第9話 差出人が分かったかもしれません

 いよいよ部展の本番だ。一年生にとっては初めての部展。成功のまま終えさせてあげたい。

 当番制で受付に当たる。俺の隣に座るのはたまちゃんと憂愛。

 前回はあまりお客さんが入らなかった。だから、今回も少ないのかなと思っていたのだが……。


「すごいお客さんの数ですね! 去年もこんな感じだったんですか?」

「そ……そだねー」

「今回はすごいたくさん来てくれてるね。珍しい」


 たまちゃんが珍しいって言っちゃったよ。俺たちの高校の部展なんてそんなもの。

 開場からまだ一時間だが、記名帳にはすでに去年の最終来場者数と同じくらい名前が書き込まれている。一体どうしてこんなことに?

 すると、憂愛がスマホをいじってTwitterを開き、その要因を発見していた。


「先輩これ! これじゃないですか?」


 画面には、俺たちの巨大作品の写真を載せてくれている徳島出身の書道家の先生が映っていた。この先生は、例の巨大作品を書くときにお世話になった人だ。

 そして驚くのは、そのリツイート数。なんと驚愕の五百越えだった。

 俺は、無言で画面に向けて頭を下げる。これくらいはしとかないと。

 ……さて、そろそろ見回りに行くか。作品の歪みなどを修正するこの作業。大事なことだよ?

 俺は席を立って会場を歩く。ついでに美術部のほうも見回っておく。……よし、異常なし。

 席に戻る前に少し確認したいことがある。俺は、小物作品の前に足を運んだ。目的の人物の作品を見て、写真に撮ってあった半紙と見比べる。


「……やっぱり、彼女だったか。副部長は皆の癖を見てるのです」


 半紙の文字は筆跡をわざと変えたようだが、本人にも気づかない癖がちゃんと出ていた。そして、それはここにも。

 ……え? 鑑識みたいって? 違う? ストーカー!? 中傷は止めてもらおう。

 差出人は恐らく分かった。今日帰ったらアレを完成させよう。明日、俺は灰色の人生とおさらばするぜ! ひゃっほい!

 受付の席に戻る。椅子に座ると、憂愛が不思議そうに俺のことを見ていた。


「先輩どうしました? 顔がにやけてますけど…?」

「えっ!? な……なんでもないよ!」


 どうやら無意識に頬が緩んでいたようだ。危ない危ない。たまちゃんが微笑ましくこちらを見てくるが、気にしない。

 ……二人の視線が痛い。


「もうっ! 何ですか何ですか! ……あっ! いらっしゃいませー」


 二人の視線に耐えながら、団体さんにパンフレットを渡す。美術部製作のパンフレットは手の込んだ作りだった。



………………………………



 交代の時間。遥と桜が来たので二人に任せる。そのまま帰っても良かったのだが、折角なのでもう少し作品を見ていこう。

 団扇……色紙……巨大作品……本当にいろいろと作ったと思う。これらの一部は県の文化祭にも持っていくからね。

 作品を見ながら歩いていると、後ろから声をかけられた。


「先輩? 何してるんですか?」


 声をかけてきたのは有紗だった。遥たちと一緒に受付に当たっていたから来たのか。

 遥たちが早く来たから任せただけで、本来の交代はもう少し後だ。遥には悪いが、少し話に付き合ってもらおうかな?

 そう思って言葉を発しようとすると、その前に有紗が切り出す。


「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで……。これ、穂希が書いたんですよねー」

「綺麗な仮名文字だよな。……所々仮名じゃないけど」

「……穂希が最近恋の和歌にはまってるんですけど、好きな人出来たんですかね?」

「へぇー、おめでたいことじゃん」

「問題ですよ! 私より早くに成就されたら嫌ですもん!」


 おぉ…! 有紗が熱い。年頃の女の子は恋愛アンテナが敏感なのかな?

 ところで、きになるセリフがあったから聞いてみることにする。


「私より早く? 好きな人でもいるの?」

「えっ!? それは……秘密です!」

「そう? でも、応援してるから。男心なら任せといて。一発で落とすコツを教えるよ」

「……ソウジャナインデスヨ……」

「ん? なに?」


 小言で何か言った気がしたけど、よく聞こえなかった。本人が話すまで気長に待つとしよう。相談にはいつでも乗るよ?

 有紗が受付に向かっていく。遥が手招きしていたから。

 俺もそろそろ帰ろう。LINEの無料通話で姉ちゃんに電話する。


『もしもし~?』

「もしもし? 今から帰るわ」

『……そう、早くねー』


 気になる間があったような…? 気のせいか?

 駐輪場から自転車を出して家への帰路を走る。平常心、あくまで平常心。

 三十分かけて家に着く。倉庫に自転車を片付けて玄関の扉を開く。


――パァーンッ!!


 クラッカーが鳴らされた。意味がわからない。


「何? 今日は誰かの誕生日?」

「違う違う。和希の恋愛成就祝い!」


 ぶふぉっ!? 姉ちゃんの爆弾投下に思いっきり吹き出してしまった。


「な……ななな……なぜそのことを!?」

「フッフッフ……」


 姉ちゃんが例の半紙を取り出す。いつの間に見つけやがった!?


「今日これ見つけて驚いたわよ。そして、電話で浮かれた声出してたからこれはもう確定でしょ!」

「うぐっ…!」


 電話でも浮かれてたのか俺は。恥ずかしい。穴があれば……いや、穴を掘って潜りたい。

 多分赤面したまま自分の部屋に逃げ帰り、ベッドで悶絶した。

 ……ちなみに、拓己が余計な気を利かせて夕飯は赤飯だった。畜生。憎いことに美味しかったじゃないか。

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