17 部活見学の『地獄先生ぬ~べ~』

 吹奏楽部から書道部へ、美術部、理科部などの文化系の部活を新とゆうみは、巡っていく。

この時期でも来てくれれば歓迎するという、部活の部長たちの社交辞令を、新は花が咲くように微笑んで対応する。

その横で、ゆうみは無言で台座を持って、反応を確かめていく。

部長たちに聞かれても、ただの付き添いと言って首を左右に振った。

ゆうみは部活の話に興味もなく、アクセサリーをいじるという印象の悪さを彼らに、植え付けた。

彼女自身、部活に興味がないわけでもなく、むしろ興味があった。

部活に入って、他のクラスの人とおしゃべりしたり、趣味を楽しみたい気持ちがあった。

しかし周りはそう思わないし、ゆうみの心境を知るわけもなかった。

ゆうみは、周りの視線を気にする余裕はすでになく。

ただ、入ったこともない教室や人に会うと、ゆうみは無意識に萎縮してしまう。

目を合わせられない、うまくしゃべれないなど。

それ故に、ただ手に持った台座を挙動不審と取れる態度で持ち歩く以外なかった。

その流れでパソコン部に行くと、うさぎが早速顔を出してきた。

「ゆうみと三島くん。どうしたの、見学?」

お団子の髪がさらりと揺れて、うさぎは微笑んだ。

部屋に入ってすぐ、デスクトップパソコンが並ぶ姿を、ゆうみは不気味に思う。

いきなり、画面が付いたりしそうで怖いから。

「ゆうみも打ってく?」

新は部長の人と話をしている間、声をかけられたゆうみは首を左右に振った。

「アルファベッド、覚えてないから打てないよ」

「自分も名前ぐらい打てない?」

再度、首を振ったゆうみにうさぎはパソコンの前に彼女を座らせた。

「ゆ、う、み。だから、R、U、U、M、I」

キーボードのRとU、MにI。

うさぎはその一つ一つを、大切な宝物のように押していく。

ねっと、朗らかに微笑んでゆうみを促す。

人差し指で、触ったこともないキーボードのボタンを押していく。

ざらりとしたボタンの感触と、どこか油っぽい押し跡。

テレビのチャンネルを回したみたいな。

画面に映し出される自分の名前を見たとき、ゆうみは何だかこそばゆい気持ちになった。

「すごい。打てた」

「でしょう。覚えれば文章だって打てちゃいます」

刑事の敬礼みたいに手をピッとさせるうさぎに、ゆうみは笑いかけた。

「うさぎは、パソコンで何か書いてるの?」

「えっとね、ぬ~べ~の二次創作小説」

ぶれぬうさぎの宣言に、ゆうみは力なくそっかと頷いた。

「あっ、三島くん。終わったみたいだよ」

パソコン部の出入り口で、新が立ってゆうみに手招きしていた。

それに慌てて立ち上がるゆうみに、うさぎは声をかける。

「ゆうみ。来てくれて、ありがとう」

「えっ、どうしたの?」

驚いて振り向くと、うさぎは自分の髪を手で梳く。

「ほら。ゆうみって私の部活、見に来ないじゃん?だからさ、来てくれたのが嬉しいっていうかね」

「………」

確かにゆうみは、うさぎの部活中、先に帰宅する。

教室にいつまでも残っていても仕方が無いし、かと言って終わるまで待つほどでもない。

部員でもないのに、そう軽々しく遊びに行くのは気が引けた。

うさぎに対しての遠慮と、自分の意気地のなさから足を遠のかせただけなのだが。

「ううん。三島くんのついでだから、さ」

言い訳のゆうみをうさぎはそれでもお礼を彼女に告げる。

「でもさ。うん、うさぎ。ありがとう。教えてくれて」

ようやく、それだけを口にしたゆうみを、また、来てね。と。

優しく見送ったうさぎを、ゆうみは泣きそうな顔で手を振った。



文化系の部活を巡り終わり、運動部の部活へ回るため、二人は下駄箱に来ていた。

上履きを脱いで、靴を地面に落とす、ゆうみを新は、靴を地面に落とすことなく、手で持って置いてため息をついた。

「なんというかお主は不器用だのう」

「えっ、なに。どういうこと?」

落とした拍子にひっくり返った靴を、めんどくさそうに戻しながらゆうみはしゃがみ込む。

ゆうみは立って、靴を履くことができない子だった。

「いや。生きづらい、そう思ったんじゃよ」

「ど、どのへんがそうなのよ」

不服そうに言い返すと、新は靴を履いてトントンっと。

つま先を叩いた。

新の態度にムッとしながら、彼の隣に並ぶとゆうみはどういうことっと詰め寄った。

そこまでして聞きたいわけではなかったが、釈然としなかった。

「分からぬのなら考えろ。その頭がお主にはあるのじゃからな」

呆れて怒る気も失せるとばかりに、新はゆうみの横を通り過ぎていく。

更に言いつのろうとするゆうみの口からは、結局一言も発することができなかった。

