27 きっとこれから『絶愛』 02
これまでの青空が嘘みたいに、どんよりと曇る空。
今にも雨が降ってきそうな気配がする。
折りたたみ傘ではなく、通常傘を持ちながらゆうみはうさぎとの待ち合わせ場所に立っていた。
六月に入ってからというもの、天気はこの調子。
ゆうみの気持ちも一緒に憂鬱となるのは、当然のことで。
待つ間も、ため息ばかりが零れた。
「おっはよう、ゆうみ。どうしたの?あっ、さては三島くんと一緒に登校できないから?」
「違うよ。気分的にもねぇ、こんな天気だし落ちるでしょう」
空を見上げて否定するゆうみに、天気に左右されないうさぎはふーんと首を傾げた。
「まぁね。でも、梅雨時もあっという間だよ?そしたらもう夏は目の前って」
ゆうみはうさぎと並んで歩きながら、髪をさらりと流した。
「そう。夏が来るんだよねぇ………」
いきなり、テンションが下がったゆうみをうさぎはあれっと思った。
「どうしたのかな。いつもだったら夏休み最高って叫んでたじゃん」
「夏休みは最高さ。いつだって、でも今年は受験なんだよぉぉお!!!」
そうでした、と舌を出すうさぎをゆうみは恨めしそうな顔をして眺めた。
学校の校舎を横目に、ゆうみは本気で思った。
校舎が爆発しますように。
***
校舎は当然のように爆発はしないし、いい方向に持って行きもしない。
そして、ゆうみにとっての教室は相も変わらず居心地は悪い。
居心地の悪さも以前よりは、いいと思える感じ。
「あっ、おはよう」
「おはよう」
教室に入って自分の席へつくと、初美がゆうみの所へやってきた。
ゆうみが居心地の悪さが以前よりいいと言われる理由。
初美との関係をゆうみが途切れさせたくないと思って、声をかけまくった。
うさぎと一緒に、という言い訳が付くけど。
「あんたさ、結構、タフだよね。分かってたことだけど」
そう言って、ゆうみの前の席に座った。
初美が頬杖をつくのを見ながら、ゆうみは鞄の中から教科書類を出していく。
「タフっていうか、色々とめんどくさいだけだよ」
ゆうみも初美にならって頬杖をつく。
「本当にめんどくさい人は事なかれ主義者よ。メンタルが強いというか破滅的ね、あんたは」
やばい人よ、やばい人。
思わずムッとしたゆうみを初美は、うさぎにならって宥めに入る。
「でもそれはある意味で貴重よ?上下関係なく好きで生きている代わりに代償を払うのは当然だけど。あなたの場合それすらもどうでもいいみたい」
「初美、それはここで話すネタじゃないと思うよ?」
鞄を置いてきたうさぎがやってくると、うさぎは悪いびれた様子もなく肩を竦める。
「でもま、こう言っても本人は無自覚なんだからね」
うさぎは髪を流すと、ゆうみの寝癖を手ぐしで直した。
ゆうみはえっとと首を傾げる。
自分は一体、どうしたいのだろうか。
なんと伝えるのが正解なのか分からなくて、ゆうみは曖昧に笑った。
「そうかな。そうでもないよ~」
語尾がおかしくなったが、気にしない。
くさい物に蓋をするように、この気持ちも蓋をしておくのがいい気になった。
「まぁ、いいけど。それにしても相良さん。遅いわね」
「相良、さん?」
初美が座っている席は、相良美幸の席だった。
そう言えば、とゆうみが思い返すと初美の言うとおり彼女はこの時間にはすでに座っていた。
教室の時計を見れば、ホームルームが始まるまで十分。
うさぎと出会う前のゆうみは、三十分も早く来て座っていた。
その次にくるのが相良美幸だった。
「そう言えば、そうだね。具合、悪いとか?」
ゆうみは、ふと教室の前方扉を見やった。
たしかあの扉から美幸は、来ていたと思う。
「それなら、担任が言うからいいんじゃない。それにしても珍しい」
初美は美幸の席から立ち上がると、ゆうみの返答を聞くこともなく、さっさと自分の席へ戻っていく。
「かろやか………」
「というか、ゆうみ。初美のこと、許したのね」
うさぎの言葉に、ゆうみは首を傾げた。
「許したっていうか、いがみ合ってても疲れるってだけ。それに相良さん、気になる、かな」
「?」
首を傾げるうさぎに、ゆうみは初美が去った後の美幸の席を見た。
彼女以外の生徒が揃って、それぞれの席へ座っていく中。
ぽつん、と一つだけ美幸の席が空いていた。
「じゃあ、またあとで」
「うん」
うさぎとさよならを交わして、彼女は自分の席へ戻っていく。
離れているため、話すとしたら朝礼後になるだろう。
ゆうみは、気にかかりつつも朝読書のための本を取り出す。
(あっ………)
いつもあるはずの文庫本がない。
家に置き忘れたのだろうが、どうしようかと迷っていると、国語の教科書が目についた。
これでいいや、と国語の教科書を取り出して、適当なところで開いていく。
国語の教科書って実は面白いものではないかと、ゆうみは思う。
授業で使わないであろう話の方が、ゆうみの興味を引く物が多い。
こうして流し読みしているだけでも、この時間はつぶせる。
なにより、この時作者は何を感じていたかというのを考えなくていい。
これが普通の本になると、これどうだったと友達と話さなければならなかったりする。
そうすると、読んでいて疲れてしまうのだ。
でもそれを考えなくてもいいし、これで後でうさぎに聞かれても大丈夫だ。
国語の教科書からちらっと、美幸の席を見たがやはり空席。
「………」
りん。
あの音がした。
神社で買う鈴の音がはっきりと聞こえた。
ありとあらゆる雑音に邪魔されることなく、真っ直ぐに脳へ直接刻み込むように。
予感はしたけど、やっぱりという気持ちでゆうみは机の中にある台座に手を伸ばした。
触った瞬間、指先が仄かにぬくもる。
それだけで光ったんだということがわかった。
彼女だ。
と思った瞬間、全てを切り替えるように教室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、ゆうみが待っていた相良美幸が青白い顔をして、先生に付き添われていた。
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