第11話『書店少女』

 タピオカドリンクを飲み終わった後、俺と高嶺さんは再びエオンの中を歩き始める。もちろん、さっきと同じように手を繋いで。一度手を繋いだからか、校門前で繋いだときとは違って高嶺さんはさっと手を握る。


「タピオカドリンク美味しかったね!」

「そうだな」

「タピオカチャレンジも成功したし、テンション右肩上がりだよっ! それにしても、ちゃんと私を見ていないと、あんなにいい写真は撮れないと思うんだけどなぁ?」


 からかいたいのか、高嶺さんはニヤニヤしながら俺を見てくる。


「チャレンジ成功を見届けてって言ったじゃないか。だから見ただけだ」

「ふふっ」


 高嶺さんは楽しげに笑っている。このままだと、何を言われるか分からない。さっさと話題を変えよう。


「高嶺さん。次はどこに行くか決めているのか?」

「うんっ! よつば書店っていう本屋だよ。悠真君がどんな本が好きなのか気になって」

「そうか。……そういえば、俺の好きな漫画の新刊が今日発売だった気がする」

「じゃあ、ちょうどいいね!」


 もしかして、俺が買いたい漫画があるかもしれないから、高嶺さんは本屋に行こうって言ってくれたのかな。

 それにしても……よつば書店か。一昨日、俺勝の新刊を買ったときにはいなかったけど、彼女は今日、バイトをしているのかな。

 よつば書店もエオンの中にあるので、すぐに到着した。


「そういえば、教室の前で高嶺さんを待っているとき、高嶺さんは『鬼刈剣』っていう漫画が大好きだって伊集院さんが教えてくれたよ」

「とっても面白いよ! 妹を救うために頑張る主人公がとても素敵で。4月からアニメもやっているの。悠真君も観てる?」

「ああ。アニメは観ているよ。漫画は持っていないけど。ただ、姉さんが大好きで最新巻まで持っているから、借りて読んでみようかなって思ってる」

「お姉様も好きなんだね。気が向いたら読んでみるといいよ!」


 高嶺さんのテンションがかなり高くなっている。伊集院さんの言う通り、高嶺さんは『鬼刈剣』の大ファンのようだ。

 コミックコーナーに行くと、テレビアニメが放送中だからか『鬼刈剣』の特設コーナーが設けられていた。高嶺さんが目を輝かせながら見ている。漫画でこういった反応になるなんて。親近感が湧く。


「やっぱり発売されてた。『七つ子ヒロインズ』の第9巻」

「『七つ子ヒロインズ』って3月までアニメをやっていたよね。七つ子がヒロインのラブコメ」

「それそれ。高嶺さん、アニメ観てたんだ」

「うん。受験勉強の気分転換にね。7人のヒロインに囲まれる主人公が羨ましいとか、一般家庭だったら家計が大変だとか思いながら観てた」

「そ、そうか」


 七つ子のヒロインの家はお金持ちだからな。一般家庭だったら、高嶺さんの言う通り家計が大変だろうな。高校生だし、ヒロインみんなバイトしないと。

 まさか、自分の好きなアニメを高嶺さんも観ていたとは。何だか嬉しい気持ちになる。


「俺、ラブコメの漫画やラノベが好きで。この『七つ子ヒロインズ』は特に好きな作品の1つなんだ。あとは、ミステリーも好きだし、アニメ化されている作品を中心に異世界ファンタジーとかも。高嶺さんはどんなジャンルの作品が好きなんだ? 『鬼刈剣』はアクションやファンタジー、時代劇の要素も入っているけど」