新に対して怒りたい気持ちはあったが、それは子供の駄々っ子だ。

先ほど教室で新に向けたものと同じ気持ち。

ぶつけようのない怒りにゆうみは、わざと足を踏みならしながら新を追った。

子供だ、子供みたいだ、自分。

自己嫌悪に陥りながらも、ゆうみは歯を食いしばった。

それに対して新からは何もなく、グラウンドからという彼の提案を、ゆうみは小さく頷き返した。

言葉には怒りが漏れ出していたが、彼女本人には抑えどころが少しも分からなかった。

険悪な雰囲気のまま、グラウンドで練習するサッカー部、野球部、陸上部、水泳部などを見ていく。

剣道部や柔道部、バレー部と言った専用の建物を使う部活を巡る。

最後にテニス部へ辿り着いたときには、すでに早々と部活を終わらせた生徒が下校する時刻になっていた。

空は茜色、雲は流れる様を見上げながら、ゆうみは大きく息を吸った。

この頃にはゆうみの精神状態も安定しており、新に聞かれても返すことができた。

それまでは返事をするのも嫌で、他人から見た印象そのままであったのだが。

「テニス部、か」

ようやくと言っていいほど、ゆうみが新に同行して台座の有無以外の言葉だった。

「やりたかったのか?」

「どう、なんだろう。それほど、運動ができる方じゃないし、ただ。かっこいいじゃん。スカート短くてさ」

でも、出来ないよねって吐き捨てるゆうみに、新は首を傾げた。

「部活動をやる動機なんぞ。それでよかろう。何がダメなんじゃ」

「だって。そんな理由じゃダメでしょう?」

新はますます分からないとばかりに、首を振って男子テニス部の方へ歩いていく。

ゆうみは思う。

だって、もっと、ちゃんと、将来を見据えたものでなければならない。

でなければ、やる意味がないとさえゆうみは思った。

無意識に立ち止まった足に、ゆうみは目をパチパチさせる。

今まで考えたことはなかったが、なぜそう思うのだろう、と。

うさぎや兄はそんなこと言ったりはしない。

新だって言ったことはないのに、じゃあ、誰に。

立ち止まって考え始めたゆうみを、新は彼女の肩を叩いて先を促した。

「とりあえず。気づいただけ、よい」

「えっと、それってどういう」

意味、と聞こうとしたが叶わなかった。

音が鳴った。

神社などで買う鈴の音色が、聞こえたのだ。

「音も鳴るようにしてよかったのう」

ゆうみは慌てて、靴を履き替えるためにスカートのポケットに入れていた台座を取り出す。

鈴の音は聞こえない。

代わりに、台座全体が光っていた。

ゆうみがその光を見たとき思ったのは、体の力がぬけてへたり込むほどの安堵だった。

ようやく、見つけられた。

見つけられなかったらどうしようという不安から来る、恐怖心。

「だれ、なのかな」

声が震える。

夢遊病者のように、ゆうみはテニス部の人たちを眺める。

校内にある二面のテニスコートを使っているのは、男子テニス部だった。

コートを使っている先輩の後方、壁面側に、一年生が等間隔で並ぶ。

先輩たちが取りこぼしたボールを拾うための人たち。

腰を屈め、膝に手を添えて、前を見つめる一年生たち。

人数が多いため、コート練習する先輩も交代制だ。

ゆうみが入学したときも、テニス部は男女ともに人気だった。

「カケラの持ち主。男子なんだ」

「さぁな。じゃが、あの人数の中を捜すのは至難の業じゃのう」

新は後頭部をかきつつ、呻いた。

確かに、一人一人に台座を向けていくことは出来ない。

「そう言えば、女子はどこでやっておるのじゃ?姿が見えぬが」

「えっと、確か。少し離れたところに、ここと同じようなコートがあって、そこでしてるのを見たことあるけど」

ゆうみは自分が下校時に見たときのことを思い出しながら答える。

「そうか。なら、そちらも行くか」

断定せねばならぬしな、と新はゆうみを置いて一人、男子テニス部の顧問へ歩いて行く。

先を行く新の後ろ姿を見やったとき、一人の女子生徒と目が合った。

頭の上で大きなお団子にして、軟式のテニスラケットを持っている。

その姿だけを見れば、女子テニス部なんだろうなと思う。

「吉田、さん」

吉田初美(よしだ はつみ)。

ゆうみとうさぎのクラスメイト。

彼女がたった一人で怒っているような、泣いているような顔で。

新とすれ違って、ゆうみの方へ歩いてきた。

リン。

一際、高く、済んだ鈴の音が何かを予感させるように、鳴った。



※参考資料

地獄先生ぬ~べ~/真倉翔&岡野剛

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