28 きっとこれから『絶愛』 03

美幸が入ってきたとき、ゆうみは驚いた。

幽霊かってぐらいの顔の白さ、倒れるんじゃないかと思うほどのふらつく体。

ゆうみが分かるほどなのだから、他のクラスメイトが分からないはずがなく。

美幸が焦点の合っていない瞳で、自席へ座るのを眺めていた。

担任も気遣わしげに、美幸を見たあとは気分を切り替えるかのように、朝礼を始めた。

何も言わないまま、クラスメイトたちの困惑を感じないわけでもないのに。

ゆうみはうさぎに聞いてみたい衝動を抑えきれず、彼女の方へ顔を向けた。

同じように思っていたのか、うさぎもゆうみへ視線を投げかけてくる。

彼女の席はゆうみがいる席の斜め前だから、手紙を回して貰えば話せないことはないのだが。

(読まれる可能性があるし、困ったな)

いつも持ち歩いている可愛いメモ用紙を取り出しながら、ため息をついた。

担任の話し声がするが、上の空で聞いてなどいなかった。

そこへ、誰かが教室へ入ってくる無遠慮なドアの引きによって、ゆうみは顔を上げた。

「三島、遅かったな。遅刻だぞ」

「申し訳ありません」

淡々とした物言いで、担任へ頭を下げると何事もなかったように新は歩いてくる。

聞きたいことがあったが、何も言えずにいると。

かさっと、自分の机へ何かが落とされた。

(手紙?)

