09 奮闘気味の『ゲゲゲの鬼太郎』 02

 なかなか寝付けないと思っていたその夜。

ゆうみは、夢を見た。



ゆうみがまだ、小学校低学年のころ。

ある日、いつものように学校へ行き、教室のドアを開けた。

ざわっと教室の空気が動く。

クラスメイトがゆうみに顔を合わないよう、顔を背ける。

または、忍び笑いする者もいた。

首を傾げつつ、ゆうみは自分の机へ向かった。

いやーだー、信じられないよね。

女子の甲高い声、同情しているようで、高見からの見物をしているような。

自分勝手な声。

それというのも、ゆうみの机の上に花が生けられていた。

透明なガラスの花瓶に、白い花。

ゆうみは花の名前に詳しくはないので、お墓に備えられているのを知っている程度。

その花がゆうみの机の上に、ぽつんと、置かれていた。

一般的には死んだクラスメイトの上に置かれるだろうそれが。

ゆうみの、まだ、生きている彼女の机の上に置かれていた。

せせら笑う声を背景に、ゆうみは首を傾げる。

自分は、なにか、しただろうかと。

でも身に覚えがないし、悩んでいても仕方なかった。

この時のゆうみは、自分の机にいけられた花を邪魔だと思ったから。

これでは、授業を受けられない、と。

「はぁ………」

ため息を一つつくと、ゆうみは椅子をひいて座る。

教室から音が消えた。

恐らく、クラスメイトはゆうみが泣くか怒るかを期待したのだろうが。

彼女はそれをしなかった。

平然と自分の椅子に座り、花瓶を落とさないようにスライドさせて。

いつものように、ランドセルをその空いた場所に置く。

そして、教科書類を取り出して引き出しに収める。

何でもない日常の光景で、ゆうみのいつもの行動だった。

しかし、彼女の目の前にはスライドさせたからといって、花がなくなった訳ではない。

だがゆうみは、教科書類をしまい終わると、鞄を机の横に引っかけて。

机に頬杖をついて、花に手を伸ばした。

「もったいないなぁ」

ゆうみのそのとき、花に対しての申し訳ない気持ちになった。

花瓶だっ、てただではない。

家から持ってくるのだって大変だろうし、花も買うのも決して安くはない。

それをわざわざいたずらにせよ、何にせよ。

手間暇をかけてゆうみの机の上に置くという行為が、あまりにも無駄だった。

一体何のためにこれを置く手間を要したのか。

どう対処していればいいのか、ゆうみは分からなかった。

ぼんやりと花弁の手触りを感じながら、授業が始まったら教室後ろのロッカーにおいていいか先生に聞こう。

そして、持って帰っていいか聞こう。

花に何の罪もないから。

ふぅと吐息をするゆうみは、早く先生が来ないかと教室の前方のドアを見詰めていた。



そこで、目が覚めた。

数度瞬きしてから、ゆうみは額を抑える。

軽い頭痛と目眩に小さく呻いて体を、ゆっくり起こした。

取るに足らないいくつかの、ゆうみへのいじめ。

それに対して彼女は、酷く鈍感で他人ごとだった。

だからといって、ゆうみがそれに対して悲しい感情を抱かなかったわけではない。

一時期はひどく自分を責めたが、今はそれが落ち着いているだけ。

薬のようなもので一時的に押さえ込んでいるだけだと。

ゆうみは思っている。

兄、という薬。

思い出したくない事実に、ゆうみはぽりぽりと頬をかく。

酷くつらくて悲しいから蓋をしておきたい、というわけではなく。

ただ単純に、その感情についてゆうみが説明できなかっただけだ。

喜怒哀楽のどれかで言えば当てはまるそれらから続く枝葉の説明を。

ゆうみができないだけ。

言語化能力プリーズ、と思うのはこの時だとゆうみは。

ベッドから起きて、顔を洗うためにドアを開けた。

開けた瞬間、いい匂いがして。

くぅっとお腹の鳴る音がした。

「お主の腹は、正直じゃのう」

兄のゆうたが料理をする際に使っているエプロンを、学ランの上から着た新だった。

眉をひそめて、腰に手を当てる仕草で。

こちらを見てくる新に、ゆうみは口をぽかん、と開けた。

「なんで、いるの?」

「昨日の夜、今日の朝食と昼食は俺が作るといっておったじゃろう」

聞いていなかった。

ゆうみの反応を見た新は、そうかと返すと作業を再開した。

昨日も見ていて思ったが新の料理する姿は、手慣れている。

材料を刻んでフライパンに入れるとき、いちいち分量を、計るゆうみと大違いだ。

台所のどこに何があるのかも。

ゆうみが一度教えただけで全部、覚えてしまった。

覚えていないのもあったし、実際新はゆうみに確認してきた。

容量がよくて顔もよくて、何でもできる。

「マンガ、みたい」

ぽつりと嫌みのように言ってしまった。

ゆうみは自己嫌悪に襲われて、慌てて洗面所へ向かった。



顔を洗って、髪を簡単に梳いてから制服に着替えて再び洗面所へ。

そう。

ゆうみの朝のルーティン。

普段であればそれから髪を跳ねがないよう見て、直らないならそのままにして。

朝食の準備を始めるのだが、その役目は先ほどから新が担っている。

台所にあるテーブルについて、頬杖をつく。

知っていたらこんなに早く起きなかった、と。

置き時計に目をやる。

朝の五時。

学校が始まるまで約三時間、登校する時間を省いても二時間半。

ゆうみが席についた途端に朝食を、置いてくれた新は。

「なんじゃ、食べないのか?」

「食べるけど」

箸を持つと、新が作った朝食を見る。

ご飯と味噌汁、そしてスクランブルエッグ。

マンガでしか見たことがないような朝食に、ゆうみは気にくわなかった。

自分でもなんで新に対してこんなに、イライラしているのかが分からない。

「あのさ。新の仕事ってなに?」

つっけんどんなゆうみの質問を、対面に座った新は首を傾げた。

「気になるのか?」

「気になるっていうか、なんていうか」

「要領をえんのう」

そんなこと言われても困るし、とぶつくさ言いながらご飯を口に運ぶ。

様子をうかがった新の背後にゆうみたちのお弁当と、新のお弁当らしき猫の包みが見えた。

「猫、好きなんだ」

「かわゆいじゃろう」

恥ずかしがることもなく、しれっと言う新に、ゆうみはぐうの音も出ない。

新に意味の分からない苛立ちをぶつけても仕方ない。

分かっているし、消化しようと思っても。

ゆうみのイライラは募るばかりだった。

「あのさ………」

何の策も考えもない問いかけだった。

でもそれは、ドアの音と共に先を告げられなくなる。

「………」

絶句。

「おはよう。ゆう」

朝から気の抜けるようなゆうたの背中に。

「こなっ、こなっ!こなっ、き!!」

勢いよく立ち上がったゆうみは、兄の背を指さす。

指した指を上下にぶんぶん振りながらは、少しだけ間抜けだった。

ゆうみの背中には、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる。

子泣きじじいがいた。

二度見、三度見、四度見しても。

それは。

ゲゲゲの鬼太郎に出てきた子泣きじじいだった。

「おぎゃー」

「シュールすぎる!!!!!」

しかも、声優の永井一郎さんの声で。





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※参考資料

ゲゲゲの鬼太郎/水木しげる

第三作品目の子泣きじじい声優役/永井一郎さま

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