02 朝も早よから『迷い猫オーバーラン』

「はっぴぃ~にゅぅ~にゃぁぁ~♪息づいてるぅぅ。見てなさい~拾いたいなら~拾えば―いいじゃん!」

クルンと振り返り、親指を立ててポーズを取る。

 わたし、天月ゆうみ、今年十五歳。

歩いて10分のところにある公立中学校へ通う中学三年生の女の子。

性格はちょっと泣き虫で、料理上手ってところかな。

あるとき、不思議な黒猫・ルナと出会ってね、いきなりセーラー服戦士してくれたんだけど、悪い奴らと戦えなんて、もう困っちゃう。

でもまっ、何とかなるか。

「えへへっ!」

「なにがえへへっ、じゃ!」

私の中のモロローグに浸っている気分をぶち壊したのは、居候人の少年。

ちょこっと年寄くさいしゃべり方をする明らかに年下なチビ。

「チビ言うでない!気にしておるんじゃから」

「気にしてたの?てか、私の心読まないでよ」

使い終わったフライパンを少年に付きつけながら、ゆうみは膨れた。

「全部、おぬしが口から出ておったわ」

「うそんっ」

「嘘ではない、嘘では…」

顎に人差し指を突き出して考えるそぶりを見せたが。

気を取り直して、作業を再開する。

フライパンを片付けながら、ゆうみは壁掛け時計に目をやった。

時計は朝の五時を指し示している。

兄妹で暮らす家では彼女が朝食と、兄の弁当を作る。

両親が亡くなってから、料理を下手なりに始めたゆうみだが。

今日の成果を見る限りでは、あまり成長は望めないだろう。

焦げた目玉焼きに塩・胡椒を振りすぎたミニソーセージ、そしてクロワッサン。

食卓のテーブルに三セット置かれていた。

そのとき、勢いよく笛の鳴る音がする。

薬缶が沸いたのだと気づいて、慌てて止めた。

少年はその様子を壁により掛かりながら、腕を組んだ。

「なんじゃ、おぬしの兄はこんなにも早いのか?」

「スクバだからね。どうしても、早くなるの。てか、ちゃっかりなじんじゃってるね」

 小さくため息をつきながら、夜間からポットの中へお湯を注ぐ。

そして、白磁のポットに残りのお湯を注いで、紅茶を蒸らす。

ゆうみが何げなくそう言うと、少年は眉をぴくりと動かした。

「なんじゃ。悪かったのか?」

「別にそういうわけじゃないけどさ………」

違和感があまりにもない、だけ。

口には出さなくても少年には伝わったらしく、そうじゃなと肩を竦めた。

「お主が持って行ったモノの強制力が働いておるからじゃろう。元々俺はここにはおらん存在じゃしな」

少年は、自分のために用意された椅子に座る。

意味深なことを聞いてしまったか、と内心居心地の悪さを感じた。

少年はまだ、ゆうみに何を持っていったのかを言ってはいない。

総合グラウンドでの一件あと、兄が帰ってくるという口実を手に、自宅へと戻ってきた。

そしたらこの少年はあっさりと、兄妹の空間に入り込んだ。

文字通りに入り込み、兄はゆうみのベタな両親の親戚の子、というのを信じた。

元々とっぽいと言われる兄だったが、と頭を抱えるほどにあっさり、と。

それが少年の言う強制力だとしたら、恐るべしだ。

「そろそろ、ゆうにーちゃん起こしに行ってくる」

その場の雰囲気を払拭するように、ゆうみはわざとらしいほど大きな声で宣言した。

少年は無言でゆうみが作った朝食に手をつける。

ミニソーゼージを口に運ぶと、途端に渋い顔をした。

「お、ぬっし!ふり、すぎじゃ」

「次からは気を付けるよ」

少年が立ち上がって、水を飲みに行く姿を後ろ目に、ゆうみは兄の部屋の戸を叩いた。

「ゆうにーちゃん、朝だよ。遅刻するよ~皆勤賞逃しちゃうよ」

「もうちょい待って……」

「無理、かな。ちぇりお!」

妙なかけ声と共に兄の部屋の戸を開ける。

入ってすぐ目の前に本棚と衣装棚が並び、右手側の壁の隅に折りたたみ式のベッドが置かれている。

兄は、窓際の机でパソコンを開いて、ゆうみの方を気の抜けた笑みを見せた。

黒のショートカットに眼鏡と典型的なヲタクスタイル。

明らかに弱々しい体つきは、人によっては煽っているようにしか見えない。

着替えだけはしているらしく、学ラン姿。

「ちぇりお~ゆうみ」

天月ゆうた。

ゆうみの三つ年上の兄で、現在高校三年生、来年就職予定(未定)。

ちぇりお、という挨拶を交わす兄妹に、少年が胡乱げな視線を向けてくる。

ゆうみは無視しながら、兄を急かした。

「ゆうにーちゃん。本、読んでないで早く食べてよ」

「でもねぇ………。やっと、手に入れたんだから、これ読んだら行くよ」

「えっ!うそ!わたしもみたい!」

ひらひらと本の表紙を見せた途端、ゆうみは前のめりになった。

兄妹そろってハマったのは、雑誌でたまたま掲載されていた人の同人誌だ。

主人公が異世界へ向かうお話で、そこに登場する人物と挿絵イラストを作者本人が描かれている。

そのイラストが兄妹の好みにハマって以来、郵送で作者のペーパーを取り寄せて、製本されれば、買っていた。

その最新作を兄が手に入れた、ということだ。

「ねぇ、お兄ちゃん。見せてよ!わたしも、みたい」

後ろから同人誌に手を伸ばすゆうみを兄は風のように身を躱して立ち上がった。

「ダメだよ。ゆうみ、これ読んでたら間違いなく、遅刻するから。あとでね」

「えぇ、だって、その表紙アリーシャさんだよ!つるぺたアリーシャさんなんだよ!」

