04 コンビ結成は『怪盗セイント・テール』
ゆうみが新に連れ出された場所は、剣道館裏だった。
体育館は四方を校庭とテニスコートに阻まれており、壁がない。
その点、剣道館ならすぐそばは小学校と隣接している金網と人気の無い金網ぐらいなもの。
呼び出すならうってつけの場所と言えよう。
そしてそこには、ゆうみと新以外だれも、いなかった。
校庭で遊んでいる生徒の声もなく、戯れに二人の元へ来る生徒もいない。
この辺りは人通りがないわけではないことを、ゆうみは知っている。
でもこれほどまでに、生徒の気配がなかったことはない。
「ねぇ、これって三島くんのいう、強制力なの」
浮かれてついてきてしまった自分を殴りたいと、ゆうみは思った。
「まぁ、そんなことかのう」
一緒に来てほしい、と言われてからゆうみの方を振り返ることなかった新は。
ようやく、こちらを向いた。
赤と紫のオッドアイが、光の中、照り返し、様々な種の赤や紫に変化する。
たった一つの色にこんな色が合ったんだと、再認識したような。
「おぬしにしか、俺の瞳は左右違えるようには見えぬし。俺が消えれば、なかったことにされないのも、おぬし、だけじゃ」
口元を抑えたのは、叫び出さないため。
自分以外だれも新が消えたことを思い出さない、ということ。
だとしたら、兄やうさぎの言葉も理解できる。
「なんで。わたしだけがそうなったの?」
「おぬしが俺から奪ったものが原因じゃ。呼び出したのもその件じゃよ」
生きて十四年、こんなふうに異性から呼び出されるのは初めてだった。
マンガの世界を体験しているみたい。
「ねぇ、朝。なんで、急に消えたりするの?びっくりするじゃん」
「すまんのう。色々こちらで手続き?とやらが必要でのう」
後頭部をかきながら言う新に、ゆうみは拍子抜けしてしまった。
でもほっとした。
「聞きそびれたけど、あなたはなに?」
「それは出会ったとき、いの一番に聞くことじゃろうて………」
気を取り直してゆうみが聞けば、新は腰に手をあてて、苦笑した。
初めて笑った顔を見た。
苦笑だけど、笑った顔が更に彼を幼くさせるのをゆうみは気づいた。
「ごめん。なんていうか、うん、ごめん」
二度も言わんでも、と返されてゆうみは口をつぐんだ。
新はそれを不快に思うことはなかった。
「そうだのう。神でもないし、かといってそれ以外のモノではないとは、断言する」
「あいまいだな。でも、わたしにとっては空飛べる人なんて死神か魔女か神様しか分からないし。神様で大丈夫」
何が大丈夫なのかと、内心突っ込みを返すゆうみに、新は頷いた。
「まぁ、それでよい。そして俺には部下がおってな。あれは、その部下から信頼の証としてもらったもの、【龍の玉】と言えばわかりやすいかのう」
【龍の玉】。
そう聞いてゆうみが思い浮かぶのは、竹取物語ぐらいだ。
「それがお主の中に吸い込まれて消えた光の正体じゃよ」
その玉は、先ほど新が言ったとおり、信頼の証であり、忠誠を誓うもの。
「その名のとおり、捧げた相手は龍じゃ。玉は本来その龍が生涯でただ一つ持つ、命よりも重いもの。それがお主の中にある」
生唾を飲み込んで、ゆうみは胸元に両手をあてた。
心臓がどきどきしてて、呼吸が苦しくなる。
「一昨日、お主に返せと言ったのは人間の身には重すぎるからだ。宿主の力を無尽蔵に食らう。まぁ、それを主君が抑えてのモノなんじゃがな」
なぜ、それがゆうみの中に入ってしまったのか。
新が言うには、もらって日が浅かったことや彼の体に定着する前にゆうみの方が居心地がいいと玉が判断したから。
「意志があるってこと?」
「龍が持っていたのならば可能じゃろう」
意外と何でもありなのかもしれないと、ゆうみは思った。
「で、お主から玉を取り出すには『迷える子羊の涙』を四つ集める必要がある」
「まよえる、こ、ひつじの、なみ、なみだ?」
ゆうみの顔をまじまじ見つめてからしっかり、新は頷いた。
なにそれ、知らない。
「なみだってことは、涙でいいんだよね?でも、それってタマネギが目に染みて痛くて泣いた!ってことじゃダメ、なんだよね」
念のため聞くと、新は無言で肯定した。
