12 奮闘気味の『ゲゲゲの鬼太郎』 05

 去年の今頃、うさぎとゴールデンウィークの予定について話していた。

どこへ行こうかとか、一緒に勉強しようかとかたわいのない話。

それが今年はなかった。

うさぎがゆうみを避け続け、家に訪ねて行っても応答がないという有様。

どうすればいい。

自分は何かしただろうかと、考えても答えは出なかった。

しかも、四月の最後に祖母が来る。

二重のどうしように、ゆうみが身動きがとれなくなっている間。

時間は、刻々と近づいていった。


**


四月三十日。

答えも何も出ないまま、ゆうみは居間のテーブルに座って時計ばかり見ていた。

「ゆう、気持ちはわかるけど少しは落ち着こうよ」

「だって。じっとしてなんかいられなくて」

やがて立ち上がると、ゆうみは玄関に向かった。

「ちょっと見てくる」

「そんなことしなくていいよ」

【難儀じゃのう】

ゆうみの耳に、第三者の声が聞こえる。

兄の背に張り付いた子泣きじじい。

すっかり彼の存在に慣れて、もうこのままでもなんて思い始めて。

新に怒られた。

そして、その新はいない。

家族のことだからとゆうたに言われて、ただいま外出中。

だからこそ、ゆうみは居たたまれなかった。

もうすぐここに祖母が来ることが。

新という存在がいないことが。

うさぎの余所余所しさだとかで。

でも、と言いつのろうとするゆうみに、玄関のドアが開く。

「ゆうみちゃん、ゆうたくん、おばあちゃんですよ~」

玄関のチャイムが鳴らされることもなく、開ける前の呼びかけもなく。

無遠慮にドアを開けて、春の爽やかさな笑顔で祖母が現れた。

玄関へ向かおうとしたままの格好のゆうみと、中腰のゆうた。

二人の姿を見とがめても、祖母は気にすることなく、室内へ足を踏み入れる。

「二人にいっぱい、お土産買ってきたんですよ!」

家主の断りなしに、祖母は両手に提げた荷物を台所のテーブルの上にどかっと、置いた。

「おばあ、ちゃん」

ぱちくりするゆうみをよそに、祖母は笑う。

「なーに、久しぶりのおばあちゃんに挨拶は?」

すっかり、祖母のペースだった。

ゆうたは苦虫を潰したような顔をして、ゆうみと祖母の間に入る。

「こんにちわ、おばあちゃん。今日は来ていただき、ありがとうございます」

他人行儀な形だけの挨拶。

ゆうみから子泣きじじいの背中しか見えない、つまりあの藁の傘。

「ゆうたくん、今日こそははっきり言うわね」

そう前置きする祖母。

祖父は今頃、一緒に来た車の中だろう。

彼がいたのであれば、話せる内容もこじれてしまう。

それほどに、祖父の考えは明治時代の頭だった。

「俺たちはここで暮らしていきます。おばあちゃんとは申し訳ないけど、一緒には暮らせません」

「どうして?私たちはあなたたちが心配なのよ」

ぷりぷりと小ぶりの体を震わせる祖母。

ゆうみはどうも苦手な相手だったりすると、急にどもってしまう。

うまく、話せなくなってしまうのだ。

だからいつも、こういう祖母だったり、大人の対応はすべて、兄、ゆうたの役割。

【よいのか、このままで】

「えっ?」

子泣きじじいが、自分からゆうみに声をかけてきたのは初めてだった。

今までずっと、ゆうみが一方的に話しかけても、無視していたのに。

なんで、こんな時に。

目を丸くするゆうみに、子泣きじじいは疲れたような吐息を漏らす。

「うっ…………」

「私たちだってね、娘を亡くして悲しいのよ。分かるでしょう?私たちはあなた達の親代わりとして立派にする権利があるの?分かるでしょう。だから、一緒に住んで、成人したら一人暮らしするなりすればいいんだし、ねっ?」

猫なで声をする祖母に、ゆうたはつらそうな顔をしていた。

まるで背中に何か、重いモノでも乗ったような。

その比重が重くなったような。

(このままじゃ、ダメだ)