「それはね、僕も分かる。だからつらいんだよ」

作者が連載している話の二巻目に当たるその同人誌に、赤い髪に幼い顔立ちをした少女、アリーシャが神妙な顔でこちらへ手を伸ばしていた。

「ねぇ、アリーシャさんのお相手さん出てきてる?ペーパーで出てきた人」

「まだ、今読んでいるところは出てきてないな。僕としては、勇太くんとラブって欲しいんだど」

そのお話の主人公は、兄と同じ名前で勇太くん。

余計に兄は彼へ想いを重ねており、そのうち眼帯をし出すのではないかとゆうみは思っている。

「ユーアリかぁ。でもなんか、尻に敷かれそうな感じしかしないな」

想像も出来ない、とゆうみは切って捨てる。

兄と同じ名前だけに、悲惨な目に遭いそうでいやだった。

ゆうみとしては、アリーシャさんは彼女と対等な人がいいと思っている。

「そんなことないぞ。ヒーローとヒロインがくっつくのはどこのマンガでも小説でもあることだ!これなくしてなんとする?」

「別にいいんじゃない。そういうのもあっても、その方が面白いしさ」

「いいや。認めない!僕は断然、ユーアリを推奨する!」

作者のいないところで推奨されても、本人が困るだろうに。

ゆうみは肩を竦めながら、見守っていると少年がようやく口を挟んだ。

「ゆうた殿、そろそろ食べなくては学校へ遅れるのではないのか?」

「そうだった。ゆうみ、この話は帰ってきてから決着をつける!」

「はいはい」

軽く流すと、兄はゆうみの横を通り過ぎて、一目散に洗面所へ向かう。

だが同人誌は丁寧にしまって、鍵をかけていく。

よっぽど大事なのは分かるけど、ここの鍵、何度かけて何度どこかへやったか。

果たして兄は覚えているのだろうか。

「ゆうにーちゃんはよくわからん」

「俺にはお主と同じに見えるがのう。それより、先ほど歌っておったのはなんじゃ?」

兄の部屋の戸を閉め、台所へ戻ってきたゆうみを少年が聞く。

「迷い猫オーバーランのオープニング曲?」

少年にしれっとして答えながら、ポットから三つのコップへと紅茶を注ぐ。

首を左右に振る少年の前に、紅茶のカップを置いて、ミルクと砂糖はこれ、と指さした。

「金曜日の夜中、だったかな。テレビでやってて内容さっぱり分からないけど、サビが頭に残っちゃってね」

少年の斜め前に座りながら、紅茶にミルクと砂糖を人さじずつ入れていく。

なんと返答してよいやらと考えあぐねる少年に、ゆうみは目玉焼きを口に入れた。

「八十年代、九十年代が恋しいわ」

「よくわからんが、年寄りみたいなことを言うでない」

自分だって年寄りみたいなしゃべり方だという突っ込みを、ゆうみは紅茶で流し込む。

「さて、俺は行くからのう」

「えっ?どこへ行く気よ」

少年の立ち上がる椅子を引く音に、ゆうみが顔を上げた。

しかしその刹那、少年の姿はどこにもなく、空になった皿とカップだけが残っていた。

素早い、というか。

「ごちそうさまぐらい、言いなさいよ」

頬を膨らましているところへ、ゆうたが身支度を調えてやってくる。

席に着きながら、紅茶を砂糖もミルクも入れないで啜った。

「ゆうみはいつになったら朝食を焦がさないで作るのかな」

「わたしの料理は焦がす料理なの。それがわたしの料理方法でっす☆」

キメ顔で言い張るゆうみに、兄はため息をつきつつ、自分の横を見た。

「ねぇ、ゆうみ」

「なーに?」

クロワッサンをちぎりもせずに、口へ運ぶゆうみに、兄はぽつりと聞いた。

「これ、誰の分?」

「誰って、昨日、わたしが連れてきた子のだよ」

そう言うと兄はぱちぱちと、目をぱちくりさせた。

「熱は、ないよね?ゆうみ、猫とか犬は分かるけど少年は拾ってくるわけないだろう?」

頭に手を当てて、熱まで測られてゆうみはぽかんとした。

「えっ、だって」

「夢でも見てたんじゃない?」

言いつのろうとするゆうみを兄は制して、朝食を書き込む。

後に続く言葉を失って、ゆうみは力が抜けたように脱力した。

そして先ほど少年が言っていた言葉を思い出した。

(ここには本来いない存在だから、な)

つまり、少年がここから消えたことでその強制力が動いて兄の記憶を改ざんしたってことだろうか。

だって数分まえまで、兄は少年と顔を合わせていた。

昨日の夕方から、夕食を食べて、風呂に順番に入って、お布団だって。

そう思い返してゆうみは立ち上がり、少年が寝ていた布団を見に行く。

少年が寝ていた布団は、確かそのままにしてあるはず。

だが寝ていたその布団は、どこにも置かれていなかった。

血の気が引く想いがして、ゆうみは慌ててテレビのある居間の唯一の押し入れを開けた。

あった。

圧縮袋に入れられた来客用の布団が一組。

兄妹で暮らし始めてから買ってそれ以来、少年が来てから使ったことのない布団が。

買ってきたそのまま、未開封のまま、そこにあった。

 




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☆参考資料

セーラームーン/竹内直子

180oneway/結城丸さま

刀語/西尾維新

迷い猫オーバーラン/松智洋

曲→はっぴぃ にゅう にゃあ/芹沢文乃(伊藤かな恵)&梅ノ森千世(井口彩奈)&霧谷希(竹達彩奈)

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