第9話『デートしよう!』
放課後。
ゴールデンウィーク明け1週間の学校生活が無事に終わった。
今日はバイトがない。いつもなら、エオンの中にある本屋や音楽ショップに行ってから家に帰るけど、
「悠真君! 放課後にデートしよう!」
と、昼休みに高嶺さんからデートに誘われてしまった。昨日のうちから、「もし、今日の放課後にシフトが入っていなかったらデートしたい」と考えていたとのこと。そこまで言われてしまうと、断る気にはなれなかった。
高嶺さんは掃除当番なので、俺は廊下で待つことに。
「低田君。結衣との放課後デートを楽しんできてください」
「ああ」
「あたしは家に帰って、『鬼刈剣』という漫画を読もうと思うのです」
「『鬼刈剣』って、4月からアニメが放送されているよな。俺もアニメを観ているよ。あと、姉貴が大好きで、原作漫画を最新巻まで持ってる」
「そうなのですか。あたしはアニメでハマりまして、ゴールデンウィーク中に最新巻まで一気に買ったのです。15巻あるうちの第10巻まで読んだのですよ。ちなみに、結衣はアニメが始まる前から読んでいて、面白いと話していたのです」
「そうなんだ」
高嶺さんも漫画にハマるんだな。何だか意外だ。ただ、『鬼刈剣』は時代劇やアクション、ファンタジー要素もある少年漫画で、女性中心に人気の高い作品。芹花姉さんの友達にも大ファンが何人もいるらしい。
「じゃあ、伊集院さんはこの週末に『鬼刈剣』を最新巻まで読むのかな」
「そうなると思うのです。結衣から事前にオススメされたので、アニメを第1話から最新話まで録画してあるのです。それも見返そうかと。では、また週明けに」
「ああ。またな」
伊集院さんは俺に小さく手を振ると、縦ロールの髪を揺らしながら帰っていった。
高嶺さんの掃除当番が終わるまで、大好きな男性シンガーソングライターのMVをスマホで視聴する。メロディーも歌詞もとても好みだ。自分が歌詞を全然書けないのもあって、彼は尊敬するアーティストの1人だ。
――トントン。
右腕を軽く叩かれたのでそちらを見てみると、バッグを持った高嶺さんの姿が。そういえば、もう数曲聴いていたんだった。それなら、もう掃除も終わっているか。
「掃除お疲れ様、高嶺さん。音楽を聴くのに集中してたよ、ごめん」
「ううん、いいんだよ。音楽を聴く悠真君もかっこいいし。スマホをそっと覗いたんだけど、このアーティストの曲を聴いていたんだね」
「ああ。とても好きでさ。CDも持っていて、この音楽プレイヤーにも取り込んであるんだけど、YuTubuでMVを観たくなるんだ。高嶺さんって音楽は聴くのか?」
「うん、家でよく聴くよ。J-POPやアニソン中心だけどね。この人の好きな曲が何曲もあるよ」
「そっか。いい曲がたくさんあるよな」
「そうだねっ」
ニッコリと笑って言う高嶺さん。
自分の好きなアーティストの曲が何曲も好きだと知ると親近感が湧く。高嶺の花と呼ばれているから、今まで漫画や音楽にあまり触れないイメージを勝手に抱いていたのもあるけど。
「じゃあ、行こっか、悠真君」
俺は高嶺さんと一緒に昇降口へ向かう。それもあってか、昇降口までにすれ違う生徒のほとんどに見られた。
昇降口でローファーに履き替え、校舎を出る。よく晴れていて、涼しい風が穏やかに吹いている。これからデートをするにはちょうどいいんじゃないだろうか。
校門を出たとき、高嶺さんは急に立ち止まった。
「どうした? 高嶺さん」
「……悠真君」
俺の名前を呟くと、高嶺さんは俺に向かって右手を差し出してくる。いつにない緊張した様子で俺のことを見つめる。
「手、繋ごう? これからデートをするんだし。悠真君と手を繋ぎたいな」
落ち着いた声色で言う高嶺さん。
どこに行ったり、何をしたりするのかは分からないけど、デートであることには変わりない。手を繋ぐくらいしないと味気ないか。付き合っていないけど、高嶺さんから繋ぎたいって言っているんだし、手を繋いでもいいだろう。だから、周りにいる生徒のみなさんは、文句言いたげな表情でこちらを見ないでいただきたい。
「分かった。手を繋ごう」
俺はそっと高嶺さんの右手を握った。その瞬間、高嶺さんはピクッとした。
「大丈夫か?」
「……う、うん。大丈夫だよ。ただ、悠真君に手を握られるのは初めてだから緊張しちゃって。……告白したときに私から手を握ったけど、あのとき以上に悠真君の温もりを感じるよ。凄く……いいです」
そう言ってはにかむ高嶺さん。告白したときはブラウスのボタンを外して肌を見せるまでのことをしたのに、手を握るだけで緊張するとは。なかなか可愛いじゃないか。ギャップ萌えってこんな感じなのかなと思った。
「そうか。良かったよ、高嶺さんがそう言ってくれて」
「うん。じゃあ、デートに行こうか」
高嶺さんと一緒に学校を出発する。下校中の多くの生徒達に見られているけど……気にするな。
「高嶺さん。これからどうするか考えているのか?」
「うん。放課後だし、これが初めてのデートだから、エオンに行こうかなって。いくつか悠真君と行ってみたいところがあるの」
「そうか。じゃあ、今回は高嶺さんに任せるって形でいいかな」
「うん! もちろん、どこか行きたい場所があったら遠慮なく言ってね」
「分かった」
高嶺さんの行ってみたいお店がどこなのか楽しみしよう。
それから、エオンに向かって歩いていくけど、高嶺さんは何も話しかけてこない。高嶺さんの方を見ると、手を繋いでいるからかしおらしい雰囲気だ。これまでの高嶺さんから考えると、何だか信じられないな。
俺も桐花さんっていう友人がいるけど、桐花さんはネット上の友人だからな。中野先輩とはムーンバックスへ一緒に行くけど、デートじゃなくてバイトだからなぁ。小さい頃は芹花姉さんと手を繋ぎながらお出かけしたことはあるけど、姉だから特別だし。俺も上手い言葉が思いつかなかった。
そんなことを考えていると、高嶺さんと目が合う。その瞬間、高嶺さんははにかむ。
「ごめんね、何も話せなくて。悠真君と手を繋ぎながら歩くのが初めてだからドキドキしちゃって」
「そうか。俺もちょっとドキドキしてるよ。それに、クラスメイトの女子と手を繋ぐのは初めてだから、俺も何も言えなかった。ごめん」
「いいんだよ。右手が汗ばんできたような。もし、汗で手が汚れちゃったらごめんね! 舐めてもいいからね! ……なるほど」
ニヤリとした表情になる高嶺さん。
「俺は手を舐めないからな。あと、自分の右手を舐めるなんてことはしないでくれよ。色々な意味でまずいから」
「も、もちろんだよ」
高嶺さんは苦笑いをしながら露骨に目を逸らす。舐めるつもりだったんだな。俺と手を繋ぐことの緊張も解け、調子を取り戻してきたようだ。
「悠真君はクラスメイトの女子と手を繋ぐのは初めてなんだね。……別のところでも私と繋がって、悠真君の色々な初めてをもらいたいな」
「……本当に調子が戻ってきたな、高嶺さん」
しおらしい高嶺さんもいいけど、元気な高嶺さんの方が個人的にはいいなって思う。暴走しないかどうかは不安だけどさ。
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