15 説明の『ふしぎ遊戯』

 ゴールデンウィーク二日間をゆうみは、学校の宿題を片しながら過ごした。

その間に、兄妹で別けたそれぞれの担当分も含めて。

学校が休みになり、朝から晩まで新と一緒かと思っていた、のに。

「そんなことは、なかった!!」

とある大型スーパーの一階にあるフードコート内の四人がけの椅子に。

ゆうみは、うさぎと向かい合って座っていた。

二日目の夜、ようやく連絡がついたうさぎと二人、自転車で一時間半かけて、ここへやってきた。

世間一般な女子高校生のおこづかいで、県庁所在地まで行くにはここは田舎すぎた。

往復のバス賃だけでも、気が滅入るほどに。

よって、金がかからない代わりに体力を消耗するが、便利な場所が、ここしかなかったのだ。

ずずずっと、フードコートで買ったウーロン茶を啜りながら、にんまりうさぎは笑う。

「なに、ゆうみ。期待してたの?」

「ちがうよ!」

椅子から立ち上がり、否定するとうさぎは腕を組んだ。

「だってさ、ひょーし抜け?なんだもん。だってさ、何にも知らないんだよ??あり得ないし」

「私には、期待してました。ショックです!って言っているようにしか聞こえないなぁ」

更にムッとなったゆうみが言うのを、うさぎは手で制す。

ちがう、ちがう、絶対にちがう、と愚痴るゆうみは、何とも腹が立って仕方なかった。

その様子に、うさぎはどう宥めようかと思案している中、ゆうみは自分のアイスミルクティを啜った。

啜る音が、いかにも怒っていますという感じだった。

どうするか悩むうさぎを置いて、ゆうみは頬杖をついて話を続ける。

「だってさ、私だけ新のことなんにも、知らない。聞いてみようにもさ、突っぱねられたらヤだし、っていうか。モヤモヤする!!」

それが、好いているってことです。気になっている恋です、フラグです。

うさぎは心の底から言いたい気持ちを必死に堪えていた。

でも段々と面白くなってきたのか、うさぎはまずさ、と口火を切った。

「なんて、質問する?やっぱり、職業は神様ですか?とか」

「いいね、それ」

「いいんかい!」

思わず突っ込みを入れたうさぎを、ゆうみはそれだね、それ、と力強く頷く。

「真面目に答えてる?ゆうみ」

「答えてるし、そうだと思う。ながれ?で半同居確定しちゃったんだよ。ていうか、なんにも聞いてない!」

「ありえねぇ………」

うさぎは、乗り出していた身をすっと引く。

確かにマンガやアニメだとこういう流れを省略することが多々ある。

それゆえに、ゆうみの頭の中では流れていた。

説明が終わっていた流れであったが、ハタッと我に返って見れば、白紙だった。

「白紙だよ、白紙。自分にびっくりだよ」

「新手の詐欺じゃないよね、ちょっと心配になってきたからさ」

心底心配したうさぎが、ゆうみの家へ寄って一緒に聞いてくれることになった。

ゆうみとしてはありがたいこと、この上ない。

やぁ、助かったと伸びをするゆうみを、うさぎはなんとも言えない顔で見ていた。

そしてスーパーで買い物をする人々に、目を向ける。

カートを押していく老婆、子供用の小さな籠を持って歩く小学生ぐらいの子や、腕を組んで歩くカップルなど。

いつもと変わらない景色の流れを、うさぎと一緒にゆうみも眺める。

目新しいものなんて何にもないのにと、ゆうみは残ったアイスミルクティを飲み干す。

新しいのが必要かどうか、そっちの方がゆうみには大切に思えた。

「ねぇ、うさぎ」

特にこれといって、話す内容も決まってはいないゆうみのうさぎへの問いかけ。

うさぎがこちらへ振り返っても、きっと何でもないと答えると分かるもの。

だからうさぎもゆうみの方を、振り向きもしないまま、眺め続けている。

更にうさぎへと呼びかけようと声を上げたところで、ゆうみは口を閉じた。

言わなくていいや、と思ったのだ。

そこまでして、うさぎの気を引きたかったわけではない。

ただ、新のことを言いたかっただけ。

それももう終わっているから、構わないのだけれども。

釈然としない想いを抱えたまま、うさぎと同じ景色を眺めていた。


**


「三島くんに聞きたいことがあったんだけど、本人がいないっていうのが何というか、ゆうみらしいわね」

「それは、分かる。さすが御巫さんだね」

ほけほけと笑う、ゆうたとうさぎに、頬杖のゆうみはぶすくれたまま、無言でお茶に口をつけた。

大型スーパーから自転車で、ゆうみの家へ。

しかし肝心の新はおらず、兄のゆうた一人だった。

ゆうたの話だと、つい先ほどまでいたが用事があると、目の前で文字通り消えたらしい。

身構えていたゆうみは、ほっとするやら、怒りたい気持ちがミキサーにかけられた心持ちがしていた。

「家の電話番号とか、聞いてないの?」

「しらない。っというか、聞いてなかった」

情けないとため息をつくうさぎに、ゆうみは祖母のことがあってそこまで、頭が回らなかった。

「ゆうにーちゃん、聞いてる?」

「神様の家って電話通じてるのかな」

嘘か本当かも分からないことを言って、二人を悩ませた。

ここは、ゆうみ家の台所にあるテーブルだった。

部屋に引っ込んでいたゆうたが、うさぎのお茶を準備するために出てきたのだった。

うさぎとゆうみが並んで座り、それぞれの前に紅茶のカップを置いていく。