ゆうみは、ようやく気がついた。

兄の重みをそこまでしている原因、彼はゆうみのために頑張ってくれているのだ。

もし、このまま兄妹が祖父母たちと住めば衣食住まかなうことができる。

けど、果たして本当に一人暮らしは可能なのだろうかと思う。

押しの強いこの人にかかれば、確実に祖父母の老後の面倒まで見せられる羽目になる。

「あの!!」

兄を押しのけて、ゆうみは祖母と対面する。

こうやって面と向かって、意見を言うといつもゆうみは負けてしまう。

けど、負けてしまったらいよいよ、子泣きじじいのゆうたへの重みは増す。

だから。

「一緒には!暮らせません!!わたしは、ゆう兄ちゃんと暮らします!!」

幼稚だ、幼稚すぎる。

内心で突っ込みしたが、ひるんではだめだと何度も心の中で唱える。

それこそ、念仏のように。

「なに、言ってるの。私たちは、心配しているのよ!」

「でも。その心配って私たちを信用していないってことになりませんか?信用していなくて、自分たちの心配のために、私たちを、心配って言っていませんか?」

とりあえず、余計なことは考えず、思いついた言葉を並べていく。

正論だ。

祖母の正論を、ゆうみの正論でたたき折ればいい。

重箱の隅をつつく、と言われてもこちらの正論を正当だと言わせて黙らせてしまえばいい。

実力行使に出たとしても、最悪、警察へ逃げ込めばいいとさえ、ゆうみは思っていた。

「この三年間、ゆう兄ちゃんと暮らしてきました。たしかに、不便とかはありましたが、嫌ではありませんでした。むしろ、楽しかったし。だから、邪魔されたくない!今でも後でも一緒、なら私は今の、先がいい。両親のお金とか管理してくれているのはありがたいし、ここのお金とかも。でも、これから先。おばあちゃんとおじいちゃんが死んじゃった後。何もできない子になるのはいや。大人になって何にも出来ないって笑われるより、子供のうちで、何も出来ないって笑われた方がいい!私だったらこっちを選ぶ。だから………」

祖母の顔色を見ない。

見てしまって、困らせることが分かったら揺るいでしまうから。

だから、一気に。

一息に言ってしまおう。

「信じてください!!あなたたちの孫を!お母さんの子供の私たちを!!恐れず!逃げないで信じて見ていてあげてください!!それすらも、私たちに権利はないと言わせないから!!」