顔を上げて、新の方へ振り返ろうと思ったが遅かった。

椅子を引いて座る音に、ゆうみは目の前の手紙を凝視する。

三つ折りされた白い便せん。

ゆうみがうさぎとやりとりする際、メモ用紙などをYシャツやハート型に折って渡す物とは明らかに違うちゃんとしたもの。

誰も気づいていないらしく、ゆうみのことを気にする人は誰もいない。

どうしたらいいのか分からないまま、ゆうみはその手紙を国語の教科書に挟んで机の中にしまい込んだ。


**



一時限目の音楽室へ向かうなか、うさぎに新からの手紙を見せた。

「三島くんからもらったの?何て書いてあったの」

「それがさぁ………」

期待していたわけではないと、言い訳にもならない事をうさぎに愚痴りながらゆうみはため息をつく。

今ここに、初美はいない。

彼女は音楽の担当であり、教室の鍵を開ける係になっている。

一緒に行こうかと思ったのだが、ぞろぞろついてくるのを嫌がった為だ。

それぐらい、一人で行けるとのこと。

「感謝の手紙よ。感謝のて・が・み!」

「うーん、真面目なのか茶化したいのか分からないわね」

顎に手をやりながら思案するうさぎに、ゆうみは二つに折り畳んでポケットにしまい込んだ。

「まぁ、頑張って二つまで見つけたんだからよしとしよう。新たに見つけたからまぁ、分かるちゃ、分かるよ?」

ゆうみはうさぎに、カケラの新しい持ち主が美幸であることを話した。

「あぁ、相良さん?なんか、具合悪そうだったけど、何かあったのかな?担任はなーんにも言ってなかったし。受験でナーバスになってるのかなと思ったけど」

うさぎの話しを聞きながら、ゆうみは美幸のことを考える。

「同じクラスになったのって三年になってからだし、席が近いからといっても、業務連絡ぐらいだしな」

「えーと、もしもし。ゆうみさん、忘れてませんか?」

ちょっとちょっと、とうさぎはゆうみの手を取って立ち止まらせた。

「なによ」

「なに、じゃないよ。相良さんとはゆうみ、一年の頃から同じクラスでしょうが!」

言葉もないとはこのことだ。

「他人に無関心なのは昔からだけど、クラスメイトの顔も覚えて………ないわね」

「いいじゃない。それほど記憶力がいいってわけじゃないんだから」

あさっての方向へ怒りを向けるゆうみに、うさぎはやれやれと肩を落とす。

別にいいんだけど、と再び歩き出したうさぎをゆうみは後を追う。

「忘れてたわけじゃないとは思うけど、相良さんとあまり話したことないし」

雀の涙のようなゆうみの記憶の海を、彼女なりに泳ぎだそうとしているのがうさぎにも分かった。

でも、ゆうみが入学当時から噂になっていて、その噂を聞いて尚。

美幸がゆうみと話したがっている風なのを、誰彼と無く聞いたことがあった。

ちょっと同情するわ、とうさぎはゆうみの悩む姿を見ながら思う。

「確か、入学してからしばらくして話したことあったわ。数少ないけど」

数も少なくもないし、軽くもない、と内心毒づきながらうさぎは頷く。

彼女の無頓着ぶりをいまさら怒ったところで、どうにもならない。

「クラスでうさぎ以外と話す、子とは思ってるけど、仲良しの子がいたから、何か申し訳なくなったしさ」

ゆうみのおかしな所はそういうところだった。

せっかく仲良くなろうと近づいてくる人を、ゆうみはわざと嫌いになる態度を取ってしまう。

試しているのではないかと思われて、更に酷い結果となるのだが。

うさぎとしてはそれは、ゆうみの恐れから来ることを知っていた。

石橋を叩いて叩いて、叩きまくってしまうのがゆうみの本質だ。

それでなければ、先へ進めないのは友達として、うさぎは哀れに思っていた。

「少しぐらいは、いいんじゃない?初美の例があるんだからさ」

勢いは大事、とにっこりするうさぎに、ゆうみはそうかなと首を傾げる。

ゆうみとしては、後先考えず行くのもいいとは思うけれども、やっぱりと思ってしまう。

「今更だよ!!」

いい加減にイラッときていたうさぎに、後頭部を思いっきり叩かれた。

「いっ、たいぃぃ!!!」

思わずしゃがみ込んで、後頭部を押さえるとゆうみはうさぎの方へ振り返った。

「ちょっと、大丈夫?美幸!美幸!!」

美幸という言葉に、同時に振り向くと、廊下に蹲る女子生徒と彼女の肩を揺さぶる女子生徒の姿があった。

揺さぶる彼女は、おろおろと辺りを見回すばかり。

しかも彼女たちを避けて去って行く生徒たちは、気の毒そうな顔をするものの、手出しする人は誰もいなかった。

むしろ、邪魔だなという顔をしている生徒だっている。

それを見た瞬間、ゆうみの顔が朱に染まった。

「どうしたんですか!?」

怒りで丁寧口調になったゆうみは、わざと足音を立てて彼女たちの方へ向かっていく。

うさぎも慌ててゆうみの後を、恐れながらついていく。

「わか、らないの。急に……具合が悪くなったみたいで」

近づいて分かったが、うろたえていた彼女はクラスメイトだった。

名前が思い出せないけど、顔は分かる。

ゆうみは、美幸の顔をのぞき込むと声をかけた。

「ねぇ、大丈夫?支えてあげるから、保健室行こう!」

無理矢理、美幸を立たせようとするのをうさぎが反対側から支えに入る。

「っ、ごめ、ん」

消え入りそうな美幸の声がする。

顔は青白く、それは朝よりも悪くなっており、口元を両手で必死に押さえ込んでいた。

吐く寸前なのかもしれない。

「気持ち悪いなら、トイレ寄ってから行く?」

ゆうみは、周りを牽制しつつ職員棟の四階を見渡す。

この先は自分たちも向かうはずだった音楽室しかなく、廊下にはゆうみ達しかいなかった。

美幸の様子をうかがうものの、彼女は顔を埋めるばかりで返事はない。

(どうしよう)

そう思っていると、美幸の体がふわりと浮いた。

「三島、くん」

うさぎの驚いた声に顔を上げると、新が美幸を姫抱きして立っていた。

相も変わらず無愛想な顔をして、ゆうみを見下ろしている。

「保健室の方が早い」

何でもないことのように、新は呆気にとられるゆうみ達を振り返ることなく、歩き去って行く。

保健室は職員棟と教室棟を繋ぐ渡り廊下にある。

美幸を姫抱きする新の姿を、他の生徒が見たら何て思うだろう。

きっとゆうみのこと含めて面白おかしく、騒ぎ立てるに違いない。

別に構わない、新とゆうみは付き合っているわけではない。

利害の一致が二人を繋いでいただけ。

だから、これほどゆうみがうろたえる必要はない、はず、だ。

それなのに。

どうしたらいいか分からず、立ち尽くしていると美幸の付き添いだった生徒が新の後を追っていく。

ゆうみもうさぎに声をかけられて、慌てて後を追った。

新は外見の細さからは想像も出来ないほど、美幸をしっかりと抱きかかえている。

足下がふらつくことはなく、美幸を抱える新を僅かに残っていた生徒が物珍しそうに眺めていく。

しかし誰も、言葉を発することなく、道を空けていく。

その中を、前を向いて進んでいく新をゆうみは場違いにも、美幸と変わってほしいと思ってしまった。

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