30 きっとこれから『絶愛』 05

 そのことをゆうみが聞いたのは、美幸が学校を休んで一週間が経過した頃だった。

こんなにも掛かった理由の一つとして、ゆうみ自身が噂に興味がなかったから。

アンテナすら立っていないゆうみに、知っているうさぎと初美が知っているとばかり思っていたのだ。

「うわぁ、相良さんが学校を休み初めてすぐ、だったわよ。半ば当事者のあなたが知らないとかアホだわ」

辛辣な初美に、食ってかかったゆうみを羽交い締めするうさぎ。

「落ち着きなってば!ゆうみ」

獣のうなり声で、初美を睨み付けるゆうみを馬でも宥めるようなうさぎに、更にむかっ腹が立って仕方がなかった。

とりあえず、その場にしゃがみ込んで口をタオルで押さえ込んで唸る。

「当事者ってどういうことよ。初美」

「そこからか。っていうか、あの日、一緒に帰ったでしょう?相良さんと。その時、誰か迎えに来た人、覚えてる?それを見た人ってことで、当事者」

顔を上げ、頭を抑える初美を仰ぎ見た。

「あの人がどうかしたの?おじさんって、言っていたから親戚の人みたいだけど」

「それが美幸さんと関係してるのよ」

しゃがみ込んで、ゆうみと同じ目線になった初美はふうっと空を仰ぎ見た。

ここはゆうみとうさぎが、天気のいい日に出ている三階渡り廊下だった。

二階渡り廊下と違うところは、屋根がない点と、この先が図書館ということ。

他の生徒に丸見えの場所だったが、ゆうみとしてはうさぎと初めて会った場所なので、という思い入れがあった。

そして、初美は周りの目を気にしながら声を潜めた。

もしこの話が、ゆうみ以外の生徒が知っているとしたら声を潜める必要があるのだろうか。

だけど、この後に聞いた初美の話によってその理由を知ることになった。




相良美幸には、父方の妹に子供が一人おり、それがゆうみが出会ったあの男性だった。

所謂、美幸にとってのその人は、おじさんは。

彼女の初恋の人だったそうな。

自分に優しくて、甘やかしてくれて、遊んでくれるおじさんを幼い彼女が恋をするのは当然だった。

もしかしたら恋とではなく、憧れだったかもしれない。

それでも幼い彼女なりに本気だったらしく、当時仲のよかった子におじさんへの想いを語っている。

「これ、マジな話?」

信じられないと思わず首を振ったゆうみに、うさぎと初美はきょとんとした顔をする。

「え、全然普通の話じゃん。驚くことないでしょう」

さ、続きを話すね、と意気揚々な初美にゆうみは薄ら寒いものを感じた。

もしかしたら、自分が言った言葉もきっとこうやって巡り巡ってくるのだ、と。

ゆうみの知らない人の耳に入って、知らない大人の耳や口へと伝わり、きっと。

骨の髄までしゃぶりつくされるのだ。

テレビのワイドショーに出てくる有名人みたいに。

でもそれでも、初美の話す美幸のことの先を知りたくて溜まらない自分がいるのを、ゆうみは自覚した。

何だか、汚いななんて、思いながらも。

美幸本人の口からではなく、他人の口から聞く話に後ろめたさを感じながらも。

頭の中で言い訳を繰り返して耳を傾ける。

しかしそれも、美幸が中学三年生になった頃。

この恋は終わる。

告白をすることもなく、十年つづいた彼女の初恋は。

おじさんの恋人という人を連れて、美幸の自宅を訪れたことによって崩壊した。

「こんにちわ」

想像していた優しげな女性ではなく、体格もがっちりした体育会系の男性が、彼女のおじさんの隣に立っていた。

驚愕する両親の前で、折り目正しく言ったのは。

「ゲイ、なんです、と」

「…………同性愛者ってこと??」

ゆうみは、ポケッとした顔で答えた。

漫画やアニメではそういうBLという世界が存在するが、まさかこの世に実在していたとは。

絶滅危惧種の動物やこの世にいるのかも分からないネッシーやツチノコに、出会ったぐらいの衝撃がゆうみを襲った。

でもそれ以上に。

「いいの?そんなこと、知ったら………えぇー」

これだけ周りに知られているのだ。

美幸があれから学校へ来ない理由が分かった気がした。

小説や漫画の中で騒がれる同性愛だが、この閉鎖的な田舎で身内にそうだとしれたらどうなるか。

ゆうみは、考えるだけで恐ろしかった。

村八分にされるか、最悪、出て行かなければならなくなる。

友達も親も故郷さえも、失う可能性が出てくる。

「相良さんが来ないのも、それが原因かもって噂。それに、親の会社にも話が行っているみたいだからね」

「じゃあ、相良さん、転校とかしなきゃならなくなるの?」

身を乗り出すゆうみに、初美は腕を組んで頷いた。

「それならいいけど、てか。おじさんはなんで、わざわざ知らせに来たんだろうね。それが、まだ、分かってないんだよね」

それはまだ噂に上っていないってだけで、もう美幸はその事実を知っているのかもしれない。

「あの、相良さんのうちって誰か、行ってたりする」

「牧原さんが行っているみたいだけど先行きが………ね」

言いよどむうさぎが、初美と顔を合わせる。

そう言えば、牧原は美幸以外のクラスの子と仲良くしていたのを、ゆうみは唐突に思い出した。

「そういう噂が流れてからは牧原さん、相良さんのところ行ってないみたいなのよ。だからね、ゆうみ」

ここからが本題とばかりに、うさぎはゆうみの手を握った。

「つまり………」

冷や汗が止まらない。

「牧原さんの代わりに、ゆうみが行くことになったのよ」

「まぁ、別にいいけどさ。プリントとか持っていけばいいんだよね。うさぎ」

当然のようにうさぎも、ゆうみに付いてくるのだと思っていた。

何なら初美も一緒でも構わなかったが。

「ゆうみ一人で行くのよ?」

「え、なんで」

ぎょっとするゆうみに、それはね、と先ほどとは打って変わったニヤニヤした顔で初美が彼女の鼻先をちょんと突っついた。

「三島くんが一緒に行くからよ」

「うわぁ」

ゆうみは明日、否が応でも新のことと美幸のこと両方のことで、二人からいや。

クラスメイトから質問攻めに会うことを予想して。

深々とため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る