「…………ぷっ」
「笑うでない!こっちも真剣なんじゃよ!」
確かにそれは、新に悪かったと思う。
でも、こんな話、誰が聞いても笑うか呆れるかの二択だ。
でも、新が目の前で飛んで、消えて、いなくなったことは夢ではない。
「で、わたしにどうしろって………まさか!」
「そのまさかじゃ。責任をとってもらわんとな」
首を傾げて、いらずらっぽく笑う新にゆうみは首をぶんぶん左右に振った。
「無理だよ!どんなものかも分からないのに、勉強だって運動だって中の下、いや。よくて、下の下だよ?無理に決まってんじゃん!」
姿形も分からない『迷える子羊の涙』を捜すのを手伝ってくれと言われても困る。
「その涙を流せることが出来るのは玉の現所有者であるお主だけじゃ。俺が出来るのは、それを元に戻したりするその他のサポートのみだ」
言葉も出なくて、はくはくと息のみを出させながらゆうみは、その場にへたり込んだ。
今までのゆうみの人生が、まともに出来たことは一度もない。
新の言うそんな途方もなく、何年かかるか分からないのに付き合ってられない。
それに、ゆうみの中にあるのは元々は新のものだった。
「それなのに、なんで………」
泣きたい気持ちを抑えて、ゆうみは俯く。
あの時、衝動に任せて新を追いかけなければなかった。
自分にそんなことできるはずがない。
「涙と一口に言っても、正直俺もよくわからん。なにせ、それを集めたのが今から数百年も前の話じゃからのう」
「数百年!」
しかも、書かれていると思われる文献も虫食いが酷くて読めなかったそうだ。
管理体制は万全で同じ頃に書かれた本は、新品同様であったにも関わらずそのほんだけ。
「どうやら同じことが起こるたびに前のは朽ちるようになっているらしいな」
手がかりは潰えた。
あとはもう、己の足と頭を使うしか方法はない、ということ。
「むり、わたしには絶対に無理!だって全然ダメだし、何やってもマトモにできないのに、出来るわけ………」
「できる」
いつの間にかゆうみの頬を流していた涙を蹴散らして、新は宣言した。
新は、迷いのない赤と紫のオッドアイで、ゆうみを見つめている。
時間が止まったかのように感じられる。
「お主は、俺に声をかけた。あの時のお主の瞳は輝いておった。星のように、な」
キザな台詞と思いながらも、ゆうみはポケっとして新の顔を見返していた。
涙は止まっていた。
怒っているのに、泣いているかのような新の表情に、ゆうみは涙を拭う。
もし、新が本当に死神だったら自分はどうしていたのだろう。
何を引き換えに、何をもらおうとしていたのだろうか。
分からないのに分かったような気持ちになりながら、新を見上げる。
あの時、自分は新になんで声をかけたの。
これから何度も、何十回も、自身に問うであろうことを知らなかったけど。
「ゆうみ」
初めて、異性に名を呼ばれた。
幼稚園でもなかった、保育園でも、小学生でも、今の中学でもなく。
「お主しかおらん。俺の、手伝いをしてくれぬか?」
左手を伸ばしてくる新を、ゆうみは顔が赤くなるのを止められなかった。
おとぎ話に出てくる王子さまみたいだ。
「理由はさきほど行ったから、二度目は言わんぞ」
新は、つかつかとゆうみの方へ歩み寄ると、彼女の右手を掴んで立ち上がらせる。
「これからよろしくな。のう、ゆうみ」
顔を息がかかるほどに近づけて微笑む新に、呼吸すらもできなくなって。
新と初めて会ったときが思い出されて。
空を駆けて逃げる怪盗を追う新米刑事みたいに、見えて。
性別が逆だけど、こんなにも胸が高鳴るんだね、と同意を求めるように。
「うん。よろ、しく」
首まで赤くしたゆうみは、目をつぶって新に返すと。
新は喜ぶ気配が伝わって、繋がったままの手を離してほしくて。
でも、離して欲しくない気がして、手汗が酷くなったのを。
ゆうみは、顔を背けた。
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※参考資料
怪盗セイント・テール/立川恵
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