「『鬼刈剣』はここで試し読みをして面白いと思ったからハマっただけで、私も一番好きなのはラブコメだよ。カップリングの性別問わず」

「へえ。じゃあ、BLとか百合もいけるのか」

「うんっ! あと、男女のラブコメなら、悠真君と私で妄想するときもあるんだけどね」


 えへへっ、と高嶺さんは厭らしく笑っている。高嶺さんらしいな、まったく。そんな光景を容易に思い浮かべられてしまうことに、何とも言えない気分になる。

 高嶺さんと一緒に、漫画やラノベコーナーを廻る。その中で、彼女は恋愛系作品だけでなく、日常系の美少女4コマ作品が好きであると分かった。


「これで一通り廻ったね。今日は『七つ子ヒロインズ』だけ買うの?」

「そうだな。高嶺さんはいいのか?」

「うん。今日はいいかな」

「分かった」

「じゃあ、レジに行こうか」


 高嶺さんは俺の手を繋いだままレジの方に向かって歩いていく。特に買う本がなければ、俺1人で行こうと思ったんだけど。デートだから、できるだけ一緒にいたいのかな。

 すると、新書コーナーの近くで急に高嶺さんが立ち止まる。


「どうした、高嶺さん。何か買いたい本があったか?」

「ううん。あの品出しをしている子……」


 高嶺さんが指さす先にいたのは、よつば書店の制服に身を包んだ若い女性だった。可愛らしい顔立ちとショートボブの赤紫色の髪が特徴的だ。そして、俺は彼女を知っている。今日はバイトのある日なのか。


「胡桃ちゃん。バイトお疲れ様」


 赤紫色の髪の女性に近づき、高嶺さんが小さめの声で声をかけると、彼女は落ち着いた笑みを浮かべながらこちらの方に向いてくる。俺だけならともかく、高嶺さんも一緒だと緊張するな。


「あっ、結衣ちゃん。それに……低田君」

「……バイト、お疲れ様。華頂さん」

「ありがとう、低田君。『七つ子ヒロインズ』の新刊を買うんだね。結衣ちゃんは何か……えっ」


 女性の視線が、俺や高嶺さんの顔よりも低いところで固まっている。表情も微笑んだままになってしまっているな。彼女の視線の先に何があるか見てみると……あぁ、高嶺さんと繋いでいる手か。


「ゆ、結衣ちゃん。昨日、低田君に告白してフラれたっていう噂を友達から聞いたよ。低田君を諦めてないって話も。もう、さっそく恋人として付き合うようになったのかな?」

「ううん、まだ友達の関係だよ。もちろん、恋人になれるように頑張るけどね。今はこのエオンで放課後デートをしているの。だから、こうして手を繋いでいるんだ」

「そうなんだね」


 そっかそっか、と女性は優しげな笑顔で言う。どうやら、俺達が手を繋いでいる状況について理解できたようだ。


「結衣ちゃんはとても幸せそうだし、低田君も手を繋ぐのが嫌な感じは全くなかったから。だから、2人が付き合うようになったのかなって勘違いしちゃった」

「ふふっ、胡桃ちゃんったら。そういう風に見てもらえるのは嬉しいよ。それにしても、今の胡桃ちゃんと悠真君の様子を見ていると、高校に入学する前から知り合いだったの? そういえば、2人って金井第一中学校出身だよね?」

「そうだよ。低田君とは中学2年生のときに同じクラスだったの。席が隣同士だったこともあったよね」

「……そうだな」


 そう、よつば書店でバイトをする彼女・華頂胡桃かちょうくるみは俺と同じ中学出身であり、元クラスメイトでもある。席が隣になった時期を中心に、彼女と話すこともあった。クラス替えなどもあって、関わりが全くない時期も。

 ただ、高校生になってからは、お互いにバイトを始めたこともあり、バイト先で会ったときを中心に軽く話すようになった。高校でも華頂さんは隣の3組なので、会ったら挨拶を交わすように。

 華頂さんが中学時代のことを話すからか、2年前のことを思い出す。本当に……色々あったな。


「席が隣同士になったことがあるんだ。いいなぁ……」


 羨ましそうな表情で華頂さんと俺を交互に見る高嶺さん。そんな彼女に華頂さんはくすっと笑った。


「本当に好きなんだね、結衣ちゃんは。中2のときから低田君はあまり変わっていないよね。もちろん、良い意味で。見た目が大人っぽくなったと思うけど」

「……華頂さんも。当時よりも大人らしくなったと思うよ」

「……そう言ってくれて嬉しいな」


 えへっ、と華頂さんは嬉しそうな笑みを見せる。見た目は大人っぽくなったけど、その笑顔はクラスメイトだった2年前と変わらないな。

 改めて華頂さんの姿を見ると、この書店の制服を着ているからか大人らしくなったと思う。あと、さっき高嶺さんのタピオカチャレンジを見届けたからか、どうも胸を見がちになってしまうな。……高嶺さんよりも大きい。2年前よりも更に大きくなったような。いかんいかん、あまり見てしまっては。


