第23話「私の想いはお前の中で生きている」

 ―― 『設計図、海の藻屑もくずとなる』


 その日、新聞の一面を飾ったのは、その見出しだった。

 ヴァンフィールド社の箱庭が沈没し、機械心臓カルディアの設計図が海の藻屑となった経緯が大々的に取り上げられていた。

 しばらくは落ち込んでいたリズだったが、海から引き上げるのが難しいとわかって、諦めがついたのか。それとも、自分は悪くないと言い訳がしたかっただけなのか。愛人の子に取られただの、遺産目当てで盗まれただの。あることないこと自ら新聞社に流していたくせに、その記事自体を全否定。

 設計図は最初から船に保管されていて、ある日突然、船が暴走して大炎上。そのまま沈没し、回収不可能になったという経緯を流したらしい。なんとも強引な理由だったが、そのおかげで店の前に屯っていた記者達は全て引き上げ、ヴァンフィールド社へ行ったらしい。久々に静かで、穏やかな午後の時間が流れている。

 ようやくいつもの日常が戻りつつあるというのに、相変わらずコンバラリアは開店休業中。俺の機械心臓カルディアが壊れたままだからだ。


「……あぁー! 駄目だ。わからん!」


 手にしていた工具を放り投げ、ガクンッとリョウジは項垂れた。

 壊れた心臓を取り出して、それをもとに新たな機械心臓カルディアを造ると躍起になっているのだが、配列やら何やら構造が複雑過ぎて、取り出すのに苦戦していた。


「今日はもういいよ。疲れただろ?」


 服のボタンを締めて起き上がろうとすると、膝枕をしてくれていたレイリに首根っこを掴まれた。そのままベッドに倒され、再び膝枕で寝転がった。渋って見上げる俺を、レイリは満足げに見下ろしていた。


「もうちょっと、このままね」

「いや、もう十分味わったからさ」

「そう言って、いつも恥ずかしがって逃げるでしょ」


 他のことはいいが、これが妙に恥ずかしい。正直、どこに目をやっていいのかわからない。おまけに頭を撫でられたり、一方的に触られるせいか、どうにもむず痒くて仕方ない。


「せっかくお店が休みでのんびりできるんだから、こういう時間はたっぷり楽しませてもらわないとね」

「た、たっぷり」

「そういうことだから。リョウジ、もう少し頑張って作業続けてね」

 

 半分締めていた服を開き、放り投げた工具をリョウジに渡す。「ちょっと休ませてくれ」と、リョウジは受け取った工具をすぐに膝へ置き、煙管キセルで一服。


「これ、取れそうにないか?」


 トントンと、自ら胸を叩いた。リョウジは「うーん」と唸りながら口をすぼめて、煙の輪を吐き出した。


「どうにも、仕組みがわかんねぇんだよなぁ。強引に抉じ開けるか、引っ張り出すか」

「それだけは遠慮するよ……」

「俺だって嫌だよ。下手に触って血がドバーッて吹き出してきたら、それこそ夜も眠れねぇよ」

「でも、どうにかしないとね。ずっとこのままってわけにもいかないし」


 レイリはサラサラと、指に髪をからめながら頭を撫でてくる。覗き込む顔は笑っているが、薄らと不安な様子が窺える。


「リズが設計図に頼らずに、機械心臓カルディアを造ってくれるのを待つしかないかな」

「いつになることやら」



 ―― コンコンッ



 ドアをノックする音が、会話と溜息に割って入った。開け放たれたドアの方へ目をやると、大量の本を抱えたロロさんとコウが部屋に入ってきた。


「フラン、頼まれていた本、探してきましたよ」

「こっちの机でいいか?」


 と、ロロさんが机の方をあごでしゃくった。


「はい、ありがとうございます」

「それから、これ。フラン宛ての郵便です」


 寝転がっている俺の腹に、コウが小包を置いた。

 起き上がって手に取り、貼られた伝票を見る。差出人は早瀬ケイイチとあった。父さんの手紙を持ってきた、あの弁護士だ。


「今度は何でしょうね」

「別の手紙だったりして」


 また妙な計画が始まるのではないか。そんな予感でもしたのか、コウとリョウジが顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

