16 吹奏楽部は『水色時代』

 ゴールデンウィーク明けの学校は、なんだか少し違う気がする。



 連休が終わった学校は、ゆうみにとって中学最後となる始まりだった。

四月はハラハラとドキドキと、五月はそれが落ち着いてなんだか憂鬱。

その日の放課後を、教室で頬杖をつきながら、ゆうみはいた。

うさぎは所属しているパソコン部があるからと言って、一緒にはいない。

部活をやっていないゆうみだけが、教室に一人取り残されていた。

クラスメイトたちが部活へ向かう波を、石のように座っていたゆうみ。

いつもなら、ゆうみは部活動へ向かううさぎと別れて帰路についている。

でもそれをしないのには、理由があった。

新を、待っているからだ。

中学三年の五月の初旬に、部活動を見学したいと新が言ったのだ。

案内役を、ゆうみが担う必要はない。

学級員の人に任せれば問題はなかったのだが、それがなぜか自分に回ってきた。

ただ単純に、ゆうみが部活動へ入っていなかっただけ。

両親を亡くしたゆうみに、部活動をするほどの資金はない。

なくはないと兄は言っていたが、それでも部活をしない彼に対してやるほど。

ゆうみには、やりたい部活がなかった。

自分が何をやりたいのか、これから先のことを考えると頭がぼんやりする。

考えなければならないことがあるのに、いつも真っ白になった。

そのたびに、無為な時間を過ごし、新と出会って四苦八苦する日々を重ねている。

何一つ、決められない優柔不断をゆうみは。

嫌っていたが、それすらも置き去りにされているようだった。

「なっさけなぁ………」

頬杖をついて窓の向こうを見て、呟くぐらいしか思いつかない。

その呟きすらも、ゆうみには上から目線に思われた。

何を言っているんだか、あほみたい。

「待たせたかのう」

「おっ、おそいよ!」

これじゃあ、ただの八つ当たりだ。

止められない衝動がゆうみの中へ溢れて、口をついて出てくる。

「ていうか、みんな帰っちゃったんだからね!」

子供のように拗ねて怒るゆうみを、新は無言で後ろ手で扉を閉めた。

ゆうみは、収まりどころのない怒りに頭がクラクラしてくる。

そこまで怒るほどのことではないのに。

「で。なにから、見たいの?」

ぶっきらぼうに言うと新は、ゆうみの態度をさらりと流して考え込む。

そういうものだと思われている。

「文化部から、かのう」

「っというかさ。なんで、急に部活動がみたいなんていうのさ。今更じゃない?」

腰に手を当てるゆうみの顔の前に、チャリっと音がして何かがぶら下げられる。

「あっ………」

「忘れるでない。愚か者」

慌てて手を差し出して、受け取る。

それは新から貰ったカケラを納めるための台座。

「いつも肌身離さずもっておれ。俺が部活動を見たいというたのも、それが原因じゃ」

学校にアクセサリー類は持ってこられないという正論を言う前に、口を封じられる。

何かと思って、台座を見ればカケラの一部の輪郭が仄かに輝いていた。

「それはカケラの反応を示す。親切設計じゃろう?」

「ありがとうございます」

心が欠片もこもってない返事を返す。

「それでなんで、部活動なのさ」

「一年から三年まで理由がない限り、部活動へは必ず入る決まりじゃ。お主含めて入っておらぬ者はいない。手っ取り早く、一年から三年までの生徒を見られる場所。

しかも、限定出来るとしたら部活動しかあるまい。いちいち探し歩くのも面倒じゃしのう」

「捜して、くれるんだ」

両手にそれを持ったままぽかんとするゆうみに、新は後頭部を乱暴にかいた。

「あぁ?お主はあほか。俺にも責任はあるということじゃ。ほら、案内せぇ」

「はーい」

よい子のお返事を返すと、新はすでにゆうみには背を向けて歩き出していた。

「文化部で一番多い人数っていうと、吹奏楽かな?」

「そうだな。そこから行くか」

背に向けて言うゆうみに、新はドアのところで振り返った。

どうやら、ゆうみが来るのを待ってくれているらしい。

「一応、恋人同士ということになっておるからのう。で、御巫殿はなんの部活じゃ?」

「えっと、ね。パソコン部」

「外見なスポーツタイプからだいぶ離れた部活じゃのう」

「私はお茶とか合うかなって思ってたんだけど」

お淑やか系の代表と言われるお茶を提示するゆうみに、新は小さく笑った。

二人は並んで、吹奏楽の部室のある職員棟へ向かう。

二階の渡り廊下を過ぎて、四階へ。

階段を上っている途中でもう、楽器の音色が聞こえてくる。

うるさいと、内心思う。

頭の両耳上あたりに響いて、不快な心地になる。

一緒くたに入ってくる音に脳内が支配され、ゆうみは最初。

新に声をかけられたのに気づかなかった。

「ゆうみ!」

両肩を新に揺さぶられて、ようやく、ゆうみは彼と目を合わせた。

瞬きを数度繰り返してからゆうみは声を発した。

「あっ、ごめん。全然きこえなかった」

「そうか。ならよいが、それと、少し………な」

新は自分の口を手で塞ぐと、眉を潜めた。

穴があったら入りたいほどの恥ずかしさに、ゆうみはスカートの裾をきつく握りしめた。

ごめんなさいという謝罪はさっき、言ったからちがう。

じゃあ、何を言えばいいのか。

「とりあえず、お主は先ほど渡した台座を出せ」

結局ゆうみが何も言えずにいると、新は彼女に近づいてそう告げた。

ゆうみも言われたとおりに、台座を新に差し出す。

ずっと台座を持っていたことに気づき、手のひらは赤くなっていた。

先ほど握りしめたときだろう。

「これは、近くに所有者がおると反応すると言ったな。じゃから、それを持って通り過ぎればよい」

そう言うと新は、付いてくるようゆうみを促した。

慌てて台座から顔を上げると、ひそひそと言う声が耳に届いた。

楽器の波のなか、まるでそれだけを取り出したかのように聞こえるのは。

同じクラスメイトの人たちの声、だったから。

何を言っているかは聞き取れない、けど。

これ以上、彼女たちの話し声を聞いていたくはなかったし。

新の背を追わなければならなかった。

それはゆうみの新に部活動を案内するという義務感であった。

台座を再び握りしめ、ゆうみは歩き出した。



※参考資料

水色時代/やぶうち優

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