「と、ところで。高嶺さんと華頂さんも知り合いみたいだけど」

「胡桃ちゃんとはスイーツ部繋がりなんだ。姫奈ちゃんとも仲良しなんだよ」

「そうだね、結衣ちゃん」


 まさか、高嶺さんと華頂さんが部活で繋がりがあったとは。今まで華頂さんが高嶺さんや伊集院さんと話している姿を見たことがなかったので、気付かなかったな。


「甘いもの好きの高嶺さんはイメージ通りだけど、華頂さんがスイーツ部なのは意外だ。ここでバイトもしているし、文芸部か漫画同好会に入っているのかと」

「漫画や小説、ラノベは好きだけど、今は自分のペースで楽しめればいいかなって。スイーツ部は週1だし、みんなで色々なスイーツを作って食べるのが楽しそうだから入部したの。それに、あたしも甘いものが大好きだから」

「……そうか」


 俺も華頂さんと同じように、自分のペースで本を楽しんだり、音楽制作をしたりしたいと思ったから、部活やサークルには入っていない。


「胡桃ちゃーん。品出しが終わったら、こっちを手伝ってくれるかな」

「はい、分かりました」

「……胡桃ちゃんはバイト中だったね。ごめんね」

「ううん、いいんだよ。2人と話ができて楽しかった。この後のバイトも頑張れそうだよ。2人ともまたね」

「うん。またね」

「……ま、またな。華頂さん」


 俺達は華頂さんと手を振り合って、レジに向かった。

 高嶺さんが一緒だったけど、ここまで華頂さんとたくさん話したのはいつ以来だろうか。でも、普通に話せたな。高校生になってから、軽く言葉を交わすことが何度もあったからかな。そんなことを考えながら、長らく持っていた『七つ子ヒロインズ』の最新巻を購入した。


「新刊買えて良かったよ」

「良かったね。私も胡桃ちゃんとお話できて良かった」

「そうか。……もう5時半過ぎか。これからどうする?」

「タピオカドリンク飲んで、本屋で色々な話ができたから今日は満足だよ。悠真君はどう?」

「俺も高嶺さんとタピオカドリンクを飲めたし、新刊も買えたから満足だな」

「そっか。あと、早く家に帰って読みたいんでしょ」

「……そ、それもある」


 正直に答えると、高嶺さんは「ふふっ」と上品に笑った。


「分かるよ、その気持ち。また、今日みたいに放課後デートしようね。ちなみに、土日ってバイトはあるの? バイトしている悠真君をまた見たくて。それに、あそこだと宿題したり、本を読んだりするのにもいいから」

「なるほど。ええと……土曜日が14時から19時。日曜日は9時から13時までだな」

「うん、分かった。2日とも行くね!」

「ありがとう」


 昨日のバイトのときに思ったけど、高嶺さんが店内にいたおかげで、普段よりも疲れが少なかった気がするから。あと、売上に貢献してくれるし。

 今日の放課後デートはこれで終わり。なので、高嶺さんと別れる武蔵金井駅の前まで手を繋いで歩くのであった。



 家に帰って、さっそく『七つ子ヒロインズ』の第9巻を読んだ。ヒロイン達の恋のバトルが白熱していて、読み応えがあった。あと、高嶺さんが「7人のヒロインに囲まれて羨ましい」と言っていたから、主人公が羨ましいと思うことが今までよりも多かった。

 桐花さんも『七つ子ヒロインズ』が好きなので、夜になると彼女と第9巻の感想を語り合うのであった。

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