07 恋人疑惑の『ちびまる子ちゃん』

 目の前にあるブラウン管テレビから、アニメソングが流れる。

楽しいことならいっぱい、夢見ることならあめいっぱい。

何度も繰り返し聞いていたから覚えているOP曲。

ゆうみが小さい頃から知っている国民的アニメの再放送。

それを膝を抱えて丸くなりながら、見ていた。

自宅の居間にある四角いテーブルに、カップを置いてぼんやりと。

その姿は心ここにあらず。

居間の電気は付けていなかったが、まだ外が明るく、その光が差し込む。

まどろみのような暖かさが、眠気を誘う。

そして、トントントン、と

居間続きとなっている台所に、新が立っている。

まどろみの中にあった思考が一気に、覚醒する。

外見にそぐわぬ軽やかな包丁の音に、ゆうみは頬を膨らませた。

「いつまで怒っているつもりじゃ?」

「怒ってないもん」

口では言ってはいるものの、ふてくされた表情が裏切っている。

それというのも、新と自宅へ帰る途中で見られてしまったクラスメイト女子二人。

家に帰ってからというのもずっと、ゆうみは気にしていた。

明日、何て言われたら、何て言い返せばいいんだろう。

で、絶対、からかわれる。

だからその対策を新と話し合いたい。

そしてこの同居についても、色々と。

だが本人の新は素知らぬふりで、自分のうちのようにずかずかと上がり。

いつの間にか家の玄関に置いてあった近所のスーパーの袋を。

何の疑問も思うことなく、持って中から彼が使うであろう食材を取り出して。

今、現在進行形で彼が夕食の準備をしているというわけだ。

突っ込みたいところ、色々と。

もうどこから言えばいいのか分からなくて。

それでも騒ぐゆうみを軽やかに流し、夕食時に話すと突っぱねて。

手を洗って着替えをしてこいと言う新の指示を無視して、制服のまま。

ゆうみは膝を抱えてテレビを見ていた。

完全に拗ねた子供。

そんなゆうみの姿にやれやれと、肩を竦めた新は作業の手を止めた。

「だって、うさぎにも手伝ってもらうことになったのにさ」

「御巫(みかなぎ)殿に?」

首を傾げ、新はゆうみの隣に腰を下ろす。

ぎょっとしたゆうみは、やや後退しながら無言で頷いた。

「まぁよいのではないか?お主の性格を端から見ておってもその方がよさそうじゃ」

テーブルに頬杖をついて面白そうに、新はゆうみを眺める。

いいように使われている気がする。

「なんで、そう思うのよ」

新には、ゆうみの全てが見えているように感じる。

「単なる経験の差じゃ。恋愛ド素人のようじゃし、二人っきりというより友達が追った方が安心できるじゃろう?」

別に儂とは付き合っておるわけではないのじゃからのう。

口元に笑みを浮かべて、下からゆうみを見詰める。

内心、ゆうみはため息をつきながら思った。

顔がいい人って本当に得な気がする。

こんなに、胸がどきどきして困るから。

「そうそう、兄殿はいつ帰ってくるのかのう。昨日はこのぐらいに帰ってきたじゃろうて」

新がテレビ台に置いてある時計に、視線をやる。

午後五時すぎ。

テレビはいつの間にか、アニメは終わっていた。

そう言えばとゆうみはぽつりと零す。

「ゆうにーちゃん、今日はバイトの日だからおそいよ」

「………そうか」

若干の間のあと、新は項垂れる。

なぜだろう。

ゆうみの兄であるゆうたは、週三日でバイトをしている。

学校から終わってそのまま直で、三時間ほど。

本来であれば許されないが、兄妹のみの生活ということで免除してもらっている。

ゆうみも本当はしたかった。

それは無理じゃろう、年齢的に。

そう言い返した新を、ゆうみはじろりと睨む。

「兄殿に今回のことを説明しようかと思ったんじゃがのう」

「っというか、三島くん。ここに住むつもりなの?」

すっかりゆうみの中で、新と同居で固まっていた。

でも、彼相手にはっきりと聞いたことはないし、昨日だって成り行きで泊めてしまったようなものだ。

「いや。食事だけ一緒に取らせてもらう」

「そうなんだ」

拍子抜けなゆうみに、新は立ち上がって台所へ向かう。

料理の再開するらしい。

「とりあえず、お主は涙のことでも考えておれ」

「ねぇ、その涙なんだけど見て分かるものなの?」

包丁を再度握った新が振り返る。

そして少し考えてから首肯した。

「玉を所持しておる人間が見ればすぐ、分かるそうじゃよ」

「ふーん」

気のない返事を返すと、ゆうみはテレビを消して立ち上がる。

そろそろ制服から私服に着替えないと。

静かになった部屋で、新の調理する音だけが聞こえてくる。

吸い寄せられるように新の背中を眺め、今日あったことをつらづら思い出す。

新にお願いされた四つの涙探し、そして。

こうしてなじんでしまっている新の存在のこととか。

いいように丸め込まれている感は納得してなかった。

こういうの漫画で読んだことある。

けれどもゆうみが、それ以上を考えることはできなかった。

もう頭がパンクしそうだったから。






※参考資料

ちびまる子ちゃん/さくらももこ

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