うさぎの対面にゆうたが、座った。

「ゆうたさん。ちょっと、いじめないでくださいよ」

我に返ったうさぎが口をとんがらかすのを、ゆうたは悪びれる様子もなく、ごめんごめんと謝った。

「ゆうたさん、性格、ちょっと変わったくない?」

「かもしれない」

兄の背中に子泣きじじいが剥がれ落ちて以来、大人びたというよりかいじわるになったとゆうみは思う。

今まで覇気のなかったのが嘘のよう。

髪もきちんと整え、見なれているゆうみですら、知らない人のような雰囲気を醸し出していた。

目には見えない一本の線が入り、きちんと立って歩いているような感覚。

置いて行かれたようで、ゆうみは切なくなるばかりなのだが。

「ゆうみ、御巫さん。新くん、もう少ししたら来るって」

「あっ、うん。てか、電話、あるんだ」

知っていたならもっと早く教えてくれればいいのに、と文句を言うゆうみに、ゆうたはしれっとした顔をする。

「聞かなかっただろう。ゆうみ」

いじわるだ、この兄。

心中で毒づくゆうみに、隣で座るうさぎはどこか訳知り顔でお茶を飲んでいた。

「なにやら、楽しそうじゃのう」

「わぁ!!!」

新の登場によって引き起こされたゆうみの叫びで、全員が死ぬほどびっくりさせられた。

「その、とつぜん、くる、の、やめてくれる!?」

ゆうみが胸を押さえて言うのを、新は耳を抑えながら頷く。

「で、なにか用かのう」

適当にあしらわれ感のある新は、ゆうたへ視線を向けると彼はうさぎの方を指さした。

「御巫殿、だったかのう。なんじゃ」

「ゆうみが聞きたいことを代弁させていただきたいのです」

「そういうことか」

新のお茶のために、ゆうたは立ち上がると彼はすれ違いざまに礼を告げる。

「連絡先を知りたいのが第一ですが、三島くんの地位を知りたいの」

うさぎと並ぶゆうみを、新はそなたが聞けばよかろうに、と愚痴った。

「ゆうみが説明すると要点がごちゃごちゃになるから、私が言った方がいいと思ったので」

そう言って切り出すうさぎに、ゆうみを除く三人が力強く頷く。

文句を言いたいのを堪えていると新はそれを察して、小さく笑った。

「まぁ、そうむくれるでない。そろそろ説明しようとは思っておったしのう」

もったいぶる新は、まるで先生のように三人の顔を順々に見渡した。

戻ってきたゆうたが、新の前にお茶を置く。

すると、ゆうたの隣。つまり、ゆうみの対面に座った。

「四聖獣、という言葉を聞いたことはあるかのう」

「青龍、白虎、玄武、朱雀の総称だよね。ふしぎ遊戯に出てきた」

生徒のように手を上げて、ゆうみはここぞとばかりに答える。

となりでうさぎが、こういうときだけは調子いいと苦虫を潰した顔をしていた。

「彼らが数多ある聖獣を管理しながら暮らしている世界。俺はそこの長だ」

「長って、トップってことですよね。ざっくりきましたね」

うさぎの感想を受け止め、新は話を進める。

新は、創造主が生み出した四大元素の一つ、風の神様だという。

四大元素の神は代替わりをしていき、新はその後継として存在し、四聖たちの住まう世界の管理する仕事を担っている。

「現世に行き場を無くした者たちの迎えもやっておる。ゆうみと会ったのもその時じゃ」

現代の文明が発達するにつれて、幻想世界の人々は数を減らしていった。

一昔であれば乱獲などであったが、今は姿が薄くなり、消えていくというもの。

「存在を忘れ去られる、という死が彼らにとっては苦痛なのじゃ」

それ故に、消える前に人間で言う天国が新の管理する世界にあたるという。

天国の違うところは、獣たちは死ぬ前にどちらの世界で暮らすかを決められるという点。

どんどん内容がファンタジーになっていくことと、新の地位に今更ながら驚く。

その横で聞いているうさぎが、新の言ったゆうみの名を聞いた瞬間。

固まったのを見て、ゆうみは少しだけ居たたまれなかった。

「事情は分かりました。ゆうみから聞いた彼女の中にある玉はそう簡単に移動はしないとのことでした。それは本当ですか?」

「そうじゃのう。なにせ、俺の初代さまからの持ち物らしく、詳しいことは彼女に話した以上は知らん」

きっぱりした口調で、紅茶を口に運ぶ。

「初代様って………何年くらい前ですか?」

「そうじゃのう。億?そこまでいくと記録自体が残っておらんでのう」

それこそ、アダムとイブの頃だと新は、こともなげに言ってのけた。

口をぽかんと開けて、途方もない時間と新のしゃべり方にゆうみはようやく納得した。

「三島くんって、そもそもいくつなの?」

「ようやく万になったところじゃ」

万。

更に現実味をなくす話に、ゆうみはそれこそここで倒れた方が幸せかもと思い始めた。

というか、頭がクラクラする。

「ちょっと、ゆうみ。大丈夫!!」

ゆうみは自分の体が傾いでいることに、気づかなかった。

気づいたのはうさぎに受け止められて、我に返った時。

冷や汗を出てきて、ゆうみは俯く。

心なしか目の前も瞬いているようにも見える。

「お主にも困ったもんじゃのう」

奇妙に思う新の一言で、この話し合いは終了した。



※参考資料

ふしぎ遊戯/渡瀬悠宇

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