もう、悠真君ったら……」


 と甘い声で呟いた。きっと、俺がご家族の前で告白して、自分と恋人として付き合うことの許しを得るつもりなんじゃないの……とか考えていそうだ。


「ご家族にはきちんと挨拶するけど、それは友人としてだからな」

「そ、そうなんだね……」


 はああっ、と深いため息をつく高嶺さん。どうやら、俺の推測が当たっていたようだ。

 高嶺さんと話していたら、気付けば閑静な住宅街に入っていた。雰囲気は家の近所と変わりないな。


「ここだよ、悠真君」

「……おおっ」


 白を基調とした立派な家の外観を目の前にしたので、思わず声が出てしまった。ぱっと見、俺の家の1.5倍から2倍くらいの大きさがある。近所にある家と比べても大きい。

 どうやら、一般家庭よりはお金持ちっぽいな。さすがは高嶺という苗字だけある。家の前まで来たら急に緊張してきた。

 俺は高嶺さんについて行く形で彼女の家の中へ。


「ただいま~」

「お邪魔します」


 俺達がそれぞれ言うと、ロングスカートに七分袖のTシャツ姿の女性が姿を現した。黒光る長い髪が特徴的で、とても優しく柔らかい雰囲気を持った方だ。あと、高嶺さん以上の大きなものを2つお持ちで。この方が高嶺さんのお母様なのかな。


「おかえり、結衣。そちらの男の子が例の低田悠真君ね」

「初めまして。低田悠真といいます。結衣さんとは同じクラスの友人です」

「初めまして。結衣の母の裕子ひろこといいます。低田君のことは結衣からたくさん話を聞いて、写真も見ていますけど、実際に会うととても素敵な男性ね。お母さんドキドキしてきちゃう!」


 高嶺さんのお母様だけれど、見た目がとても若く美人なこともあってか、褒められると結構照れるな。

 ドキドキしている裕子さんを見ると、高嶺さんの性格は母親譲りなのかなと思う。

 あと、やっぱり、高嶺さんは家で俺のことをたくさん話しているのか。写真まで見せていたのか。


「あっ、お姉ちゃん帰ってきていたんだ。おかえり」


 玄関の近くにある階段から、キュロットスカートにパーカー姿の女の子が降りてくる。とても可愛らしい子だな。ショートヘアの黒髪もよく似合っていて。彼女が3歳年下の妹さんなのかな。

 ショートヘアの女の子は興味津々な様子で俺達の前まで来た。


「お姉ちゃん、こちらの男性が、例の低田悠真さんかな? 綺麗な金髪だぁ。あと、お父さんよりも背が高い。何よりも優しそう」

「お姉ちゃんが好きになるのも納得でしょ? こちら、妹の柚月」

「初めまして! 高嶺柚月たかねゆづきといいます! 中学1年生で女子テニス部に入っています!」

「テニス部に入っているんだね。初めまして、低田悠真といいます。部活には入っていないけれど、ムーンバックスっていう喫茶店でバイトをしています。よろしくね」

「はい! よろしくお願いします!」


 柚月ちゃんが右手を差し出してきたので、俺は彼女と握手を交わす。すると、柚月ちゃんはとても可愛らしい笑みを浮かべる。さすがは姉妹。


「お姉ちゃん、スイーツ買えた?」

「うん。ムーンバックスでバームクーヘンを買ってきたよ。後で半分お金を出してね」

「分かった!」

「お母さん! ……はい、これ。お母さんはスイーツが大好きだから、ムーンバックスでバームクーヘンを買ってきました! 柚月と2人での母の日のプレゼントです」

「いつもありがとう、お母さん!」

「あらあら、ありがとう」


 高嶺さんからムーンバックスの紙袋を受け取った裕子さんはとても嬉しそう。華頂姉妹に倣って、高嶺姉妹も一緒にスイーツをプレゼントすることにしたのか。こんなに間近で感動的なワンシーンを見ることができるとは。


「バイトを始めてから日は浅いですが、バームクーヘンは当店で大人気のスイーツです。俺も以前に食べたことがありますけど、とても美味しかったです」

「そうなの! 現役の店員さんがそう言うんだから、きっと美味しいんでしょうね」

「さすがは悠真君! さあ、いつまでもここで話すのは何だから、上がって。お昼ご飯の焼きそばを作るから」

「ありがとう。お邪魔します」


 俺は高嶺さん達の案内でリビングに通される。

 リビングにはコーヒーを淹れているワイシャツ姿の男性が。スラッとしていて、落ち着いた雰囲気の方だ。高嶺さんのお父様かな。


「結衣、おかえり」

「ただいま、お父さん」

「お父さん、結衣と柚月に母の日のプレゼントにバームクーヘンをもらったの!」


 裕子さんが嬉しそうに話すと、高嶺さんのお父様は静かに笑い、


「良かったな、母さん」


 裕子さんの頭を優しく撫でた。そして、その笑みを浮かべたまま俺のことを見て、


「君が低田悠真君だね。ゴールデンウィークの直前くらいから名前を聞くようになったよ。連休明けからは、君の話に拍車がかかるようになったが」

「そうですか。初めまして、低田悠真といいます。結衣さんとは連休明けからよく話すようになりました」

「……そうか。僕は結衣の父の高嶺卓哉たかねたくやといいます。特に連休明けから娘が本当にお世話になっています」


 卓哉さんは微笑みながら俺と握手を交わす。


「お互いに御両親への挨拶が済んだから一歩前進だね。じゃあ、私はお昼ご飯の焼きそばを作るから、悠真君はソファーでも食卓でもいいから適当にくつろいで」

「ありがとう、高嶺さん」


 俺がお礼を言うと、高嶺さんはニッコリと頷いてキッチンへ向かう。赤いエプロンを着ると、高嶺さんはお昼ご飯の焼きそば作りに取りかかった。


「低田君」

「は、はい!」


 卓哉さんに呼ばれると緊張するな。高嶺さんと恋人として付き合っているわけじゃないのに。


「君に恋をしたからか、結衣は中学生のとき以上に笑顔を見せるようになってね。ただ、あまりにも結衣が君のことをたくさん話すから、父親として心配で。大げさかもしれないけど、君と離れると精神的にかなり不安定になりそうな気がしてね。恋人になってくれるのが一番だけど、友人でもいいから結衣と末永く仲良くしてくれると嬉しい」


 父親にここまで言わせるとは。好きであることを含め、高嶺さんはご家族に俺のことをたくさん話してきたのだろう。あと、俺と離れると精神的に不安定になりそうなのは当たっている気がします。


「結衣さんの好意の深さや行動力には驚かされることがあります。今の時点では……友人としてなら末永く仲良く付き合っていけそうです」

「……そうか。結衣のことをよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 高嶺さんと一緒に過ごして楽しいと思えたり、安らいだりするときがあるからな。少なくとも、友人としては今後もいい付き合いができるだろう。焼きそばを作っている高嶺さんを見ながらそう思うのであった。

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