第6話『もう一つの顔-前編-』
バイトが終わり、家に帰った俺は母さんの作った夕ご飯を食べた。大好物のハンバーグだったこともあってペロリと平らげた。自分で作るハンバーグも美味いけど、母さんの作ったハンバーグの方が美味いな。
そういえば、今日の昼休みに、高嶺さんは朝早く起きられたときにはお弁当を作ると言っていたな。もし、高嶺さんがハンバーグを作ったらどんな感じなのかちょっと気になる。
夕食を食べた後は明日提出の英語の課題をする。俺がバイトしているとき、高嶺さんと伊集院さんがやっていたな。
「……まったく」
すっかり、高嶺さんのことを頭に思い浮かべるようになってしまった。好きだという本当の告白してくれたのが高嶺さんが初めてだからなのか。あれから1日ちょっとだけど、高嶺さん絡みで色々あったからだろうか。
「よし、これで終わりっと」
今日の課題は簡単だから早く終わったな。
部屋の時計を見ると……まだ午後9時にもなっていないのか。さてと、これから何をするか。とりあえず、風呂が空くまでは昨日の深夜に録画したアニメでも観ようかな。
キッチンでアイスコーヒーを作り、俺は録画したアニメを観始める。課題を終わらせた後に観るアニメはよりいいな。あと、コーヒーがとても美味しい。
――プルルッ。
おっ、スマホが鳴ってる。確認すると、LIMEで高嶺さんから1件のメッセージと動画が送られたと通知が。
「何なんだ……?」
写真ではなく、動画なのが気になるな。
アニメを一時停止して、俺はさっそく高嶺さんから送られてきたメッセージと動画を確認する。
『バイトはもう終わったかな? 今日のバイト中の悠真君も素敵だったよ! ささやかですが、私からバイト代です。動画を観てね』
動画は俺に対するバイト代なのか。再生時間は7秒。あの高嶺さんのことだから、厭らしい要素もありそうな気がするが……とりあえず観てみるか。動画をタップする。
動画が始まるとすぐに、パーカー姿の高嶺さんは優しげな笑みを浮かべ、
『悠真君。バイトお疲れ様』
と言い、動画は終了した。
笑顔でお疲れ様と言ってくれたから、7秒という短い動画でもちょっと疲れが取れた。高嶺さんの言うように『ささやかなバイト代』かも。
『高嶺さんと伊集院さんが帰ってから1時間くらいでバイトは終わったよ。あと、バイト代をありがとう。疲れが取れた』
と高嶺さんに返信を送った。
すると、俺の返信にすぐ『既読』マークが付き、
『バイト終わったんだね。お疲れ様。バイトで頑張っていた悠真君に何かしたくて。昨日送った写真よりも露出度高い写真を送るのも考えたけど、バイト後だからお疲れ様って動画が一番疲れが取れそうかなって。お疲れとしか言っていないから、休憩中に聞くのもいいかもね!』
という返信が届いた。短時間でこの文量とは。凄いな、高嶺さん。あと、やっぱり厭らしい方向のバイト代も考えていたのか。
高嶺さんの言う通り、お疲れ様っていう言葉だけだから、休憩中に聴くのもいいかもしれない。とりあえず、今の動画を保存しておこう。
『そうかもな。ありがとう、高嶺さん』
と返信すると、バイトがあった俺を気遣ってくれたのか、高嶺さんは『早いけどおやすみ。また明日ね』と返信してくれた。
高嶺さんとのやり取りがあったから、昨日と同じように頭の中でメロディーが浮かんできた。
アニメの視聴を止め、俺はICレコーダーとアコースティックギターを用いて、昨日から思い浮かぶメロディーを録音していく。
録音作業中に、高嶺さんのことが頭に思い浮かぶ。高嶺さんの言動にドキドキさせられるときもあれば、今日のバイトのときのように、高嶺さんの姿を見ると安らぐこともたまにある。
「よし、こんな感じでいいかな」
――コンコン。
「はーい」
ノック音が聞こえたので、部屋の扉を開けると、そこには寝間着姿の芹花姉さんが。
「お風呂空いたよ。ギターの音が聞こえたね。録音してたの?」
「ああ。メロディーがいくつも浮かんだから、即興で弾いてた」
「そうだったんだ。爽やかだけど、落ち着いた感じもしていいメロディーだったよ。扉の前で聴き入っちゃった」
姉さんに聴かれていたのか。ギターを弾くのに集中していて全然気付かなかった。
「そう言ってくれて嬉しいな。録音も一段落したし、風呂に入ろうかな」
「入ってらっしゃい」
それから、俺は風呂に入った。バイトがあったから、いつもよりもお湯が気持ち良く感じられた。
風呂から出た後、俺はさっき録音した演奏を聴いてみる。芹花姉さんが言ったように、確かに爽やかで落ち着いた感じがするな。
「これなら、動画サイトで公開しても大丈夫そうだな」
そうとなれば、曲のタイトルを決めないと。
今回録音したのは、高嶺さんに告白されてから浮かんだメロディーだ。高嶺さんのことを考えながらギターを弾いた。ただ、『告白』とか『高嶺の花』と付けるのは恥ずかしい。他にいい言葉がないものか。
「……『渚』なんて良さそうだ」
小さい頃、家族で海に行くと波打ち際に立つことがあった。次にどんな波が来るのかというドキドキし、波が脚にかかったときにたまに心地良さを感じて。それが今、高嶺さんに抱く印象と似ている気がしたのだ。
「よし、『渚』にしよう」
家族旅行で撮影した渚の写真を使って、動画ファイルを作成する。いい写真があって良かった。
動画サイト『YuTubu』のユーザーページを開いて、動画公開をすることに。
