第19話『高嶺さんが作るお昼ご飯』
俺は食卓に座り、焼きそばを作る高嶺さんの様子を見守ることに。
今、高嶺さんは焼きそばの材料を切っている。手つきからして、料理をするのに慣れていると分かる。こういう家庭的な姿を見るのは初めてだ。新鮮でいいな。
ちなみに、卓哉さんと裕子さんはソファーに座って食後のコーヒータイム。裕子さんは娘2人からプレゼントされたバームクーヘンをさっそく食べている。美味しいのか、ニッコリとした笑顔になっている。高嶺さんの母親だけあって可愛らしい笑顔だ。
「悠真さん。冷たい麦茶をどうぞ」
柚月ちゃんは麦茶の入ったコップを置くと、俺の隣の椅子に座る。
俺は柚月ちゃんが出してくれた麦茶を一口飲む。
「美味しい」
「良かったです。今日もバイトお疲れ様でした」
「ありがとう」
柚月ちゃんに言われるとは思わなかったから、結構嬉しい。
こうして改めて見てみると、柚月ちゃんは可愛い雰囲気の子だなぁ。高嶺さんに似て、目もパッチリとしているし。さすがは姉妹。
「お姉ちゃんが悠真さんのことをたくさん話すので、悠真さんがここにいるのがとても凄いことに思えます」
「そ、そうか」
高嶺さんのご家族の反応を見ていると、何だか有名人になった気分だ。低変人としては多くの人に名が知られているけど。ただ、顔とか声を晒していないので、有名人である感覚はあまりない。
「あたしには兄がいないので、年上の男性っていいなって思います。悠真さんだからかもしれませんけど」
「そう言ってくれて嬉しいな。俺は姉がいるけど、妹はいないんだ。姉の友達とか、年上の女性と遊ぶことはあったけど。年下の女の子は全然関わりがなくて。妹がほしいって思ったことがあったな」
「あたしも、悠真さんのような優しいお兄さんがいるといいなって何度も思ったことがあります!」
「嬉しいことを言ってくれるね」
俺は柚月ちゃんの頭を優しく撫でる。そのことで柚月ちゃんは柔らかい笑みを浮かべてくれて。妹がいたらこんな感じだったのかなって思う。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
高嶺さんはそんな笑い声を出すと俺達の方を向き、
「柚月。悠真君。その2つの希望を同時に叶える方法があるよ。悠真君と私が結婚すればいいんだよ! そうすれば、義理だけど柚月と悠真君が兄妹になるからね! 私は悠真君が旦那さんになるし、これでみんながハッピーになるよっ!」
言葉通りのハッピーな笑顔になる高嶺さん。
リビングの方までちゃんと聞こえていたようで、裕子さんと卓哉さんの上品な笑い声が聞こえてくる。チラッと振り返ってみると、2人とも穏やかな笑みを浮かべていて。娘がこんなことを言ったら、特に父親の方は不機嫌になったり、複雑な様子になったりしそうなものだけど。それだけ、俺なら大丈夫だと思ってくれているのかな。
「確かに、悠真さんがお姉ちゃんと結婚すれば、あたし達は兄妹になれるね」
「そうだよ。だから、柚月のためにも結婚を前提にお付き合いをしませんか!」
高嶺さんは目を輝かせながらそう言ってくる。御両親にも聞こえる中で、柚月ちゃんのためだと言えば断りづらいと考えたのだろうか。
「今はまだ、恋人として付き合う気はないな」
さすがにあの告白から数日ほどで、恋人として付き合いたいほど高嶺さんの印象は良くなってない。可愛いと思うことはもちろんあるけど、勝手に家に来るなど印象が悪くなった出来事もあったし。
はっきりと断ったけど、高嶺さんは悲しい様子は全く見せない。
「まだダメか。ちなみに、この前告白されたときより好感度は上がっているかな?」
「ちょっとは上がったな」
「それなら良かった」
高嶺さんはにっこり笑うと、焼きそば作りを再開する。
もうすぐ出来上がるのか、ソースのいい匂いがしてきた。そのせいで腹がかなり減ってきた。今日は朝からバイトをしていたし、朝ご飯の後に口にしたのは、休憩中に飲んだ砂糖入りのコーヒーくらいだったから。
「前にお姉ちゃんから、メガネを外したときの悠真さんの写真を見せてもらって。その写真の悠真さんがとても格好良かったので、生で見せてもらってもいいですか?」
「ああ」
高嶺さん、メガネを外した俺の写真を柚月ちゃんに見せたのか。そういえば、あのときの高嶺さんはイケメンだと褒めてくれたっけ。
メガネを外して柚月ちゃんを見ると、柚月ちゃんの頬が一瞬にして赤くなっていくのが見えた。
「お姉ちゃんの言う通り、生で見るとよりかっこいいですね!」
「でしょう?」
「……どうもありがとう」
「でも、悠真さんの前髪が長くて目が隠れがちなので、分け目を作るとよりかっこいいかもしれません。髪を触ってもいいですか?」
「いいよ」
柚月ちゃんが髪を触りやすくするために、椅子を動かし柚月ちゃんの方に向いて座る。
すると、柚月ちゃんが俺の前髪に触れてくる。そのことで、高嶺さんとは違う甘い匂いが香ってくる。