 しっかりと釘で封をされた木箱の蓋を、バールでグイッと抉じ開けた。緩衝材かんしょうざいのチップの奥から、蛾の機械人形オートマタがひょっこりと顔を出した。


「アルテミス!」

「どうしてここに!? 箱庭が沈んだ時に、一緒に沈んじゃったんだと思ってた」

 レイリが手を出すと、いそいそと登ってくる。手の甲までやって来ると、翅をパタパタと開いて俺を見た。まるで「ただいま」とでも言っているようだった。

「フランよ、まだ入っておるぞ」


 包みを覗き込み、ロロさんが手を入れて取り出した。真鍮製の薄いプレートに「届き次第、ご連絡ください」と書かれていた。

 そこに記載されていた番号を打ち、すぐに通信を繋いだ。


『もしもし』

「ご無沙汰してます。和泉フランです」

『これは和泉様。私のところに連絡をくださったということは、お送りした物が届いたのですね?』

「えぇ、さきほど届きました。ところで、これは一体?」

『ダイト様からの、最後の手紙でございます』

「手紙?」


 まだ他に何か入っているのだろうか。緩衝材を掻き分け、手を突っ込んでグルグルとかき回した。だが、アルテミスと、早瀬が入れたプレート以外には何も入っていない。


『もうお気づきかと思われますが。設計図を海へ沈めること、それがダイト様の仕掛けた計画でございました』

「やはり、そうだったんですね」

『全てが無事に終わった時、案内役を任されたアルテミスは私のもとへ戻って来る。そして再び、和泉様のもとへ送り届けることが、私の最後の仕事です』


 どうらやら、父さんは俺が思っていた以上に回りくどいことが好きだったらしい。どこまで、何を仕掛けているのか。ひょっとすると、終ったと見せかけて、また何かが始まるのではないか。そう思うと少しうんざりする。


「早瀬さん、これが手紙だと言いましたが……アルテミスは何も持っていないようですし、箱の中にも入っていないようですが?」

『いえ、アルテミス自身が手紙なのです』

「こいつが?」

『色々と働いたアルテミスを褒めてやってください。おそらく、翅を撫でてやると喜ぶと思いますよ。では、私はこれで。失礼いたします』


 それだけ伝えると、早瀬は通信を切った。


「弁護士さん、何だって?」

「アルテミスが頑張ったから、翅を撫でで褒めてやれって」


 レイリの手にいたアルテミスを捕まえ、言われるがまま翅を撫でてみた。

 ブルッと体を震わせた、その瞬間。真鍮の翅が瞬く間に翡翠色に変化。じわり、じわりと滲むように、そこに文字が浮かび上がってきた。



 ―― 私の想いは、お前の中で生きている



 すると、アルテミスが飛び立ち、俺の心臓に止まった。

 それに反応するように、機械心臓カルディアの蓋に施された月と太陽の装飾が動き出し、ヴァンフィールド家の紋章であるオオミズアオの形へ――新たに現れた装飾に、アルテミスがぴったりはまった。

 カチッと音がして、ジジジジッと音を発しながら、蓋がグルリと一回転。普段は右から左へ開く蓋が、なぜか左から右へと開く。それはアルテミス無しでは開くことのない、二重構造になった隠し蓋だった。そして中に収められていたのは、またしても伝書盤エピストラだ。


「どうしてこんな所に?」

「これ、いつから入ってたんだ?」


 リョウジは訝しげに首を捻った。

 これをここに入れられるのは父さん以外にいない。父さんが最後に点検をしたのは、亡くなる数ヶ月前。おそらく、その時にこっそり忍ばせたのだろう。


「やっぱり、また妙な計画が始まるのではないですか?」

「フラン。中、確認してみたら?」

「妙なことにならないといいけどな」


 通信機アステリに差し込み、天井に投映した。何が保存されているのか、不安と期待を抱きながら皆で天井を仰ぎ見た。映し出されたそれを見て、俺達はしばらく黙り込んだ。


「本物……だろうか?」

「多分」


 ロロさんの問いに、俺はそう答えるしかなかった。

 保存されていたのは、どういうわけか【機械心臓カルディアの設計図】だった。なぜこんなところに、こんなのもが入っているのか。その答えを求めるように、俺は胸の蓋に止まっているアルテミスを見つめた。


「“私の想いは、お前の中で生きている”か」

「お主のオヤジ殿は、つくづく悪戯が好きなようだな」

「設計図は探さなくても、ずっとそこにあったってわけですね。最初からフランに渡すことしか考えてなかったのですから」

「フラン、この設計図どうするの?」


「俺が持っていても仕方ないからな。意気消沈しているリズにでも届けてやるよ。少しは元気になるだろ。それに、これで新しい機械心臓カルディアを造ってもらって――」


 通信機アステリを閉じようとして、ふと天井から視線が離せなくなった。設計図の最後に記された父さんの言葉に、ふわりと、今までになかった感情が湧いてきた。


「……リズに渡すの、もう少し後にするよ」

「渡すのが惜しくなったのか? フランにしては珍しいな」

「まぁ、そんなところかな」


 リョウジは冗談で言ったつもりだったらしいが、否定しなかったのが予想外だったのか。目を丸くして驚いていた。

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