「コメントは……低変人です。ゴールデンウィークが明けて色々ありました。そんなことからいいメロディーを思い浮かんだので、アコースティックギターで弾いてみました。……これでいいかな」
そして、YuTubuに『渚』をアップロードした。また、『ワクワク動画』という動画サイトでも活動しているのでそちらにも。
TubutterというSNSで、2つの動画サイトに『渚』をアップしたことを、URL付きでツイートした。
「たくさんの人に聴いてもらえるといいな」
俺は中学に入学した直後から、『
自分で作曲をして、音楽制作ソフトで作ったインストゥルメンタルの楽曲を『YuTubu』と『ワクワク動画』に公開している。今回のように、アコースティックギターで弾いた音源をそのまま公開することもある。基本的に2、3週間に1作くらいのペースで新作を公開している。
また、両親の許可をもらって、動画を公開することでの広告収入を得ている。
2つの動画サイトとTubutterを見てみると……さっそく感想が届いているな。概ね好評のようだ。
「……おっ」
パソコン画面の端に、メッセンジャーに新着のメッセージが届いたと通知が。さっそく確認してみると、新着メッセージは桐花さんからのものだった。
『さっそく『渚』を聴いたよ! 爽やかな感じがしていいね。これからの季節にいいかも。アコギだけだからか落ち着いた雰囲気もあって。この曲、私は好きだな』
先ほどアップロードした『渚』の感想を送ってくれたのか。芹花姉さんと似ているな。
『ありがとうございます。桐花さん好みだと分かって嬉しいです』
桐花さんに「好み」だとか「いい曲」と言ってもらえると、嬉しいし安心する。
桐花さんと出会ったのは2年前の春。俺が『低変人』として公開する曲のいくつかに、長文の感想を送ってくれたことがきっかけだった。彼女の感想を読むと、言葉がすっと入ってきて、俺の作った曲が本当に好きなのだと伝わってきたのだ。
桐花さんもTubutterのアカウントを持っているので、最初はダイレクトメッセージ機能を使って話しをし始めた。ただ、画面上に表示される通知が気になったり、メッセージを他の人に送り間違える懸念があったりしたので、今のようにメッセンジャーで話す形を取ったのだ。
最初こそは俺の作った曲の話がメインだったけど、お互いに漫画やアニメ、ラノベ好きだと分かってからは、それらの話や日常生活のことがメインになった。
『ねえ。動画のコメント欄に、連休が明けたら色々あったって書いてあったけど。大丈夫?』
桐花さんからそんなメッセージが届いた。きっと、彼女は俺のことを心配してくれているんだろう。以前、活動休止していた時期があったから。きっと、その際にTubutterで『色々とあったので、活動休止します』とツイートしたのを覚えているのだろう。
『連休が明けてから、予想もしない時間を送っていて。疲れもありましたけど、ギター弾いていたら取れました』
『そうだったんだ。でも、無理はしないでね。先月にはバイト始めたって言っていたし』
『ですね。バイトは疲れますけど、優しい先輩もいますし、慣れてきたので何とかやっていけそうです。心配してくれてありがとうございます。桐花さんも無理はしないでくださいね』
『うん、気を付けるよ。ありがとう』
新生活に慣れてきたこの時期に、大きな変化があったからな。体調を崩さないように気を付けないと。
『ねえ、低変人さん。連休明けに色々あったっていうの……それって女の子に関することじゃない?』
「えっ」
見事に当たっていたので、声に出てしまった。
『どうして分かったんですか?』
『曲名の『渚』って女の子の名前にも使うじゃない。昔観たアニメのヒロインに渚って子がいたし。だから、その……女の勘が働いたの』
『なるほど』
曲名からそんなことを思いついてしまうなんて。
あと、桐花さんってやっぱり女性だったんだな。話し方とか、今までの話で女性だと推測できる内容はいくつもあったけど。女性だと明かされたのは、多分これが初めてだ。
『それで、どう色々とあったの?』
『昨日、女の子からの告白を振ったんです。ただ、その子は俺を諦めてなくて。それで、まずは友達として付き合うことになったんです。まだ1日しか経っていないんですけど、彼女とお昼ご飯を食べたり、バイト先に来たりして。それで、『色々とあった』とコメント欄に書いたんです』
今まで、クラスメイトの女の子とこういった時間を過ごしたことがなくて。だから、高嶺さんに告白されてからの時間が濃密に感じたのだ。
少しの間、桐花さんからのメッセージが来なかった。
『そうなんだ。なるほどね。今のところ、低変人さんとその子は友達なんだね?』
『そうです』
『分かった。教えてくれてありがとう』
桐花さんとはお互いに好きな恋愛漫画で熱く語り合ったことはあったけど、リアルな恋愛系の話にも興味があるのかな。
今日はバイトもあったし、楽曲の録音と投稿をしたから、疲れて眠くなってきた。
『桐花さん、すみません。眠くなってきたんで、そろそろ寝ようと思います』
『うん、分かった。素敵な新曲を聴かせてくれてありがとう。私、何度か『渚』を聴いてから寝るよ。おやすみ~』
『おやすみなさい』
桐花さん……『渚』をさっそく気に入ってくれたようで嬉しいな。
昨日よりも早い時間での就寝だけど、目を瞑ると程なくして眠りに落ちていった。
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