「サラサラしていて柔らかい髪ですね。あたしのクラスにも金髪の女の子がいますけど、その子よりも綺麗かも」
金髪についても昔から馬鹿にされることが多かったので、柚月ちゃんに褒めてもらえるのは嬉しい。この金色の髪は染めているんじゃなくて、母親譲りのものだから。
「うん! よりかっこよくなった気がします!」
「えっ、うそっ!」
高嶺さんは柚月ちゃんの後ろに回り込んで、俺を見てくる。すると、柚月ちゃんとは比べものにならないほどの笑みを浮かべ、
「凄くかっこいいよ! 写真撮ってもいいかな?」
「はいどうぞ」
高嶺さんは食卓に置いてあったスマホを手に取って、俺のことを撮影した。そんな結衣の横で柚月ちゃんもスマホで撮っていた。よく似た姉妹だなと実感する。
いい写真を撮れた、と高嶺さんは幸せな様子になり、料理を再開する。ただ、完成間近だったようで、それからすぐにお皿に焼きそばをよそっていた。
「悠真君、ソース焼きそばができました!」
高嶺さんはソース焼きそばを俺の前に置く。
「とっても美味しそうだ」
「ありがとう。焼きそばは得意料理の一つだから、味にも自信があるよ!」
「そうなのか。より楽しみだ」
玉子焼きもタコさんウィンナーも美味しかったから、この焼きそばも期待できそうだ。
エプロンを脱いだ高嶺さんは食卓を挟み、俺と向かい合うようにして席に座った。
「じゃあ、さっそく食べようか!」
「そうだな。いただきます」
「いただきます!」
高嶺さんが作ってくれたソース焼きそばを一口食べてみる。
「おっ、美味い!」
味加減がほどよく、肉や野菜の具材の火の通り具合もちょうどいい。あと、柔らかくなっている天かすがいいな。
俺が美味いと言ったからか、高嶺さんはとても嬉しそうな様子で焼きそばを食べている。モグモグしている高嶺さんは子供っぽさも感じられて可愛らしい。
「うん、美味しくできてる。こうやって、悠真君と一緒に食事をしていると同棲しているみたい。それは昨日、悠真君の家でお昼ご飯をいただいたときにも思ったけど」
今ほどじゃないけど、昨日の昼食のときも高嶺さんは嬉しそうにざるそばを食べていたな。
「あと、悠真君に美味しいって言ってもらえて嬉しい。前から思っていたんだけど、悠真君は美味しいものを食べたときはちゃんと『美味しい!』って言うよね。普段は物静かだから、そんなイメージがなくて」
「学校で弁当を食べているときは黙って食べるけど、家で食事するときは普通に美味しいって言うよ。美味しいって言うとより美味しく感じられるし。もちろん、この焼きそばも本当に美味しいと思った。作ってくれてありがとう、高嶺さん」
「……うん。どういたしまして」
高嶺さんは顔を真っ赤にして、しおらしい雰囲気になる。両親や妹の前で褒められたのが照れくさいのだろうか。俺の隣で柚月ちゃんが「かわいい」と微笑んでいる。
「ゆ、悠真きゅんっ! あううっ」
甲高い声が出て、しかも噛んでしまったからか、高嶺さんは頬を赤くし、視線をちらつかせている。
「お、美味しいって言ってくれたお礼に、私が一口食べさせてあげるよ!」
俺の返答を聞く前から、一口分の焼きそばを掴んだ箸を俺の近くまで持ってきている。俺に食べさせる気満々のようだ。見ているのは柚月ちゃんだけだからいいか。
「分かった。じゃあ、お願いするよ」
「うん! じゃあ……あ~ん」
高嶺さんに焼きそばを食べさせてもらう。すぐ側から「きゃーっ」と柚月ちゃんの黄色い声が聞こえるけど気にするな。
「うん、美味しいよ、高嶺さん」
「良かった。さらに幸せな気持ちになりました。……もし、悠真君さえよければ、一口でいいから悠真君に食べさせてほしいなって」
「高嶺さんならそう言うと思ったよ。学校で玉子焼きを食べさせたこともあるし、全然かまわないよ。……はい、あーん」
「あ~ん」
高嶺さんの一口が分からないので、自分よりも少なめの焼きそばを高嶺さんに食べさせる。高嶺さんは今が至福のときと言わんばかりの笑顔で食べている。
「凄く美味しくなった。悠真君に食べさせてもらうのが最高の調味料だね」
「そりゃどうも」
「お姉ちゃんと悠真さんを見ていると、仲のいいカップルに見えてくるよ。凄くキュンとなっちゃった」
「そうね。お父さんと付き合い始めた頃を思い出すわ……」
柚月ちゃんと裕子さんはうっとりとした表情で俺と高嶺さんのことを見る。というか、裕子さんは柚月ちゃんの側まで来ていたのか。全然気付かなかった。
前に高嶺さんが玉子焼きを持ってきてくれたとき、高嶺さんに食べさせた。ただ、もしかしたら、その様子を見て、俺達が付き合うようになったと思った生徒がいたかもしれないな。
その後も、柚月ちゃんと裕子さんの熱い視線を浴びながら焼きそばを食べた。ごちそうさまでした。
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