第一章 最初のナミダ

08 奮闘気味の『ゲゲゲの鬼太郎』 01

 兄が帰宅したのは、夜九時すぎだった。

新が作った夕食のオムライスを二人で食べて、片付けやお風呂なんかも入ったあと。

のんびりと、居間でゆうみが宿題をしていたとき。

「ただいま、ゆう」

「おっ、お帰りー。ゆう兄ちゃん」

居間から顔を出して、兄を迎えると気疲れした顔とあった。

スクールバックを引きずるようにして歩いてくる。

「いつもよりお疲れ?」

「いやな、客がいてさ。ただ、そんだけ」

入ってくる兄をゆうみは、立ち上がって出迎える。

「お帰り、ゆうた殿」

「ほえ?新くん」

顔を上げたゆうたは、まじまじと新を見返した。

「帰ってきて早々申し訳ないが、聞いてほしい話があるんじゃが」

「うーん。分かった、ちょっと待ってて」

そう言い置いて、ゆうたは自室へ足を向ける。

その後ろ姿を見ながら、ゆうみは声を潜めた。

「ねぇ、朝。ゆう兄ちゃんは三島くんのこと忘れてたんだけど、どういうこと?」

朝言っていたことと、関係あると聞くと。

「ここに俺は異物、存在してはおらん。それ故に、固定しておらんかったから俺が目の前から消えると記憶が消される」

新と会話をした内容もそこにいたという事実、何かを使用した事実。

それら全て記憶から物から消えていく。

ゆうたが自室のドアを閉めるのを確認して、ゆうみは音量を元に戻した。

「固定していなかったって、転校してくる前だったからってこと?」

「いや。俺を俺としてこの世界に形作る【名】じゃ」

つまり、【三島新】という新を示すもの。

「お主が俺を覚えていたのも玉が入っている故に、影響されんかったんじゃろう。俺の左右違える瞳も同じことが言える。普通の人間にそういう者がおったらおおさわぎになるじゃろう?」

新の説明に納得しながら、ゆうみは思いついたことを口にする。

「えっ、てことは、三島くんが見えていたのはなんで?」

玉なんか入ってなくても、ゆうみは新の姿を視認し、声をかけることが出来た。

それはなぜなのだろう。

「さぁな。涙を集めておれば、自然と分かることではないのか」

はぐらかすような新の言い方に、ゆうみは眉を潜める。

新に再度、問いかけようとしたがそこへ、兄が部屋から出てきた。

ゆうみと同じ中学校の水色の長袖長ズボンのジャージ姿。

腕と足を膝と肘までたくし上げた格好で、ゆうたは頬をぽりぽりかいていた。

「新くん、君、急にいなくなってびっくりしたんだけど。説明してくれるんだね」

「そのつもりじゃ。夕飯もあるぞ」

新は先導して、ゆうたを台所のあるテーブルに誘う。

ゆうたは緊張した面持ちで、テーブルにつく。

ゆうみも兄の隣に腰を下ろすと、納得いかない表情のまま頬杖をつく。

やがて、新が兄の前にお手製のオムライスを置いた。

ゆうみも食べたが、憎らしいことにおいしい。

ふわふわでとろとろの半熟卵と中のチキンライスのケチャップ。

言葉に表現できないおいしさってこういうのだったと、ゆうみが実感したほどに。

家にある材料でここまでおいしく作った新って。

ゆうみと似たり寄ったりの味覚の持ち主である兄も、同じだったようで。

「おいしい!なにこれ、すっごくおいしいんだけど!!」

絶賛していた。

明日、自分が作る朝食もうちょっと真面目にやろうかなと。

ゆうみはどこか遠い目で思う。

今日の朝、こげた料理とか言っている自分を殴りたい。

「ごちそうさま」

丁寧に両手を合わせて言うゆうたに、新はお粗末様と皿を片付ける。

てっきり、涙の説明をするかと思ったら全然しない。

これで終わりにしないだろうなと思って見ていると、新は皿を流しにおいた。

それから三人分のお茶の用意をして戻ってきた。

新は、ゆうみたちの前にそれぞれおいて最後に、自分の前に置く。

「じゃあ、説明しようかのう」

もったいぶった新の切り出しに、ゆうみは入れてくれたお茶を啜った。

ただのお茶でもうまいとか、なにこれ。

新のゆうたへの説明を、ゆうみは若干の居づらさを感じながら聞いていた。

時折、ゆうたから新への質問が挟みながらも、最後まで話される。

そして、ゆうたはお茶で口内を湿らせる。

新の話が終わった。

彼もお茶を飲んで、一息入れる。

「そっか、でも…なんでその【龍の玉】はゆうの中に入っちゃったわけ?」

結局そこの行き着くのか。

確かに新の説明に、それはされなかった。

「それについては用調査中じゃ」

「僕も分からないことだらけだし、ゆうも当然だと思うんだよね。でも、一方的過ぎないかな?どうしてゆうの中にそれが入っちゃったかっていう理由すらも分からないまま、利用されているようにしか見えないんだよねぇ」

