06 放課後の『幽遊白書』
うさぎと別れ、ゆうみは一人歩いていた。
通い慣れた道の途中にある雑貨屋。
眺めながら、ゆうみは家路へと向かっていた。
新と約束していると、うさぎに嘘をついた。
一番の友達が信じてくれるのは、嬉しい。
協力してくれることも、ありがたい。
けど、うさぎに言った嘘をゆうみはずっと気にしていた。
自分でもなんであんなことを言ったのか分からない。
分からないから不思議で、それが余計わからなさを増幅させた。
「はぁ………」
一つため息をついて、ゆうみは横断歩道の前で立ち止まった。
ここを渡って行けば家へ着く。
ゆうみのいないときに、新がどこにいるのか分からない。
家に行ったら、拍子抜けするほど自然に新がいるのかとも、思う。
だから。
いきなり肩を叩かれて、名を呼ばれたから心臓が口から飛び出すほど驚いた。
「なんじゃ、人をお化けみたいに」
「じゃあ、びっくりさせないでよ!!」
赤信号の道路に飛び出すかと思った、とゆうみは胸を押さえる。
心臓が少し苦しくて、悪意すら感じる。
「ていうか、何のようよ」
ぶっきらぼうに言うと、新はそうじゃなと腕を組んだ。
声をかけたくせに、要件なしとかあり得ない。
頬を膨らませるゆうみに、新はぽつりと言った。
「なにって、家は同じじゃろう?だったら一緒に帰った方がよいかと」
「わーわー!!」
ゆうみは慌てて、両腕を新の前でばたつかせた。
そうこうしている間に、信号が赤から青へと変わる。
こんな場所で、転校してきた男の人と同棲していることがバレたら。
想像したくなくて、ゆうみは自身の体を抱きしめる。
大した娯楽もないここで、一瞬で広まる、こと。
恋愛に関しては音速だとゆうみは、勝手に思っている。
「とりあえず、ちょっと歩こう」
今後のことも話したいし、というゆうみの申し出を新は素直に従った。
でも、新と二人で話をするには人目がここではありすぎる。
かといって、歩きながらだと疲れてしまう。
ゆうみが向かった先は、十字路を左へと逸れて進む。
やがて左のぽかんと開けた空間の真ん中に。
唐突にテイクアウトのみの店がある。
オリジナルのポテトとハンバーガー、たこ焼きなどを売っている。
椅子などは、外にあるものの錆びているため、ゆうみは使ったことがない。
小腹も空いたし、新がこういうものを好むか分からない。
けど、せっかく転校してきたのだから。
ここの味をゆうみは、食べてほしかった。
「ここのポテト、すっごく美味しいだから!!」
この店は、ガラス越しにポテトなどが作られていく工程を見ることができる。
できあがるまでの間、それをガラス越しに張り付いてみるのが好きだった。
先に代金を払って揚がるのを待つのだが。
ポテト二つの代金を払おうとするゆうみを、先に新が払ってしまう。
しかも、併設している自販機のドリンクも新持ち。
「いいよ。これぐらい自分で払うし」
「色々と世話になるから、これぐらい安いものじゃ」
花が咲くように笑う新からペットボトルのお茶を受け取る。
どっかりと、ゆうみの隣に腰を下ろす。
一人で切り盛りしているおじさんが、フライドポテトが油の海へ投入する。
そして、フライドポテトが海の中でぱちぱちと音を立てて上げる音。
いつも友達と一緒にここで待ちながら聞く、いつも聞こえる。
それがどうしてだろう。
いやに、耳障りだった。
「ねぇ、【迷える子羊の涙】を見つける手がかりってあるの?」
ペットボトルの蓋を開けて、口をつける。
渋みの強い味がざらりとしてて、見上げた新は口元に手をやっていた。
唇を撫でるような指先の動きが艶めかしかった。
「調べてもらったんじゃが、それは人の心に潜む悩みらしい」
漠然とした言葉に、ゆうみは首を傾げる。
新の話は続く。
「涙の宿った人間は、身近なものに影響されて悩みが具現化する。身近なもの、つまりアニメや漫画にな」
くすり、と笑う新にゆうみは生唾を飲み込む。
お茶の味と交じった唾は、腹の底に重量感を持ってあるようだった。
できたようだ、と新は立ち上がるとポテトを受け取りに行く。
新の後ろ姿を見ながら、どうして漫画やアニメなのかと思った。
鼻孔を擽るポテトの香りに、胃が刺激されてくぅっと鳴る。
「アニメや漫画なのは、お主が【龍の玉】を所持しているからじゃろう。つまり、取り出す方法もお主にとって分かりやすいカタチが取られたんじゃろう」
小さなビニール袋を二つ下げて戻ってくる新から、一つをゆうみに渡した。
再び椅子に座り直した新は、ビニール袋の中にあるポテトをつまむ。
