第13話『思い出-低田姉弟編-』
着替えも終わったので、俺は1階のキッチンで朝食を食べる。
ちなみに、高嶺さんは芹花姉さんの部屋で、姉さんと紅茶を飲みながら『鬼刈剣』談義をしている。これを機に2人が仲良くなるといいな。
目覚めたら高嶺さん、という普段とは違う出来事があったから、こうしてゆっくりと朝食を食べられることに小さな幸せを感じた。
「ふふっ。高校に入学して、元号が変わると大きな出来事が起こるのね。あんなに素敵なクラスメイトの女の子が悠真を好いてくれるなんて。結衣ちゃんを見ていると、初めてお父さんの家へ行ったときのことを思い出すわ。ね?
「悠真の前で先輩呼びされると照れくさいな、
「私も」
父さんも母さんも、高嶺さんが突然来たことに怒る気配は全くなく、むしろいつも以上に上機嫌になっている。……いいのか? それで。
あと、相変わらずラブラブだ。両親は高校時代に出会って付き合い始めたので、高嶺さんを見ると当時のことを思い出すのかもしれない。
「悠真。高嶺さんが悠真を好きなのは本当だろう。彼女を見て、父さんはそう思ったよ」
「私もお父さんと同じことを思ったわ。結衣ちゃんの笑顔は本物だと思う。結衣ちゃんとの繋がりは大切にしなさいね。きっと、あの子なら大丈夫だと思う」
「……ああ」
告白されてから3日ほどしか経っていないけど、高嶺さんの言動で高嶺さんの抱く好意が本物で相当強いのは分かっている。たまに頭を抱えるときもあるけど、少なくとも友人としてはいい付き合いができそうな気がする。たぶん。きっと。
ソファーに座っていた父さんが立ち上がり、俺のすぐ近くまでやってくる。
「悠真。高嶺さんには低変人のことは話したのか?」
「話してない。一昨日アップした『渚』をきっかけに、高嶺さんが低変人のファンなのは分かったけど」
「そうか。悠真が話したいと思ったときに話せばいい。もちろん、話さなくても。……彼女を部屋に通して大丈夫だったか?」
「ギターケースくらいだから大丈夫だろう。普段はパソコンに入っているソフトで作っているし。話さなければバレないと思う」
「そうか。そういえば、新曲の『渚』はとても良かったぞ。会社でも若い社員を中心に話題にしていて、休憩室では『渚』のメロディーが聞こえた」
「そうだったのか。ギター一本の曲だから、父さんに良いって言ってもらえて凄く嬉しいよ。ありがとう」
俺のギターの師匠は父さんだから。そんな父さんから良いと言ってもらえるのは、この上ない喜びだ。
父さんは「もう俺よりも悠真の方がよっぽど上手だ」と言っているけど、小さい頃に弾き語りしてくれたときの父さんはとても上手だった。あのときの父さんに比べたら、俺はまだまだ。
「これからも楽しみにしているぞ」
父さんは小さく笑うと、俺の肩をポンと軽く叩き、ソファーの方へと戻っていった。そんな父さんのことを母さんは優しい笑顔で見ていた。
朝食を食べ終わり、ホットコーヒーを作った俺は2階へと上がる。
すると、『鬼刈剣』談義が盛り上がっているのか、姉さんの部屋から2人の楽しげな声が聞こえてきた。高嶺さんもいるし、様子見るか。
――コンコン。
「はーい」
芹花姉さんの返事が聞こえると、すぐに部屋の扉が開いた。そのことで、部屋の中から紅茶の匂いが香ってくる。
「あっ、ユウちゃん。朝ご飯を食べ終わったんだね」
「おかえり、悠真君!」
「ああ、ただいま。楽しそうな声が聞こえてきた。大好きな『鬼刈剣』の話で盛り上がっていたんだな」
「『鬼刈剣』でここまで熱く語れる人はお姉様が初めてだよ!」
「大学の友達にもファンがいるけど、結衣ちゃんはかなりだね」
「ふふっ。私の友達にアニメがきっかけでハマっている子がいるので、今度は3人で話したいです!」
「いいわね。そのときを楽しみにしているわ」
アニメがきっかけでハマった友達……ああ、伊集院さんのことか。この週末で『鬼刈剣』の最新巻まで読みたいって言っていたな。芹花姉さんなら、伊集院さんとも仲良くなれそうな気がする。
「でもね、悠真君。盛り上がっていたのは『鬼刈剣』のことだけじゃないの」
「えっ?」
「今はお姉様のアルバムに貼ってある悠真君の写真で盛り上がっていたの! 小さい頃の悠真君ってとても可愛いね!」
「お姉ちゃんもひさしぶりに写真を見たけれど、小さい頃の悠真も素敵だったな……」
「今とは違う魅力がありますよね!」
「うんうん!」
何だか、2人とも『鬼刈剣』を話しているときよりもいい笑顔を浮かべているような。でも、それは当然か。高嶺さんは惚れさせてみせると宣言するほど俺が好きだし、芹花姉さんも昔ほどではないけどブラコンだ。
もしかしたら、この2人を意気投合させてはまずかったのかもしれない。身の危険を感じる。とりあえず、自分の部屋に逃げよう。