穏やかな口調できつい物言いに、ゆうみが縮こまる。

怒られているわけでもない、ただ諭されているだけなのに、腹立たしい。

詐欺か何かに捕まってしまったような、そんな言い方。

「いつか、ゆうはそうなるだろうって思ってたんだけど」

沸々と怒りが湧いてきて、ゆうみはこのまま駆け出してどこかへ行ってしまいたい衝動にかられた。

好きでそうしているわけじゃないと大声で言えるほど、ゆうみは強くはない。

ただ、歯を食いしばり俯くしか、できることはなかった。

「じゃあ、どうすればいいのさぁ…」

投げやりにそう言えば、兄はあっさりと言った。

「どうするって、新くんに聞けばいいんじゃない?彼の素性とかまだ、分からないままだし」

「昨日、うちに上げたのは?」

「揚げ足取るねぇ、ゆう」

兄に向けてモノをを投げつけたい衝動を、ゆうみはじっと耐えた。

「アニメとかでよくあるじゃん、見たこともない子が行き成りうちにやってきて、事件に巻き込まれるって展開。つまり、今の状況はそれなわけだし。妙な格好の時代錯誤のしゃべり方なんてまさにうってつけの材料なわけだし」

どことなく楽しそうな話し方に、ゆうみはそうかもと、思う。

「ゆうはさしずめヒロインってとこだね、僕がヒロインのお兄さん。ゆうが【龍の玉】を新の中から移動したってことは、ゆうが選ばれたか、あとは気に入られたからのどっちかだと思うんだよねぇ」

「気に入られたって…」

あっけに取られてゆうみがそういえば、兄は無言で頷く。

「そう、ゆうの話だとその玉って意思がありそうじゃない。だったらゆうがその玉に気に入られたって考えたほうがよくない?」

「気に入られても困るし」

「それに、新くん。この玉を取り出す方法ってさ本当はあるんじゃないの?ゆうに言ってないだけで」

「……」

新の顔が強ばる。

どうやら知っていて、黙っていたらしい。

もし、ゆうたが新に突っ込まなければ知らないまま、終わってしまったかもしれないことだった。

「なぜ、そう思う?」

「新くんって、いい人そうだし………それに嘘とか付けなさそうだしね」

無言の肯定に、ゆうみは生唾を飲み込む。

「無理矢理に取り出す方法はある。じゃが、それではお主の妹の体が持たぬ」

腕を組み、ゆうたを睨み付けるようだった。

「龍の玉ってぐらいだからなんとなく察しが付くけど、はっきり言ってくれた方がゆうも安心するんじゃないかな?」

勝手に代弁しないでほしいと、ゆうみは内心で突っ込みを入れる。

「じゃあ、どうなるのかな?」

「人でなくなる」

思わずゆうみは、兄と顔を見合わせる。

死なないってことは、不老不死にでもなってしまうってこと?

「間違ってはいないのう」

「人の心読むな!!!」

ビシッと新に人差し指を突きつけて、ゆうみは叫ぶ。

「お主にとっては大問題であろう」

「そう、かなぁ。死なないって結構いいもんじゃない?」

それは、ゆうみが何気なく言った一言だった。

それだけなのに、新が纏う雰囲気が変わる。

はっきりと周りの温度が数度下がったような感覚、背筋が寒くなる鋭い目つき。

静かな怒りとはこういうことなのだと分かるそれに。

ゆうみは、浮上しかけていた心が砕けるのを感じた。

指一つ動かせず、新と目線を合わせたまま息を詰めて見返すことしかできない。

「滅多なことを口にするものではない」

心臓を鷲掴みにされたような痛さにゆうみは言ってはいけないことを言ってしまったのだと悟った。

「ごめんなさい」

ゆうみが新に謝るものの、彼は無言だった。

その後。

新は、何事もなかったようにゆうたと食費のことを話し合ってから家を出ていく。

泊まっていけばというゆうたの申し出を丁寧に断って。

その夜、ゆうみはなかなか寝付けなかった。

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