05 友達の会話は『ドラゴンボール』

午後の授業が始まるチャイムが鳴ったと同時に、ゆうみは自身の教室に飛び込んだ。

剣道館裏から新と別れ、別々に教室へ戻ろうということになった。

そういうことでゆうみが先に戻ったのだが。

「ゆうみ、遅い。三島くん、もう戻ってるよ」

「えっ?」

脱力しながら聞いたうさぎの言葉に、ゆうみはギョッとする。

だって新は、先に戻るようゆうみに言った。

それなのに彼がゆうみより先に戻っているということはどういう。

新は訳知り顔で微笑むと、顔を背ける。

「ゆうみ」

名を呼ばれ、慌てて席に座ると、ゆうみは一杯食わされたような気がした。

それに。

席に着きながら、ゆうみの胸はドキドキしていた。

さっきまでのことが夢だったみたいな気がする。

だから先生が来たことも知らなかったし、うさぎがこちらを心配そうに見ていたことにも気づかなかった。



**



 その日の放課後。

ゆうみはうさぎと二人、帰り道を歩いていた。

学校の校門を出て、クラスの目などから離れ、二人の分かれ道の途中にあるお店の駐車場で。

そこに設置してある自販機で、昨日の詫びとしてうさぎにお茶の缶を渡した。

「本当にきのうは、ごめんね」

両手を合わせて再度、うさぎに謝ると彼女は煮え切らない雰囲気で缶のプルを開けた。

「で。三島くんの話はなんだったのかな?」

怒っているようなうさぎの声音に、ゆうみはビクッとなる。

彼女はそれに気づいたようで、振り払うよう口を付けた。

「あのね。それも含めて、うさぎに聞いてほしくて!」

今までで一番、勇気がいった。

一瞬、虚を突かれたようなうさぎだったが、ゆうみの必至さに惹かれたのか。

「うん、聞くよ。聞かせて」

ゆうみは、うさぎのと一緒に買っていたお茶の缶を開けて、中身をぐいっとあおった。

ごく、ごくと、ビールごとく一気飲みをすると、ゴミ箱に投げ捨てる。

入った、産まれて初めて。

「うん、きいて!」

そのとき、ゲップが出てしまったことはやはり自分って締まらないなって思った。

それからゆうみは、両手を組んだり合わせたりと落ちつかなかった。

果たしてゆうみに伝わっているのか不安だった。

それでも、ゆうみに出来る精一杯で話した。

一気飲みしたお茶が恨めしく思える。

しなきゃよかったな、と思いながらゆうみは肩の力を抜いた。

話終えたのだ。

うさぎは話の間に、お茶を飲み干してゆうみと同じように缶を投げ入れたりせず、普通に入れる。

なぜかその動きがゆっくりだったのが、気になるけど。

「それってなんだか、マンガみたいな話だよね」

「それはわたしも思う。信じられ、ない、よね?」

頭がガンガンするよう気がして、ゆうみは手を添えた。

うさぎはうーんと、腕を組むとそうだねと話を切り出した。

「まぁね。でも確かにあの時のことを思い出そうとすると変な違和感がある。だから、ゆうみの言ったことは否定しない。でもそれで少しだけ納得、したかも」

うん、と大きく自分に対してうさぎは頷く。

「ありがとう。自分だけかもって不安だったし、ゆう兄ちゃん。普通になじんじゃってるからさ」

「あなたのお兄ちゃんはたとえ火星人が来ても平然とお茶とか出して世間話する人だと思うよ」

それは否定しない。

兄のゆうたは、両親が亡くなってから余計に動じなくなったような気がする。

気の抜けたような笑みも前からだったけど。

「ゆう兄ちゃんにはあんまり、心配かけたくないんだよね。色々あったし」

色々の部分をうさぎ相手に濁したところで意味はない。

なぜならば、彼女はすべて知っているから。

それでも隠したいのは、ゆうみ自身まだ触れられたくないと思っているからだ。

うさぎはさらりとお団子の髪を流しながら、腰に手を当てた。

「で。その【迷える子羊の涙】っていうのはいくつ集めればいいの?龍の玉だから七つとか」

そう聞くうさぎに、ゆうみは頷く。

「つまり、そのドラゴンボールを集めることになったのね」

「それ言っちゃうと七つ集めて願いごとかなえる話になっちゃうから日本語でお願い!玉をわたしの中から取り出す話だから」

慌てて訂正するゆうみに、うさぎは分かっていると、手で制した。

「分かってる。原作の鳥山明大先生の名を汚すことはしないわ」

何だろう、この説得力。

これではゆうみの話をしているのか、先生の話をしているのか分からなくなる。

「ドラゴンボールじゃなくて龍の玉、ね。七つってそこも被るから。著作権問題とか大丈夫?鳥山大先生から裁判起こされない?そうしたらサイン、お願いね!」

悟空のちっこいバージョンと大人バージョンのツーショットで。

Vサイン付きポーズを決めるうさぎに、ゆうみは自分だって欲しいと叫ぶ。

「裁判とかになってもうち、払えるお金とかないし。兄妹でみみっちくマニアックな会話しながら生活しているだけなのに、世間規模になるの?」

「ちっちゃい世間だね-」

しみじみうさぎに言われ、ゆうみは頭を振る。

違うから、全然ちがうから、と子供のようにだだをこねるゆうみに、うさぎは吹き出した。

安心したとでも言うように彼女は、肩の力を抜く。

「分かってるって、冗談よ。じょう、だん。だって、ゆうみをからかうと面白いんだもん」

ペロッと舌を出して笑うからゆうみは、歯ぎしりした。

からかわれてると言われて、いい気持ちはない。

本気で怒っているらしいゆうみに、うさぎは切り返した。

「でも、正直な話。ゆうみと三島くんだけで行うのは難しくない?」

「やっぱり、そう思うよね」

うさぎの言葉を肯定して、ゆうみは俯いた。

縋るようなゆうみの視線を感じたのか、うさぎはやっぱりこうなるのね、と諦めがちに。

「力になるよ。ゆうみのためだもん」

「ありがとう!うさぎ!」

嬉しくてうさぎに抱きつくと、彼女はえへへっと照れくさそうに笑った。

やっぱり、持つべきモノは親友だと思う。

けど。

「あのさ、三島くんの瞳ってオッドアイだよね。きれいだよね」

「えっ?オッドアイ?彼の瞳、黒でしょう?」

体を離して聞くとうさぎの反応は芳しくなかった。

やっぱりうさぎの目には、他の人たちに新は普通の黒い瞳らしい。

「えっ、なに。三島くん、オッドアイなの?超みたい!」

ぐいっと顔を寄せて興奮するうさぎに、ゆうみは曖昧な返事を返す。

「どうだろう。聞いてみないとわからない」

「是非、聞いて!」

にっこり笑いながらうさぎは背を向ける。

「あっ、そうだ。ハリポタ読んだ?」

ゆうみは慌ててその背に声をかける。

「ううん、二巻の途中。もう読み終わったの?」

「うん!早く三巻出ないかな」

振り返るうさぎにゆうみは、彼女の背に手をふる。

「今日は、来ないの?」

「うん。ごめん。三島くんと約束してて」

「了解。詳細わかったら、明日。教えてね!」

うさぎの髪が彼女の動きに合わせて揺れるのを、ゆうみはどこか遠い世界のように眺めていた。


 




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※参考資料

ドラゴンボール/鳥山明

ハリー・ポッターシリーズ/J・K・ローリング&松岡祐子訳

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