10 奮闘気味の『ゲゲゲの鬼太郎』 03

うさぎは、ゆうみの両肩に手を置いて、彼女の宥めるのに必死だった。

「だからね、分かった。分かったから!とりあえず、落ち着いて!」

「うーっ!!」

獣のうなり声で抗議するゆうみを、うさぎは疲れ切った顔で制していた。

それというのも今日、いつものように待ち合わせ場所で彼女を待っていた。

姿の見えたゆうみに声をかける前に、彼女は走ってきて早口でまくし立てたのだ。

全く要領のつかめない支離滅裂な説明。

落ち着かせようとしても、なかなかうまく行かず。

学校へ着いて、ホームルームが始まっても、授業が始まっても。

ゆうみの興奮が収まることはなかった。

それでも、ゆうみを邪険にせず、うさぎは優しく宥め続けた。

親友を放っておけないという気持ちと、このままの状態では危険だと判断したからだ。

新とのこともあるし、他のクラスメイトに誰かれ構わず話す光景が目に浮かぶ。

なので、被害を少しでも減らしたい。

それにこんな状態のゆうみに付き合えるのが、うさぎしかいない現実。

「ごめん、うさぎ」

落ち着きを見せたゆうみを、うさぎはそれはよかったと肩を落とした。

半日。

お昼休みまでかかったが、なんとか落ち着いてくれた。

これで話が出来ると、うさぎはため息をつく。

「で。あなたのお兄ちゃんの背中に子泣きじじいが乗っかってんのね」

「うん」

迷惑かけたことを気にしているゆうみを見て、うさぎの溜飲が下がった。

ゆうみは辺りを見回しながら、その場に腰を下ろす。

校舎三階にある外の渡り廊下。

その角に二人は並んでおり、周りを他の生徒たちが足早に通り過ぎていく。

いつもの見なれた光景と人の群れ。

それなのに、変わってしまった兄の姿を思い出しているのだろう。

ゆうみは膝を抱える。

「三島くんの話だと、涙のカケラみたい。ゆう兄ちゃんの想いを取り除かないとダメ、らしい」

「そっか」

うさぎはゆうみの隣に腰を下ろして、頷く。

ゆうみは普段、何を言われても平気な顔をして返答するものの。

本当は繊細で脆いことを、うさぎだけが知っていた。

何も考えていないようでいて、いつもたくさんのことを考えて、アップアップしているだけ。

「で、ゆうみはお兄さんの思いに、心当たりとかある?」

うさぎは地面に髪が付かないよう、両手で髪の毛の先を掴んで腕組みをした。

「うーん。やっぱり、両親がいなくなった時、かなって思うの」

やっぱりそれか、とうさぎは空を仰ぎ見た。

ゆうみの両親が亡くなったのは、自分たちが小学校五年生のとき。

今から五年前。

もうなのか、まだなのか。

うさぎには分からないそこら辺を、果たしてゆうみがどう思っているのか。

対するゆうみは、花のこともあると付け足した。

「はな?」

無言で頷くゆうみに、うさぎは花ってあの、咲いている花と聞いた。

ゆうみはうさぎは知らないんだけどね、と前置きする。

「両親が亡くなった前後というより、ずっと前からいじめられててさ。それも、一つだったんだろうけどね」

色々ウチでも、ごたごたしててさ、とゆうみは濁した。

未成年の兄妹で暮らしてゆけるのは、両親の貯金があったから。

だからといって、そこに至るまで色々あったことはうさぎも察している。

当時、中学一年だったゆうたが妹を守るために、必死にやったこと。

あのぼんやりしてて、何をやってもトロそうな兄がやったのだ。

ゆうみに、愚痴一つ零すことなく今日までやってきた。

それがおかしいことも気づいていながら、甘えてきたのはゆうみだとうさぎは思う。

知るときが来たのだとも。

「朝、登校してきたら自分の机に花が飾ってあったの。死んだ人に置く、みたいな。それがね、あったの」