「そ、そうか。その楽しい時間に俺が水を差しちゃいけないな。俺は自分の部屋で食後のコーヒーをゆっくりと楽しむから、2人もアルバム鑑賞をのんびり楽しんでくれ。じゃあ、また後で」
俺は自分の部屋に逃げる。
「……しまった。部屋の扉に鍵付いてない」
コーヒーカップを勉強机に置き、扉を塞げそうなものを探す。
「とりあえず、ガムテープで扉を塞ぐか」
「お邪魔しまーす」
「えっ」
気付けば、マグカップを2つ持った高嶺さんと、アルバムを持った芹花姉さんが俺の部屋の中に入ってきていた。
「何を勝手に入ってきているんだ。ノックをしてくれ」
「ノックしたら、ユウちゃんはその間にガムテープを使って扉を開けられないようにしちゃうでしょ?」
どうして俺のやろうとしていることが分かるんだ。全身に悪寒が走った。
「今の顔色の変化からして、図星だったみたいね」
「アルバムの主役の悠真君と一緒に見たいな!」
「結衣ちゃんもこう言っているんだよ? アルバムを見ながらでも、コーヒーをゆっくりと飲めるじゃない」
「物理的には飲めるけど……」
心身共にゆっくりとしながら、食後のコーヒーを楽しみたいんだよ。芹花姉さんの持っているアルバムにどんな写真が挟まっているのか不安だし、写真を見て2人に笑われそうで恐いのだ。
「悠真君。一緒に見るのは嫌……かな?」
しおらしい様子で、俺を見つめながらそう言ってくるなんて。ずるいな……高嶺さん。
「……分かった。一緒に見るよ。ただ、写真を見て俺を馬鹿にしたらその時点で強制終了するからな」
「うん、分かったよ! ありがとう、悠真君」
嬉しそうな表情で言う高嶺さん。きっと、芹花姉さんとアルバムを見ていたときは、ずっとこんな感じだったんだろうな。
テーブルにアルバムを広げ、俺達は鑑賞会を始める。
アルバムを見ながらコーヒーを飲むけれど、こんなに苦かったっけな。いつも飲んでいるインスタントコーヒーなんだけれど。
今開いているページはまだアルバムの前半部分。写真に写っている芹花姉さんも俺も幼い。俺が幼稚園くらいの頃か。
「この赤いワンピース姿の子って妹さんですか?」
「ううん、小さい頃の悠真だよ。あのときは童顔でメガネもかけていなかったからね。可愛いから、私のお古の服を着させることもあったの」
「そうだったんですか」
写真と俺を交互に見てくる高嶺さん。まさか、今の俺でも化粧を施して、レディースの服を着せれば、女性っぽくなれるとか考えてないだろうな。
「芹花姉さんが小学生の間は、姉さんや姉さんの友達に着せ替え人形させられたな。あのときは、無心になって着替えていたよ」
「私の部屋に連れ込んでよくやったよね」
「タイムスリップして、そのお着替えに混ざりたかったです!」
そういう場面を想像しているのか、高嶺さんは頬を赤くしながら笑っている。高校生になってから高嶺さんと出会って良かったよ。
それにしても、芹花姉さんのアルバムだからか、姉さんと俺がベッタリとくっついている写真が多いな。写真を見ると、姉さんって昔よりもブラコン具合がマシになったんだって思える。
「お姉様、小さい頃からお綺麗ですよね。あと、今は髪をワンサイドに纏めていますけど、昔はストレートだったんですね」
「小学校を卒業するまではストレートだったな。中学生になって心機一転するために髪型を今のサイドアップにしたんだよ。結衣ちゃんも小さい頃から綺麗なんだろうね」
「いえいえ、そんな。あと、写真を見ていると、悠真君への強い愛情を感じますね」
「とっても可愛かったからね。小さい頃の夢はユウちゃんと結婚することだったし。ユウちゃんの頬にたくさんキスしたっけ」
「羨ましいです!」
「ふふっ、姉の特権だね」
笑顔で芹花姉さんはそう言うけど、世間一般の姉は弟の頬にたくさんキスしないと思う。一度や二度ならまだしも。
「だけど、たくさんキスしちゃったから、一時期ユウちゃんに避けられちゃったの」
そんなときもあったな。あまりにも頬にキスしてくるから、芹花姉さんが恐くなって避けていた時期があった。ただ、あまりにも避けるから、姉さんに号泣されたっけ。キスする回数を減らすと約束してくれたので、少しずつ元通りになった。
「そうだったんですね。私もたくさんキスしてしまわないよう気を付けないと」
真面目な様子で高嶺さんはそう言う。まるで、既に俺とキスした経験があるような言い方だな。ただ、気を付けようと心がけてくれるのは有り難い。
その後も高嶺さんや芹花姉さんとアルバムを見ながら、小さい頃の思い出を振り返るのであった。
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