今まで、兄のゆうたに背負わせていた重みをゆうみも、背負いたいと思った。

彼の背中にいた子泣きじじいは、ゆうみ自身だ。

ゆうみが兄の重みとなっていたのは、両親が亡くなってからだろう。

それから分からないことは全部、兄が守ってくれた。

中学を卒業して、高校生になるのならば。

今度こそ、兄の想いを受け止められる気がした。

根拠なんてどこにもないけれども。

「…………」

祖母は何も言わなかった。

深々と頭を下げたゆうみの後頭部を、ただじっと見つめて。

「わかったわ」

っと言って、荷物だけを置いて祖母がこちらを振り返って帰るまで。

ゆうみは、頭を下げ続けていた。


***



祖母が帰った居間で。

テーブルに突っ伏しているゆうみに、壁に寄りかかるゆうた。

そんな状態の家へ帰宅した新は、どうじゃったと尋ねた。

「そんなこと、聞かないで」

俯せになったままのゆうみは、ぐぐもった声で告げる。

祖母との話で、今日一日の精神力と体力を失った気がした。

新と顔を合わせて会話するのすら、つらい。

だからといって、自分の部屋に行く気力もなかった。

兄のゆうたも同じであるかは分からないが、一人ではいたくないのだろうか。

「ねぇ、新くん」

ゆうたは閉じていた瞳を開ける。

乱れた髪を手ぐしで直して、細めた瞳で新を見上げる。

気の抜けた、いつもの兄はどこにもいなかった。

思わず体を起こしたゆうみは、兄の言葉に耳を傾ける。

ゆうたが何を言うかは、何となく分かった。

新との半同居のような生活をどうするか。

「新くん。君はここに住みなよ。寝るところは、僕の部屋に二段ベッドがあるから、それを使えばいい。私物は、居間の押し入れにスペース作るからそこに入れればいい」

ゆうたの部屋にある二段ベッド。

それはかつて、両親が生きていた頃に兄妹で別けて使っていたもの。

だが、このうちに引っ越すときに解体して捨てたと思っていたもの。

別々の部屋にするとき、個人のベッドを買ったはずだった。

「よいのか?」

「生活費を入れてくれればいい。おばあちゃん達の説明は君がなんとか出来るよね?」

ゆうみのこともあるからと、付け足した後のゆうたのほの暗い笑み。

上から目線の物言いは、ゆうみが初めて聞く兄の声色だった。

「あぁ、もちろんじゃ」

それについての新の答えは単純明快で、極上の笑顔を見せた。

ゆうみは、新とゆうたのやりとりを眺めながらようやく、区切りが付いたことを知った。

「あれ?」

一、二回、瞬きして目をこすっても、ゆうたの背中に子泣きじじいはどこにもいなかった。

幻だったかのように消えていない。

すると、ゆうみの耳に乾いた金属の音が聞こえた。

首を傾げつつ、音のした方、テーブルの方へ顔を向ける。

そこにあったのは。

「なに、これ?」

手に取って、翳す。

それは、光に透けて虹色に輝く三角形の物体だった。

手のひらに収まるほどの堅い金属、冷たい感触。

表面は教会にあるステンドグラスのような継ぎ接ぎ、そこに触る境目は柔らかい。

金色の枠組みは、くもりもなく。

ゆうみの顔がうつり、逆さまの自分が見返してくる。

驚きでぽかんと空いた口、何とも間抜けだった。

「ほら」

新がゆうみに歩み寄ってくると、彼女の前で何かをぶら下げた。

球体の胸元に収まるやや大きめのペンダント。

そこに、ゆうみが手に持っている三角形の物体がはめる場所が四カ所。

つまりそれは、台座、ということだ。

「ゆうみ、新くんが同居するんだけどいいよね?」

「あー、うん。うん」

ゆうみに果たして拒否権があるのだろうか。

学校で新と恋人同士みたいな感じに思われているし、今更。

適当に答えたのが悪いらしく、ゆうたは立ち上がって。

ゆうみの顔を両手で挟んで、顔をこちらに向けさせた。

「ゆーうーみー。わ・か・る・か・な?」

むにゅ、とゆうみの頬を挟んで、近づいてくるゆうた。

「えっと………」

「分からないゆうみに説明するけど、一応同じクラスの男子高校生が同居するんだよ?普通ならあり得ないし、この異常事態を僕たちだけでなんとかするのは難しい。だからね」

ぱっと、呆気ないほどゆうたは、ゆうみを離した。

「行っておいで。君の一番の、親友の家に。ほら、行く」

「はい!!!!」

直立で敬礼付きのゆうみを、ゆうたは満足そうに頷く。

「三島くん!これ、よろしく!!」

手に持っていた三角形の物体を、新の方へ放る。

放物線を描く物体を、新は軽くキャッチすると、手をひらひらと振る。

「行ってきます」

片足けんけんで靴を履きながら、ドアを開ける。

祖母が来ていたのは昼過ぎだったと記憶してたけど。

外に出たら、思ったより低い光にゆうみは目を細めた。

手で日陰を作って、目を守る。

「うぅ………」

夕日に目が眩む。

青とオレンジと赤を組み合わせた色が、淡さや濃さを変えながら空に浮かんでいて。

どうしてだか、とても泣きたくなった。

歩きながら、うさぎの家へと歩き出す。

改めて自分の洋服を、見る。

フード付きの長袖パーカーに、長ズボン。

髪の毛もぼさぼさで、顔は洗顔して化粧水と乳液などをまとめたクリームを塗っただけ。

「いいや!」

家に帰ってから、ちゃんと整えてとかゆうたに言ったら。

言わなくても、とっとと行けとばかりに背中を蹴られそうで怖い。

だから。

何も考えず、ゆうみは走った。

こんな時間帯に、うさぎの家を訪ねたことはない。

電話とかなら余裕であるが、この辺りは夜になれば街頭のなく真っ暗だ。

最悪、どうにかならなくても、うさぎに泣きつこうとか思った。

一人で夜の道を歩くなんて、絶対に嫌だった。

お化けでも出たらどうしてくれる。

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