油に透けたビニール袋からゆうみも、ポテトを加える。
何というありがたい設定なのだろうと思う。
それより新が、自分の考えていたことが分かるのっと視線で訴える。
新は顔に出てると、ゆうみを指さした。
頬を赤くして俯きながら、ゆうみはポテトを咀嚼する。
そう言えば、再放送の幽遊白書がやっている時間帯だなとぼんやり思う。
「本当にうまいな」
そう言いながらパクつく新をゆうみは、驚いたように見詰め返す。
どうしたらいいのか分からなくて、ゆうみは言葉を紡いだ。
「あのさ!それなしで取り出せないんだよね?無理に取り出したらどうなっちゃうかって、聞いてもいいかな?」
早口でまくし立てるゆうみを、新は何でもないことのようにさらりと口にした。
「お主が死ぬだけじゃ」
「ちょっ、それアウト!!!!」
「じゃろう?」
思わず突っ込みを入れたゆうみを、またさらりと新は返す。
それから新は【龍の玉】について語る。
古来よりあらゆる幸運と運気を運んでくる物と考えられており、中国では帝王の象徴だとか。
新のいる世界にいる龍は、かつて人間が乱獲されたことによって希少価値が高い。
それゆえに玉も信じられないほど高値が付く。
これが現実の話というのだから、この世の終わりなのかもしれない。
そこまでゆうみは、考えた。
龍なんて生まれてこの方、見たことがない。
というか、漫画やアニメの世界の産物ぐらいにしか思っていないし、いるのならそりゃ見てみたい。
「どれぐらいするの?」
「そうじゃのう………」
その後言った数字を、ゆうみは覚えていない。
っというか、信じられなくて頭が拒否した。
覚えることすらも出来ないほど。
モザイクやピーが入る。
今更ながらゆうみは、自分の中にある物が大切であると再確認した。
それゆえにどうして自分だったのかと再度悩む羽目になる。
「まぁ、お主の場合。考えすぎん方がよい」
食べ終わったポテトの袋、ビニール袋を備え付けのゴミ箱に投入する。
「それと、人間が手に入れてしまったら………」
どんな願いも叶う力もある、と。
「じゃあさ!私の願いかなえ放題じゃん!」
「玉が手の中にあって、使えるもんじゃから。無理じゃよ」
ゆうみが慌ててポテトを口に放り込んだため、盛大にむせた。
それを新が肩を竦めながら、ゆうみの背中をさする。
「まぁ、一概にそうとは言えんが。俺が持っていたのはただ単に」
「?」
言葉を途切れさせた新を振り返ると、彼は何でもないと先を歩く。
新の後を追いながら、鞄の中にペットボトルをしまう。
「ねぇ、私と一緒にいてもいいの?」
今更ながらの質問な気がした。
こんな所を、学校の人が見ればデートしているみたいだろう。
それに新が、玉を預けられる高い地位にいるのならば、大変なのではないか。
ポテトの油で腹が、少し重かった。
とてとてと追いかけて、隣に立って並んだゆうみを新は胡乱げに見返した。
「今更じゃのう。むしろ、休めてちょうどよいとまで言われた。まぁ、それだけ心配かけさせておったということじゃろう。というか、むしろ、お主の方ではないのか?」
立ち止まる。
そこは折しも新がゆうみに声をかけたあの十字路だった。
「ほれ」
意味が分かっていないゆうみに、新が指を指す。
そこにいたのは、クラスメイトの女子二人。
「あっ………」
今更ながら思い出した事実に、ゆうみの頭は思考停止する。
女子二人は、ゆうみたちとは対面に立っていた。
スーパーなどで買いだしの途中なのだろうか。
彼女らの手には、ゆうみがよく行くスーパーのロゴが入った紙袋を提げていた。
車の往来で会話は聞き取れないものの、こちらを見てしきりに手を叩いているのが見える。
それだけ見ると、まるで檻の中のサルのように見えなくもなかった。
やがて信号が青に変わると、彼女たちはゆうみたちに手を振りながら去って行く。
「まぁ、明日。ファイト」
「ファイトってなに、三島くんだって当事者でしょうが!」
胸ぐらを掴みたい衝動に駆られるゆうみをおいて、新は横断歩道を渡る。
「別にその方がよい。涙を捜すための理由付けにもなるじゃろう」
理由付けになるのなら、むしろありがたいと言わんばかりに微笑む。
「冗談じゃないよ~~~」
横断歩道の中央でしゃがみ込みたい気持ちを堪えて、ゆうみはそんなことを新の背に投げた。
※参考資料
幽遊白書/冨樫義博
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます