18 動揺の『テニスの王子様』 01
目が合わせられなかった。
クラスメイトであるにも関わらず。
こちらへ向かってくるのが分かっても、足に根が生えたように動かない。
スカートの裾を握りしめ、俯く。
このまま、自分に何も言わず、通り過ぎて欲しかった。
しかし無情にも、鈴の音は鳴り続ける。
この人だ、この人だと、喜んで泣くように、告げられる。
ゆうみは鈴の音に急かされて、ようやっと顔を上げた。
初美の顔が、目の前にあって、ゆうみは息が出来なくなった。
逃げたい、ここから、どこか。
しかし向こうは、吉田初美の顔を見たとき。
ゆうみのその考えは、なくなった。
彼女の前をジャージを着た女教師がいて、その後を付いてきているのだと気づく。
女教師は、確か女子テニス部の顧問で、顔だけは見たことがあった。
その彼女が初美を一人伴って、歩いてくるのだ。
他の女子部員が、部活中であるにも関わらず。
伴って歩いてくる理由が分からず、先ほどとは打って変わってぽかん、と。
ゆうみは見つめてしまった。
そのすれ違いざまに、初美はゆうみを少しだけ睨んで言った。
「うさぎには、絶対に、話すなよ」
「えっ?」
言われたことが理解できず、ゆうみは初美に振り返った。
初美はそれ以上、こちらを振り返ることもせず、顧問の後を付いていく。
何で、うさぎの名が出るのだろうか。
確かに社交的なうさぎだから、初美とも話したことはあるだろう。
ゆうみ以上に。
それでも、うさぎの名を呼ぶクラスメイトをゆうみは知らない。
他の人はみんな、名字でうさぎのことを呼ぶのに。
今、初美はうさぎのことを名前で呼んだ。
そのことがゆうみにとって、ショックだった。
ゆうみは、うさぎが自分と会うまでの経緯を知らない。
家族構成だとか好きなものや嫌いなもの、そう言った一般的な知識は聞いて知っている。
けれども、交友関係となるとゆうみは、全く、知らなかった。
知らなかった、のではない。
聞こうとも知ろうともしなかった。
それ以上、聞くのが、怖い。
「なにか、あったのか」
新の声で我に返ったゆうみは、ようやっと顔を上げた。
彼と目が合う。
ただ、純粋に自分を心配してくる瞳、肩に置かれた手の感触。
ゆうみはようやく自分が息をしていないことに、気づいた。
「っ!!」
新に縋り付くような形で、体をもたれかからせたゆうみは息をする。
数度、呼吸を繰り返して。
周りに段々と増えてきた生徒たちの好機の瞳から、新は優しく、ゆうみを連れ出した。
その間、ゆうみは周りを見てはいなかった。
新すらもその瞳に映してはいなかった。
ただひたすらに、己の中に目を向け続けて、息を吸って、吐いて。
歯が鳴りそうなほどの震えを、新へ寄りかかることでなんとか立っていられるとでも言うように。
やがて新がゆうみを誘った場所が、靴を履き替えさせられて自分たちの教室に戻ったことに気づいたのは。
ゆうみの耳に、学校のチャイムが聞こえた時だった。
「!!」
心臓が飛び出るほど驚いて、顔を上げて。
自分の席に座らせられたゆうみは、前の席に座る新が吐息を吐き出したのを見た。
「ようやく、落ち着いたようじゃのう。で。カケラの持ち主は、吉田殿だったというわけか?」
見ていたのかと、問いただそうとして言葉が出ないことに気づく。
新とはそれほど離れていなかったのだから、当然だ。
「話の中身まで聞こえてはこんかった。じゃから、何を言われた?」
「別に、大した、ことじゃないけど。うさぎのことを、聞かれただけ」
うさぎには黙ってろって。
無言で腕を組む新を横目に、ゆうみは考えを口にしていく。
「なんで。吉田さんにそんなこと言われたのか分からない。ただ先生に呼び出された、ってだけならば。私にだって、ある。し、分かる。うさぎと吉田さんってそんなに仲よかったのかなって思って、モヤモヤする」
全体的にモヤモヤする。
ゆうみは、スカートの裾を握りしめる。
スカートは彼女が握りしめ続けた結果、くしゃくしゃになっていたが。
彼女はそんなこと、気にもしなかった。むしろ、どうでもよいというか。
そういうことに気を配る余裕が、ゆうみにはなかった。
「御巫殿は部活終わりであろう。本人に聞くのが一番手っ取り早い。帰り道じゃし、問題なかろう」
「いや!それはちょっと待って!!」
ゆうみは手を差し出して、新の言葉を止めた。
「なぜ、止める?」
「いや。だってさ、なんていうか………」
後に続く言葉をなくしたゆうみは、しどろもどろになりながら新から視線を逸らす。
「今更じゃろうが!」
あきれ顔の新に、ゆうみは言葉にならない呻きを上げる。
「行くぞ。ゆうみ」
「マジかぁぁぁ!!」
私の人権は?プライバシーは???
新の背中に思いっきり叫ぶ、ゆうみを彼は無視する。
「いーやーだーーー!!!」
何が、それが、何を。
子供のように、ゆうみは天へ向かって叫んだ。
※参考資料
テニスの王子様/許斐剛
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