両親が亡くなった時のことを、ゆうみはあまり覚えていない。

花のことも、記憶修正がかかっているのかもしれないからだ。

「それを私は、家に持って帰ったの。クラスメイトが両親にくれたやつだからって思ってさ」

うさぎは、無言だった。

普通の人は自分の机に、花が置かれていたら怒るか泣くかのどっちかだろう。

「だって、手間暇かけて置いたんだよ。もったいないなって思った。花もかわいそうだし、ちょうどよかったし。花瓶だけは置いていったよ。あとで、取りに来るだろうかなって」

その発想はやばいと、うさぎは思った。

悲惨なのは置いた本人だろう。

泣くことも怒ることもなく、平然と対応し、花だけを家にあろうことか持ち帰り。

残った花瓶だけを見詰めていたであろう本人を見ると。

床にたたきつけるぐらいはしただろう。

もしかしたら当時、ゆうみはそのいじめに対して麻痺していたのかもしれない。

両親の死によって加速し、当たり前となったいじめに対して。

感謝さえしたのだろう。

そこにいなくても分かる、ゆうみを見るクラスメイトの視線。

クラスに産まれた異存在に対して、どう対処していいか分からない。

怯えて、できる限り目を合わせないようにして過ごす。

でもそれは、果たしてできるだろうか。

同じクラスメイトとして最小限接するのだから、それは難しい。

「あのさ、クラスとはその後、どうしたの?」

両親を亡くしたショックで、家に引きこもったとかそういうことをうさぎは聞きたかった。

けれども、ゆうみは。

「ううん。どうもしないよ。いつも通り、無視とかあぶれなんて、誰にでもあることだったし、日常、みたいな。だからさ、そんなもんだよ」

「!!」

うさぎは、寒気がした。

中学入学してから、ゆうみと友達になってからあった、あの薄い膜のようなモノ。

当然、ゆうみとかつてクラスメイトだった者も、持ち上がりで入学しているだろう。

彼女、彼らは知っていたから、声をかけなかった。

腫れ物でも扱うような、排除というような。

鋭い刃物で傷つけられたみたいに、体中が痛かった。

うさぎは、ゆうみもその後の話を聞けなかった。

っというより聞きたくなかった。

今までずっと、普通に接することができたゆうみが、全く違う人間に見えた。

これ以上、踏み込むことをうさぎは躊躇したのだ。

ゆうみの異常を側で見ていて、分かったであろう兄のゆうたがなぜ、涙を保持したのかも。

これでは、保持する。

今までしなかった方が、おかしかったのだとうさぎは思う。

「あー、私。先生に呼ばれてたんだ」

「うさぎ?」

あまりにも露骨で、白々しい言い訳。

首を傾げるゆうみをおいて、うさぎは背を向けて走り出す。

一緒にいたくなかった。

これから先、ゆうみと友達でいられる自信がなかった。

ゆうみが新と出会って、こういうことに巻き込まれるでさえ、置いてかれるのが怖かったくせに。

自分は、ゆうみの異常を知るやすぐ逃げ出してしまうことに。

ゆうみはきっと、具合が悪かったんだろうとしか思わない、幼稚さに。

腹が立って悔しくて、泣いて喚いて欲しいくて、傷ついてほしくて。

ようやく、うさぎは立ち止まった。

いつの間にかなっていたチャイムのせいか、周りには誰もいない。

別館、職員棟や特別室などがそこを通り過ぎて、木工館と言われる別の棟へ辿り着いていた。

ここは、名の通り、図工などで使う特別教室。

今は誰もいないがらんとした教室の一つに入ると、うさぎは一人その場にしゃがみ込んで膝をかかえた。

誰も来ないで、誰も自分を見つけないでと思いながら。

そう思うのに、誰かに見つけて欲しくて泣いた。

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