第四章 四つ目のナミダ

32 予感の『BRIGADOON まりんとメラン』

 衣替え。

長かった制服の袖が半袖となり、夏用のスカートに足を通す。

洗って、綺麗になったリボンを洗面所の鏡を見ながら、締める。

いつもは気にしない髪のハネが気になって、手ぐしで直す。

ゆうみが、洗面所から出てくると兄のゆうたが、弁当を作る手を止めてじっと見てきた。

「えっ、なに、どうかしたの?」

「ううん。何でもないけど、ちょっと感慨深いなって思ってね」

にっこり微笑まれ、ゆうみはぽりぽりと頬をかく。

特別、変わったことはしたつもりはないのだが。

「ほら、中学最後の夏だからさ。僕もそうだけど」

お弁当作りを再開しながら、ゆうみに背を向けるゆうたにそうかと頷く。

自分の席に着くと、ゆうたが用意してくれた朝食が迎える。

ご飯と味噌汁、そして焼き鮭というど定番だが、おいしい朝食。

朝から食べられるか心配だったが、いただきますと箸を持つ。

鮭に箸を差し入れ、お世辞にもうまくない切り取ったそれを口に入れる。

おいしい、塩加減もばっちり。

「ゆーにいちゃん。料理のうで、あげた?」

「あげてない。たまたまだよ」

作り終えたゆうたが、ゆうみの前に座ってげんなりした顔をする。

「ふーん。三島くんは?」

ゆうみは居間の方を振り返ると、そこにあるのはきちんと畳まれた布団があるだけ。

「新くんは、ここしばらくいないよ。だから僕とゆうみと二人分しかないでしょう?」

よく見なさいとばかりに、テーブルを指さす。

はいはいと適当にいなしながら、釈然としないまま食事を再開する。

自分でも驚くほど、新がいないことにがっかりした。

「三島くんってさ、不定期だよね。同棲してるって感じしないな」

「同棲も何も、ナミダ探しをするために一時的な借り家としてあるだけだよ。三島くんには、当然ウチがあるわけだから、帰るのは当然だろう?」

ぱくぱくと食べるゆうたの言葉に、ゆうみの手が止まった。

「そうだね、そうだもんね」

自分に言い聞かせるように言うもので、ゆうたは失言だったかなと思った。

ゆうみが新へ向けているそれは恋愛だと思っている。

けどそれを指摘すれば、ゆうみが怒り出すのは目に見えているので何も言わない。

言わないけど、言わないけど、釈然としないのも事実だ。

「三島くんだって、早々ひまじゃないもんね」

明らかに無理をしていると分かるゆうみに、ゆうたは結局何も言わず味噌汁を啜った。


**



 気が重いと、思う。

いや、ここ最近の気の重さはいつものことだから今更感ばりばり。

「おはよう。ゆうみ!」

いつもの待ち合わせ場所で、うさぎが大きく手を振っているのを見ると、ゆうみも振り替えした。

「おはよう。うさぎ」

走りよって、うさぎの隣に並んで二人して歩き出す。

「それにしても、暑いね。これから夏かと思うとさ、テンション上がらない?」

「テンションはどちらかというと下がると思うな」

振り返ったゆうみに、うさぎは力強く頷いた。

「忘れてない?うちら、受験生だよ。ところで、ゆうみはどこ受けるの?」

「えっと………」

答えられないゆうみに、うさぎは嬉々として頷く。

「ゆうみんとこは、やっぱり隣の公立高校だよね。あの女子校は難しいもんね」

学費的に。

うん、うんと一人で納得するうさぎに、ゆうみは何も言い返せずにいた。

中学生最後の年で、受験というのはもう始まっている。

その中で、自分は対して何もやっていないことに気づいてしまった。

どうしよう。

兄と朝交わした会話以上の焦りで、ゆうみの中で生まれる。

やっていないわけじゃない、やってないわけでは。

ぐるぐると廻る思考の中、ゆうみは努めて明るく聞いた。

「うさぎは?うさぎも同じ高校だよね」

唯一の光を見つけたようなゆうみの視線に、うさぎは視線を逸らした。

「えっ、違うの?」

「ううん。一緒のとこ、だよ。一緒の高校」

まるで自分に言い聞かせるみたいだったから、ゆうみは少し不安になりながらも喜んだ。

そう、何も心配する必要なんてない。

勉強だってこれから頑張ればいいだけの話だと、必死に自分へ言い聞かせた。

「あっ、ねぇ。最近、面白いアニメ始まったって本当?」

「うん。まりんとメラン、って言うアニメなんだけどね。ロボアニメかな、今のところは」

「今のところ?」

首を傾げながら、大げさに腕を振って歩くゆうみ。

「ものすっごい展開がありそうな気がする」

どこか遠い場所に目を向けるうさぎに、寂しさを感じてゆうみは慌てて話題を変えた。



※参考資料

BRIGADOON まりんとメラン/矢立肇&米たにヨシトモ

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