23 動揺の『テニスの王子様』 06

 クラスメイトとの話し合いは、ゆうみの未消化に終わった。

「おもしろかったよ。初美に対してわたしはあなたが好きだから!は、最高だった」

「やめてよ、うさぎ。恥ずかしい」

帰り道をうさぎと並んで歩きながら、ゆうみは赤く染まった頬に手を添えた。

「やりすぎたって思うんだから、それ以上いわないで!」

軽くうさぎに流されて、ゆうみはため息をつく。

自分がクラスメイトにお願いしたことは、そんなにむずかしかったのか。

必要最低限の会話だけしてくれればいいなんて、楽ではないのか。

ゆうみもクラスメイトに対して、不快に思わなくて済む。

「みんな、ね。ゆうみをいじめたかったわけじゃないの。初美はやりすぎたけどね」

うさぎはそう言って、後ろを振り返る。

乱れた髪を手ぐしで直しながら歩く初美が、立っていた。

なんとも言えぬ顔のゆうみ、愛想笑いのうさぎ。

「なによ、謝ったじゃない」

「私も言いすぎたから、ごめんなさい」

驚いた初美は重ねて言おうとした口を閉じてしまった。

「吉田さんと仲良くしたいって思ったのはほんとう。なにが悪かったのか、さっぱり分からない。あんなふうに、クラスメイト巻き込む必要はなかったよ」

「あれは………」

足下に視線を落としたゆうみに、初美が乱暴に髪をかき乱す音が聞こえた。

「私の友達が、ね。協力してたこと、なの。だから、あんな大事になるなんて思わなかった。殴ったのは本当に、悪かったわ。大人げ、なかった」

ゆうみが顔を上げると、初美の彷徨う視線と合った。

「天月さんも、あんなこと言うなんて思わなかった。今までずっと、黙って下を向いてたから」

今度はゆうみが驚く番だった。

今まで相手に言った言葉は、伝わらなかった。

伝わらないのなら言っても、意味がない。

だからゆうみは、黙って下を向いた。

抵抗する気力も失せ、何も感じないよう生活していこうと思っていた。

「あのね、うさぎに会ったの。生まれて初めてできた私の友達なの。すごく、うれしかったから、がんばろうって思ったの。からまわり、しちゃったけど」

えっと、ね、とゆうみは迷子の子供のように言葉を紡いだ。

「そんな大事な友達のさ、友達がさ、不安になってたら相談したいって、思う。助けたいって、仲良くなりたいって。でも、それと同時に、取られるかもって思った」

うさぎを独占したいと思った。

自分には彼女しかいない、嫌われたくない、好かれたい、ずっと一緒にいたい。

loveではなく、like。

ゆうみは祈る気持ちで、初美と顔を合わせた。

「だから、ごめんなさい」

初美が抱えた悩みを、ゆうみは知らない。

部活で何かあったからうさぎには言ってほしくなかった、と。

今なら分かる。

けど慌てて分からなかったと、初美には通じない。

だから必死になってゆうみは、言葉を探す。

「ゆうみはね、言葉がいろいろと足らないの。それで誤解されることもあるけど、悪い子じゃないの。不器用なだけで、すごく、一生懸命なの」

隣に立つうさぎは、ゆうみの両肩に手を置いた。

「それに、とっても優しいの。優しすぎるくらい。初美、よかったら、何かあったか、話してくれると嬉しい」

優しく問いかけるうさぎに、ゆうみは背を小さく丸めた。

自分のせいで大事になってしまったことを恥じた。

目を強くつむると、足下に視線を向けて制服の裾を握りしめる。

初美がどう思っているのか、見られなかった。

「部活でね、思ったより順位が行かなかったの。わたしは物覚えが悪くて三年生なのに、ルールだって完璧じゃない」

初美の声に、ゆうみは顔を上げた。

彼女は口角を上げると、言葉を続けた。

「それを先生に怒られたの。女子テニス部の人間なら誰だって知っていることだけど、うさぎにそれを知られたくなかったの」

先生に怒られたことと、ルールを覚えられないこと、両方。

「うさぎは、体験入部のとき、ルールとかすぐ覚えちゃったでしょう?しかも運動神経もいいから一番上手だった。なのに、うさぎはパソコン部に入部しちゃうし」

運動の得意なうさぎが、テニス部などのそっち系へ入部することは当然だった。

しかし初美の期待は裏切られた。

「一緒に入るものだとばかり、思ってたし。パソコン部なんて、わたしはイライラするから嫌い。それで何か勝手にこっちがぎこちなくなってたら、天月さんがいつの間にか隣にいるし、わけわかんなくなった」

距離を取っていたわけではない。

ただ初美のなかに、うさぎに裏切られ逆恨みする気持ちが芽生えた。

「だから天月さんをいじめられればいいと思った。すっきりするかなって、でも余計モヤモヤするし、めんどくさいことになるし、正直。散々だよ」

泣きたい、と初美は項垂れる。

自分勝手な言い分だが、ゆうみは怒ることはしなかった。

むしろ、理由が聞けてすっきりした。

「じゃあさ。友達からはじめようよ。そうすれば、もやもや減るかも」

「やだ。余計、イライラするし、モヤモヤする」

ゆうみの言葉に顔を上げた初美は、泣いていなかった。

「でも、ごめんなさい」

初美は歩き出すと、うさぎとゆうみの横を通り過ぎていく。

もうこれでお終いということなのだろう。

彼女の後ろ姿を見送ると、うさぎがうちらも帰ろうっと肩を叩いた。

頷くとゆうみは、家へと向かう道を歩き出す。

カラン。

ガラスが石に当たったような音がした。

立ち止まって、ゆうみは自分の鞄を開ける。

「あっ、それ」

ゆうみが取り出したのは、【ナミダ】を集める台。

そこには、銀色をしたガラスが追加されていた。

狼の鬣のような降り積もった雪のような色。

反射する光は、澄んだ湖の色。

「初美と仲良くなれるといいね」

破顔するうさぎに、ゆうみは台を鞄の中にしまい込む。

「色々とありがとうね。うさぎ」

「どういたしまして」

ひらりとうさぎの髪が翻る。

風に誘われて波打つ髪が、眩しくてゆうみは目を細めて家路へ急いだ。

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